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33.かわいいあたし、ウツボ城に攻め入る

1回目



 てぃきん!


 青魚を食ったあたしは【速泳】の特質を入手した。

 電光石火のマーキュリー。

 ここに誕生。


「うひゃあ!」


 めちゃくちゃ速く泳げる。

 城内の景色が線となって後方に流れていく。


 成体にまで進化しているので体長は2メートルを越えて、手足で水を掻くだけでもかなりの推進力を生むことができる。

 あたしはたぶんマザーよりも大きくなっている。

 親の身長を抜く子供の気分を味わいつつ己の力強さに感嘆の息を漏らす。

 これでも十分速いのにあたしたちはそれに加えて【速泳】の特質が備わってしまった。

 こうなるとそれはもう信じ難いほどに速い。

 滾るほどに速い。

 海底新幹線ヤドカリの開通記念日だ。


 これはいい。最高だ。

 アドレナリンがドバドバ・ライク・ア・ケチャップ。


 兄弟たちはずっとこの景色を見ていたのだろうか。

 このすべてを置き去りにするような麻薬中毒的景色を。

 ようやくあたしも兄弟たちに追いつくことができたわけだ。

 えっへん。

 ここまで長かったと言うべきか短かったと言うべきか。

 妙な達成感が生まれてなんだか背中がこそばゆい。


 でもこれがあたしのリアル。

 海の底のリアル。

 あたしの生きる道。


「よーし兄弟。がんがん行くぜ?」

「きゅぴー」

「きゅぴー」

「きゅぴー」


 あたしたちは風になる。

 すべてを抜き去る疾風に。


 ウツボ城の内部構造はちゃんと頭の中に叩き込んである。

 目の前のうじゃうじゃいるカニたちはとりあえず全部シカト。

 あばよ。ヤドカリ未満の甲殻類。カニという下等生物に生まれてきたことを後悔するんだな。自分たちはハサミをカシャンカシャンして泡を吹くだけの阿呆ですってな。


 カニたちは村のヤドカリたちに相手をしてもらってあたしは先を急ぐ。


 後方ではヤドカリVS赤カニの剣戟の音が聞こえてくる。


 数はカニのほうが圧倒的に優勢だが、サザ衛門に鍛えられた兵士のほうが個々の力は上。

 戦力は拮抗するどころか全体的に見ればあたしたちのほうが辛うじて勝っている。

 このまま赤カニを押し切って城の中に流れ込んでくればいい。

 それから当初の作戦通りに要所要所の拠点の占拠に力を入れる。

 真正面から殺り合うのは城門だけでいいのだ。


 最小限のことで最大限の成果を!


 あたしはあたしの仕事に集中する。


 臨戦態勢にボスがいるとすればそれは会議ができるほどの空間を持った大広間だ。

 大広間。

 カニたちを何百と集めてもなお余裕のある大広間。

 もう目星はつけてある。

 あそこしかない。

 あたしは目的の広間に向かって最短距離で泳いでいく。


 すると視界に扉が飛び込んできた。

 ついでに門番のカニたちも。


 あたしは門番の赤ガ二ごとスマッシュパンチで扉をぶっ壊す。


 ドゴン!


 行け行け行け行け!

 ゴーゴーゴーゴー!


 扉をぶち抜いて広間に転がり込むとやはりウツボ野郎の姿が見えた。


「ヘイ! あたしだ! 一騎当千のヤドカリが、てめえの首を取りに来たぜ!」


 拳を突き上げたあたしがウツボ野郎に向かって口上を放つ。


 ウツボ野郎は目をギョロつかせてポカンとしている。


「ヒャ、ヒャハ……?」


 状況が理解できていないのか?


 そりゃそうだ。

 開戦したと思ったら敵将が陣中見舞いにやってきたんだからね。

 たった三分で。

 そりゃ驚きもするだろう。


 周囲を見渡してみても黒カニの姿はどこにも見当たらない。

 奴は後回しでいい。

 今はムカつくウツボ野郎の相手だ。


「手合わせを願おう。海の底の変顔王子」

「お、女ァ……!」

「ずっと前から言いたかったんだけどね。おまえヒャッハーヒャッハーうるさいよ? すごく耳ざわりなんだ。もう二度とあたしの目の前でヒャッハーって言わないことだ。いいね? それができないって言うのなら、拳で語り聞かせるしかないねウツボの坊や?」


 ウツボ野郎は目をぱちくりと瞬いて首を傾げる。


「ヒャ、ヒャハ……?」

「てめえ……」


 アホの相手は疲れる。

 本当に。


「女ァ……! 見ねえ間にいい体になってんじゃねえかおぉん?」

「セクハラかよてめえ!」

「なんだよそのエロい体つきわよお。最高にそそるじゃねえかその胸の殻模様」

「きめえ!」

「立派な尻尾に立派なハサミ……。最高だぜ女ァ……」

「やめろきめえ!」

「可愛いぜい女ァ……。最高だぜ女ァ……。てめえ俺様の女になれよおぉん? お前は俺様の隣が相応しいぜい? 悪いことは言わねえから俺の隣にきて生涯付き従えよぉ。そうすりゃあ今までのこと全部、水に流してやるぜ、女ァ……。女ァ……! 女ァ!」


 あたしは頭が痛くなる。


「ふざけんな。てめえなんか友達になっても既読スルーだぜ」

「ヒャ、ヒャハ。相変わらずムカつく女だぜい」

「ヒャッハーやめろつってんだろッ!」


 ギン!


 あたしは頭上に氷の槍を生成させてウツボの体に発射する。

 研ぎ澄まされた氷の切先がウツボの腕によって叩き折られた。


「何事!?」


 腕!

 何度見ても腕だ!

 ウツボ野郎の側部から五本指の腕が生えてやがる!


 きめえんだよ!なに生やしてんだよ!すぐに引っ込めろよ!


「あまり俺様を怒らせるなよ……?」


 ウツボの周囲にとんでもない殺気が漂い始める。

 暗黒のオーラ。


「俺様決めたぜい? てめえを食って一緒になる。てめえを一欠片も残さず食ってやる。そうすりゃてめえは俺様の女だ。永遠にな。ででーん! 俺様天才! 俺様哲学者!」


 ウツボの腕が握り拳をつくってマッチョのポーズを取る。


「イカれてやがるぜコイツ……」

「おい小僧。軽はずみな言動は差し控えよ。地獄を見る羽目になるぞ?」


 キュピ之介がハサミで額を押さえてぷるぷると震えている。

 怒りで甲殻が赤く茹で上がっている。


 突如三兄弟がふわりと体を浮かしてウツボに突撃を開始した。

 表皮に骨の鎧を纏って一瞬で近づく。

 だがウツボがぐるんと竜巻のように旋回すると兄弟たちは弾き飛ばされてしまう。


「馬鹿力きゅぴ……」

「ヒャッハー! 俺様に力で勝てると思うなよう?」


 あいつの竜巻防御は厄介だ。

 近づくこともままならねえ。


 だからと言って遠距離攻撃で氷の槍をぶっ放しても、側部から生えるきめえ腕でガシャンと叩き割られてしまう。


 何か奴の弱点はないか。

 何か奴の攻略法はないか。


 あたしは思考を加速させて考えを張り巡らせる。


 くそ。

 情報が足りない。


「とうとうワシの力を見せるときがきたきゅぴ」

「エルシャラ……?」


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