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32.かわいいあたし、開戦する



「お館様が城を発ちました」


 偵察班から情報を得る。

 あたしとドウザンは額を突き合わせて今後の予定を立てる。


「おそらくお館様は、気触れの魔物がいなくなったことに気づいたのでしょう。それで新たな気触れの魔物を見繕うために、城の外に出たんです。報告では、何か杖のようなものを尻尾に持っていたと聞いております。きっとその杖が、気触れの道具かと」


 なるほどね。


「しかしこれは好機だ。城に統率者がいないうちに攻め込もう」

「あっしも同じ結論でごぜえます」

「お館様はびっくらこくと思うぜ。帰宅したらヤドカリの城になってるんだからね」

「へっへっへ。そうなることを願っております」


 ドウザンはレジスタンスに伝令を出して隊長たちを会議室に呼び集めた。

 中隊をまとめる隊長ヤドカリたち。

 その中にはサザ衛門も含まれている。

 あたしたち兄弟はどの隊にも属さず先鋒部隊として単独行動をすることになった。


 カルシウムのテーブルの上には城の見取り図があって、ヤドカリたちがそれを見下ろしながら作戦会議を深めていく。


 どういう隊列を組むか。

 どこをどの部隊で攻めるか。

 優先的に占拠すべき場所はどこか。


 供給場所、中流地点、行動順、その他もろもろがドウザンたちによって決められた。


 城の構造はあたしも大体把握した。

 攻め入るルートも脳内でシミュレートする。


 問題なのはウツボの特質だった。

 ヤドカリたちが言うには【毒牙】は確定なのだが、ウツボは他にも多くの特質を持っているらしい。ヤドカリの中にはハリネズミのように全身に棘を生やしたウツボ様を見たことがあると言っていた。あたしが戦ったヒトデの上位互換能力の可能性がある。


 厄介だね。


 まだ不明な能力は臨機応変に対処していくしかないだろう。


 そして決戦前夜。

 村の外の駐屯地に多くのヤドカリとイソギンチャクが集結した。

 革命軍の決起集会だ。

 それぞれが巻貝を装備し、イソギンチャクを纏い、ハサミという妖刀を鈍く輝かせる。


 あたしはまだ巻貝を装備しないことにした。

 巻貝を背負っての戦闘は馴れていないし勝手がわからないし何より邪魔だ。

 練習していないことを本番でできるはずもない。


 集結した革命軍の中央に、レジスタンスのリーダーであるドウザンが直立する。


「よく聞いてくだせえ」


 凛と澄んだ間隙を縫う声に、全兵士が釘付けとなった。


「あっしの親愛なる磊落不羈(らいらくふき)の兵士達。


 暴君ウツボが現れてすでに十数年が経っております。

 気触れの魔物をあてがい、

 あっしらを恐怖のどん底に陥れ、

 暴君ウツボはのうのうと暮らしておりました。

 あっしらの命を搾取して。


 実はあっしらはそのことをずいぶんと前から気づいていたんです。

 このまま知らないほうが村の幸せなのではないかと思っておりました。

 ですが疲弊していく一方の村を見ているだけでは、あっしは居た堪れなくてどうにもならんでした。


 過労で何匹が死に絶えたでしょう?

 どれだけの自由が奪われたでしょう?

 これ以上何を奪われる?


 否でごぜえます。

 あっしらはもう奪われません。

 なぜなら暴君ウツボは、あっしらの誇りまでは奪えなかったのですから。


 彼方をご覧になってください。

 あっしらが建てたお城が目に入るでしょう。

 今もあそこでウツボの陣営が優雅に暮らしているのです。

 許し難きことです。

 奴らは今もなお、あの地で獰猛な笑みを浮かべて佇んでいるのです。


 ゆえにこの瞬間、ウツボの悪魔はあっしらの逆鱗に触れてしまった。

 あっしらの誇り高き尊厳に。

 あっしらの誉れ高き生命に。

 奴の身分不相応な腕が、血泥の如く穢さんとしているのです。


 哀しいことです。

 腹立たしいことです。


 であればあっしらは、悪に飢えた断罪者に成り変わるしかありません。


 悪とは無論奴のことです。


 ポポポン村の尊厳を蹂躙し、

 あっしらの心を弄び、

 己が私腹を肥えるために散々利用してきた、

 彼のウツボの悪魔のことです。


 このままあっしらが諦観のうちに停止していれば、

 絶対悪は海底の地で野放しのまま、

 あっしらの安心と自由を破滅してしまうでしょう。


 それをよししないのであれば諸君。

 断罪せよ、断罪せよ、断罪せよ。

 あっしの親愛なる兵士達よ!」


 兵士達一匹一匹の毛穴がぶわあっと開いた。


 ダンダンダンダン、ダンダンダンダン!


 足を踏み鳴らした幾百もの兵士達が声高に拳を突き上げた。


「断罪! 断罪! 断罪!」


 ダンダンダンダン、ダンダンダンダン!


 喉から引き絞られる咆哮の弾幕が海底に轟き渡った。


「断罪! 断罪! 断罪!」


 背筋を金属板のように伸ばしたドウザンは、手のひらを上げて〝やめ〟の合図を送る。

 鬨の声がぴたりとやんだ。

 口を閉じた男達は今や抜山蓋世の古今無双である。


「結構です。では逝きましょう、勇んで、何処までも」


 兵士達の雁首そろえた視線の矛先。

 藻屑の広がる海底の果てに、灰色の聳え立つお城が見えた。



 朝日が海面から降り注いで天使の通り道ができあがる。



「うりいいい!」

「きゅぴいい!」



 あたしは彗星のように駆け抜ける。


 城門の前に隊列を整える青魚たちを粉微塵に斬り裂いた。


 城の中からぞろぞろとカニたちが溢れ返ってくる。

 ヤドカリたちが雄叫びをあげて進軍し、海底には白い砂がもうもうと立ち昇った。


 両陣営が交錯して、城門が打ち破られた。


 あたしは嗤う。

 ニーハイソックスを身につけた北関東の幼女のように。



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