31.かわいいあたし、ウツボの悪事を暴露する
ウツボ野郎はゴミクズだ。
この一言で村中に緊張が走る。
だがあたしは見逃さない。
あたしの視線の先で、無気力だったヤドカリたちが一斉に顔を上げたのを見逃さない。
「もう一度言う。てめえらの敬愛しているウツボ様はゴミクズ野郎だ。ウツボ様は気触れの魔物から村を守ってくださっている、だからその対価として村は〈海の結晶〉を上納している――この上下関係はすべて偽りだ、いいかよく聞きな?」
あたしは思いっきり息を吸う。
「目 を 覚 ま せ お 前 ら !」
まだまだ止まらないぜ?
「ウツボ野郎と気触れの魔物はグルだ。海神は何らかの方法で気触れの魔物を生み出している。そしてこの村の周囲を回遊させてお前らに脅迫的な圧力をかけているんだ。そうすることでウツボ野郎は〈海の結晶〉をがっぽりと稼ぐことができる。この村はそういう構造になっているんだ、知ってたか? 知ってたよなあ、もちろん」
地べたに座るヤドカリたちに視線を差し向ける。
「まだ信じられねえって言うなら、座っているヤドカリたちに聞いてみな。奴らは全部知ってるぜ? もしくは村長に聞いてみるのもいいんじゃねえか? 聞いてみたときの村長をよーく観察するんだ。表情の変化ひとつも見逃すんじゃねえぜ。ほら行ってきな」
目で合図を送るとドウザンが先頭になって村長の屋敷に向かっていた。
ドウザンが向かったことで他のヤドカリたちも追随して大所帯になる。
結果、村長は無言を貫いた。
それで村のヤドカリたちはあたしの言っていたことが真実だと悟る。
「そもそもウツボが来なければ、この村は魔物に襲われることすらなかったんだ。奴らが来なければこの村は平和なままだった。恐怖に怯えることもなければ、身を削って〈海の結晶〉を献上することもない。搾取されるだけの生活はお終いにしようヤドカリたち。これを見るんだ」
それからあたしは兄弟たちに指示を送る。
兄弟たちが指示通りに頭上に氷の槍を生成させると、
村のヤドカリたちが声を押し殺して驚いた。
ゴツくて鋭い氷の槍に視線が貼りついて離れない。
そうだもっと見るがいい。
見て驚けこの状況を。
そして希望の光を胸に抱くんだ。
「ご覧の通りだ。あたしたちは気触れの魔物を倒して食った。調べてみたが今はもう村の周りに気触れの魔物はいない。つまりこの村から奴のお城までは好き放題に通行できるってことだ。奴らが新たなペットを連れてくるまでの間はね。ならばこのときを逃すな。武器を持て。意志を掲げろ。利用されるだけ利用されて最後には捨てられる運命に抗え」
あたしはやさしく笑いかけ、
「なあに、心配には及ばない。勝利の女神はここにいる」
両方のハサミを大きく広げ、
「あたしは文学を体現する。抑圧からの解放だ」
そして声を張り上げる。
「反 撃 の 時 だ !」
あたしはウツボの彫像をぶっ壊した。
◇
ヤドカリたちの心に革命感情が芽生えるまでに一週間もかかった。
だがこの一週間の間に着実に軍隊が形成されてサザ衛門が訓練に精を出している。
ウツボの城には山ほどのカニがいた。
あれだけの数だとあたしたち兄弟だけでは対処できない。
となるとどうしてもヤドカリたちの力が必要になる。
一匹一匹の兵力は上げておいたほうがいい。
その間にあたしたちがしていたことと言えばもちろん己の強化だ。
あたしたちはまず巨大イカの死体を回収した。
クリオネが倒した巨大イカだ。
魚類や甲殻類に食われて体積を減少させてはいたが、それでも巨大な体躯を誇っているのであたしたちが能力を開発する分くらいの肉は残っていた。
それでレベルが上がったのは【伸縮】と【吐墨】と【回転】だ。
回転。
これは全然使い物にならない。
ハサミがぐるぐると回転するだけで戦闘に役立つとは思えなかった。
ハサミをぐるぐる回してどうすればいいんだ?
お遊戯にでも使えばいいのか?
ヤドカリ風車かよ?
だが物は使いようで、ハサミの先端に【骨鎧】でカルシウムの槍を生成すればドリルの代わりにならないこともなかった。巨大イカの鋼鉄のドリルにくらべたら破壊力に劣るがまあいい。ドリルはドリルだし、使える武器が増えたことには変わりないのだから。
ワカメとは違う種類の海藻も食べた。
海ブドウ。
その能力はどうやら空気の塊を発生させることらしい。
よく目を凝らしてみれば海ブドウ自体にも空気の泡がくっついている。
これも使い物になりそうにはなかった。
あたしたちがこの一週間で得た有用な特質は主に二種類。
水の流れを操る【水流】と水中で炎を散らす【火花】。
この二つの特質は地味ではあるが工夫次第では大きな一手となるだろう。
【水流】の持ち主はタツノオトシゴだった。
あたしの拳でワンパンKO。
水の流れを操ることで相手の遠距離攻撃の軌道を逸らすことができるかもしれない。
きっとこの特質があればクリオネ戦ももっと優位に運べたはず。
それに水の流れに乗れば加速することもできるし減速することもできる。
とても使い勝手のいい補助能力だと言える。
特質自体に脅威性はないが頭のいい奴が使えばきっとヤバイ能力に変わる。
【火花】のほうは二枚貝が持っていた。
火打石のように貝殻と貝殻を打ち鳴らすことで花火が放出される。
水中の中でどうやって火が発生するのか不思議だったが、あたしはどこかで水の中でも花火は燃えるんだよという話を聞いた覚えがある。火薬の成分が過熱されることで酸素を生むのだ。だから水中でも火が噴き出る仕組みになっている。とか。よくわからん。
海の生き物は火というものに馴れていないからビックリ箱的な応用ができる。
花火を放出させることで意識をコンマ1秒でも逸らすことができれば、この特質を得た意味というものがあるってものだ。
ある日村に帰ったとき、あたしは微笑ましい光景を目の当たりにした。
なんとエルシャラがサザ衛門に弟子入りしたのだ。
まさかあいつが鋏術に興味を持っていたとは思いもよらなかった。
たしかにエルシャラは律儀で面倒見がよく己を鍛練することに意欲的だ。
あたしは後ろからこっそり二匹の修行を盗み見する。
腰を据えてハサミを構え、素振りをするという反復練習。
「師匠、こうでしょうか!」
「違う馬鹿野郎!」
サザ衛門がエルシャラをボコボコに殴る。
「すみません! もう一度お願いします!」
「当たり前だ!」
「師匠、こうでしょうか!」
「お前、鋏術を舐めてんのか!」
サザ衛門が馬乗りになってエルシャラをボコボコに殴る。
「すみません! もう一度お願いします!」
「当たり前だ!」
すげースパルタなんだか。
それが翌日にはキュピ之介も弟子入りをして、さらに翌日には仲間外れは嫌だからとチワワまで弟子入りした。サザ衛門の夢は自分の流派を教え広めることだからずいぶんと生き生きした表情をしていた。あたしはそんな四匹の姿を遠くから眺めて微笑む。
己の道を進むか兄弟。
それもまた潔し。
あいつらはもう「姐御、姐御」とは言わずに、「師匠、師匠」と言ってサザ衛門にべったりと懐く。四六時中、一緒にいる。ホモかよお前ら。それが少し淋しくもあるがそれよりもあたしは兄弟たちの成長と選択が嬉しくあった。あいつらも、男の子だもんな。
やがてあたしたちは脱皮して成体へと変貌を遂げた。
完全究極体ヤドカリ。
革命の準備はできている。
さあて。
世界を滅茶苦茶にしようじゃないか。
【変色・緑Lv4】
【変色・白Lv10】
【変色・桃Lv10】
【自己再生Lv3】←UP!
【銀槍Lv3】←UP!
【氷槍Lv1】
【伸縮Lv3】←UP!
【吐墨Lv3】←UP!
【速拳Lv3】←UP!
【回転Lv2】←NEW!
【水流Lv5】←NEW!
【骨鎧Lv10】
【火花Lv3】←NEW!
【光源Lv13】←UP!
【空気Lv7】←NEW!
【冷思Lv1】
【毒耐性Lv13】←UP!
【気触れLv1】




