30.かわいいあたし、ウツボの悪事を打ち明ける
「この村はウツボ野郎の自作自演で搾取されてんだ」
ポポポン村に帰ったあたしたちはまず最初にサザ衛門とドウザンに打ち明けた。
ウツボが気触れの魔物を飼っていること。
村を守ると言ってヤドカリたちを騙していること。
このままでは村が疲弊する一方であること。
悪循環を止めるには精根尽き果てる前に行動に移さねばならないこと。
驚くことにサザ衛門とドウザンの表情に変化がなかった。
「あんたたち、ウツボのこと知ってたのか?」
「……そうでごぜえます」
「なに?」
「あっしたちだけではごぜえません。店の外をご覧くだせえ」
あたしは目を向ける。
「地べたに座り込む無気力なヤドカリたちが目に入るでしょう」
確かにいる。
溌剌としたヤドカリを光とするならば無気力なヤドカリは影。
その対比が強烈だったのをあたしは覚えている。
「あの者たちは皆、真実を知って働く意味を見失った者たちでごぜえます。身内の者が〈海の結晶〉を工面してくれるから、なんとか村に留まっているんです」
「じゃあどうして奮起しないんだ? 見下されてんだぜあたしたち?」
「多くの者が真実を知っておりません。もし知ってしまったら混乱するだろうと、村長が情報の拡散を抑えているのでごぜえます。このまま知らないほうが幸せだと……」
「気に食わないね」
創られた楽園。ディストピア。結晶牧場。
このままではポポポン村の命が寿命を迎えてしまうというのに、それを指を咥えて見ているなんてどうかしている。それは生物としてやっちゃいけないことだ。
生を諦めるは野生の本懐にあらず。
マザーもそう言っていた。
村長が情報を統制してヤドカリたちを騙して滅びゆく楽園を見守るつもりでいるのならあたしがその腐った諦観をぶっ壊す。プロパガンダをぶっ壊す。弱腰をぶっ壊す。
「あたしが革命感情を煽るって言ったらどうする?」
試すような視線を送る。
「俺たちはべつに止めはしない。マーキュリーがそうしたいなら支援する」
「ほう?」
あたしが目を細めるとサザ衛門がいきなり席を立った。
「改めて自己紹介しよう。俺はレジスタンスの教育係サザ衛門」
「そしてあっしがリーダーのドウザンでごぜえます」
「なんだと?」
あたしは目を剥く。
「あっしらは革命のときに備えて準備をして参りました。お館様の目を盗んで兵士団を結成し、隠れて訓練を行っておりました。サザ衛門が鋏術を指南するという名目で」
「……なるほど」
「そんなとき、村にやってきたのがお嬢さんですマーキュリーさん。ウツボ様を殴ったと聞いたときは、それはもう胸がスカッとしたものでした。とうとうこの村にも権力に屈さない者が現れたかと。あっしにはマーキュリーさんが眩しく見えました」
「それで俺たちは今後の展開をこう読んだんだ。マーキュリーがウツボ様の所業を知ったとき、きっと村を扇動して戦地に赴くだろうと。だからドウザンの親父は、マーキュリーに【毒耐性】を習得させた」
「毒?」
「そうでごぜえます。ウツボ様の牙には毒があります。きっとその特質がのちのちに必要だと思って、こうしてマーキュリーさんに提供した次第でごぜえます」
「なるほど、あんたたちにはすべてがお見通しってわけだ」
「今まで黙っていたのは悪かった。でもマーキュリーに迷惑をかけたくないと思っているのも事実なんだ。村の厄介事をよその者に押しつけるのは差し出がましいからな」
「気にすんな」
あたしは言ってやる。
もうあたしは村の事情というやつを知ってしまったのだし、見て見ぬ振りをして次の村へ行くということは信条的にできない。
それをしてしまったらあたしは女として廃る。
この村を見捨ててしまったら、あたしを見捨てずに支えてくれ、そして青魚に食われていった兄弟たちに顔向けができない。死んでいった兄弟の数だけあたしはいい女であらねばならないのだ。
つまり数百匹分のいい女に。
微笑むだけで太陽が消滅するくらいいい女に。
「じゃあまずあたしはどうすればいい?」
「村中に真実を伝えて回れ」
「それをしてしまったら村は大混乱だぜ?」
「一回ヤドカリたちの心を折る。現実を突きつける。そして――」
「そして、どん底から立ち上がらせるんだろう?」
サザ衛門の後を引き継いで言う。
「いいぜ、とてもいいシナリオだ。芳しいコーヒーのようにね」
「ああ。頼んだ」
店の座席から立ち上がったあたしは「うりいいい!」と雄叫びをあげながら店の外に飛び出した。「うひゃあうりいい!」兄弟たちも「きゅぴきゅぴいい!」と追いかけてくる。
あたしたちはもう止まることができない。ブレーキが利かない。
全速力で村の中央にあるウツボの彫像に到達して、お尻丸出しの子供を見かけたナマハゲのようにウツボの頭部に飛び乗る。ついでに頭部を三回踏みつける。
「通行するヤドカリたちよ聞きな。あたしはマーキュリー。啓蒙の時間だ」
村のヤドカリたちはあたしがウツボの頭部に乗っていることに青ざめる。
口を開けたまま「やめろ」という視線を投げかけてくる。
知らねえな。
「まず最初に宣言しておこう。てめえらの敬愛するウツボ野郎はゴミクズだ!」
ポポポン村が氷点下にまで落ちた。




