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29.かわいいあたし、HIPHOPに目覚める2

2回目



「……Yo Yo」


 ハサミを前後に押し出しながらあたしはリズムに乗る。


 今ならできそうな気がする。

 ハサミと【速拳】の応用。


 ――居合抜き。


 かつてマザーがそうしていたように、ハサミを妖刀のように閃かせて敵を斬り裂くことができるかもしれない。あの鮮烈な光景は今でも目に焼き付いている。


 十の青魚が三枚におろされる光景を。


 腹に大穴を開けるクリオネはどくどくと血潮を漏らしてあたしを見下ろしてくる。

 怒ってるのかい?

 あたしも血を流しているんだ、お互い様だ。


 鼓動の音が異様に速い。

 自分でも興奮しているのがわかる。

 頭は冷静なのに体がやけに熱かった。


 クリオネが腕を振るって氷槍を発射した。

 迫りくる鋭い槍を脚に展開した重骨格で弾く。

 氷槍の連続射出のせいで埒が明かない。


 くそったれが。


 即座に骨盾を展開してまとめて軌道を逸らし、あたしは満身創痍のクリオネと堂々と向かい合う。そして春先のたんぽぽのような優しい視線を注ぐ。


「あんたも苦しいんだろう? もう終わりにしよう。お姉さんが歌ってやるから、安らかにおねんねしな、坊や。あんたは血を流しすぎた。だからと言って、時流には流されちゃいない。気が触れて厄介だったが、立派だったよ坊やは。ねんねんころりしな」


 あたしは歌う。

 風のように泳ぎながら己のライムに魂を込める。


「Hey Yo!

 海の中 対峙する両者 睨みが相殺 あとに引く後悔

 足を踏み締める野生の本懐 身に潜めるは海のサムライ

 相手が悪かったな諦めな坊や 目の前にいる奴はヤドカリ 天性の魔物狩り

 てめえの刀は氷結の魔術 だがあたしの前では無残に落ちる

 無限のリリックは波乗る彼方に この海を支配し尽くすまでに」


 あたしとクリオネが交錯してすれ違う。


「宣戦布告だぜオーシャンワールド 邪魔する奴は食ってやるよ ねんねんころり

 あたしは唱える魔法の言葉 皆聞けハロー・ハロー・ヤマタノオロチ!」


 ザシュッ!


 あたしはハサミとハサミを重ね合せて合掌する。


「あんたを糧に、あたしは生きる。南無阿弥陀仏」


 背後で、ずるり、とクリオネの上半身が横にずれた。


 遅れてクリオネの地に落ちる轟音が海底中に響き渡る。

 ズゥゥン……。

 居合の手応えがまだハサミにじんと残っている。


 見るまでもなくクリオネの胴体が真っ二つになっているのがわかるし、ハサミの剣閃の軌道もありありと思い出すことができる。奴の十七本の氷槍を掻い潜って懐に忍び込んで己の妖刀を横一線に引き抜いた。断ち切る感触がはっきりと伝わって、まだ手に粘つくような感覚がある。理想と現実が一致したかのような至福のときだった。


「姐御が……」

「ラップを……」

「歌いながら……」

「クリオネを……」

「居合で……」

「倒した……」


 リズムを取りたくなるほどのコンビネーション実況。

 どうもありがとう。


「あたしもやるときはやるんだ。川で幼女が溺れていなくともね」

「姐御KAKKEEE!」

「姐御SUGEEEE!」

「姐御YABEEEE!」

「おいやめろ。あまり持ち上げるな。できることをやったまでだ」

「とか言って、もうニヤけてるきゅぴよ?」

「ほんときゅぴ」

「姐御、照れてる」

「うるせえな。いいからクリオネ食うぞ。これからウツボと戦争なんだからな」

「姐御、照れてる」

「照れてるきゅぴ」

「照れ照れ」

「うるせえよ何だよお前ら。口を閉じて数でも数えて遊んでな」

「口を閉じたら数が数えられないきゅぴよー?」

「うるせえ!」


 くるりと背を向けて一匹だけで黙々と解体作業に移る。


 アホか。

 誰があんなことで照れるか。

 馬鹿じゃねーの。

 照れるわけねーだろ。

 わかりやすい太鼓持ちで浮かれるほど安い女じゃねえんだあたしは。


 ……でもやっぱり、あの場面のあたしってカッコイイよな普通に。

 ……ラップを歌いながら魔物を狩る女とか聞いたことねえもん。

 ……兄弟たちの言うことも一理あるっちゃ一理あるかもしんない。

 ……なんかテンション上がって合掌しちゃったりしたけどたぶん様になってたし。

 ……兄弟もあんま嘘をつく奴じゃないから本心であたしのことすごいって思ってる。

 ……正直言うとあたしもすごいって思っちゃってる。


 でへへ。

 やべー。

 もう駄目だ。

 ニヤけ顔がもとに戻らない。

 やだやだ。

 でも兄弟にからかわれたくないから背を向けて隠す。

 でへへ。

 くそ。

 アホか。

 あたしはあたしの頭をぽこぽこ殴る。

 マジで冷静になれよあたし。

 兄弟たちに笑われるぞ。

 あんな太鼓持ちで浮かれてどうするんだ。

 鋼鉄の女マーキュリーだぜあたしは。

 でへへ。

 死ねい!

 あたし死ねい!


「ぐあー」


 その場に寝そべってごろごろと転がる。


「姐御ーなにしてるきゅぴー?」

「準備体操だよ話しかけんな!」

「きゅぴー?」


 ごろごろと転がってクリオネの胴体にこてんとぶつかる。

 ハサミで胴体の一部をチョキチョキと切って試しに口に放り込んでみた。

 もにゅもにゅ。

 するとどういうわけかあたしは冷静さを取り戻す。

 太陽も目を背ける女・マーキュリーに元通りになる。


 なるほど。

 さて、クリオネの特質に名前をつけよう。


 一つは当然【氷槍】であるが、二つ目は【冷思】とでも呼ぼうか。


 脳内に冷たい血液が流れ込んですうっと精神に落ち着きが生まれる。

 あたしはあれほどウツボたちにムカついて激怒していたのに、今は冷静な気持ちで怒りを感じているという不思議な状態になっている。冷たい怒り。氷の炎。感情のまま突っ走るというあたしの欠点はこの特質でなくなりそうだった。最高じゃねえか。


 でも【冷思】をあえて発動させずに感情のままに突っ走ることも選択できる。

 すごく便利な付け替え能力。

 オンにしたら【冷思】だしオフにしたら【冷思】じゃない。


 では今この瞬間に【冷思】を外したらどうなるのだろう。

 やはりウツボの怒りが地獄から蘇ってまた胃の底がムカムカしてくるのだろうか。

 悩む必要はない。

 やってみればいいことだ。

 あたしは本能に問いかけて【冷思】を外してみた。




 でへへ。




 アホか。

 死ねい。


「姐御ー?」

「うるせえってば!」


 あたしは憤慨した吐息を漏らした。

 ニヤけた顔で。




 マーキュリーさんのデレ回。


【変色・緑Lv4】

【変色・白Lv10】

【変色・桃Lv10】

【自己再生Lv2】

【銀槍Lv2】

【氷槍Lv1】←NEW!

【伸縮Lv1】

【吐墨Lv1】

【速拳Lv1】

【骨鎧Lv10】

【毒耐性Lv2】

【光源Lv2】

【冷思Lv1】←NEW!

【気触れLv1】←NEW!



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