28.かわいいあたし、HIPHOPに目覚める1
一刻も早くこの情報を村に持ち帰らなくてはならない。
今この場でウツボ野郎たちに殴りかかってみてもいいが、情報が足りない内はどうしてもあたしたちが不利になるし、勝手にお館様をぶっ倒してしまったら村のヤドカリたちから非難を浴びるかもしれない。
ヤドカリたちはお館様の真の姿を知っていない。
まだ善良な統治者だと思っている。
しかし実際はそうではなくて弱者から資源を搾取する狡猾な奴らだった。
村を守ってやると言いながら気触れの魔物を量産していたのは奴らだった。
マッチポンプ!
あたしの嫌いな言葉マッチポンプ!
気触れの魔物を生み出す方法は知らないけど海神の技術を用いれば可能なことなのだろう。なにせ海の神だ。自ら神を名乗るほど驕り高ぶった存在だ。常識破りの一つや二つはできるに違いない。じゃないとそんな奴をあたしは神とは認めない。
あたしたちは擬態をすることなく全速力で泳ぐ。
だと言うのに目の前にいるのは気触れのクリオネだ。
あの氷の槍をぶっ放す10メートル級の悪魔。
「今はあんたのお遊びに付き合っている暇はないんでね。退きな、あたしが通る」
グオオオォォォ――!
クリオネが吠えた。
へえ。
通してくれないってか。
「いいぜ。今のあたしは最高にブチギレてんだ。お前が相手ならあたしも文句はない」
……来な。
あたしは顎をしゃくる。
メキメキメキ。
あたしの体躯にはかつてなきほどの骨鎧が生成される。
博物館に展示されるトリケラトプスのような勇ましい外骨格を身に纏い、クリオネが発射してきたゴツくて鋭い氷の槍を強引に弾き飛ばす。氷の槍の形状は岩盤を削って先を鋭くしたような荒々しいもので、一つ一つの大きさがあたしたちの全長とほぼ同じ。
弾き飛ばした氷の槍が流れ流れて大陸棚の岩崖に深く突き刺さる。
切先にはウミガメの死骸があった。
亀の甲羅を紙屑のように貫通してやがる。
あれはまともに受け止めちゃいけないな。
外骨格で氷の槍の軌道を変えて上手く弾いていかないと、下手したらあの甲羅のように外骨格ごと貫かれてしまう羽目になる。へっ。あたしは余裕の笑みを貼りつける。命懸けの回避ゲームなんざ飽きるほどにやってきているのでね。今さら狼狽えたりはしない。
ああそうかいという感想だけが出てくる。
ああそうかい。
いつものことだよかかってきな、海に煌めきく氷の悪魔。
青魚の特質で兄弟たちが弾丸のように泳ぎ始める。
「きゅぴー」
「きゅぴぴー」
もうお馴染みだ。
あたしが敵の正面を請け負って、兄弟たちが補佐に回る。
高速で泳ぎ回って撹乱してもいいし、隙を突いて攻撃をしてもいい。
あたしたちは実戦経験から自ずとそういう戦闘方法が確立された。
生存戦略の賜物。
クリオネの周囲に発生した何十もの氷の槍が、兄弟を目掛けて発射されるがかすりもしない。
巨大イカと同類に思ってもらっちゃあ困る。
図体がでかい奴にくらべてあたしたちは俊敏だ。
「おいおい。もうバテたのかよ?」
明らかに氷の生成速度が衰えている。
「残念だが今日はハサミがちゃんとあるんだ。そろそろ殴り込みに行かせてもらうよ」
八本の脚をぐぐっと伸縮させて力を溜める。
「――カチコミカチコミ申すってな」
跳躍。
足場を蹴ってロケットジャンプをして一気にクリオネの胴体に迫る。
慌てて射出された氷の槍の間を縫うように突き進み、無防備な腹部に【伸縮】+【速拳】の超反動スマッシュパンチをぶっ放す。
ズドォン!
反動で関節部の外骨格がことごとく弾け飛んだがどうでもいい。
クリオネの軟らかな腹部がパルスのように波打って背面から肉片を暴発させる。
「もうあたしたちの戦いは小手先で様子を見合うような競り合いじゃねえんだ」
あたしは顔を俯けたまま語る。
「どちらかの攻撃が当たれば、どちらかが死ぬ。生物としてもうそういう次元に来ている。お前はあたしに攻撃を当てられなかったし、あたしはお前に攻撃を当てられた。つまりそういうことだ。よき戦争であった。安心してあたしに食われな。ってやべえ!? 生きてるコイツ!?」
あたしが口上を言い切る前にクリオネが両腕を伸ばしてあたしを掴んだ。
何度見返してみても腹部に大穴が開いているのに奴は気丈にも動いている。
嘘だろう?
もう勝負は決したはずだろう?
なんでこいつは動けているんだ?
クリオネの長大な腕に締めつけられて外骨格が粉々に砕けていく。
「ぐが……」
締めつけられる過程で骨格の破片が次々と突き刺さって緑色の血液が噴き出た。
「姐御ー!」
「やだきゅぴ姐御ー!」
「姐御逃げてー!」
兄弟たちの悲痛な叫びがどこか遠くから聞こえてくる。
グオオオォォォ――!
全身に咆哮の振動が襲いかかってくる。
あたしはここで死ぬのか?
否。
体が急激に熱くなって、あたしはビートを口ずさむ。
【銀槍】の特質を発現。
あたしから飛び出た銀色の槍がクリオネの腕にぐさりと刺さる。
激しくうねるクリオネを横目に、解放されたあたしはなおもビートを口ずさんだ。
キュピ之介たちが泣いている。
馬鹿野郎が。
あたしは死なないよ。
お前たちが淋しがるからね。




