25.かわいいあたし、再びウツボと相まみえる
ヤドカリトーテムポールから降りるとあたしは何事もなくドウザンに話しかける。
「パスタのおかわりを、もらおうか」
「お、おう……」
「毒耐性は貴重なものなんでね」
「お、おう……」
新たに差し出されたランタンクラゲのパスタをちゅるちゅる食べていると、外から「ヒャハヒャッハー!」という耳ざわりな音が聞こえてきた。近所迷惑だ。
「もうそんな時間か……」
サザ衛門が顔を渋くする。
「何かあるのか?」
「上納の時期なんだ。〈海の結晶〉をお館様に献上する」
「〈海の結晶〉?」
「これでごぜえます……」
ドウザンが紺碧の結晶を見せてくれる。
拳大のクリスタルみたいな外見だった。
「これが〈海の結晶〉か?」
「そうでごぜえます。あっしたちは村でこれを採集しとります」
「これを集めてどうするんだ?」
「海神様がこの結晶からエネルギーを吸収して生きていると、もっぱらの噂でごぜえます。だからあっしたちは、村を守っていただく代わりに、畑で〈海の結晶〉を栽培して、お館様に献上している次第です」
「へえ」
「こんなことをしてるのは、海神に統治されている地域だけだよ」
サザ衛門が言う。
「海神は見返りがないと村を守らないんだ。もし〈海の結晶〉を用意できなかったら、この村から追放されてしまう。だからこの村のヤドカリたちは毎日必死に〈海の結晶〉を育て、自分の体がボロボロになっても働きつづけて、それに――」
「サザ衛門。マーキュリーさんたちに、迷惑をかけるな」
何かを言おうとしたサザ衛門だったがドウザンに叱られて口を噤んだ。
何やら不穏な空気。
「……すみません」
サザ衛門は頭を下げてそれっきり何も言わなくなる。
なるほどね。
あたしたちが知ってはいけないことがこの村にはあるってことだ。
それにこの村のヤドカリたちが異様にやつれている理由もわかった。
村から追い出されないようにするために必死で働いていたからやせ細っていたのだ。
「〈海の結晶〉とやらは簡単に栽培できるものなのか?」
「できたら苦労しない」
やはりね。
苦労に苦労を重ねなければいけないものをウツボはヤドカリにつくらせる。
支配者と従属者の構造ができあがっている。
目をギラギラと輝かせて溌剌としているのは、今日もいい仕事ができたという安心感や充足感からくるものだろう。あたしからしてみればここのヤドカリは感覚が麻痺しているとしか思えない。麻痺どころか思考停止の家畜だ。
ここのお館様って奴はずいぶんと心理操作に長けているらしい。
村のヤドカリたちを掌握して奴隷根性を根付かせて洗脳している。
無気力なヤドカリが存在したのは洗脳にかからなかった奴だろう。
働かざるを得ないから働いているという感じ。村から追い出されないために。
「ヒャッハー! 俺様のお通りだぜえ? りる らる りん りん どん!」
ウツボ野郎が店の中に入ってきた。
あたしはパスタを啜る。
ちゅるりん。
兄弟たちも啜る。
ちゅるりん。
「おぉん!? てめえはあのときのクソ女じゃねえかおぉん!? こんなとこで何をしてるんだおぉん!? お日柄もよくランチタイムってかおぉん!? おぉんおぉん!?」
ちゅるりん。
あたしは無視して食べる。
するとウツボがぐねぐね近寄って鼻先をあたしの顔に近づけてくる。
うぜえな。
近えよ。
暑苦しい。
「おぉん!? 俺様を無視するとはいい度胸じゃねえかおぉん!?」
ちゅるりん。
「ヒャ、ヒャハ。ムカつく女だぜ。お前、俺様の女になれよ、ヒャ、ヒャハ」
ちゅるりん。
「俺様の美しい顔が目に入らねえのかよおぉん!?」
ちゅるりん。
「まあいいぜえ? 俺様は今日はこんなことをしに来たんじゃねえんだ。仕事でわざわざ来てやったんだよ。この荒びれた辺境の村によお。りる らる りん りん どん!」
ちゅるりん。
それからウツボ野郎はドウザンに向き直って空席の椅子を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばしたと言っても頭でど突いたような形だけど、吹き飛んだカルシウムの椅子はあまりの威力に粉々に砕け散ってしまった。バキン。あたりに白い固形物が散乱して急に骨臭くなって敵わない。飯が不味くなる。うえっ。
慌てて〈海の結晶〉を四つ持ってきたドウザンが献上品を手渡そうとするが、ウツボ野郎はそれに構わないで店内の設備を次々と思うままに破壊していく。
ゴロゴロガッシャン!
ウツボが頭突きをするたびにカウンターやら座席やら壁やらが大穴を開けて砕け散る。
「や、やめてくだせえウツボ様! やめてくだせえ!」
ドウザンが土下座した。
「ヒャハ! やめねえぜい? こんな店、俺が潰してやるよ。ありがたく思いな?」
「勘弁してくだせえ! これがないとあっしらは、〈海の結晶〉を稼げなくなります!」
「じゃあ村を出て死にな? ヒャッハー! あね あね あん あん どん!」
ちゅるりん。
あたしは無視してパスタを食う。
そのときウツボの太い尻尾が鞭のように迫ってきてテーブルの上の皿をすべて床にぶちまける。カルシウムの皿は半分に割れてパスタの中身が床に落ちた。あたしの気分も落ちた。本当にどうしてくれようかこのクソ野郎は。
ぴりぴりとした緊張の空気にヤタロウが店の端っこで震える。
あたしはその場にしゃがみ込んで割れた皿と台無しになったパスタにハサミを伸ばす。
「食べ物は粗末にするもんじゃないよ、歴史的プランクトンのウツボ野郎。コイツらだって料理になる前はちゃんと手足を動かして生きていたんだ。台無しにしちゃあ失礼だぜ?」
「プランクトンじゃねえ! 天上天下唯我ウツボだ!」
あたしは床に散乱しているパスタを手に取って口の中に放り込んだ。
ちゅるりん。
「親父。うまかった。あたしたちはお暇するよ」
あたしが立ち上がる。
兄弟たちもあたしの真似をして慌てて床のパスタを口に突っ込んだあと、あたしの背中を追いかけて店の外までついてくる。
店の外には〈海の結晶〉を手にしたヤドカリたちで溢れ返っていて、回収班のカニたちの前にずらりと列をなして並んでいた。野菜の選別をするおばちゃんのように〈海の結晶〉を四個受け取って「次の方~」と流れ作業的に処理をする。
「あ、姐御……」
キュピ之介が心配げに窺った。
あたしはハサミを腰に当てて言う。
「あたしが暴れちゃあお店に迷惑をかけてしまうだろう? ヤタロウやサザ衛門やドウザンにね。ウツボ野郎にお仕置きをするには、店と関係のないところで店と関係のない者がやらなくちゃいけねえのさ。斬り棄て御免、天誅ってな」
「きゅぴ……」
「ちょっくらあの阿呆のあとをつけて、お館様に暑中見舞いとでも行こうじゃないか。お宅のウツボを食わせてくださいってな。心やさしい女神であるあたしもさすがにブチギレたぜ。アインシュタインもベロを引っ込めるレベルにね」
それに、海神の手下の顔も見ておきてえしな。
あたしはもう星空マーキュリーじゃねえ。
劇場版マーキュリーだ。
【変色・緑Lv4】
【変色・白Lv2】
【変色・桃Lv2】
【自己再生Lv2】
【銀槍Lv2】
【伸縮Lv1】
【吐墨Lv1】
【速拳Lv1】
【骨鎧Lv2】
【毒耐性Lv2】←NEW!
【光源Lv2】←NEW!




