24.かわいいあたし、定食屋でパスタを食う
2回目
あたしたちはドウザンに連れられて定食屋に向かう。
定食屋は他の巻貝ハウスと同じ成分でできており、他のものと比べてみるとどことなく横に広い気がした。横に広くて平べったい感じで大衆の居酒屋としての雰囲気をこれでもかと滲み出している。その雰囲気が暖かくて懐かしくて嬉しくてあたしは心が躍り立つ。
入口から店の中に入ると石灰色のカウンターにサザ衛門の姿が見えた。
「へい、らっしゃい。お、マーキュリー」
「そういや一級アルバイターとか言っていたな」
あたしたちはカウンター席に座る。
へー、と店の中を見渡していると不意に肩を揺すられるような感覚があった。
ヤドカリベイビーヤタロウだ。
「サザ衛門はね、すっごいんだよ!」
「なにがだ? 十文字以内で答えよ」
大怪我をしていたことが嘘のようにヤタロウは明るく振る舞う。
「ケンゴウガウナって言ってね、乱破雅天流の免許皆伝なんだよ!」
「なんだそれ。すごいのか」
「それほどのことでもない」
頭をカリカリ掻きながらサザ衛門が答えた。
「マネビガウナのあんたに比べたら、俺はまだまだ未熟者だ」
「それで、免許皆伝っていうのは?」
「鋏術の流派のことだ。その名を海に轟かせている」
「へえ、すごいんだな」
ヤドカリにはヤドカリの文化があるんだなとあたしは再確認する。
マザーが深海から浅瀬に来て卵を産んだきりだから文化というものを学ぶ暇がなかった。
生まれてすぐに試練とか言われてサバイバルレース真っただ中だったので仕方がない。
「俺の夢は、海中を回って鋏術を教えることなんだ」
「じゃあどうしてこの村で一級アルバイターをしているんだ?」
「この村が気に入っているのもあるし、この村で教えている最中なのもあるし、この村に心配事があるっていうのある。全部が解決したら、また海をさすらい歩くさ」
「心配事って、村に問題があるのか?」
「ウツボ様のことだよ」
「ああ……」
あたしは得心がいく。
脳みそがトコロテンのあいつは確かにこの村の悩みの種だ。
おちおち散歩もできねえ。
そのとき目の前にことんと料理が置かれた。
ドウザンが炎の料理人の顔になっている。
「これは?」
「この海で必要な特質は何かと、あっしは考えました。そこで思いついたのは【毒耐性】でごぜえます。こちらの料理はランタンクラゲのパスタになります。毒抜きは完全には施しておりません。【毒耐性】のためでごぜえます」
「なるほど、毒か」
確かに今のあたしたちは【毒耐性】が皆無だ。
もし毒攻撃をしてくる奴を相手取ったなら耐性の有無で勝負が決してしまう可能性がある。この海では腕を振るっただけで岩を砕くような生き物がうじゃうじゃといる。
つまりあたしたちは一撃のもとで命を奪われてしまう可能性が高いのだ。
そのような状況下で麻痺毒などを食らってみろ。
痺れている間に敵の腕力でヤマタノオロチだ。
ドウザンの洞察は理に適っている。
そうだ。
あたしたちに必要な特性は【毒耐性】だ。
まったく気にも留めていなかった。
危ねえ危ねえ。
誰かと交流してみるものだな。ヘイ。
「この料理の毒は調節してあるんだな?」
「もちろんでごぜえます。そのへんに抜かりはありません」
「いただこう。偉大なる父に感謝を。アメンボ」
「アメンボ」
「アメンボ」
「アメンボ」
兄弟たちも神にお祈りをしてからクラゲに取り掛かる。
コリッコリッコリッ。
歯ごたえがあってよろしい。
「うまいよ親父。うまいけど、確かに口の中が痺れるな、これは」
「びりびりきゅぴよ~」
「頭が熱いきゅぴ~」
「ワシ、無事にラリる」
ほどなくするとあたしの体に慣れ親しんだ電波が送られる。
ぶるぶる。
てぃきん!
ランタンクラゲから得た特質は二種類。
【毒耐性】と【光源】。
あたしにはそれがわかる。
「感謝するぜ親父。無事に特質を獲得できたみたいだ」
「お安いご用です。能力に磨きをかけるために、いくらでも食してくだせえ。何品でもおつくりしやしやす。ポポポン村随一のオペラ歌手、このあっしが」
「助かるぜ、親父」
「マぁーマぁーマぁー♪」
「歌わなくていいぜ、親父。耳障りだ。うるせえ」
ドウザンがへこへこと頭を下げる。
「すいやせん。マぁーマぁーマぁー♪」
「うるせえ!」
頑固だね親父。
チアリーダーの髪の毛にへばりつくチューイングガム。
そしてあたしは兄弟たちに振り返り、
「きめえ!?」
ドキンと飛び上がるほどに驚愕する。
兄弟たちの顔が眩く光っていた。
きめえ!きめえ!
あれが【光源】の特質だと頭ではわかっているけど、顔面を光り輝かせる兄弟が途轍もなくきめえ。ものすごく幸福感に満ち溢れた顔で輝いているのが余計に腹立つ。
どうして顔面を光らせようと思ったんだよお前ら。
その思考回路の過程が知りたい。
顔面を光らせてお前らに何の得があるって言うんだ?
口の隙間から木漏れ日のように差し込むその光は何の役に立つんだ?
「エルシャラとチワワの顔が光ってるきゅぴよ!」
「キュピ之介だってそうきゅぴ!」
「ワシ、照る!」
「いきなり能力を使ってんじゃねえ。びびらせんな。パンプキンライトかよ。今は面白おかしいハロウィンタイムじゃねえんだぜ? トリック・オア・トリート?」
なにが悲しくて顔面を懐中電灯のように光らせなきゃならねえんだ。
あたしを笑わせる気かよ。
もう顔がニヤけ始めていてヤバイ。
それにしてもこいつら本当に楽しそうに顔を光らせる。
そういえばワカメを食ったときも無性に緑がいいとか言って聞かなかった。自分の体の変化というものが面白くて面白くて仕方ないのだろう。気持ちはわからないでもないしあたしも【銀槍】の特質を手に入れたときは歓喜で打ち震えたものだった。
「ワシ、照る!」
「ワシも、照る!」
「ワシも、照る!」
「あたしも、照る!」
思わずリズムを取りたくなるほどのコンビネーションパンプキン。
兄弟たちに釣られてなんだかあたしも徐々にテンションが上がってきた。
「ちょっとお前ら三匹とも並んでみろよ」
「きゅぴー?」
言われるがままに兄弟たちはあたしの目の前で一列に並んだ。
「あたしが合図をしたら一斉に光らせるんだ。いいね?」
「きゅぴぴ!」
「わかったきゅぴ!」
雁首をそろえた兄弟たちがその目に好奇心を宿らせてあたしを見つめる。
これからこの三つの雁首がどうなるかを想像して笑い転げそうになる。
「いくぜ。せーのっ」
チカ!
あたしは噴き出した。
きめえ!
三匹の顔面がそろって黄金に輝いている。
三匹とも自信満々の笑みで直立不動。
なんで自身満々なんだよ意味わかんねえ。
あたしはゲラゲラと笑って、
「お前らやべー! キモすぎ! 超光ってる!」
サザ衛門たちがドン引いている中であたしは笑いを抑えることができなくなる。
カウンターをばしばしと叩いて八本の脚で床をどんどんと踏み鳴らす。
あたしたち兄弟はお互いにうなずき合うと無言で肩を寄せ合った。
恐ろしく神聖で神妙な顔。
あたしたちは感謝の念が絶えない。
顔面が光ることに感謝を。素晴らしき世界に感謝を。愛する兄弟に感謝を。
新世界の扉が開け放たれた。
ヤタロウやサザ衛門やドウザンが「コイツらやべえ、ガチで頭イっちゃってる」という視線を向けてくるが知らねえ。どうでもいい。知ったこっちゃねえ。兄弟と通じ合っていればそれでいい。この喜びを分かち合えることができればそれで十分だ。あたしたちはいま新世界の扉を開けたのだし、新世界の扉を開けたのだから俗物的なことでは動じることもない。あたしたちはすべてを抜き去って呆気なく光速になった。麗しの光速ヤドカリ。遥か彼方から世界のすべてを見下ろすことができる。ハロー・オーシャンワールド。
何も言葉にすることなくあたしたちは肩車をつくり始める。
一匹が一匹の体をよじ登り、一匹が二匹の体をよじ登り、あたしが三匹の体をよじ登る。
一丁上がり。
世界が羨むトーテムポール。
そして、世界が彩りで満たされる。
チカ!
四匹の顔に明かりが灯った。
ヤドカリハロウィンの開催だ。
世界はヤドカリに照らされる。
過去も未来も現在も。
ハロー・オーシャンワールド。
あたしはここにいる。
◇
「な、なにっ? きゃあっ!? まぶしいっ!?」
東の方角から強烈な光が差して込んできて思わずベニヒメは目をつぶる。
「さ、最近の海は変だわ……狂ってる……」
そしてベニヒメは、温かい光に包まれた。
意味がわからねえ。
ことごとくプロットが破壊されるのでライヴ感がすごいですけどひやひや感もすごい。もしかしたらヤドカリハロウィンのくだりをカットして差し替えるかも。




