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23.かわいいあたし、綺羅サンゴを宅配する

1回目



 村の中のヤドカリはやはりやつれている。

 だがよく目を凝らしてみると溌剌としたヤドカリと無気力なヤドカリの二種類がいた。あたしが初めてこの村にきたときは舞い上がって皆が溌剌だったように見えたが、実はそうでもなかったらしくて、中にはやはり疲労でくたくたになっているヤドカリもいたのだ。


 砂地を歩いて病院に向かいヤタロウが眠る病室の中に入る。


「取ってきてやったぜ、綺羅サンゴ。瞬きするよりも簡単だった。ヘイ」

「なんと……!?」


 エルシャラが医者ヤドカリに綺羅サンゴを手渡す。


 本当は死にもの狂いで取ってきたものだが、わざわざ心配をかけるようなことを言う必要もないだろう。あたしの前方に兄弟たちが覆い被さっているので、あたしの失った両腕は向こう側からは見えない。


 これでいい。

 あたしのハサミはどうせまた生える。


 でもヤタロウの命は一度失ってしまえば二度と蘇らない。

 死んだ命は取り返せない。

 青魚に食われた兄弟たちのように。


「どうやってこれを見つけてきたんだ!?」


 綺羅サンゴの虹色の輝きを何度も繰り返して見て医者ヤドカリが言う。


「道端に生えていたのさ。あたしと出逢うためにね」

「そんなことがあるわけない……。綺羅サンゴはサンゴ礁の中に埋もれるように生えるんだ。己の体を外敵から守るために。道端に気安く生えているような代物では決して……」


 医者ヤドカリが狼狽えた声を出す。

 あたしは笑って飄々とつづけた。


「そいつは孤高のサンゴだった。つまりそういうわけだ。この世の中には例外ってものがあるんだ。まあ、この世には例外なくブサイクな幼女は存在しないがね」

「しかし、外には気触れの魔物がいるんだぞ? それをこんな短時間で……」

「ああ、いたさ。気色悪いクリオネがね。だけどあたしたちにはワカメがある」

「なるほど、マネビガウナの擬態か」

「そういうことだ。言っただろう? 世にも奇妙な緑のお姉さんだって」

「ああ……」


 医者ヤドカリが納得したようにうなずいた。


「じゃあ早速薬の調合を始めてくれ。そろそろヤタロウも、お昼寝のし過ぎだろうさ」

「そうだな。わかった」


 綺羅サンゴを手にした医者ヤドカリがばたばたと病室を通り過ぎる。

 だがあたしとすれ違う瞬間に大きく目を見開いて立ち止まった。


「マーキュリーさん、あんた……」

「なんだい?」

「……いや、何でもない。やっぱりあんた、粋なヤドカリだよ」


 背中を向けてそう告げると、医者ヤドカリは廊下を闊歩して行った。

 あたしの耳には波の音がゆらりゆらりと聞こえる。



 作詞作曲 あたし

 タイトル あたしは爆弾魔


『笑かすなジョージ

 それはバーボンじゃねえ

 ホットミルクだ

 こっちを見な今すぐに

 何だかわかるかジョージ

 噂のレディージョーカー

 あたしは爆弾魔~♪』



 いい詞と曲が書けてあたしはご満悦。




     ◇




 虹色の固形物を手にして医者ヤドカリが帰ってきた。

 あれが調合した薬なのだろう。

 錠剤くらいの大きさで、きらきらと輝いて宝石のように見える。


 病室にはサザ衛門とヤタロウの父・ドウザンがいる。

 意識不明のヤタロウの前腕を優しげに撫でていた。


 医者がヤタロウの喉奥に虹色に輝く錠剤を押し込む。

 するとヤタロウの体がどくんどくんと弾けるように脈打ち、見る見るうちに外傷が治癒していった。綺羅サンゴの効能ヤバすぎだろ。賢者の石かよ。


 翌日病室に向かうともうすっかりヤタロウは元気になっていた。


「あ! マーキュリーお姉さま!」


 貝殻ベッドからヤタロウが笑顔を向ける。


「めちゃくちゃ元気じゃねえか。昨日まではかひゅかひゅ言ってたのに」


 凄すぎるにもほどがあるぜ、綺羅サンゴ。


「ありがとう! お姉さまのおかげって、ボク聞いたよ!」

「それほどでもないよ。元気になって何よりだ、グロい見た目のおチビちゃん」

「お姉さまってすごいヤドカリなんだってね!」


 なぜか兄弟たちが胸を張って自慢し始める。


「当然きゅぴ」

「姐御はすごいきゅぴ」

「巨大イカだってズパンと――」

「おいチワワ。その話はしねえ約束だったろ?」

「きゅ、きゅぴー……」


 しょんぼりと触手を垂れ下げるチワワ。


 ベッドの傍らにいたドウザンがあたしの前まで歩いておもむろに頭を下げた。


「ありがとうごぜえました! ありがとうごぜえました! 恩に切ります!」

「いいんだ」


 あたしは片手を上げて制止した。


「うちのヤタロウがとんだご迷惑をおかけして! ありがとうごぜえました!」

「子供の前で頭を下げるんじゃあないよ、親父。感謝の気持ちは、あんたの表情からもう頂戴してるんだ、三分前にね。あんたの安堵した表情で、あたしはとっくに報われてる。今この瞬間において、言葉は無粋だ」

「しかし、それだけではあっしの気が……」

「それなら美味しいものを食わせな。定食屋の店長なんだろう、あんた?」

「え、ええ」

「あたしはマネビガウナだ。じゃあ、あとはわかるな、親父?」

「特質のことでごぜえますな。あっしにお任せください。とっておきのものを用意しておきましょう」

「決まりだ」



 ヤタロウは本日退院する。



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