22.かわいいあたし、ヤドカリの村に帰還する
円筒状に抉れたサンゴ礁の谷に舞い降りる。
いくら目を凝らしても虹色だ。
ちっちゃな虹色のサンゴが他の白色のサンゴに紛れて生えている。
30センチくらいの大きさの一個体。
「やべーな」
あたしは何となしにあたりをぐるりと一周見渡した。
この広大なサンゴの森からこの30センチの一個体を探し出すのはとんだ無謀な挑戦だと今ではよくわかる。
激レアアイテムであることも理解した。
そりゃあレアに決まっている。
巨大イカが生息しているサンゴ礁で、この30センチぽっきりの枝を見つけなければならないのだから。山の中腹で、数多の落ち葉の中から虹色の落ち葉を探し出すのと同じ道理だ。やれやれ、あたしは幸運の女神に愛されてるね。うおーん!
「キュピ之介、根元を切ってくれ」
「きゅぴー」
綺羅サンゴの根元をハサミで切り取る。
根元を残すことでもしかしたらまた生えてくれるかもしれない。
家出をして山の中で生活していたときも、あたしはすべての植物を刈り取ることはしなくて、何株かその場に残して子孫の繁栄に想いを馳せた。
サンゴにも同じことが通用するかはわからないが、根こそぎ持って行くよりかは今後のために可能性を残しておいたほうがいいだろう。
なんせレアアイテムだからね。
「あたしは綺羅サンゴを手に入れた! てれーれーれー!」
二本脚で頭上にサンゴを掲げる。
わー、とチワワが控えめに拍手してくれる。
「これよりホームへ帰還する。おうちに帰るまでがデスゲームだ」
「きゅぴー」
これでヤタロウが回復してくれたらいいのだが。
白色のサンゴの森を抜ける。
緑色に変色して擬態を完了させたあたしたちがワカメ地帯を歩いているときだった。
緊張感に漲らせた巨大イカが水中に漂っていた。
あたしたちはワカメの隙間から暖簾をくぐるようにして巨大イカの様子を窺う。
巨大イカに対峙しているのは10メートル級のクリオネである。
クリオネ。
日本では「天使」だとか「妖精」だとかと呼ばれていたが、それはクリオネが数センチ程度の小さな生き物だからだと確信する。巨大イカよりでかい10メートル級であればどこをどう贔屓目に見てもただの化け物だ。テレビスターのイケメン歌手が10メートルまで身長を伸ばしたら女性ファンから空き缶を投げつけられるのと同じ。
キモい。
キモすぎる。
なんだよあいつ。
半透明な宇宙人かよ。
なんか赤色の内臓が透けて見えていろいろと勘弁。
あたしだってヤだよ。
10メートルのおかんとか。
絶対化け物じゃん。
「あらマーキュリー。忘れものよ。はい、お弁当」「うるせえ木偶の坊!日本列島でも支配してきな!」「あらあら、怪獣じゃないのよ、お母さん」「怪獣だよ!」「朝から元気ねマーキュリーは。太陽の子だわ」「あんたがでけえから太陽が陰ってんだよ!お隣さんの冷ややかな視線プライスレス!」「もう。朝から吠えないでちょうだい」「おかんを見たら猫でも吠えるわ!永久にな!うおーん!」「行ってらっしゃい」「行ってきます!」
それにあのクリオネは明らかに普通ではなかった。
サザ衛門はこう言っていた。
「気触れの魔物の特徴は、まず第一に瞳がくもっていることだ」
奴の目はくもっている。
「そして次の特徴は、体の一部に魔物の模様が浮かび上がっていることだ」
確かにクリオネの腹部には何やら脈のような禍々しい模様が浮かび上がっている。
まるで呪印のような。
間違いない。
奴は気触れの魔物だ。
ポポポン村の恐れる気触れの魔物だ。
あたしとキュピ之介とエルシャラの三匹は咄嗟にチワワの口を押さえた。
こういう意味不明な状況になるといつもチワワは意味不明な声を発する。
チワワはどうして口を押さえられているのかわかっていない様子で混乱した。
目線をあたしたちに向けて、「新しいお遊び?」みたいな感じ見つめてくる。
違う、そうじゃないんだ、チワワ。あほ。
今このタイミングであたしたちの居場所を教えるわけにはいかないからこうしているんだ。あたしの両腕は未だに消滅したままだし、巨大イカでさえも手こずったのに気触れのクリオネまで相手にするとなるとさすがに骨が折れる。
チワワの触手が嬉しそうにぶんぶん振り回される。
もういいよお前は自由で。
自由に生きろチワワ。
海は広い。
巨大イカの触手は四本しか残っていない。
二本はあたしが消滅させたし、三本はドリルを破壊したときに付随して消えた。
残りの一本はいつの間にかキュピ之介がぶっ飛ばしていた。
だから今は四本。
四本のドリルを甲高く掻き鳴らして巨大イカがクリオネに迫る。
突如、クリオネの周囲に氷の槍が生成された。
あたしは頭が痛くなる。
氷の槍って。
いきなり五十本の槍って。
あのクリオネはウィザードか何かなのか?
クリオネの腕が振り落されると氷の槍が次々に発射されて巨大イカの体躯に突き刺さっていく。青い血を水中に撒き散らす巨大イカはクリオネの目前に到達したところで動きを停止させた。あたしと戦っていたときのような光が目に宿っていない。
完全に沈黙して、ぷっつりと糸が切れるみたいに海底に沈み落ちる。
巨体が砂地に衝突すると地響きが発生して白色の砂が火山のように噴き上がった。
『グオオオォォォ――!』
クリオネが咆哮する。
「はい、おつかれさまですー」
あたしたちはクリオネを無視して村に帰った。
クリオネ:
流氷の天使、流氷の妖精と呼ばれています。
巻貝の仲間らしい。
可愛らしい通り名とは裏腹に肉食性で凶暴であり、海中に漂う同じ大きさの貝を食べて生きているとか。形状はけっこう人型に近くて、頭には二本の触手が生えて猫耳みたいな感じ。透き通った体から赤色の内臓が見えちゃいます。




