21.かわいいあたし、綺羅サンゴを探す3
4回目
「うおっ!?」
ぶおん!とイカのドリル触手が薙ぎ払われる。
あたしは首を引っ込めて辛うじて躱す。
頭のすぐ上を刃のように鋭い閃きが通り過ぎた。
「ぐがあっ!」
物凄い水圧ののち、触角が消し飛んで激痛が走るが我慢。
触角如きで【自己再生】の一回分を使うなんて愚の骨頂だ。
ならば今が試すときであろう。
強化外骨格をな。
メキメキメキ。
体躯から白くて尖った骨が突き出てくる。
頭部にも禍々しい兜を装着。
あたしは骨の鎧を纏った戦士に変身する。
全身を骨色で固めた戦闘ヤドカリ。
そして当然、鎧からは銀色の槍が無数に生えている。
「このー! 姐御に怪我を負わせやがってー!」
遠方から舞い戻ったエルシャラが怒りで目の色を変えて突撃する。
瞬時にイカとの距離が詰まり、そして、またもやエルシャラは彼方まで吹き飛ばされた。
「きゅぴー?」
触手で払われたのだ。
エルシャラの間の抜けた声が遠くまで尾を引いていった。
もうエルシャラの姿は米粒のように小さく、吹き飛ばされるままに身を任せている。
完全にエルシャラのほうに向き直っているイカの不注意をあたしは見逃さない。
強化外骨格で身を包んだあたしが高速で近づきスマッシュパンチ。
ズパン!
イカの触手が二本まとめて消し飛んだ。
まさに消滅。
透き通った白色のタンパク質が浮遊する景色をあたしは目を細めて眺める。
イカの様子はどうだ?
黒い墨を吐き散らしながらうねり回っている。
あたしも奴と戦えるということは理解したがここで深追いはしない。
読みを誤ったら死ぬのはあたしのほうだ。
あたしも奴を消滅できるし、奴もあたしを消滅できる。
そのことを忘れてはいけない。
慎重に慎重を重ねて隙を探る。
「姐御! ワシも加勢するきゅぴ!」
「馬鹿、キュピ之介! チワワ!」
興奮しているイカに近づくのはまずい。
イカは周囲に何もないのに触手をぶん回して我を忘れているのだ。
あの何気ないぶん回しに触れてしまったらエルシャラの比ではない衝撃が襲う。
超速の丸太がぶち当たってくるようなものだ。
「馬鹿野郎! 戻れ!」
しかしチワワとキュピ之介は【速泳】を駆使してイカのぶん回しを躱しながら泳ぐ。
だが過信は禁物だ。
「ああっ!」
あたしは蒼白になる。
目をつぶりたくなる。
怒り狂ったイカのドリルが兄弟たちに当たりそうで当たらない、というこの状況が途方もなく恐ろしい。当たったら一撃で死ぬのに何で無鉄砲に近づくんだ。触手の腹にぶつかるのはまだいい。しかしドリルにだけはぶつかっては駄目だ。ドリルにぶつかったらどうなるかなんて眼下のサンゴ礁を見ればすぐわかるだろう?
あたしは必死に泳いだ。
このまま兄弟たちを危険に曝すわけにはいかない。
イカの乱舞の間を掻い潜ってまずはチワワの首根っこを引っ掴む。
そんで後方にぶん!と放り投げる。
「きゅぴー?」
間の抜けた声。
「うるせえ」
後ろに流されていくチワワに言い放つ。
「今は攻撃のタイミングじゃあない。相手が落ち着くのを待つんだ」
そして前を向く。
ズパン!
「!?」
あたしは度肝を抜いた。
強化外骨格を纏ったキュピ之介がイカの触手を一本、仕留めていた。
「我の目には止まって見えるわイカ童子……!」
カッコイイのだが。
兄弟たちは思いの外優秀だったらしい。
キュピ之介はイカの攻撃を躱しては近づき隙がないと見るや退き、と完全にボクシングスタイルで絶対的な死線の最中で格闘を繰り広げる。何者だよあいつ。マーシャルアーツかよ。
「どうしたイカ童子。その程度の拳では、鈴の音も鳴らせぬぞ」
「馬鹿――!」
あたしは咄嗟にキュピ之介のもとに駆け始める。
イカの攻撃を躱しつづけたことに気分をよくしたのか、調子に乗っていたキュピ之介はイカの触手が無数にあることを忘れてやがる。
あたしの目からははっきりと見える。
キュピ之介の背後に迫りくるドリルの影を。
一撃必殺の奴の武器を。
イカが脚を伸ばして遠まわしでドリルゲソを潜ませていたのだ。
キュピ之介の背後に。
あたしの聴覚にはドリルの回転するウィンウィンという音がやけに粘ついて聞こえた。
「きゅぴー?」
ドリルの音が耳に届いたのかキュピ之介は後ろを振り返り、ほどなくしてすとんと勝気な表情を失わせた。
「きゅ、きゅぴぴ!?」
慌てふためいて回避しようとするがもう遅い。
ドリルの切先がキュピ之介の目前にまで迫っている。
恐怖に染まったキュピ之介の表情。
甲高く掻き鳴らされるドリルの音。
ウィンウィン!
ズパン!
「ぐああっ!」
あたしは吠える。
イカのドリルに渾身のスマッシュパンチをお見舞いした。
あたしの右のハサミが千切れ飛んだが奴のドリルも砕け散った。
お互い様だ。
「きゅぴ! 姐御!」
「安心しなミジンコブラザー。あたしがついてる」
「姐御ぉ!」
「泣くのは押し入れの中にしな。ママにからかわれる前にな」
あたしはイカに向き直る。
怒りに燃えている姿をしかと受け止める。
「かかってきなイカ野郎。あたしは面倒臭い女だぜ? ヤンデレなんでね」
ぐいんと鞭のような触手が遅いかかるが、ズパン!
あたしはその先端のドリルを粉々に破壊する。
「ぐぅ!」
目をぎゅっとつぶって腹の底に力を加える。
痛みが走って脳髄にびりびりと電気が駆け巡る。
イカも何やら苦痛の雄叫びをあげる。
さらに刺突のようなドリルが発射されるが、あたしは即座にハサミを再生させてスマッシュパンチをぶっ放す。これが最後の自己再生だ。無駄にはしない。
「三本目ェ!」
イカのドリルとあたしのハサミが交錯する。
けたたましい重音が響き渡ってお互いの腕が粉砕される。
あたしとイカを中心に輪っか状の波紋が海底中に膨らみ渡った。
衝撃波が走り抜けて、嵐に直撃したかのように海底中の海藻が荒ぶる。
「ぎぃ!」
あたしは激痛を堪える。
そして巨大イカの目をじっと見る。
巨大イカがじっと見つめ返してくる。
やがて巨大イカは、
その馬鹿でかい図体を翻して、
海の向こう側へと泳ぎ去った。
あたしはその場に崩れ落ちる。
力が抜けてへたり込む感じだった。
今日もまた少しだけ生き延びたよ、マザー。
あたしは強くなれたかな?
「ふう……」
「姐御ぉ!」
キュピ之介が顔を擦りつけて甘えてくる。
今回はヤバかった。
あたしの両腕はもう消し飛んでいて再生回数も尽きている。
もしこのままイカが諦めてくれなかったどうなっていたことか。
兄弟たちで対処できていたかもしれないし対処できていないかもしれない。
向こう側からチワワが弾丸のように泳いできて、
さらに彼方からエルシャラが尻尾をぶんぶんドルフィンキックして猛追してくる。
その顔が必死すぎてあたしはついぷっと吹き笑いを零す。
きめえんだよお前ら。
ちらりと視線を流してみればサンゴの割れ目にやはり虹色が垣間見えた。
「ふう」
任務完了。
死傷者、ゼロ。
弟の愛、三つ。




