20.かわいいあたし、綺羅サンゴを探す2
3回目
サンゴの森をすいすいと泳いでいると巨大イカに鉢合わせる。
くそ。
マジかよ。
あたしたちは臨戦態勢を取って対面する。
「油断するなよ兄弟。過信は禁物だぜ?」
「わかってるきゅぴよ」
そうである。
いくらあたしたちにできることが増えたと言っても慢心は命取りとなる。
あたしはそれを嫌というほど知っている。
イカの全長は7メートル。
ゲソの部分が鋼鉄のドリルになっていてウィンウィンと回転してやがる。
あたしの口から涎が漏れ出た。
あの特質は最高にイカす。イカだけにってな。あはっ。
殴っていーぜ?
とにかくドリルはあたしにとって垂涎ものの能力だ。
強化外骨格+ドリル+スマッシュパンチ=スーパーロボット
そう。
スーパーロボットごっこをして兄弟たちと遊べるのだ。
なんという至福。
なんというロマン。
「マジンゴー! マジンゴー!」
あたしの合図で兄弟たちがびゅんびゅん泳ぎ回る。
やはり速い。
巨大イカの周囲を旋回させて撹乱させる。
だが兄弟たちをイカに近づけるような真似はさせたくない。
あのドリルが危険すぎるからだ。
たとえあたしたちが巻貝を背負っていたとしても、いとも容易く風穴を開けられて刺突されてしまうだろう。ドリルの貫通力は想像も絶する。
正直言ってタコとはくらべものにならないほどの強さだ。
まあベニヒメが言うにはタコの中にも人間の船を沈没させる種族がいるそうだし、あたしが戦って倒したタコは雑魚の部類だったのかもしれない。
しかしこのイカはどうだ?
緊張感が全然違う。
この緊張感はシャコと戦ったときとそっくりである。
シャコの場合はスマッシュパンチをまともに食らってしまったら一撃で死んでしまうという緊迫感があった。それと同じだ。このイカのドリルを食らってしまったらあたしたちは一秒もかからずにバラバラ殺人事件の被害者になってしまう。
しかも最悪なことにかすっただけで死ねる。
そこがシャコとの違いだ。
シャコはかすっただけでは死なない。
せいぜい体の一部が欠損するくらいだ。
でもイカのドリルは常に高速回転しているし、触れただけで体がバラバラになるのは目に見えている。物理的にそう決まっている。ドリルの周囲だけ渦巻きの流れができている。あんなので突かれたらひとたまりもない。絶対にドリルだけは回避しなくては。
「とりあえずタコ墨だ。墨を吐いて目を潰すぜ?」
「きゅぴー」
「よし今だ!」
ぶぼー。
四匹が一斉に墨を吐く。
【吐墨Lv1】の特質でもくもくと黒い闇が現れ、あたしたちはそれに紛れて移動する。
小声で聞く。
「配置はいいか?」
「いいきゅぴよ」
「こっちもきゅぴ」
「ワシ、万全」
あたしたちは四方に分かれて巨大イカを取り囲んだ。
もちろん【変色・白】と【変色・桃】の合わせ技で体の色を変え、周囲のサンゴ礁に擬態しているので奴の目からは確認できない。
巨大イカはドリルをウィンウィンと鳴らして様子を窺っている。
「よし行け、エルシャラ」
「きゅぴっ」
イカの背後にいるエルシャラが突進して、イカの透き通った図体に体当たりする。
もちろんその身に銀槍を宿して。
鋭い槍の切先が突き刺さった瞬間にイカは暴れ回る。
ぐねぐねぎゅいんぎゅいん。
イカの図体に突き刺さったままのエルシャラは、のた打ち回るヘビのようなイカの挙動にぶんぶんと振り回される。バタバタと揺れる応援旗みたいになっている。
「う、うわあ、姐御ー! 目が回るきゅぴー!」
「く、食らいつけエルシャラ! あたしたちも向かう!」
だがすぐにエルシャラは吹き飛ばされてしまう。
強大なイカの膂力に耐えきれなくなり、びゅーんと遠心力で彼方まで飛んだ。
「ま、まずい」
作戦が台無しになってしまった。
背後にいる奴がまずイカに攻撃して警戒させ、その隙に残りの三方向から攻め入るつもりだった。しかしこのイカはあたしの予想を越える暴れっぷりだった。銀の槍が痛かったのかどうかは知らないが、あれほどぶんぶん振り回されたらあたしたちはどうにもならない。
想定外の強さだ。
あたしは敵の力量を見誤った。
すぐに水中でブレーキをかけようとするが、【速泳】を習得しているチワワやキュピ之介は咄嗟に止まれない。鞭のようにしなったドリルゲソが目にも止まらぬ速さで迫りきて、手足を駆使した兄弟たちが何とか水を弾いて緊急回避する。
これも【速泳】の力だ。
【速泳】の力でピンチになって【速泳】の力でピンチを脱した。
あたしは人知れず息を吐く。
冷や汗が止まらない。
兄弟たちをかすめた強大なドリルはサンゴ礁の一端に触れて、ガリガリとカルシウムを削りながらぞっとするような傷跡を残す。
海底が抉れていた。
ドリルの軌道上にあったサンゴは物の見事に削り取られた。
排水溝みたいな通り道が底にあるだけだ。
や、やべえ!
ちょっとやべえ!
海中には無残なサンゴの破片が大量に漂っている。
もしドリルがチワワやキュピ之介に命中していたら、あのサンゴの代わりに兄弟たちがバラバラになっていたのだ。一口サイズの魚の餌に。
「じょ、冗談じゃねえぜ……」
こいつには敵わない。
倒すとかそういう次元の話じゃない。
今は生き残ることが重要だ。
作戦変更。
どうにかしてやりすごす!
奴の瞳は常にあたしたちを見ている。
逃げ切ることは無理そうだ。
ならばどうする?
あたしたちが面倒臭いと思わせるしかない。
あたしたちを面倒臭いと思わせて、それで諦めて帰ってもらうしかない。
そしてあたしの視界の端には、
抉られたサンゴ礁の割れ目に、
虹色の輝きを捉えていたのだった。
レアアイテム発見!
てれーれーれー!
……生きねば。




