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16.かわいいあたし、ヤドカリの村に参上する

 4回目



「なんだよここ……」


 あたしたちは挙動不審になりながら村の中を彷徨い歩く。

 やべー。

 みんながあたしたちを見ている。

 あたしたちとはどこか違った形状のヤドカリたちが飛び出た眼球をぎょろぎょろと動かしてあたしたち四兄弟の動向を注視してくる。

 なんだか背中がむず痒い。


「マネビガウナでしゅ……」

「マネビガウナもげ……」

「マネビガウナぷるしぇんこ……」

「マネビガウナずらたん……」


 すごく注目されている。

 マネビガウナという種族がそんなに珍しいのか?

 日本にいるインド人のようなものだろうか?

 あたしからすればこいつらの語尾のほうが引くほど珍しい。


 海底200メートルといったところにこんな村があるとは思いもよらなかった。

 幻想的な光景だ。

 海面から降り注ぐ陽光の筋、それに照らされる渦巻き状の家、陽気なヤドカリの住人たち。おとぎ話にでも出てきそうな村みたいであたしはちょっとテンション上がる。


 でもヤドカリの住人たちは陽気とは言ってもなんだか痩せ細っている気がする。

 やつれている。

 ガリガリ。

 食い物に困っているのか?

 それとも精神的な要因か?

 でも精神的な要因にしては結構満足そうな表情をしている。

 リア充だ。

 体を絞って必死に働いているけどそれが気持ちいいというような職人気質的なリア充。

 あたしは勝手にそう判断する。


 いるよな。

 お前働きすぎだろってやつ。

 文化祭とか体育祭で人一倍働いて疲れ果てているんだけど笑顔が絶えねえの。

 ここの住人からはそういう空気を感じる。

 まああたしはそういう奴は嫌いじゃない。

 むしろ好きだ。


 というかあたしは体育祭になると暴走してしまってあたしが走らなくてもいい徒競走にまで参加して全力疾走したりする。本当は6人で走るレースなのだがその外枠にちゃっかりあたしが混じって「ヘイヘイヘイ!」ってな感じで7人目として走るのだ。


 レース参加者はドン引きである。


 でもあたしは素知らぬふうを装って「ヘイヘイヘイ!ピッチャーびびってる!」ってな感じで威嚇して走る。観客も大盛り上がり。最高潮に爆発。最初は6人しかスタートラインに並んでいなかったのにピストルが鳴った瞬間に7人目が颯爽と現れたのだからびっくりもするだろうし面白おかしくも思うだろう。


 しかもあたしは風のように速い。

 アナウンスの女子生徒も声を若干引き攣らせつつ実況する。


「ら、乱入者が混じりました!6位を抜き去り5位を抜き去り4位を抜き去った!どこまで差を詰めるのか!おっと3位に接近!抜いたあ!2位に接近!これもまた抜いたあ!物凄く速い!速いです!どうして乱入なんかしてるのでしょうか!私にもわかりません!それにしても速い!速すぎる!体育教師が追いかけて必死に彼女を止めようとするけど追いつけません!おっと中指を立てたあ!お子様は目をつぶっていてください!教育上よろしくありません!PTAの方々はご着席ください!落ち着いて落ち着いて!さあさあさあ!大詰めの1位対決!どちらが勝つのか!言わせるな!乱入者に決まっています!抜いたあ!ぶっちぎりのスピードです!体育教師がバテて転びました!大丈夫ですかー!そして乱入者の彼女がゴールに向かいます!いま気づきましたが彼女は裸足です!裸足で走っています!小学生か!おっとゴールテープがピンと張られたあ!いいのでしょうかこれで!私にはわかりません!彼女のためにゴールテープが張られてしまったこの状況を教頭先生が嘆いております!乱入者はゴール目前!ゴールテープ!ゴールテープ!?彼女はゴールテープを切らない!?なんとゴール目前で前転宙返りをしてゴールテープをひらりと飛び越えました!着地!そして万歳!10点です!おっと、両脇を教師に掴まれて職員室に連行されていきます!その間に本来の1位の方がゴールイン!おめでとうございます!」


 楽しかった。


 でも頑張るのは体育祭だけで文化祭は教室であんぱんを食ったあとぐーすか眠った。

 ここのヤドカリたちはそういう方向の頑張りではなくて、体育祭や文化祭をより素晴らしいものにしようと準備する生徒たちの頑張りの方向で頑張っている。そういう気がしたしそういう空気をぴんぴん感じる。だからあたしは好きなのだ。


 でも頑張りすぎるのはいいけど飯はちゃんと食ったほうがいい。

 見ていて居た堪れないほど痩せ細っている。


 あたしが村の中央に近づいたとき巨大なウツボの石造が目に入った。

 村の象徴とでも言うように堂々とした振る舞いで建造されてある。

 あたしは傍で呆けていたガキンチョヤドカリに声をかける。


「おいあんた、このウツボの石造はなんだ?」

「お館しゃまでしゅ」

「お館様? なんだそれは?」

「この村を守ってくれてるお方でしゅ」

「ウツボがヤドカリを守るのかよ?」

「そうでしゅ。最近は気触れの魔物が多くて村の外は大変でしゅ。でもお館しゃまのおかげでこの村は大丈夫なのでしゅ。お館しゃまは強くて優しくて立派なお方でしゅ」

「ふうん? 食ったら駄目か?」

「だ、駄目でしゅ! マネビガウナしゃまは伝説のヤドカリしゃまでしゅが、しょれでもこの村のお館しゃまを食べることは駄目でしゅ。オイラ悲しみましゅ」

「ふうん?」


 ていうかあたし伝説のヤドカリなのかよ。

 初耳なんだが。


「あたしって伝説のヤドカリだったのか?」


 あたしは試しに聞いてみる。


「そのように聞いてましゅ。ヤドカリの中のヤドカリ。ヤドカリの王だと絵本で読んだことがありましゅ。オイラたちは浅瀬に住んでいましゅが、マネビガウナしゃまは深海に住んでおられるヤドカリしゃまで、めちゃくちゃ強い深海生物を食べてその特質を真似して勢力を広げる覇王だと聞きましゅ。深海生物の四天王と言われていましゅ」

「へ、へえ。あたしより知ってんじゃねえか坊主」

「憧れでしゅから」


 気恥ずかしそうにガキンチョが言った。

 憧れのお姉さんに対面して心なしか嬉しそうだ。


 チワワが胸を張って偉そうにしているところ、エルシャラに軽く叩かれてしゅんと落ち込んだ。キュピ之介は水中に泡を吹いて遊んでいる。三匹三様。みんな違ってみんないい。


 あたしたち兄弟はそれぞれに個性がある。

 あたしはそれらを尊重して伸び伸び育てることに決める。

 あたしはゆっくりと目を細めて微笑んだ。


 そのとき唐突に騒がしい声が聞こえてきた。


 声が聞こえたほうに視線を向けるとひょろ長いウツボが大将風を吹かせて威張っている。


「ヒャッハー! 俺様のお通りだぜヤドカリども! ひれ伏しなヒャッハー!」


 あたしは白目を剥く。

 なんかヤバイ奴が来た。




 星空マーキュリー

 メンヘラ。


 キュピ之介

 ときおり達観したことを言う。

 自由人。


 エル・シャーラウィ

 身体が縦に長い。

 しっかりもの。


 チワワ・ザ・デストロイ

 目がでけえ。

 癒し系。


 ベニヒメ

 暇を持て余したイソギンチャク。

 プランクトンの数を数える遊びを発明する。




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