13.かわいいあたし、ゴングを鳴らす1
1回目
とりあえずあたしもロケットジャンプを試してみた。
びゅおーん!
水圧がめちゃくちゃキツイけどかなり高いところまで跳んでゆける。
遊園地の垂直型アトラクションみたいだ。
爽快感がマックス。ティラノはレックス。ニーハイはソックス。
かなり高い位置から海底を見下ろすことができる。
あたしたち四匹は特に意味もなくびゅおんびゅおん飛び跳ねて遊ぶ。
きゃは。
「きゅぴぴ、すごいきゅぴね!」
「楽しいきゅぴ」
飛び跳ねるあたしたちの横をウミガメが面倒臭そうに通り過ぎていく。
おいこらふざけんじゃねえぜ。
あたしたちは見せもんじゃねえんだ消え失せな。
もしかしててめえは、あたしたちが見せもので飛び跳ねてるとでも思ってんのか?
サーカスか何かとでも思っているのか?
やめてもらえるかなそういう風評被害は。
金をもらって飛び跳ねるような安い女じゃないんでねあたしは。
こっちは好き好んで跳んでるんだ、ジロジロ見てんじゃねえ。
なんだよその眠たそうな目はよ。馬鹿にしてんのか。はん。
あたしは面倒臭そうなウミガメの背中を見送る。
あばよ。怠惰に泳ぐ海底のUFO。
そして視線で追っていくとあたしは遠くのほうで青魚の大群を発見する。
さっと血の気が引く。
「お、おい、お前ら! ジャンプやめろ! ジャンプ禁止!」
「きゅぴー?」
「きゅぴーじゃねえ! 遠くに青魚の群れが見えた! 隠れるぞ!」
「きゅぴ!」
ベース基地である岩蔵に引き返して青魚がどこかへ消えるのを待つ。
脱皮したせいで基地がずいぶんと狭く感じられる。
近いうちにお引越しを考えないといけないな。
すると今度は岩蔵の中に侵入者が現れた。
「な、なんだてめえ!」
あたしはキョドりつつも威嚇する。
奴は小首を傾げる。
チワワも小首を傾げる。
奴はあたしたちに似たようなエビ型の生き物だったがどうやら形状が違う。
でもあたしは奴の正体を知っている。
シャコだ!
あたしはくそでかいシャコのもとへ近づきつつ牽制する。
「よおよおよお。ここはあたしたちの家なんだ。余所者は帰ってくれるかな、ヘイ?」
ズパン!
「――あ?」
シャコがいきなりスマッシュパンチをぶっ放してきた。
あたしはあたしの体を呆然と見下ろす。
右のハサミが跡形もなく消し飛んでいた。
「い、痛ええええ!?」
あたしは地面に転げまわって悶える。
あいついきなりパンチしてきやがった!
しかも何も見えなかった!
超スピードのスマッシュパンチ!
やばい。
やばすぎる。
ごろごろと転がりながら何とかハサミを生やす。
検証結果でわかったことだが自己再生は一日に一回しかできないことが判明した。
Lv1では一日一回が限度というわけだ。
あたしはもう今日の分の自己再生を使い果たしてしまった。
これ以上自分の体を消し飛ばされたらもう復活できねえ。
死んでしまう。
岩蔵の隅ではチワワとキュピ之介が怯えて涙目になってガタガタと震えている。
そんな二匹を守るようにエルシャラがやさしく頭を撫でる。
エルシャラは面倒見がよくて頼りがいがあってあいつらの中でお兄さん的な役割を果たしている。あたしは知っている。チワワが末っ子みたいな存在で、いつも突拍子もない行動や怯えて意味不明な行動をしてしまうのだが、エルシャラはそんなチワワを抑制してやさしく宥めてくれる。弟たちは任せたぜエルシャラ。やさしい世界。
あたしは再びシャコと相対する。
シャコはボクシングチャンプみたいにシュッシュッと空ジャブをかます。
余裕かよ。
くそ。
顔つきも涼しげで余裕だ。
さすがはスマッシュパンチという必殺技を持っているだけはある。
スマッシュパンチという強力な技があればそりゃあ涼しげにもなる。
生まれながらにしてエリート。
シュッシュッシュッ。
なんなんだよ。
いきなりの強敵。
いきなりの来訪者。
このまま逃げるという選択肢もありだ。
どうせこの基地はそのうち捨てる予定だったからこのシャコにくれてやってもいい。
だがあのスマッシュパンチの特質はぜひともコピーしたいところだ。
ならば戦うしかあるまい。
ゴングを鳴らせ、あたし。
「チン!」
口でゴングを鳴らす。
きゅぴっ?とチワワが驚いているが無視。
坊やは大人しく震えてな。
シュッシュッシュッ。
空ジャブ。
だからあたしも空ジャブを仕返す。
シュッシュッシュッ。
「姐御すごいきゅぴ……」
「奴と張り合ってるきゅぴ……」
「姐御かっこいい……」
はん。
当たり前だ。
あたしにかかればこの程度朝飯前よ。
さて次の手はどうするか。
あたしにニヒルに笑う。
余裕たっぷりの笑み。
本当は余裕などないが余裕がありますよーとアピールすることで奴をびびらせる作戦だ。
これで奴も「な、なに!? この状況で笑ってやがるだと!?」と内心では思っているに違いない。
シャコはまた小首を傾げた。
はは。効いてる効いてる。
あたしの余裕の笑みで底知れぬ恐怖を抱いている。
生物の格の違いってやつを教えてやるよ。
あたしは水中に墨をばら撒いた。
タコの特質の【吐墨】を利用して口からどす黒い煙幕を張ったのだ。
これで奴の視界が馬鹿になる。
この勝負はもらったも同然だ。
あたしはさっそく筋力の増強した八本の脚で加速する。
墨の中を突っ切って奴のボディーに一発お見舞いするつもりだ。
世界は黒に染まってあたしはその中を泳いでシャコの胸元に到達する。
ズパン!
「あ?」
体に物凄い衝撃が走った。
トラックがぶつかってきたかと思うほどだった。
あたしは恐怖に頬を引き攣らせて自分の体を見下ろす。
今度は左のハサミが消し飛んでいた。
「痛ええええっ!?」
地面をごろごろと転がって激痛をやり過ごそうとするが全然消えてくれない。
ハサミを生やして一秒でも早くこの痛みからおさらばしたいがそれも叶わない。
涙目になる。
もうやだ。
ワカメを食べてお布団で眠りたい。
シャコ:
シャコはエビと似ているけど、別の甲殻類だそうです。
前脚が折りたたまれた鎌のような形をしていて、それから繰り出されるパンチはめちゃくちゃ強いです。ガラスの水槽を叩き割る映像をテレビで見たことがあります。やべー。なんかパンチの初速は時速80kmにも達して、地球上の生物の中で最も速いらしいですよ。ぱねえ。ネットで調べてみると、拳銃並の威力とか書かれてました。え。拳銃って。もしシャコが人間サイズなら、パンチ力720トンですって奥さま。わあ、物凄いエネルギー量。ニュートンもびっくり。
味は知りません。美味しいんですかね?
回転寿司でよく見かけますが、食べたことはありません。
基本的にシーチキンと玉子とタイしか食べないので。