10.かわいいあたし、能力を開発する
「あ。やばい。やばいわ。これガチだわ。あたし震えてる」
ヒトデを食べてからあたしの体が急激に熱くなってくる。
キュピ之介もエルシャラもチワワも心配げな視線を寄こしてくる。
「あ。やばい。なんか出そう。出る。出ちゃう。出る出る。ああ……ああ……!」
「姐御……」
「大丈夫きゅぴ?」
「ワシ、怖い」
あたしは自分を抑えられなくなった。
自分の体を抱きしめて全身をさすってそれから体を前後に揺する。
「ああ……ああ……出ちゃうぅ。出ちゃうよぅ。ぅう。出る。出る出る。出るううう!」
にゅぽん!
ふぁ!?
あたしの肩口から腕が生えてきた。
青魚に食い千切られたはずの前脚がにゅぽんと。
「あたしSUGEEEEE!」
あたしは叫んだ。
「腕生えてきた! あたしKAKKEEEE!」
マジかよ。
こんなこともできるのかよ。
マンガで見たことがあるぜ、腕を生やす緑色の宇宙人。
兄弟たちも瞳をきらきらと輝かせてぴょんぴょこ飛び跳ねる。
「姐御SUGEEEEE!」
「キモSUGEEEEE!」
「化物SUGEEEEE!」
そういえばヒトデには自己再生能力があると聞く。
プラナリアとかもそうだし多分タコもそうだ。
あたしがヒトデを食ったことでその自己再生能力の特質をコピーしたのだろう。
これはあたしにとっては予想外のことだったので非常に嬉しかった。
あたしが予想していたのは見るからに物騒なあの銀色の槍だった。
あの銀色の槍は滅茶苦茶かっこいいからぜひ我が能力のひとつに加えたかったが、それができなくてがっかりするなんてことはなくてむしろ自己再生能力のほうがよりあたしを興奮させていた。自己再生能力と言えば最強な能力の一角を担っている。
個人的にはビームに次ぐかっこよさだ。
いかすぜサイコパス。
無限のオムライス。
あたしは生えたばかりの腕で顎に手をやる。
「まさか腕が生えるとはな。ヒトデサマサマだぜ。正直言うと、これから片腕でどうしようかと思ってたんだ。それがまさかロケットえんぴつのように生えてくるなんてよ」
すると今度は兄弟たちにも異変が襲った。
「あ、あねご……」
「やばいきゅぴ……」
「ワシらも……」
「どうしたお前ら!?」
あたしは目を見張って驚愕する。
兄弟たちが自身の体を抱いて雨の日の捨て猫のように打ち震えている。
なにが起こってやがる?
大丈夫なのか?
「あ、ああ……」
「出るきゅぴ。なんか出ちゃうきゅぴ」
「で、で、出るうう!」
シャキン!
ふぁ!?
兄弟たちから銀色の槍が突き出てきた。
あのヒトデが纏っていたように何本も。
「お前らSUGEEEEE!」
叫ばざるを得なかった。
銀色のウニだ。
兄弟たちが銀色のウニと化した。
自己再生能力のみならず銀色の槍まであたしたちは手にしたのか。
あたしはあたしの才能が恐ろしい。
「これってすごくねえかっ。あたしたちに最強の鎧ができたってことじゃねえかっ」
「!」
「!」
「!」
「もしかしたら巻貝なんかいらねえのかもな」
「姐御もやってみるきゅぴ」
「ああ」
あたしはあたしの本能に問いかける。
――あたしもあいつらのように銀色の槍を纏うことができるか?
――可。
わかる。
あたしにもできることがわかる。
あたしは自分の内に秘められた才能を手探りで辿ってゆく。
見つけた。
あたしの新たな才能。
それを掴んで引っ張り上げる。
シャキン!
「できた! マンマミーア! タコ焼きトルクメニスタン!」
あたしから無数に銀槍が突き出てきた。
「おめでときゅぴ」
「あたしたちはこれから海の重戦士だ。我が道を切り開け諸君」
「きゅぴ!」
「きゅぴ!」
「きゅぴ!」
「それにしてもきめえなこれ。全身から槍が生えるっていうのはよ。ウニですらきめえってのに、ヤドカリが針千本ってキモすぎにもほどがあるぜ? 戻すか」
「きゅぴ」
あたしたちは一斉に槍を体内に仕舞い込んだ。
射出された槍がまるで沈むようにぬぷぷと消えていく。
仕舞い込んでから試しにもう一度出現させてみる。
シャキン!
戻す。
シャキン!
戻す。
シャキン!
あたしはだんだんと面白くなってくる。
「便利だなこれ。だいぶ生存しやすくなった気がする」
「安心感が半端ないきゅぴね」
「そうきゅぴね」
「安心、安心」
あたしは兄弟に近づいてさらに検証をつづける。
「とりあえずお前らも腕を生やしてみるか? 並べよ。腕を斬ってやる」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「経験しとこうぜ何事も。日本人男性の約七割がマリファナを経験している」
「そう……」
「きゅぴ……」
「ね……」
観念したのか三兄弟が腕を前に伸ばした。
あたしは腕から生やした銀の槍で兄弟の腕を斬り上げた。
緑の血を滲ませてヤドカリの一部が水中に刎ね飛ぶ。
「ぎゅびいい!」
しばらくのあいだ三兄弟は悶え苦しんでいたが、「ふんぬ!」と声を漏らして腕の再生に成功していた。チワワは興奮していたのかワカメの特質で緑に変色していたため、傍から見れば緑色の宇宙人が腕を生やす名シーンを見事に再現していた。頭から2本の触手が生えているキモグロエイリアンであるからなおさらだった。あたしは猛烈に感動した。
これならやれる。
槍という武器に。
再生という奥義。
そしてワカメの緑。
紺碧の覇道をあたしは歩む。
弱者が食われる摂理なら、食う側に立てばいいだけだ。
生き物たちには何の怨みもないがどうしようもない。
紺碧の世界は至ってシンプル。
勝者に生を。
敗者に死を。
難しいことを考えた奴から負けていく。
ただ単純に強くあればいい。
それだけだ。
何も考える必要はない。
食って、真似て、食って、真似て、食って、真似る。
ただ単純に、強く、純粋であれ。
ハロー・オーシャンワールド。
あたしはここだ。
さあて土俵に上がったぜ?
はっけよいのこったと行こうじゃないか有象無象ども。
【変色・緑Lv1】
【自己再生Lv1】←NEW!
【銀槍Lv1】←NEW!
ヒトデ:
漢字で人手、海星と書くらしいです。海星はなんかすごくカッコイイですね。
ヒトデの中には毒を持つやつもいて、漁師泣かせな生物のひとつだそうです。
ヒトデの能力はなんと言っても再生能力。結構短い期間で体が回復し、腕が一本千切れたとしてもすぐに生えてきます。ヒトデの種類の中には、わざと真っ二つに分かれて分身するやつもいるとか。分身して再生して個体を増やすというわけですね。きめえ。