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シンバツピリオド.  作者: 楓馬知
9/43

 あと数日もすれば五月。ようやく、神罰の十二分の一を終えることができる。

 本年度に入り、神罰は五回を終えている。全体的に強い神罰が起きていると玲次は言っていたが、それでも全員死なずになんとか神罰を乗り切っている。

 神の罰。入学してからずっと調べ続けているが、わからないことが多い。

 思案に耽っていた体に、不快感が走る。もう幾度も経験してきていることではあるが、これは慣れない。

 机の上に広げていた本をぱたりと閉じ、左手に天羽々斬を生み出す。

 視界の隅で黒い結界が上っていき、教室の生徒たちが慌ただしく動き始める。

 視線を後ろに向けると、そこに心葉の姿はなかった。最近になると神降ろしは全ての生徒が終えており、授業は平常通り行われている。心葉も今朝は普通に登校して授業を受けていたのだが、この神罰が起きる正午の時間は必ずどこかに行っている。

 紋章所持者であるという立場から戦わなくてもいいということだが、俺には気にし過ぎに思えてならない。でも、心葉の行動でクラスの人間が安心しているように感じるのも事実ではある。

 黒い結界が美榊高校を覆い尽くしたとき、グラウンドに空間の歪みが現れた。

 だが、今までの神罰と少し様子が違った。

「空間の歪みが、四つだけ……?」

 今まではグラウンド中に展開されていた空間の歪みが、今回は四つしかない。しかも大きい。これって……。

「やべぇな……」

 いつの間にか玲次が横まで来ており、険しい顔で唸っていた。

 玲次の向こうに七海もやってきて、手首にレーヴァテインを生み出す。

 木の枝のような形をしているにも関わらず、その枝自身が紅蓮の炎を纏っている。世界を焼き尽くすと言われる炎の力に直結し、そのまま炎を得て力と化す。

 空間の歪みからすぐに妖魔が現れない。現れる妖魔が大きければ大きいほど、強大であれば強大であればあるほど時間がかかると、どこかの文献で読んだ気がする。

「四体か。俺たちだけで迎え撃つには厳しいな」

「……そうね。かといって全員で戦うのはリスクが高過ぎる」

 玲次と七海が話している間に、空間の歪みから現れた。

 現れたのは、鎧武者。戦国時代をイメージさせる鎧に、手や足の至る所まで鋼を纏っている。片手にはその鎧武者の身の丈もありそうな大太刀が握られ、兜が包んでいるはずの顔の部分は全てを飲み込みそうな闇が渦巻いている。

 その大きさは、約十メートル。

「なんだあの大きさ」

 初めて見る巨大な妖魔に目を剥いて驚いていた。今までの妖魔とは明らかにレベルが違う。

 当然手にしている太刀も身長に見合った凶悪な獲物で、それだけでもどれだけの重量と破壊力を秘めているのかわからない。

「俺はすぐに出てもいいか?」

 左手に持った天羽々斬の鍔を親指で押し上げ刀身を覗かせる。刀身から溢れ出した白煙はすぐに俺の体に纏わり付く。

 今までは神罰開始と同時に突っ込んでいたが、さすがに今回は玲次たちの指示を仰ぐ。

「凪、お前ならあいつらを引き離せるか?」

 玲次の視線の先にいる鎧武者たちは、現れた当初は広いグラウンドの中央に固まっていたが、ゆっくりとこちらに歩き始めている。

「確かにあんな固まってちゃ攻めにくいな。任せろ。できるなら一体くらいは倒しておく」

 天羽々斬を鞘から抜き放ち、鞘は神力に変えて消した。体に纏わせていた白煙を足に集中させる。

「凪」

 七海は俺を呼び止め、今回想定される作戦を伝えた。

「……了解、その通り行くことを祈っているよ。じゃあ、行ってくる」

 窓枠に足を乗せ、グラウンドへと飛び出した。空中を蹴り、鎧武者の側面に回り込むように走る。

 俺の行動に気付いた鎧武者が一体、こちらを向いた。

 その瞬間、鎧武者は太刀を携えてこちらに向かって走り出した。

 数十メートルあった距離があっという間に詰められる。図体通り決して速くない。ただ一歩一歩が大きく、そしてリーチがとんでもなく広い。大太刀の間合い、十メートルほどの距離に俺が入ったところで、その手の恐ろしく長い獲物が振り下ろされた。

 空中を足場にしたまま、仙術で体を限界まで強化し、天羽々斬をかざして防御する。

 振り下ろされた太刀が天羽々斬と激突した。

 あまりの衝撃に空中で体を支え切れず、体が吹き飛んだ。

 すかさず左手に白煙を集め、空中に滑らせてバランスを取る。

「なんて力……。あの馬鹿でかい図体は、伊達じゃないってことね……」

 空中を吹き飛び、痺れる腕を押さえながらも苦笑する。

 ほんの少し心配して天羽々斬を見るが、その刀身には傷一つなかった。さすが、神刀と呼ばれるだけのことはある。

 体勢を立て直すと同時に、迷わず別方向へ飛んだ。

 飛んだと同時に別の鎧武者の太刀が先ほどまで俺が場所を斬り裂いた。

 顔をしかめながらも、グラウンドの反対側まで回り込んだ。二体が釣れたため、ある程度引き離すことはできたがかなり厄介だ。

 この鎧武者、速度の方は見かけ通り大したことない。だがいかんせん、攻撃力が馬鹿みたいに強い。今までの妖魔は強引ながらもなんとか渡り合えてきたが、今回の妖魔はそうもいかない。

「いやぁ、中々にきつい相手っすね」

 どこから現れたのか、脇からひょっこり白鳥が姿を現す。そんな白鳥に驚かず、俺は言葉を返す。

「面倒くさいこと極まりないね」

 案外余裕がありそうな俺を見た白鳥は、からからと笑った。

「確かにそうっすね。でも、負けるわけにはいかないっすよ」

「ああ、わかってる」

 話している間に鎧武者が近づいてきており、太刀を横に薙いだ。

 跳んで避けた俺たちの下を太刀が通過していき、風が唸りを上げる。白鳥は綺麗に受け身を取りながら着地した。

「さて、ここからが本番っすよ」

 白鳥の言葉と同時に、校舎にあるいくつもの入り口から生徒が雪崩れ込んでくる。

 先頭から玲次と七海、それから御堂が跳び出してくる。

 そして、ある程度散らばった鎧武者三体に、それぞれが向かっていった。

 どうやら、先ほど七海が言っていた作戦通りになったらしい。

 七海の言っていた作戦は、基本的には腕利きの人間、つまり仙術が使える人間だけで鎧武者を引き付け、他の生徒は援護に回るというものだ。今のところ、こちらの戦いやすい形に散らばった。

 さらに、お互いが必ず近すぎる距離にならないということ。

 あの巨体に加え、あのリーチ。

 乱戦になってしまえば被害が出ることは必至だ。

「じゃあ、俺も行くぜ」

 眼前に佇む鎧武者に、天羽々斬を突き付ける。白刀の刃からさらに白煙が溢れ、それが刀身に纏われていく。

「僕もやるっすかね」

 白鳥の両手にそれぞれ短剣が一本ずつ現れる。赤い剣身と青い剣身の双剣だ。

「まずは二人で一体片付けるか」

「そうっすね!」

 俺と白鳥は同時に走り出した。

 白鳥は小さな竜巻のようにグラウンドを駆け抜け、一気に鎧武者の懐に飛び込んだ。スピード特化型の仙術使いと呼ばれるだけのことはある。

 鎧武者に反応させない速度で側部に回り込んだ白鳥は、赤い剣で鎧武者の脇腹を斬り裂いた。だが、巨大なだけあって鎧も頑丈らしく、火花を散らしながら浅い傷を作っただけだった。

「固いっすね……でも!」

 白鳥は着地後すぐに体を返し、今度は青い剣で、先ほど赤い剣で付けた傷を斬りつけた。しかし、再び火花が散るだけであまりダメージは与えられていない。

 白鳥がニヤリと笑う。

 突如、鎧武者の脇腹の傷口が爆発した。紅蓮の爆炎が弾けるとともに、鎧武者の体が傾いていく。

 武器の攻撃の組み合わせによって、いくつもの能力を生み出す。

 それが白鳥の持つ双剣、【干将莫耶(かんしょうばくや)】の能力だ。

 傾いた鎧武者の体は重力に引かれゆっくりと倒れ始める。

 俺は天羽々斬を手に、空中を駆けて接近していく。

 刀身に集めた白煙が刃を形作る。

「まずは一体!」

 巨大な刃と化した天羽々斬を、兜と鎧の継ぎ目に振り抜く。

 兜もかなりの強度を誇っていたが天羽々斬の刃に砕かれ、宙を舞って飛んでいく。首から上がなくなった鎧は、地面に向かって落ちていく。

 倒した。

 そう判断したとき、視界の隅から光る何かが飛んできた。

「――ッ!」

 天羽々斬を引き寄せると同時に、とてつもない衝撃に体が吹き飛んだ。

 視界を揺らしながらもなんとか地面に着地する。

 俺を吹き飛ばしたのは、鎧武者の太刀だ。

 首から上がなくなっているにも関わらず、鎧武者は太刀を手に悠然と佇んでいた。

「……妖魔に常識も何もないか」

 首から上がなくなったからと言って倒せるとは限らない。妖魔にそんな常識は通用しなかった。

「ならこれならどうっすか!」

 白鳥は青い剣で赤い剣の刃を撫でる。赤い剣は鮮烈な光を放ち、白鳥は先ほど爆発を起こした鎧武者の側部に回り込んだ。

「せいや!」

 白鳥は赤く光を放つ剣を、爆発して罅が入っている鎧の側部へ突き立てた。剣は強固な鎧に吸い込まれるように突き刺さった。

 だが鎧武者の動きは止まらず、懐にいる白鳥に拳を振り下ろした。白鳥は顔をしかめながらも自慢のスピードを生かして掻い潜り、再び鎧武者に向かっていった。

 首を飛ばし、脇腹を貫いても鎧武者は止まらない。

 素早く視線を周囲へと滑らせると、他の面々も苦戦しているようだった。

 玲次が戦っている鎧武者は、既にあちこちに穴が開いていた。玲次の持つ雷上動の水破は鎧武者の防御すらも貫通しているようだが、それでも鎧武者の動きはまったく衰えていない。

 七海の相手をしている鎧武者は鎧の装飾などが既に燃え尽きており、すすや焦げだらけで見た目はボロボロだ。

 巧みに操られる炎を前に動きづらそうであるが、動き自体は変わらず七海を襲っており、鎧武者が倒れる様子はない。

 最後の鎧武者は、御堂と柴崎たちが相手にしている。

 鎧武者は動き自体は速くないので、仙術が使える御堂がうまく立ち回って柴崎たちも戦いやすいようにはしているが、それでもダメージがまともに通らずに歯がゆそうだ。

 三体とも、簡単には倒れずに全員の顔に焦りが色濃く浮かんでいた。

 鎧武者を取り囲んでいる生徒は、特殊な戦い方をしていた。何人かが武器を構えて前に立ち、後ろにいる生徒たちは指で印を組んでいたり、何かを唱えていたりする。そして、その生徒たちから炎や氷の礫、稲妻などが放たれている。

「あれが……」

 鎧武者と戦っていた俺が校舎近くまで後退したとき、こちらの援護に来た生徒たちから飛ぶ。直接的なダメージにはなってないが、それでも十分足止めにはなっている。

「【法術】っす。仙術と同様にこの島に伝わっている、神罰に対抗するための力っすよ」

 神罰に対抗する力は、神降ろしや仙術以外にも存在する。俺も玲次や七海たちにそう聞いていたし、自らの調べで知っていた。

 法術は、神々の力を借りて様々な現象を操る術である。それは炎や水などから、エネルギーを直接扱うものまで様々である。

 美榊島が主に扱っている神道とは違う宗派のものであるが、美榊島は様々な宗教が伝わる島であるため、様々な技術が残っていたのだ。それを神罰に対抗する手段として使っているというわけだ。

 今までの神罰では、多数の妖魔を相手にする乱戦であったため使えなかったが、今回のような少数での戦いでは有効だ。

 だが、これらの術は使える人は使える人間が限られるらしい。仙術も含めた様々な術は、完全に資質がものを言うらしい。使える人は苦も無く使えるが、使えない人は何をやっても使えない。今鎧武者に術を放っている生徒は、三十もいない。

 しかしそれらの攻撃を受け続けても、鎧武者は倒れる様子はない。

 それなら、倒れるまでやるだけだ。

 俺は首がない鎧武者に向かって走り出す。

 真上から振り下ろされる大太刀を避け、高く跳び上がる。そして、天羽々斬を逆手に持ち、鎧武者の首元へ、鎧内部へと突き刺した。

 だが、まったく手ごたえがない。刀身が何かに触れたという感触すらない。切っ先が空を切ったことで腕が鎧の縁に当たり鈍い痛みが伝わってくる。

 鎧武者の中身は黒い渦が巻いているだけで、空っぽだった。

 顔をしかめていると、右方向から鎧の拳が飛んできて弾き飛ばされた。かなりのダメージを受けても不思議ではなかったが、思ったほどダメージになっていない。仙術で体を強化させて防御したからというのもあるが、それでもダメージが少ない。

 地面を滑りながら体勢を立て直し、痛む体をさする。

「首だけじゃなく、胴体、手足まで空っぽなわけか」

 だが、あの太刀の攻撃力は絶大だし、リーチの長さは圧倒的だ。それに、倒し方がわからない以上、攻め方もわからない。

「がぁっ!」

「ああっ!」

 呻き声が聞こえ、俺の近くに男子生徒と女子生徒が飛ばされてきた。御堂たちの近くで戦っていた生徒たちで、どちらも気を失っている。

 御堂たちはどうにも攻撃が通じない相手に舌を巻いており、鎧武者が後方で戦っていた生徒たちのところまで進行してしまったのだ。

「八城君! こっちは僕に任せるっす!」

 白鳥が鎧武者の気を引くように突っ込んでいった。

「悪い任せた!」

 俺は二人の生徒を担ぎ上げ、戦闘地域を迂回しながら校舎の方へ走っていく。二人とも太刀の攻撃を受けたわけでなく、命に関わるような怪我は負っていない。

 玲次と七海は危なげなく戦えているようだが、御堂の方が問題だった。

「くそっ……!」

 苦々しい悪態が聞こえた。

 御堂は鎧武者に何度も刀、鬼切安綱を振っているが、鎧武者にはまったく効いていない。

 鬼切安綱の能力は、斬るという動作を続けることによって攻撃力を増加していくというもの。斬り続けることによって攻撃力と剣速を無制限に上げることができるという恐ろしい力を持っている。

 だが、そもそも斬れない相手にとってはその能力がないも同然なのだ。

 御堂が相手にしていた鎧武者は、強引に御堂たちを突破して術を放っている生徒たちに向かっていった。

 武器を持っていなかった術を放っている生徒を庇うように、数人の生徒が前に出て武器を構えた。

「よせっ逃げろ!」

 それを見た玲次が大声で制止するが遅かった。

 槍で防御しようとしていた男子生徒。その生徒に、巨大な太刀が振り下ろされた。

 神降ろしで得た神器ではあったが、槍は呆気なく砕けた。

 そして巨大な太刀は、槍を構えていた男子生徒は体を斬り裂いた。

 時が止まったように男子生徒の動きが止まる。

 鎧武者の太刀が地面を打ち、その衝撃で男子生徒の体が斜めにずれる。同時に大量の血飛沫が周囲の生徒に降り注いだ。

 悲痛な叫び声が響き渡る。

「あ……あああああ!」

 術を唱えていた女子生徒は頭から大量の血液をかぶりパニックに陥り、鎧武者に背を向けて走り出した。

 鎧武者はそれを見逃さない。血に染まった太刀を自分の方に戻すと、逃げる女子生徒の背中へと太刀を突き出した。

 太刀は女子生徒の背中に吸い込まれるように突き刺さった。

 女子生徒は何が起こったのかわからないように目を見開いている。体から刀が抜き取られ、女子生徒は自らの血の海に沈んだ。

 また、人が死んだ。

 絶望が心の中を侵していく。

 鎧武者はさらに突き進み、他の生徒に襲い掛かった。御堂たちが食い止めようとするが間に合わない。

 鎧武者の太刀が、再び振り下ろされる。

 だが太刀が生徒に当たるより先に、轟音とともに巨大な稲妻が飛来し、鎧武者を直撃した。

 鎧武者の体は吹き飛んで宙を舞い、誰もいないグラウンドに打ち付けられる。

 なんだ?

 二人の生徒を抱えたまま走っていた俺は、稲妻が放たれた方向に目を向ける。放たれた場所は屋上に見えたが、神罰中に屋上に生徒がいるのか。

 近くに逃げる生徒が通りかかったので、気絶した生徒を彼らに預けた。

 視線を戦場に戻すと、倒れた鎧武者が起き上がるところだった。先ほどまで戦っていた鎧武者は白鳥がスピードで翻弄して時間を稼いでくれている。だが干将莫邪では倒すことは難しそうだ。

 玲次と七海は変わらず危なげな戦いを続けているが、未だ倒すには至っていない。

 先ほどまで戦っていた鎧武者は白鳥に任せ、立ち上がったばかりの鎧武者の前に立ちふさがる。

 周囲に倒れている生徒たちと漂う血の臭いを極力気にしないように意識を前に集中する。

 血に濡れた太刀と鎧が恐ろしく光り、俺を見下ろしてくる。

「邪魔だ引っ込んでろ!」

 戻ってきた御堂が俺を怒鳴りつける。俺は気にせず天羽々斬を構えていた。

 御堂や柴崎たちが鎧武者に向かっていき、再び戦闘を始めた。

 また、神罰で人が死んだ。誰も死なせないと息巻いておきながら、助けられなかった。

 二人もの生徒を死なせてしまった事実が責める。覚悟を決め、自らここにいることを選んだにも関わらず、役目を果たせず、犠牲者を出してしまった。

 父さんは、誰も死なせずに神罰を終わらせた。

 初日に八人、今日既に二人。

 こんな……空っぽの鎧に……。

 心の中で嘆いたとき、何かが引っ掛かった。

 空っぽの鎧。中身がないにも関わらず動いている。ただ、何も入っていないわけではなく、黒い何かが渦巻いているのだ。逆にあれが本体だと考えれば、見えてくるものがあった。

 あれは鎧武者の妖魔ではない。

付喪神(つくもがみ)だ」

 辿り着いた答えを確かめる方法は一つ。

 俺は御堂たちが一度引いたのを確認し、天羽々斬を手に鎧武者に突っ込んでいった。

 まずは先ほどもやったように、鎧武者の兜を斬り飛ばす。御堂たちが与えたダメージは少なからずあり、兜は簡単に砕けた。

 鎧武者は関係なく動き続けるが、構わず次の攻撃にかかる。

 鎧武者は太刀で反撃してくるが、リーチが長い武器は懐に入られたときに対応ができない。ましてや鎧武者の中身は空っぽのなので、殴る蹴るは大したダメージではない。この手の相手はむしろ距離を取ることが問題なのだ。

 鎧の継ぎ目を天羽々斬で徹底的に攻撃し続ける。一撃一撃ではさすがに破壊には至らないが、これまで度重なる攻撃で徐々に鎧が割れ、全体がもろくなり始めた。

 天羽々斬に白煙を纏い巨大な刃に変え、鎧武者の右肩へと振り下ろした。もろくなっていた肩は粉々に砕け、太刀とともに地面に落ちる。

 さらに空中に広げた白煙を蹴り飛ばし鎧武者の後方に回り込むと、左肩も切り上げて破壊する。

 周囲から散らばっていた生徒から歓声が飛ぶが、まだ鎧武者は動きを止めない。足で俺を蹴り飛ばそうと向かってくる。

 蹴りを掻い潜ると後方に回り込み、勢いを殺さないまま渾身の力で鎧に天羽々斬を薙いだ。

 天羽々斬は鎧の背部を捉え、その一撃は鎧を粉々に砕いた。

 砕けた鎧の中から黒い何かが出てきたが、それは空気に溶けるように消えていき、直後、鎧も空間の歪みに吸い込まれるように消えてしまった。

「玲次! 七海!」

 俺は少し離れていたところで戦っていた二人に呼びかける。

「付喪神だ! 本体は中の黒いやつだろうが、鎧を壊せばそれで倒せる!」

 付喪神は、物などに取り憑くと言われている妖怪の一種だ。あの黒い渦のようなのが付喪神の本体のようだ。付喪神は鎧に取り憑き、鎧を操って生徒たちを襲っていたのだ。

 つまり、直接攻撃ができない黒い本体を攻撃しなくても、鎧を破壊すれば付喪神は行き場をなくして倒すことができる。

 いかに堅牢な防具とはいえ、鎧には継ぎ目があり、そこを狙っていけば鎧自体にダメージを与えることはできる。鎧自体は最初から壊せる算段はあったのだ。だが、壊したところで中に渦巻く黒い何かを倒さなければ意味がないという判断が先行し、行動に移ることができなかった。

「なるほど付喪神か。鎧なんてありきたりなものだから気づかなかったぜ」

 玲次は口元を緩めて七海に視線を向ける。それを受けた七海は炎と踊りながらちらりと玲次に目を向ける。

「どちらにしろ。もう終わりよ」

 七海は、纏う炎をさらに強めた。

 鎧武者は炎の中を七海に向かって突き進んでくるが、途中でバランスを崩したように倒れた。鎧武者自身も何が起こったのかわからないように、足に頭を向ける。鎧武者の視線の先で、体を支えていたはずの足が熔解してドロドロに溶けていた。

 体だけはなかった。いつの間にか、鎧武者の全身が真っ赤な熱鉄と化しており、景色が歪むほどの高熱を放っていた。

「倒し方がわからないところで、鎧ごと溶かしてしまえば、何の問題もないわ」

 無情にも言い放つ。

 そして炎を纏った手を振り抜くと、炎の波が鎧武者を正面から吹き飛ばした。鎧の全てが熔解し、原型がわからないまでに崩れてしまった。

 鎧内部に潜んでいた付喪神は、七海に炎に飲まれて消えてしまった。

「さすが。じゃあ俺も!」

 玲次は七海が付喪神を倒したのを見届けると、雷上動から立て続けに如何なるものも貫通する銃弾、水破を放った。硬質な鎧もろとも簡単に貫通し、新たな穴が鎧武者に刻まれていく。

 そこで、玲次が戦っていた鎧武者の姿を見て驚いた。

 今新たに空いた穴だけではなく、既に鎧武者は全身が穴だらけだった。まともに動くことさえ難しそうだ。

 玲次は銃弾を放つことを止め、鎧武者に走り出した。そして、鎧武者の胴部に跳び蹴りを叩き込んだ。

「終わり!」

 鎧武者の胴部は穴が空いていたためもろくなっており、玲次の跳び蹴りを受けて胸板が割れる。鎧武者はそのまま仰向けに倒れ、バラバラに砕けた。

 妖魔をどう倒せばいいか、どこを攻撃すれば簡単に倒せるかということを考えていた俺に対して、二人はまったく違った戦い方をしていた。

 玲次と七海は、妖魔がどういう相手だろうと関係なく、確実に倒せる方法を選択して戦っていたのだ。

 俺とは違う、神罰をよく理解した戦いだ。

 ともかく、鎧武者はあと一体残っている。白鳥が粘って引き付けてくれているが、干将莫邪では鎧の破壊は難しそうだ。

「最後の一体か……」

 呟き、白鳥の援護に向かう。

 鎧武者はある程度ダメージは受けているようだが、まだ太刀を振るって白鳥を攻撃していた。

「付喪神すっか。道理で弱点らしい弱点がないはずっすね」

 俺が駆けつけると、白鳥は苦笑しながらそう言った。

「鎧さえ破壊すればそれで倒せる。後は任せてくれ」

 白鳥に言いながら鎧武者へと向かっていく。

 接近する俺に、鎧武者は太刀を横に薙いだ。だが振り切られる前に速度を上げ、さらに距離を詰める。そして、太刀を持つ鎧武者の手に打ち付けた。

 太刀が振られた力と俺自身の力で鎧武者の手から太刀が剥ぎ取られる。

 そのまま股をすり抜け後方に滑り込むと、鎧武者の両膝の裏に天羽々斬を打ち付けた。鎧武者はバランスを崩して後ろに倒れ込んだ。

 鎧武者は倒れたまま太刀を拾おうと手を伸ばすが、その前に俺が太刀を掴み取った。

 恐ろしく長い太刀は、見た目通りとんでもない重量だ。何キロあるかの想像もつかない。

 天羽々斬は白煙だけ残して消し、白煙で作った足場を駆け上っていく。いくら仙術で強化しているとはいえ、巨大な質量を無理矢理持ち上げているため、体中の筋繊維が悲鳴を上げる。

 構わない。この体がどうなろうと、死にさえしなければ問題ない。

 遥か上空まで上り詰めると同時に、白煙を足場に蹴り飛ばし、鎧武者に向かって落下していく。

 鎧武者は立ち上がり逃げようとするが、間に合うタイミングではない。

 数メートルにもなる太刀を高々と振り上げ、落下の勢いを殺さないまま鎧武者に振り下ろした。

 巨大な太刀は、兜のない鎧の首元から腹部までを押し潰した。

 いくら切れ味がいい太刀だとしても、分厚い鎧を斬り裂くなんてことはできるわけがない。だから俺は、落下の勢いを利用して潰すという選択を取った。

 鎧武者を押し潰したところで、体は太刀から離れ、地面に投げ出された。

「がっ……ぐぁ……ああ……!」

 耐えがたい激痛に呻き声を上げる。

 どれほど仙術で体を強化したところで、落下しながら巨大な太刀を鉄の塊に叩き付けるなんてことをして腕が無事なはずがない。

 腕の骨は粉々に砕け、肉が裂けて袖口から血が滴っている。ブレザーで傷は見えないが腕は相当悲惨な状態になっているに違いない。

「ちょっと八城君大丈夫っすか!?」

 白鳥が大慌てで駆け寄ってくる。

 脂汗を浮かべながら、横目に鎧武者を見やる。鎧武者は大部分を潰され、地面に倒れていた。そして、空間の歪みに吸い込まれて消える。

 全ての妖魔が消え、周囲の物質が神罰開始前の状態に復元を始める。

「無茶し過ぎっすよ。仙術使っててもどうにかなるもんじゃないでしょ」

 子どもを叱るような口調で白鳥が怒る。

「最後の相手だから使える手だったんだよ。体が治るんなら問題ないからな」

 腕の傷が急速に回帰を始める。血が体に戻っていき、痛みもすぐになくなった。

「悪いな。女の子なのに無理させちまって」

「何言ってるんすか。神罰に男も女も関係ないっすよ」

 白鳥はため息を吐いて答えながら、人だかりができている一角に目を向ける。

「神罰では、男も女も関係なく、死ぬときは死ぬんすよ」

「……」

 体が完全に回復すると同時に、黒い結界が晴れ始め、瞬く間に神罰が始まる前の状態に戻った。

 人だかりのある場所は、当然二人の生徒が鎧武者によって斬られた場所だ。

 校舎の方から、数人の人間が現れた。先頭にいるのは、養護教諭の黄泉川だ。その後ろに続くのは遺体袋を数枚抱えた養護教諭たちだ。

「立てるっすか?」

 白鳥が俺に手を差し伸べる。

「……ああ、大丈夫だよ」

 差し出された手を取りながら立ち上がる。

 人だかりができている方に行くと、玲次と七海が少し離れたところに立っていた。二人は何も言わずに、ただ生徒たちを眺めていた。

 そんな二人の横を通り過ぎ、人が集まる中心へと分け入る。

 そこでは二人の生徒が倒れていた。

 一人は男子生徒、もう一人は女子生徒だ。二人ともブレザーは完全に修復されているが、自らの体は流れ出した血は周囲に広がっている。

 どこかで、まだ息があれば、と思っていた。だがあの太刀をまともに受けて無事なはずがない。

 神罰五日目、二人の犠牲者が出た。

 黄泉川先生を始めとした養護教諭たちが二人の遺体を確認し、遺体袋に入れ始める。 彼らと仲がよかった友達は突然の別れに嘆いている。覚悟していたとしても、友達の死なんて慣れるはずがない。

 死には慣れていっても、同じ人間の死を体験することなど、二度はないのだから。

「二人死んだ程度で」

 ざわついていた空気が一瞬にして静止する。全員の視線が向く先、中心近くに御堂が立っていた。

 赤く染めた髪を掻き上げながら、苛立ち気に吐き捨てる。

「まだ一割も終わってねぇっていうのに――」

 御堂の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 死んだ二人の生徒の前に跪いていた男子生徒が、御堂を殴り飛ばしたからだ。

 拳が頬に突き刺さり、御堂は後ろによろめいた。

 御堂は切れた唇から流れた血を拭い、男子生徒を睨み付ける。

 怒りを露わにする男子生徒に向かって御堂は言う。

「うっぜんだよ。力のねぇ雑魚が粋がってんじゃねぇよ」

「てめぇ――」

 男子生徒が再度殴り掛かろうとしたところで、俺は二人の間に割って入った。

「いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるだろ」

 後ろの男子生徒を抑えながら御堂を見据える。

「はっ。神罰は一年も続くんだ。一ヶ月目から死んでいくようなやつは、どう足掻いても十二ヶ月は生き残れない。何も知らねないやつが知ったようなこと言ってんじゃねぇよ」

 男子生徒がさらに激昂するが、周囲の生徒が抑えに掛かる。

 俺も頭にきて御堂へと踏み出したが、それと同時に肩を掴まれた。

「それくらいにしておけ」

 後ろには無表情の黄泉川先生が立っていた。黄泉川先生は咥えていたタバコに火を付けながら、淡々と言う。

「あいつらの前だ。面倒なことをしてくれるな」

 有無を言わせぬ圧力で黄泉川先生が言い、俺と御堂はお互いに視線を逸らす。御堂に殴りかかった男子生徒も怒りを抑え引き下がった。

 黄泉川先生はそれを見届けると、周囲に留まる生徒を見渡して言う。

「お前たちもだ。この後授業を受けるなら教室に戻ればいいし、休みたいなら寮なり家なりに帰ればいい。とりあえずグラウンドから出て行くように」

 それを聞いた生徒たちは、緩慢な動きでバラバラに散らばっていく。残ったのは玲次と七海、俺と白鳥だけだ。

「お前たちも早く行け」

 黄泉川先生に言われたにも関わらず、白鳥は二人の遺体に近づき、誰かを確認した。

 俺も誰なのかは確認しているが、二人とも違うクラスの生徒で、顔は見たことがあるが話したことはない。それでも、悲しみと空しさは際限なく沸いてくる。

「二人か……」

 玲次が苦々しく呟く。

「これだけ強い妖魔が出てきている今年で、幸いと呼べる状況だと思うわ」

 そう言う七海の表情も暗く沈痛なものになっている。

 その年、最も高い戦闘力を持つ者がなる美榊高校の生徒会。他の生徒を率いて戦う、全校生徒の命を預かる身だ。

 責任を感じないわけがない。

 その後、白鳥は今日はもう帰るからと言い帰っていき、俺たち三人は校舎へと向かっていく。

 俺は不意に立ち止まり、校舎の上、屋上を見上げた。

 あのとき、鎧武者を吹き飛ばした稲妻……あれは……。

「おい、凪。どうした?」

「あ、ううん、なんでもない」

 校舎に入り、玲次と俺は教室に戻っていく。

 本来なら昼食の時間だが、あんなことがあっては食欲が起きわけもない。

 俺も食欲は当然なかったから食堂には行かなかったが、教室に行く気にもなれなかった。

「俺、この後の授業は出ないわ」

「寮に帰るのか?」

「いや、今回思い知らされた。剣術と仙術だけじゃだめだ。他の方法も必要だ」

 俺は答えながら右手を握りしめる。

 刀という性質上、中距離と遠距離では戦いようがないのが現状だ。

 もしあのとき、他の生徒を抱えながらもでも鎧武者を攻撃できていたら、何かが変わったかもしれない。

 そう考えてしまうのだ。

 だから、新たな力を身に付けるために、図書室へ足を向けた。


  Θ  Θ  Θ


 数冊の本を机に広げ、ただ本を読み進めていく。法術、仙術も含め、基礎的なことから頭に叩き込んでいく。

 勉強はノートに書いてまとめるなどのやり方もあるが、俺のやり方はひたすら読み続けることだ。その方が時間もかからないし何度も読み返すことができるという安直な考えからだが、これまでこれで問題なくやれているのだから構わないだろう。

 昼食の時間が過ぎ、図書室にちらほらいた生徒たちは授業に出席するために出て行った。神罰のことあるとは言え、全員高校生だ。授業は基本的に普通科のものだが、そのまま就職する者なり大学に進学する者なり様々らしいが、どちらにしても生徒の人生は美榊高校を卒業しても続いていく。

 神罰という死の危険があり、卒業できるかどうかもわからない状況だが、昔から神罰のことを身に叩き込まれている生徒たちは、一般的な生徒同様授業を当然のように受けている。

 不安で仕方ない。

 だからこうして、少しでも自分を強くするための力を身に付けるのだ。

 それなのにこの高校の生徒たちは、神罰が起きているとき以外は何もないように授業を受けている。

 どうしてもそんな空気に入っていけない。

 それと、この一ヶ月の経験でわかったことがある、

 ほとんどの生徒が授業を受けているか、己を磨くための修行に取り組んでいるのを別にすると、こんな時間に図書館に現れる人間は、美榊島の生徒の枠に留まらない、俺と似た生き物だと考えている。

 今までこんな時間に図書室で会ったのは、心葉と白鳥、あとは数名くらいなものだ。玲次と七海もどちらかと言えばこちら側の人間だと思うが、生徒会という立場から授業にはきちんと出ている。

 心葉は元々かなりの本好きらしく、紋章のことなどの理由でクラスには居づらいということでよくいるが、今日は見当たらない。

 白鳥は授業より自身の記事が優先らしく、調べ物があるときなどは授業を放り出して現れたりする。白鳥新聞は校内ではかなり人気があり、掲示板以外にも校内や寮で無料配布し、毎回完配するほどである。

 読み終わった本を閉じ、次の本に手を伸ばす。

 そのとき、誰かが近くに歩いてくる気配を感じた。

 俺は図書室の入り口から見えない死角の机に陣取っており、集中していたため扉が開く音は聞こえなかったのだろう。

 本から顔を上げ、人が歩いてきたと思われる方向に視線を向ける。

 現れた人物は、こちらを見てあからさまに顔を歪めた。

 そして、同じくらい俺の顔も苦々しく崩れる。

「授業サボって優雅に読書か」

 舌打ちをしながら吐き捨てるのは、赤髪を揺らす生徒。御堂だ。

 乱暴に髪を掻き上げて視線を泳がせ、うんざりとしたようなため息を落とす。

「サボってんのはお前も同じだろ」

 肩をすくめながら本に視線を戻す。

「あんな授業聞いて何の役に立つのかわからん。命のやりとりしてるのに暢気なもんだ」

 横目で御堂の顔を確認すると、今の言葉が偽りではないことがわかった。他の生徒たちの行動を、どこか憂いているような表情だった。

 御堂も俺たちと同じ、異常を感じている人間なのだ。

「……何読んでるんだ?」

 御堂はぶっきらぼうに聞いてきた。

「仙術とか法術とか、そういう関係のもの」

 突然の問いを意外に思いながらも俺は答える。

「ああ、今日のことがあったからか……」

「生き死にに関わることだからな」

 次のページをめくりながら答える。

 御堂は鼻を鳴らすと、俺が読み終わった本を手に取った。

「お前は何も知らないみたいだから言わせてもらうが、法術は数日訓練した程度じゃ身に付くものじゃねぇよ。滑稽だな」

 言葉こそ辛辣だが、御堂の言っていることは俺の行動の無駄を示唆するものだ。悪意がないわけではないが、それ以外の何かもはっきりと含まれていた。

 それがとても意外だった。

「お前の方はどうなんだ? 法術とかは使えるのか?」

 御堂が会話を続けるものだから、俺も普通に言葉を返してしまう。

「使えねぇよ。俺は仙術以外はからっきしだ」

 御堂は乱暴に頭を掻きながら吐き捨て、小さく舌打ちをして俺から顔を逸らした。

「使えるんなら……」

「なら?」

「……ッ! っんでもねぇよ!」

 御堂は読んでいた本を机に叩き付けた。

 その音を聞きつけたのか、近くで本棚の整理をしていた円谷先生が本棚の間から顔を覗かせた。

「こら、本を乱暴に扱っちゃいかん」

 突然の教師の登場に、御堂が苦い顔を浮かべる。

「すんません……」

 ぼそっと呟くように謝りながら、本を拾って机に置き直す。

 それに満足したのか、円谷先生は微笑んでまた顔を引っ込ませて本の整理に戻っていった。

 てっきり、御堂が円谷先生に対しても粗暴な態度を取るのではないかと肝を冷やしたが、至って普通に謝っていた。

 意外を通り越して唖然としてしまった。

 俺の視線に気づいた御堂はあからさまに嫌な顔をし、舌打ちをする。

「白けた。お前がいたらサボるのも腹が立つ」

「ひどい言い草だな」

「……ふん」

 御堂はそのまま図書室から出て行ってしまった。

 傍目から見れば不良にしか見えないが、それほど悪いやつではないのかもしれない。


  Θ  Θ  Θ


 鎧武者の神罰から二日後。

「「「…………」」」

 周囲にいた生徒たちが呆然として見ている。

「は……はは……」

 今の状態を作り出した本人、俺は乾いた引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 グラウンドの一端、校舎からある程度離れた場所に、玲次と七海の二人と一緒に俺はいた。

 俺たちの目の前には、炭化した的の残骸と、煙を上げる焦げた地面がある。

 鎧武者の神罰の日、それから昨日、授業を全て放り出して法術の知識を頭に叩き込んだ。攻撃に関するものだけをピックアップし、印や詠唱のことは大体覚えた。

 そして今日この日、神罰が起きないことを確認した午後過ぎに、実際に試してみることにしたのだ。すると、玲次と七海が付き合うと言ってきて、断る理由はなくむしろありがたかったので、近くで指南をしてもらうことにした。

 元々どちらかに頼もうかと思っていたので丁度よかったが、二人は何かを心配しているようだった。

 しかしその理由は、実際に一つ目の術を試して成功したときに判明した。

 初めに試そうとしていた術は、法術の一つ、火界呪という炎を操るものだ。

 玲次が木製の的を設置している間、七海にどのようにすればいいか、指導を受けていた。本に書かれていたのは詠唱や効果についてで、使い方も書いていたが不明瞭な部分が多かったので非常に助かった。

 法術は仙術とは使い方が当然違うが、神力を使うという面では同様の点を持つ。だが、神力が多ければいいというわけでもないらしい。同じくらいの神力を持つ玲次と七海だと、玲次はあまり法術は得意でなく、七海は得意という風に、神力以外の資質が必要になるそうだ。

 印を結び、神力を集め、詠唱する。

 最初は何も起きなかった。自分には資質がないのかもしれないと気を落とし始めた頃、なんとなくコツが掴めた気がした。

 十回目くらいの挑戦になったときだろうか。それが起きた。

 詠唱を終えると同時に、これまでとは比べ物にならないほどの力が印に集まり、放たれた。

 火界呪は炎を放つ基本的な法術である。

 だが、威力が尋常ではなかった。

 印から放たれた瞬間に周囲に強烈な熱気が広がり、レーザーのような勢いで炎が飛びだした。炎のレーザーは正確に的を射抜き、弾けた炎がグラウンドのあちこちを焦がした。

 グラウンドを囲う木々の近くでやらなかったのは幸いと言っていい。下手をすれば大火事だ。

「すげぇ威力だったな」

 感心半分呆れ半分という風に玲次が苦笑する。

「様子を見に来て正解だったわ……」

 七海がため息とともに呟く。

 いくら法術の資質があったとしても、保有神力が少なければ大した威力にはならない。術もあくまでエネルギーは神力だからだ。だが神力も膨大にあり、資質はあっても未熟だった場合は恐ろしいことになる。

 その結果が目の前に光景だ。

「こんな威力、集団戦じゃ使えないな。他の術を身に付けるか、威力を調整するか……。工夫がいるな」

「……お前、心配するところはそこか?」

「重要だろ?」

 俺の答えに玲次は呆れたように首を振っていた。

「よっし。次の術行ってみよう」

 高らかに宣言すると、周囲にいた生徒たちが一斉に離れていった。

「ん? あれ?」

 近くには玲次と七海しかいなくなり、俺は首を傾げた。玲次と七海は肩をすくめながら冷めた目で俺を見ていた。

 しばらく試行錯誤を行いながら、様々な術を行使していった。

 一時間くらい経った頃、突然後ろから声をかけられた。

「ちょっと、いいかな?」

 振り返ると困った顔を浮かべる校長の芹沢先生が立っていた。

 芹沢先生は苦笑を浮かべながら言う。

「悪いんだが、今回はこれくらいで終わりにしていてくれないかな? 後片付けが笑えないと管理者からクレームが来てね」

 俺たちの前には、完全に荒れ地と化した大地があった。所々抉れていたり大穴が空いていたり焼け焦げていたりと、既にグラウンドが原型を留めないまでに破壊されている。やったの俺だけど。

 グラウンドは、ある程度なら削ったり穴を空けたりしても、管理している人が直してくれると教えられていた。

 だが、やり過ぎてしまったようである。

 考えれば当然であるが、神罰で一番戦いやすい戦場はよく整備されたグラウンドだ。今日は起きなかったとしても、明日神罰が来る可能性は当然ある。

 つまり、管理人たちは明日の神罰までにこのグラウンドを整備された状態に戻さなければいけないのだ。管理者の人たちから見て、このままでは明日の正午までに修復ができないと判断されたのだろう。

「す、すいません」

 俺は謝ったが玲次と七海は知らんぷりをしていた。

 お前ら止めなかったじゃねぇかよ……。

 実際法術を使うたび、校舎を揺らすほどの衝撃だったにも関わらず、止めもせず見ていたのだ。

「でも、丁度いいですね。もうへとへとだったので」

 術を使うのがこれほど体を酷使するものだとは思わなかった。仙術を使用したときとは比較にならないほど神力を消費し、体力も使うようだ。

 おかげでフルマラソンを走った後のようなひどい疲れを感じる。なけなしの神力でなんか落ち着かせているが、どちらにしてもこれ以上は無理だ。

「午後の授業もサボるからよろしく」

 既に授業に出席している方が少ないほどのサボタージュだ。

 さすがの二人も顔をしかめている。

「お前、そんなんでテストとか大丈夫なのか?」

「どうせ中間考査はないんだろ? と言うか勉強なんてしてる暇ないわ」

 美榊第一高校には中間考査はない。テストと名のつくものは学期末のテストが計三回あるだけである。しかしそれもほとんど形だけで、テストの点数が低くても問題ないとまで言われている。

 元々この島での成績なんて気にしてないため、尚のこと授業なんて出るつもりはないのである。

 そのまま一旦校舎に戻った俺は、ゆっくり休める場所を求めて彷徨う。

 辿り着いたのは屋上だった。

 風通しがよく、本来なら授業が行われているこの時間には、人がいる可能性は低かったからである。

 扉を開けると同時に、涼しい風が湿った肌を乾かしていく。

 それと同時に、二つの黒い目が向けられた。

「おっ」

「あっ」

 二人同時に声を漏らす。

「なにしてんのこんなところで」

「それは凪君もでしょ?」

 苦笑しながら言葉を返す心葉は、屋上に柵近くにある椅子に腰掛け、手にしている文庫本を読んでいた。

「ちょっと疲れたから休憩。屋上に上がってもいい学校って初めてだったから、興味あったんだよ」

 広々とした屋上には、花壇やベンチなどが丁寧に並べられており、庭園のようになっている。

 今心葉が座っているベンチは、傍にある巨大な給水タンクの影になっている場所だった。

 その横にもう一つ、ギリギリ影になっているベンチがあり、俺はそのベンチに横になった。ひんやりとした感触が心地良く、火照った体を冷ましてくれる。

「お疲れ?」

 目を開けるとすぐ近くに心葉の顔があった。どきりとさせられるような状況だが、当の心葉は何とも思ってないようだ。

 引っ込み思案で内気なところも少しあるが、意外にパーソナルエリアは狭く、この程度の距離でも特に何も感じないようだ。

 冷えかかったっていた体が逆に火照るのを感じたが、気づかないふりをして答える。

「ああ、法術試してたんだ。何を使っても強力にしかならないわ、神力をバカみたいに消費するわで本当に疲れた……」

「確かに凄い術だったね」

「あれ? 見てたのか?」

「うん、ここからはグラウンドが見渡せるからね」

 体を起こし、心葉の視線を追った。

 落下防止の柵の向こうに、俺が先ほど滅茶苦茶にしたグラウンドを片付ける人たちが見える。なんか本当に面倒くさそうなだな。今後はやるにしても加減をしてやろう。

「あんな使い方してちゃダメだよ」

「いや、申し訳ない。あんな威力になると思わなくて」

 頭を掻きながら謝る俺に、心葉は呆れたように首を振った。

「そうじゃなくて、あんな術の、神力の使い方をしてちゃダメだって言ってるの」

 心葉の声色が怒ったように厳しく変わる。

「凪君は絶対に神罰で法術を使っちゃダメ。神力が神罰中に底をついたら、そのまま死んでもおかしくないんだからね。わかってるの?」

「お、おう。悪い」

 心葉の剣幕に、俺はベンチの隅まで追いやられてしまう。普段の温和な姿からは想像もできない変わりようだ。

「というか心葉、法術のことについて詳しいのか?」

「う……それは……」

 途端に言葉が詰まったようにしどろもどろになる心葉。

 やがてため息を吐いて頷いた。

「まあね。これでも今年の生徒の中じゃ、術だけは一番長けていたからね」

「そうなのか!」

 俺は驚いて声を上げる。

 だが同時に、一つ思い至ったことがあった。

「もしかして、この間の神罰で鎧武者を吹き飛ばした稲妻って……」

 俺の推測に、心葉の表情に影が差す。

「うん、あれね。私神罰が起きてるときは大抵ここにいるんだけど、あのときは咄嗟に使っちゃった」

 全員で向かうべき神罰で屋上にいることが許されているのは、以前御堂が言っていた紋章持ちという言葉が関係しているのだろう。紋章を持っていると神罰では戦わなくてもいいと玲次が言っていた。

 だが俺はそんなことよりも、その前に心葉が言ったことに強く惹き付けられていた。

「心葉は俺の術のどこがいけないのかわかるのか?」

 心葉はきょとんとしたように首を傾げたが、おずおずと頷いた。

「ここから見てただけだから、絶対とは言えないけど、たぶんわかる、かな」

 自信なさ気に呟かれた言葉だったが、それだけで十分だった。

「たぶんでもいいから教えてくれ。俺の術は何がいけないんだ? 仙術だとこんなことはないのに、法術だと勝手が違ってわからないんだ」

 実際父さんから仙術を教えられたとき、習得に至るまでそれほど苦労はしていない。父さんの教え方がよかったのか単純に俺が向いていたからなのかはわからないが、ただ普通に使えるようになったことだけは覚えている。

 反撃とばかりの剣幕に、今度は心葉がたじろいだ。

「わ、わかる範囲でよければ……」

「それで結構です! お願いします!」

 立ち上がり頭を下げる俺に、心葉は引きつった笑みを浮かべていた。

「じゃあまず、なんで法術を使える人はそれなりにいるのに、仙術が使える人が少ないのかっていう話から始めるね」

 心葉は俺と同じベンチに腰掛けるとそう言った。

「それは構わないけど、関係あるのかそれ」

「大ありです」

 心葉はきっぱりと言い、俺を見返した。

「仙術は法術と違って、膨大な量の神力を必要とするの」

「そうなのか? てっきり俺は逆かと思ってたぞ」

「それはよくある勘違いだよ。例えば……」

 心葉は左手の人差し指を上に向けて立てた。すると、指先にライターのような小さな火が付いた。

「おお、それも何かの法術か?」

「これは私が法術を応用して作った火だよ。ほとんど自作だけどね。話を戻すけど、こんな小さな火でも法術を発動していることになる。実際に火ができているわけだからね」

 頷く俺に、心葉は火を消して続ける。

「今みたいな火だったら見た目通り微量の神力で足りるの。でも仙術は、体全体に神力を満たして使うものなの。例えば腕だけを強化しようとしても、他の部分もある程度強化しないと、仙術は使えないよね?」

「……確かに、いつも全身を強化するのが仙術の基本だな」

 強化した拳で岩を殴ったとすると、強化された拳は無事だろうが、腕や肩といった他の部分が壊れる。一部だけ強化したとしても、他の部分までを強化しないと危険過ぎて使用することができないのだ。

 だから仙術は、全身を強化し使用することが基本だ。

「つまり、仙術を使うには膨大な神力が必要だけど、法術は微量でも使えるっていうこと?」

「その通り。だから法術を使える人はそれなりにいるけど、仙術を使える人はほんの一部の人間だけなの」

「でも、御堂は仙術は使えるけど他の術はまったく使えないって言ってたぞ? それなら今の話から外れてないか?」

「そう、それだよ」

 心葉は俺の鼻っ面にビシッと指を差す。

「それこそが、凪君が法術をうまく使えない理由なのです」

「いや、俺の場合発動はするんだよ。ただ暴走気味なだけで」

 御堂は法術などがまったく使えないが、俺の場合は使えないわけではないのだ。

「同じことだよ。なんで御堂君が仙術しか使えないというと、御堂君は神力の量は凄いけど、それの膨大な力を調整するポテンシャルが低いの」

 心葉は先ほどまで読んでいた文庫本を持ち上げた。

「私はこの本を投げて十メートルくらいなら飛ばすことができる。でも、今私たちが座っているベンチを投げようと思っても、十メートルは飛ばせないよね?」

「そりゃそうだ。でも元々そんなことするわけが……あ……」

 途中で言葉が切れ、心葉が笑って俺の顔を見た。

「わかった? 凪君がやっているのはそういうこと。つまりは、膨大な神力を扱い切れてないの。目的はものを十メートル飛ばすこと。小さなものを使わずに無駄に大きなものを使ってそれをやろうとしているが、今の凪君の状態なの。例えば、凪君はさっき火界呪の法術を使ってたけど、私なら凪君が消費した神力の半分以下で同じ威力を生み出せるよ」

 言われた通りだった。

 術を放つことだけを考えて、術に使うエネルギーのことまで考えていなかった。溢れる神力をただ掻き集め、術に乗せて放つだけ。効果が出ていればいいと思っていたが、見当違いもいいところだ。

「エネルギーである神力を凝縮するイメージかな。火薬とかでも、ただ机に盛った火薬とかに火が付いても静かに燃えるだけだけど、カプセルなんかに詰めてうまく火を付ければ、このベンチを吹き飛ばすくらいの威力にはなるよね」

「つまり俺は、神力を全然うまく扱えてないと……」

 肩を落としながら項垂れる俺に、心葉は慌てたように手を振った。

「だ、大丈夫だよ! 私がさっき凪君は神罰では法術を使わないでって言ったのは、今の話! これからうまく扱えるようになれば、神罰でも十分扱える可能性はあるよ」

 確かに俺の場合は術が発動しないわけではない。それに今日使い始めたばかりなのだ。まだこれから、使えるようになる可能性はあるだろう。

「それに、もうすぐゴールデンウィークだよ。今年は曜日がいい具合に重なってるから、連休の間に身に付ければ近い内に神罰でも使えるようになるよ」

「ああ、そんな時期が……」

 毎日がいい意味でも悪い意味でも新鮮なこの島で、月日の感覚が麻痺しているがあと数日で五月に入り、すぐにゴールデンウィークに突入だ。

「連休もやっぱり神罰は来ないのか?」

「そうだよ。だから今週神罰が来なければ、しばらくは平穏な時間が続くことになるね」

 心葉はとても安堵したように呟き、その横顔を見ながら言う。

「じゃあさ、心葉の都合がつくときでいいんだけど、俺に術の指導をしてくれないか?」

「私が?」

「ああ、今年じゃ一番なんだろ? 頼むよ。天羽々斬も十分強いが、もっと強くならなくちゃいけないんだ」

 握りしめた拳の上に、絞り出した言葉を落とす。

「人が死ぬのは、やっぱり嫌だよ」

 当たり前のことだが、この島では俺の当たり前は霞んでしまう。

 今月だけで、死者は十名。

 夏休みや冬休みのことを考え、神罰が残り八、九ヶ月あると考えると、今年の神罰を終えるまでには単純計算で百人近い死亡者が出ることになる。

 生徒の死亡者は神罰に慣れることで、減少するとは聞いている。しかし今年の神罰は強い妖魔が多く現れているとも聞いているので、楽観視はできない。

 震える拳の上に、小さな白い手が重ねられた。

 心葉は、穏やかで、それでいて悲しそう微笑んでいた。

「……うん、わかった。私でよければ、手伝うよ」

 俺は力ない笑みで心葉を見返し、頷いた。

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