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シンバツピリオド.  作者: 楓馬知
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 視界いっぱいに白が広がっている。

 今度こそ天国に来たのだと思った。

 母さんが最期に何を言ったか。

 それを思い出そうとするが、どうにも靄がかかってうまく記憶が引き出せない。

 しかし、先ほどまでいた空間の白と、ここはどこか違うことに気付いた。

 俺がいた空間は一切混じり気のない白の空間だったが、今の視界には白以外の他の、日の光のようなものが差している。

 のろのろと視線だけが動くが、体全体は磔にされたように動かなかった。

 右手でカーテンのレースがエアコンの風を受けて微かに揺れている。左手には仕切りのようなものが置かれている。

「お前の父親が一番好きな食べ物は?」

「俺が作った肉じゃが」

 自分の喉から掠れきった声が漏れた。長い間使われていなかったかのように喉が痛み、顔をしかめる。

 顔が何かに覆われている。

 視界を動かすが、右半分しかものを見ることができず、左半分には白い何かが覆われているのがかろうじて見えた。

「どうやら、本物らしいな。乗っ取られているということもないようだ」

 声の主を探そうとさらに視界を巡らせるが、目の辺りも乾燥しておりかさかさになっていた。

 渇いた喉に無理矢理唾液を流し込み、口を開く。

「聞くところによると、あいつは乗っ取った人の記憶まで読めるらしいぞ」

「……マジか」

 声の主は少し驚いたように唸る。

「しかしまあ、咄嗟に正解が出てくる辺り、やっぱり本物だな」

 そう判断されたのであれば構わないが、俺は今の俺が本物であるという証明をする余裕などなかった。

 ゆっくりと左腕を上げる。

 薄青い病衣の袖から、輝きを失った紋章の跡が薄らと残っていた。

「……どうして、生きている」

 信じられない。

 いや、あり得ないはずだ。

 俺は、紋章を使用した。

 体中の神力を消費し尽くし、体の血液さえ力に変えて酒呑童子を相打ちに持ち込んだはずだ。

 しかしそれでも、俺は、確かに生きている。

 ここは夢や、ましてやつい先ほどまで俺がいた現世と常世の狭間などではない。

 間違いなく現世であり、病室のベッドの上だ。

「生きていることが不満か?」

 ベッド脇から、声の主が現れる。

「俺は死んだはずだ。紋章を使って生きているわけがない……。父さんだってわかっていたはずだろう?」

「私もそのはずだったのだがな。残念だ」

「なんだとこの野郎」

 父さんが楽しそうに笑った。

 いつも鉄仮面を貼り付けている父さんからは想像もできないほどの笑みだった。

 その笑みを見て、俺も少し落ち着いた。

 父さんはベッド脇に置いていた椅子に腰を下ろした。

 俺は固まっている筋肉に無理矢理信号を送り、体をベッドから起こした。

 体の至る所に包帯が巻かれている。体に少し力を入れるだけで激痛が走った。

 顔の左半分は包帯に覆われており、左目があった場所は空洞になっていた。

 珍しく黒のコートにジーンズという私服姿の父さんは、深々とため息を吐き出した。

「ずいぶんと無茶な大立ち回りをしたようだな」

「……無茶は認める。だけど、俺にできる最善だったんだよ」

 そうだ。俺にできる最期の方法であり、最善であり、限界だった。

 それにより、俺の死は決まっていたはずだ。

 ここに生きている。

 それは、理を外れているとしか思えない状態だった。

「いくつか、私とお前の推測から外れたことがあったようだ」

 父さんはおもむろにコートを脱いで膝に置いた。

「私たちがお前を見つけたとき、お前は確かに死にかけていた。しかしその理由は神力が枯渇していたからではない」

 呆れたような二つの目がこちらに向けられる。

「単純に、出血多量だ」

「出……血……?」

 あまり意外だったため、俺は素っ頓狂な声を上げた。

 実際は意外でも何でもないのだが、そんな死に方はしないだろうと思っていたからこそ違和感を覚えた。

「お前は生まれたときから左腕に紋章を持っていた。陽から引き継いだ紋章をな。そして、普通なら中学生くらいから発現し始める神力も、お前は生まれたそのときから紋章によって発現していた。だから私もそして周りの人間の、お前の神力器は左腕にあるものだと思っていた」

「違った……てことか?」

「そうではない」

 父さんは首を振って否定する。

「お前は神力器を二つ持っていたのだ。左腕と、そこに」

 父さんは俺の胸の辺りを指さした。

 左腕の紋章と、心臓の二つ。

 どちらかにあるというわけではなく、最初から両方に神力器があったということか。

「紋章が神力を無効にする範囲は極端狭い。本来、自身を殺すためのものだからな。左腕の紋章はお前が本来持つ心臓のものは破壊せず、自身の紋章と神力器、そして酒呑童子の核を破壊した」

 つまり、俺は紋章を使用した段階ではまだ無傷の神力器を心臓に持っていたわけか。

 よくよく考えればおかしな話だった。神力が枯渇し、まともに動くどころか意識がなければおかしい状態で、俺は立って戦えほどの状態にあった。

 あれは単純にアドレナリンが出ていたとかハイになっていたからとか火事場の馬鹿力だったからではなく、失われた神力が戻り始めていたからだったんだ。

 思い返せば、天羽々斬との縁は俺の心臓に結ばれていた。

 あれはそこにも神力器があるということだったんだ。

「お前の血の失い方は少々不自然だったらしい。体の内部から消えているような、そんな状態になっていたらしい。お前は天羽々斬に自分の血を神力の代わりに食わせたんじゃないのか?」

「……おっしゃる通り」

 全てのことを言い当てられ、こちらが補足する必要もない。

 父さんは再び深々と嘆息を吐いた。

「まったく。元々傷を負って出血していただろうに。そんな無茶なことをするから出血多量になる」

 当たり前だ。

 最初から失血死する可能性など考慮に入れていない。

 紋章を使えば死ぬと思っていたから、そもそも血なんて全てなくなってもいいと考えていた。

 でも、それでも……。

「ただそれにしても」

 父さんは小さく笑みを浮かべる。

「お前が出血し、神力に変えた血の量まで考えると、お前は明らかに死んでいなければおかしい状態だった。だがそれでも、結界が消え中には入れるようになった際に、その場で行った輸血で奇跡的にだが一命を取り留めた。普通ならあり得ないと、昴が言っていった」

 昴という人物が黄泉川先生だということに気付くのに、数秒かかった。

「お前はまだ神力器を体に宿していた。だから普通の人間が死ぬ量の出血でも生きることができた。それは納得できる。ただ、それでも生きていられる状態ではなかった。それでもお前が生きていたのは、なんでだろうな」

「……なんでだろうな」

 俺も口元に笑みを浮かべ、内心苦いものを感じた。

 天照大神たちが言っていたが、死んでいる人間はよみがえらせることができない。それは誤りだからと。

 だが、生きている人間にならある程度の干渉はできる。

 そういうことなのだろうか。

 母さんが言っていた贈り物は……。

「俺の命、か」

 一度捨てたものを望んでもいないところから与えられたのは、正直複雑な気持ちだ。

 これも本来なら、既に神が世界に手を加えたことになる。

 それは間違いなく正しくないことだし、俺の意志にも反している。

 死にたいわけではない。そうすることが、どうしても正しいことには思えないのだ。

 でも、俺は生き残った。生き残ってしまった。

 俺の心中を察してか、父さんは椅子から腰を上げると、カーテンを引き開けた。

 窓の外には、青い空が広がっている。

 しかし、一面の雪景色だった。

 ビルや民家、公園などが見えるが、どれも真っ白に染まっている。

「ここはどこなんだ?」

「美榊大学病院だ」

「あれ、父さんはどうやってここに?」

「お前から神罰のことのメールをもらってすぐに、知り合いに頼んで近づける範囲の海まで近づいてもらった。こういうときのために伝を探していたんだ」

「いや、近づいた程度でどうやって美榊島まで来たんだよ。寒中水泳でもやってきたのか?」

 いくら南方に位置する島と言えど、雪も降る十二月の海域だ。

 寒中水泳なんてすればそれだけで凍え死ぬだろう。

 父さんは事も無げに眉を上げた。

「誰が泳ぐか。第一私はカナヅチだ。走ってきたんだよ」

「は? どこを?」

「仙術を使って、海の上を」

 呆れて言葉が出なかった。

 確かに、父さんはその年齢ではあり得ない常識外れの神力を保持しており、仙術を使用することが可能だ。

 いや、理屈としてはわかる。海面を仙術の脚力で蹴り飛ばせば、ある程度の浮力は得られるはずだ。

 だが、それで海の上を走って美榊島に侵入するなど、正気の沙汰とは思えない。

「実は、島を出てからもそれなりの回数、同じ方法で美榊島には戻ってきている。誰にも気付かれないように」

 おまけにとんでもないカミングアウトをしやがった。

「墓参りが主の目的だったが、それ以外にも神罰を止める手掛かりを探したり前との違いを見たりしたんだがな」

 父さんは頭に手をやって、小さく息を漏らした。

「本当に終わったんだな」

「ああ、俺がこの手で終わらせてやったよ。仇討ちもできた」

 両の手に、しっかりと酒呑童子を斬り裂いた感覚が残っている。

 今でも、少し信じられない。

 半世紀以上も続いていたことを、俺が終わらせることができたんだと思うと、どこか現実離れした気持ちになるのだ。

「まさか、志藤先生があのとき神罰を起こしていたとはな」

 父さんは苦い顔をしながら窓の外を見やる。

 数年前までの世代までは、神罰開始時からずっと志藤辿樹という人物で酒呑童子が行っていた。

 おそらく、父さんたちにとっても、一見善き教師だったに違いない。

「今、島はどんな感じだ?」

 ベッドに座る俺からは外は少ししか見えないが、一部見えるビルでは普通に仕事が行われているようにも見えるし、歩道には人が歩き、車道は車が除雪を終えた道を走っている。

 俺は俺が連絡を取ることができるあらゆる人間に酒呑童子との会話を発信した。

 だから、あの事実は島中の人間が知っているはずだ。

 結界が晴れたとき、すぐに駆けつけることができたということは俺の考え通り多くの人が結界の外に集まってくれていたのだろう。

 これまで美榊島のために尽力していたであろう人物が神罰を起こした張本人だった。

 それは、島民からすれば信じられない事実だろう。

 父さんはそっと窓に触れた。

「お前が志藤先生、酒呑童子を討ってから五日、今日は十二月二十九日だが、当然島はそれなりに荒れたぞ。まずお前が流した情報が信じがたいということもあったが、なにしろ張本人をお前が消し去ったため、神罰が終わったという確認を取りようがなかったからな」

 それは勘弁してほしい。

 あの場で酒呑童子を引っ捕まえて、こいつがやりました、処分は任せますなんてことができるはずがない。

 あの危険な存在を皆の前に連れ出すなんて無茶もいいところだし、俺にもそんな余裕はなかった。

「だが、市長が大きく動いてくれてな。お前が掴んだ真実、島民に流した音声データが全面的に正しいことを認めたんだ。絶対的な発言力を持つ市長の言葉は鶴の一声となって、島民たちも無理矢理納得した」

 父さんはニヤリと笑ってこちらを向いた。

「公の回答では、お前は俺を伴って本土の病院に移動されたことになっている。お前に会いに来たがる人間が殺到していてな。とんでもない騒ぎになってるぞ」

「人事みたいに言わないでくれよ」

 その光景が容易に想像できて、乾いた笑いが零れた。

 俺からすれば、別にお礼を言われたくてやったことではない。

 そんなことをしても、嬉しくはない。

「俺、母さんに会ったよ」

 父さんの目が大きく見開かれた。

「なんか、俺の紋章に意識が眠っていたとかで、少しだけだけど、話せた」

「そうか……」

 父さんはそれだけ言って頷くと、表情のない顔を窓の外へと戻した。

 母さんが最期、俺に何を言ったのか。

 不意に頭によみがえってきた。

「母さんからさ、伝えてくれって、言われたんだ」

 父さんはこちらに背を向けたまま俺の言葉を聞く。

「天国に行っても、いつまでも、永遠に、愛してますだってさ」

 俺の言葉を無言で父さんは聞いている。

 その背中がひどく悲しそうに見えたが、父さんは小さく笑いを漏らした。

「そんなわかりきったことを、今更言われてもな」

 語尾が少し揺れていた。

 誤魔化すように、父さんは短く切った髪をぐしゃぐしゃと掴む。

「まあでも、あいつらしい」

 笑みを零しながら、目元に指を滑らせる。

 父さんは母さんを失った。

 でも、母さんの言葉を確かに父さんに届けることができた。

 そのことが、本当に嬉しく思う。

「あいつはな、この島の、凪いだ海が好きだったんだ」

 突然、父さんは言った。

 病室からも、ずっと向こうに広い海が見える。

「でも、そんな海をこの島の人間は誰も見ない。神罰があるから、目を向けない。でも、俺たちの息子には凪いだ海を何のしがらみもない中で見てほしかったから、お前の名前を凪と名付けたんだ」

 父さんがこちらを振り返る。

 その表情には、海のように穏やかな笑みが浮かんでいた。

「お前は、荒れていたこの島に、凪いだ世界をもたらした。お前は俺たちが願っていた以上のことをやったのだ」

 確かに、俺はこの島が数十年の間抱えていた問題を解決した。

 誰もなしえなかったあの現象を終わらせ、母さんと父さんが願った、凪を作ることができた。

 でも、それでも……。

 目に熱いものが込み上げてきた。

 いくら枯れても、何度も何度もそれは溢れてくる。

「……父さん、俺はどうして、あいつを救えなかったんだろうな」

 背を向けていた父さんがこちらを振り返った。

 眉を下げてこちらを見つめる目は、何を考えているのか読み取れない。

 でも、やっぱりこの結末は俺が望んだものではない。

「別に神罰が終わらなくても、この島の子どもたちを助けられなくても、俺は心葉に生きてほしかった。それなのに、なんで俺だけ生きてんだよ……っ」

 死んだはずだった。

 そうすれば、あの世で心葉に会えるかもしれないと思っていた。

 会って言ってやらなければいけないことがたくさんある。

 会えば言えるのだと思うと、不思議と死も怖くなかった。

 それでも、俺だけ、生き残った。

「俺は、一体何のために生かされたんだよ……母さん……っ」

 答えが返ってくるわけがない存在に、言葉を吐き出す。

 握りしめたシーツに涙が流れ落ちていく。

「何のために生きろって言うんだよ……」


「その答えは、お前自身で直接聞けということなのだろうな」


 窓から離れ父さんは、俺から見て左、出口の方に向いて歩き始めた。

 俺の左にはカーテンで仕切りが引かれている。

 俺が今いる部屋は、独り部屋ではなかった。

 仕切りの向こうで、人が動く気配がした。

 誰かいる。

 頭の中に駆け巡る。

 俺は美榊島にはいないとされていると父さんは言った。

 当然、相部屋になど普通なるはずがない。

 それでも、事実俺と同じ病室に誰かがいる。

 それなら、そこにいるのは、俺と同じ、いるだけでおかしいとされる人物。

 父さんが、部屋を仕切っていたカーテンを引き開けた。


「……」


「……や、やあ」


 ベッドから体を起こし、こちらに手を振る、病衣姿の少女。

 気まずそうに笑みを浮かべ、行き場を失った手で肩にかかっていた髪をくるくると絡める。

 次の言葉を紡げずにいる少女は、これまた気まずそうにカーテンを引いた父さんに視線を向ける。

 父さんがやれやれといった表情で口を開く。しかしその表情は優しげに笑っていた。

「彼女は一度、神力を全て失って、心肺ともに停止していた。しかし、お前が酒呑童子を倒した時間と同時刻に、呼吸をしていることが確認された。心肺停止状態が長い間続いていたにも関わらず、後遺症などもない。昴が、あり得ない奇跡だと言っていた」

 それだけ言うと、父さんは病室から出て行った。

 部屋には、俺と、彼女だけが残される。

「え、えっと……」

 少女は当惑している。

 俺は言葉を発することができない。

 ただ、体だけは動いた。

 ベッドから降りようと体をよじらせ、床に足を着けようとしたが思うように動かすバランスを崩して倒れ込んだ。

「ちょ、ちょっと――」

 声を上げて伸ばされた手を、掴み取る。

 小さな、女の子の手。

 暖かい、生きた人の温もりがそこにあった。

 冷たい床に膝を突いたまま、少女の手を両手で包み込む。

 確かな鼓動が、伝わってくる。

「……っ」

 少女が、生きている。

 喉が詰まり、目元が熱くなる。

「心葉……っ」

 死んだと思っていた、いや事実一度間違いなく死んでいた彼女の名前を呼ぶ。

「うん、凪君」

 彼女が俺の名前を呼ぶ。

 二度と聞くことができないと思っていた鈴のような声が耳に響く。

 今にも消えてしまいそうな彼女の手を、俺は握りしめた。

 もう戻ってこない場所に行ってしまったはずの彼女。

 助けられなかった彼女。

 死んでしまった彼女。

 その彼女が、恋人が、心葉が、ここにいる。

 生きている。

 優しげな目を微かに濡らし、俺を見ている。

 微笑みかけてくれている。

 触れ合っている。

 堪え切れなくなった右目から涙が頬を伝い、握りしめた俺と心葉の手へと落ちた。

 言葉も、気持ちも、俺の中にある全てが溢れ出す。

「どうして……っ」

 確認せずにはいられなかった。

 少女は微笑みながら頷く。

「天照大神様が、私のところに来たの」

 心葉は、何があったのかを説明した。

 紋章が壊れたことにより、一度死亡した心葉の元に、天照大神が現れ、言った。

 真っ暗で何もない空間に呼び出され、声を発することも体を動かすことができない心葉に、自分は天照大神だと名乗った。

 とある少年が美榊島に神力を溢れさせてしまった。このままでは力のバランスが狂う可能性があるから、あなたを器に神力を収めると。

 この島の神人が行った過ちだから、この島の神人が正すのが道理だと。

 今現在世界中で溢れた神力を受け止められるだけの器を持ち、丁度よく空っぽになった人間は他にいないからと。

 天照大神は声を発することができなかった意識だけの心葉に対して一方的にまくし立てると、溢れた神力を心葉の心臓に押し込めた。

「凪君のお母さんにも会ったよ」

 天照大神がすぐに去り、その後にすぐ母さんが心葉の元を訪れたらしい。

 あの子は誰か心の支えになれる人がいないと寂しがるから、勝手で申し訳ないけれど生きて助けてやってくださいと。

 私があげられなかった愛情まで、あなたが与えてくれると助かりますと。

 そして、気が付けばベッドに寝ており、横に半分死んだような俺が寝ていたとのこと。

 父さんが、どうして助かったかを自分なりに推論を立てて説明してくれたらしい。

 心葉は間違いなく神力が完全に枯渇し、それが原因となって一度は心肺停止し、死亡が確認された。

 だが、肉体的にはなんら問題はなかったのだ。

 神人に必要な器官が欠損してしまったことが死因であるため、体自体も病気や外傷により死亡した人間に比べて損傷が少なかった。

 一種の仮死状態にあったのではないかとことだ。

 そこに、たまたま神力が世界に溢れてしまったため、神々によって器に選ばれ、神力器を再び体に得た。

 全て、俺がやったことの結果であると、父さんは言ったらしい。

 心葉が死亡して何日も経っていた頃では、さすがに心葉の体自体が劣化し蘇生することはできなかった。

 そもそも九尾の神罰の際に、俺が心葉を助けるために九尾を倒さなければ、心葉は体に大穴が開いた状態で死亡したため、同様に蘇生することはできなかった。

 酒呑童子を討ち滅ぼさなければ、そもそも天照大神が心葉を助けるような状況にはならなかった。

 俺がやったことの、達成できたことの一つ一つの要因が重なり、神々が心葉を神力の器にする状況ができた。

 どこかで諦めていれば、絶対に辿り着かなかった結末が、結果が、目の前にある。

 心葉はとうとうと語った。

 まるで、自身も内に留めているものを堪えられないように。

「凪君が、私を助けようとしてくれたから、こんなになってまで戦ってくれたから、私は生きて、いられます……っ」

 心葉の瞳からも滴がシーツに落ちる。

 天照大神は最後の仕事があると言っていた。

 母さんたちから贈り物があると言っていた。

 天羽々斬は、全ては俺がやったことの結果だと言っていた。

 理由も、都合も、正直どうでもよかった。

 ただ、溢れ出す涙と感情とともに、言葉が漏れた。


「皆……ありがとう……っ」


 椎名心葉。


 八城凪。


 間違いなく死ぬ運命にあった彼女と、神と相打ちに命を落としたはずの俺は、生き残った。


 当たり前の必然と、数え切れない偶然と、掴み取った奇跡の上に。

 

 五十年以上に渡って美榊島を苦しめた酒呑童子という悪神を討ち滅ぼし――


 三千人以上の犠牲をもたらした――


 神罰に――

 

 終止符(ピリオド)が打たれた。

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