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ああ、ようやく諦めたか。
残っていた生への執着が全て消え去ったのが見て取れる。
人間の体を奪うには、その人間の生きたいという感情を全て奪う必要がある。
死んでもいい。死にたいと願うことにより、体の中に大きな空洞が埋まれ、自身の存在を滑り込ませて意識と体を乗っ取るのだ。
この天堵修司の体を奪うときもだった。
父のように慕っていた人間から死ぬ一歩手前までなぶられ、簡単に生きることを諦め、心に隙間を作った。
ここまで手こずることは長い旅の中でもなかったと言うのに、この人の子はしぶとかった。
不意に、視界に白いものが落ちてくるのを捉えた。
「おお、雪か。南方の島で、珍しいな」
本土にいた頃は冬にはよく目にしていたが、この島にやってきてから見たのは久しぶりだ。
この結界はずっと上まで続いているが、空とは繋がっている。
そのため、雪が降りてきたのだ。
「人間の言葉では、ホワイトクリスマスと言うのだったか。それも誕生日だ。よかったな。こんな日に死ねて」
呼びかけるが、もう返事はなかった。
しかし、薄らと笑みを浮かべているように見えた。
死を前にして、なお笑っている。
胸くそ悪い生き物だ。本当に。
後は体をいただくだけで、全て終わる。
これで、本当に最期だ。