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シンバツピリオド.  作者: 楓馬知
37/43

36

 こいつは勘違いをしている。

 まず一つ、俺には先ほどの問答をする必要があった。真実を明らかにするためという理由もあるが、もっと大きな理由が確かに存在する。

 そして、酒呑童子が結界を張らなければ俺が同質のものを張っていた。勝手にやってくれてむしろ好都合。

 また、俺は酒呑童子が集めた神力を纏うことを待っていたのだ。

 隠されている場所がわかっているのだから、破壊すればいいと考えることもできるが、実はそんな簡単なことではない。

 この一柱の神が無闇やたらと集めた神力の量は、既に世界にバランスを崩すほどの量まで膨れ上がっている。

 たかだか壺に封印されている程度の簡易的なものを、力業で破壊した場合どうなるか。

 天羽々斬曰く、世界規模で災害が起きる可能性があるとのこと。

 そうなってしまえば、間違いなく酒呑童子には逃げられる上、無関係な人たちに甚大な被害が出てしまう。

 そんなことは許容できるはずがない。

 ならどうすればいいか。

 酒呑童子に力を得させた上で、酒呑童子を殺す。

 そうすることによって最悪の事態は防げると言う。

 神々は、自身の存在が最低限現世に悪影響を及ぼさないよう、常世の最深部、神が生まれる場所と存在が繋がっているらしい。

 膨大な神力を持つ神が死んだなら、その防護策が自動的に発動し、ほとんど力は死と同時に常世に戻るのだと言う。

 酒呑童子もこの例に漏れることはないらしく、いくらとてつもない力を得ようが、その状態で殺されたのなら、世界への影響は最小限で納まるそうだ。

 これは、天羽々斬たち神器にも言えること。

 なぜ、神降ろしによって降ろされた神器たちが、縁を失うと同時に元あった場所に帰るのか。

 その理由こそが、この防護策によるものだからだ。

 所有者の手を離れた神器が暴走しないように元の世界に戻される。

 神降ろしはこの防護策を運良く利用したものだ。

 天羽々斬や雷上動のように戻らない武器があるのは、世界のバランスを崩さないほどの力があるものに限られるらしい。

 とにもかくにも、俺がやるべきことは一つ。

 俺は左手で燃え上がる白刀に意識を向ける。

「やるぞ。天羽々斬」

『ああ、これで最期だ。凪、死ぬなよ』

「わかってるよ」

 答えながら、眼前の化け物へと目を向ける。

 本当に、力の差は歴然だ。

 俺は確かに、本年度の生徒の中では頭何個分も抜けた神力を持っている。

 自慢や驕りではなく、これは純然たる事実だ。

 しかし、酒呑童子が持つ神力はそんな次元の話ではない。

 過去死んでいった生徒たちの無念、恨み、呪い、怨嗟、それら負の感情によって膨れ上がった力は、人一人の存在と比べるには、あまりに大き過ぎる。

 だが、戦うことを止めるという選択肢は、端からない。

 ここに来たときから決めていることだ。

 この戦いは、世界を救うためでも、美榊島を守るためでも、これからこの高校に通う子どもたちのためでもない。

 そんなものは二の次だ。

 俺は、父さんを苦しめた、母さんを、青峰を、心葉を殺した、この神が、単純に許せない。

 酒呑童子という存在の悪神が、この世界に生きていることが我慢ならない。

 開いた右手に、巨大な青いフォルムのレールガンが生み出される。

 天羽々斬を持つ左手首に燃える枝が絡みつく。

 同時に現れる、天羽々斬、雷上動、レーヴァテイン。

 本来同時にこの世界に存在するはずのない三つの神器が、今俺の手に揃っている。

「そんなに出して、手品でも始めるつもりか? 持っているだけで扱えもしないその状態で、どうやって戦おうと言うんだ」

 酒呑童子は憐れみを浮かべて笑う。

 好きなだけ笑え。

 そしてその目に焼き付けろ。

 お前の前にいるたった一人の人間が、お前がこの現世で見る、最期の人間だ。

 体全体から流れ出した神力を神器に回していく。

 白炎は天羽々斬へ、雷上動へ、レーヴァテインへと伝う。

『掌握完了』

 天羽々斬の声を受けて、俺は頷く。

「雷上動」

 俺の呟きによって、雷上動が白炎に包まれて消失する。

 呆気に取られた酒呑童子の顔はそれは見物だった。

「レーヴァテイン」

 紅蓮の炎を灯していた枝も、同質の炎によって飲み込まれる。

 同時に、二つの神器が消えた。

 体の中に異質な存在が入り込んでくるのを、はっきり感じた。

「天羽々斬」

 神名を呼ばれた一振りの刀は、他の二つとは違い消えることはなく、そのまま神力を加速させる。


「『神懸かり』」


 纏っていた全ての炎が、爆発的な速度で燃え上がる

 体の所々から燃えているように白銀の炎が吹き出している。

 それだけ見れば、これまで俺が数度使ってきた神懸かりとなんら代わりはない。

 だが、一ヶ所だけ、これまでとは明らかに異質なものへと変化している部分があった。

 俺の左手にある刀だ。

 これまで巨大な白炎の大刀という形状を取っていた天羽々斬だったが、現在は全体的に銀を基調とした刀へと姿を変えていた。

 刀身から柄に至るまで、全ての部分が輝く白銀の神力によって形作られている。

 しかしそれだけではない。

 手元にある鍔の下部、そこに銃の引き金とトリガーガードが形成されている。

 さらに、刀身には純白に渦巻く炎の他に、混じり気の一切ない深紅の炎が纏われていた。

 その二つは、それぞれ雷上動とレーヴァテインの力を引き継いだものだ。

 目の前で、先ほどまで余裕の表情を浮かべていた悪神の表情が驚愕に染まる。

「【神格融合】か……」

 俺は不敵な笑みを返す。

 俺が降ろしていない二つの神器、雷上動とレーヴァテインは本来であれば扱うことができない。使いこなせるかという問題ではなく、もっと根本の問題として不可能なのだ。

 それは、天羽々斬を扱える人間が降ろした本人である父さんやその息子である俺しか使えない理由と同様だ。神器は降ろした所持者の神力によって現界されているため、仮に所持者の縁が切れて消滅しなかったとしても、所持者か同質の神力を所持する血縁でなければ本来扱えない。

 だが俺は、自身が降ろしてはいない神器を二つ扱っている。

 それを可能にしてあるのが、天羽々斬の神格を掌握する能力だ。

 天羽々斬は他の神器と違い、その存在自身が神を生み出したとされる神だ。

 その力は元々異質であり、他の神格を自身の管理下に入れるという方法で掌握することができる。

 最もこれも全ての神器に可能というわけではないが、高位であればあるほど、天羽々斬という神の存在に近づくため比較的に容易になる。

 さらにその存在全てを掌握し、神格を融合させることで、本来不可能な能力の同時発現することができる。

「貴様……本当に人間か?」

 酒呑童子が目を細めながら言う。

 俺は、一つの存在となった天羽々斬を両手で構えながら、目を閉じ深く息を吸った。

「俺はお前が言うところの下等生物だ。だけどな、それでも、俺はお前を絶対に殺す。人間を捨てることになったとしても、死ぬことになったとしても、それだけは変わらない」

 その言葉に、酒呑童子はこれまでにないほど恐ろしい笑みを浮かべる。

「いいぞ、その力。これほどまでの入れ物に出会えるとは、やはり我に巡っているな」

「俺の体を乗っ取って、その力を使うってことか」

「お前の体をもらい受け、今のこの力があれば、もう恐れるものは何もない。この世界に存在する全ての神を殺し、我こそが最高神の位置に着く」

 喜々として語る酒呑童子は、両手を広げて高らかに笑う。

「ハハハッ。この島に来てから半世紀、全てが我の望んだ通りに動いた。我の行いは、お前の存在を得て完結する。これが偶然であるものか。全ての理が、我に頂点に立てと言っている。全ての星が、流れが、世界が、我という存在を中心に巡っているのだ!」

 酒呑童子は、既に自分の勝利を疑っていない。

 こいつの言うことは一理ある。

 こいつが今の位置に立つまで、どれだけの関門が、問題が、偶然が必要だったかはわからない。

 誰も知らない古代の禁術を得ており、神力を多く持った人間が集う島に来ることができ、一次は力の大半を失ったとしても、現在全ての神をも越える力を持っている。

 確かに思う。

 こんな偶然があるのかと。

 俺は高ぶる怒りの中でも、笑いを堪えられなくなって吹き出した。

「まったくだな。でもな、酒呑童子。俺も同じように考えてる」

 酒呑童子の表情から一瞬にして笑みが消える。

「これまで数え切れない人が何年もかけて挑み続けてきた神罰の謎を、俺はたった九ヶ月で解き明かした。そこに、どれほどの偶然や奇跡が必要だったか、お前は考えたか?」

 そうだ。

 俺がこの場に立っているのは、あらゆる出来事の結果だ。

 だが、俺自身実際ここに至るまで、数え切れない偶然と奇跡が起きなければ辿り着くことができなかった。

「俺の考えは、お前とは逆だよ。酒呑童子。この世に全ての理が、俺を勝たせようとしている。この島に数十年続いてきた神の罰を終わらせろと言っている。解放してやれと言っている。だから俺は、ここにいる」

 偶然や奇跡だけではない。

 俺は多くの犠牲や助力の上で、ここまでやってきた。

 全ての元凶たる神を前に立っている。

 だから、俺は――


「俺は、この場にいる意味を果たす。お前を殺し、この島に起きている神罰を終わらせ、この島をお前から解放する。この神罰に、終止符(ピリオド)を」


 そうすることが、俺自身のためだ。


 悪神は、先ほど血に染まったばかりの刃を、再び構える。


「いいだろう。では始めようか。全能神を越えうる力を得た神と、紛い物の力を得た神人の戦いを」


 弾かれたように一柱の神と一人の人間が動き出した。

 お互いが持つ最上級の神器が激突する。

 衝撃がグラウンドを、高校全体を揺らす。

 俺は刀を滑らせ、振り抜かれた鬼斬安綱を躱すと、下に落とした刀を酒呑童子に脇腹目掛けて斬り上げた。

 酒呑童子は自身の刀を体に引き寄せ、器用に天羽々斬を受け止めてみせる。

 その瞬間、俺は天羽々斬の柄にあるトリガーを引いた。

 天羽々斬の白銀の刃から、数え切れない神力の刃が放たれ、至近距離から酒呑童子を攻撃する。

 完全に不意を突いたにも関わらず、酒呑童子は目を見開くと同時に大きく後ろに跳躍する。

 それでも全ての刃を躱しきることはできず、体の至る所を刃によって斬り刻まれた。

 体中から血が噴き出すが、酒呑童子は意にも介していない。

 俺は流れるような動作で左手に鞘を生み出すと、右手の刀を納めて抜刀術の構えを取る。

 鞘に収めたまま、再びトリガーを絞る。

「ハァッ!」

 跳んだがために空中にいる酒呑童子目掛けて、天羽々斬を抜刀し再び神力の刃を放つ。

 先ほどのものよりも大きな数メートルにもなる三日月型の刃は、高速で飛来し、酒呑童子を穿つ。

 酒呑童子は刀を前に出して刃を受け止める――

 かに思えたが、刃は俺が放った際の勢いをまったく緩めることなく酒呑童子を薙ぎ払った。

 刀で一応刃を押さえていたことで、体が刃の進行方向からずれたが、それでも酒呑童子の左腕を斬り落とした。

 さすがのダメージに顔をしかめたが、それだけでは終わらない。

 俺は天羽々斬をグラウンドに突き刺した。

 直後、酒呑童子が落下する位置に地面から巨大な火柱が立った。

 紅蓮の炎はグラウンドの水分を一瞬で蒸発させるほどの熱気を辺りに撒き散らす。

 火柱に向かって突進し、そのまま火柱の中に存在に向かって天羽々斬を振り下ろす。

 相手は見えてないにも関わらずしっかりガードしたが、勢いを殺せず俺を伴って火柱を突き破り外に放り出される。

 さらに追撃で天羽々斬を打ち付けるが、それも右手一本で構えられた紫の刀によって防がれた。

「なるほど……ッ。それが神格融合の力かッ」

 酒呑童子は体中に傷を負い左腕を切断され、袴の所々を炎に焼かれて右足はほとんど炭化しているが、それでも不敵な笑みを浮かべていた。

 天羽々斬は、雷上動とレーヴァテインの神格を掌握し融合させたことにより、双方の力を自身に有効なものに変換して引き継いでいる。

 雷上動で言えば、本来数え切れない銃弾と如何なるものも貫く銃弾の二つの能力が主要能力があり、その能力を神力の刃に応用できるようになっている。

 また、レーヴァテインは単純明快、炎を扱えるようになっている。天羽々斬の白炎とレーヴァテインの紅炎は同じ炎ではあるが、その性質はまったく違う。天羽々斬のあらゆるものを物質的に破壊していく力であるが、レーヴァテインの紅炎は侵食して焼き尽くす、言ってしまえば毒のような性質を持っている。

 天羽々斬の白炎は、高濃度の神力を纏われると防がれるという弱点もある。それだけでも十分に強力なことには変わりないが、レーヴァテインは相手が神力で防御しようがその上から浸食して対象にダメージを与える。

 雷上動もレーヴァテインも、神格を融合させることによってその長所だけを引き継ぐことができる。

「面白い!」

 酒呑童子は狂ったような笑い声を上げると、切断された左腕を一瞬にして再生した。

 信じがたい光景だった。

 切断され血が噴き出していた左腕に大量の神力が集まったかと思うと、無傷な左腕が現れたのだ。

 その手刀は真っすぐ俺の胸へと突き出される。

 俺は刀から離した右手で手刀を振り払う。

 次にやってきた斬撃を刀で弾くと、間合いを詰められ蹴り飛ばされた。

 その足も、先ほどまで炭化していたにも関わらず、綺麗な状態に戻っていた。

 吹き飛びながら地面に横一文字に天羽々斬を振るう。

 追撃をしようとしていた酒呑童子を阻むように、地面から紅炎の壁が現れ、酒呑童子は足を止めた。

「素晴らしい。神人とはいえ人の身でそこまでの力を扱うか。やはりその身、我がもらい受けるべき価値を持っている」

 炎の向こうで笑う神は全てのダメージがなかったことにされており、俺は忌々しげに舌打ちをする。

『あいつは今、あり得ないほどの神力を保有している。その力を使って、自身の体を再生できるようだ』

『それにしてもあのスピードは反則だろ』

 酒呑童子に聞こえないように心の中で返事をする。

『それだけの力を持っているということだ。中途半端なダメージはダメージにならないと考えた方がいい』

『あいつの神力を全て枯渇させられる方法は?』

『お前の神力がなくなる方が遥かに早い。息の根を止めるしか手段はない』

 手段はない、か。

 その言葉に内心苦々しいものを感じながらも頷く。

 単純に埋まることのない神力の保有量。

 あいつのそれをダメージでなくそうと思えば、過去の数千人のエネルギーを消滅させる必要があるということだ。

 確かに、どう考えても現実的ではない。

 それなら、俺がやるべきことはたった一つ。

 ただ、あの神を討つだけだ。

 炎の壁を鬱陶しそうに手で払い消すと、酒呑童子は地面に刀を走らせながら接近してきた。

 俺はトリガーを引きながら天羽々斬を地面に叩き付ける。

 グラウンドの土を撒き上げながら、無数の刃が酒呑童子に向かっていく。

 地面に走らされていた刀が振り上げられ、紫色の閃光が閃いたと思うと兵破の刃が全て跳ね返される。

 地面に叩き付けた天羽々斬を下に構えたまま酒呑童子に接近し、再びトリガーを引きながら振り抜く。

 真下から突き上げられるように放たれた刃は鬼斬安綱で防御されるが、勢いをまったく殺さないまま酒呑童子に吹き飛ばす。

 刃に斬られることこそなかったが、高々と打ち上げられた酒呑童子に追い打ちをかけるように飛ぶ。

 酒呑童子はこちらに片手を向けて何事かを早口で呟くと、緑色の光線がいくつも撃ち出された。

 それは法術だ。

 仏神の力を借りて行う法術は俺たち人間だけの特権ではない。

 力に善悪の倫理など関係ない。力を欲すれば力を与える。

 この世界はそういう風に形作られているのだ。

 すぐさま左手を光線に向けて握ると、空中から炎の枝が何本も飛び出し、光線を絡み取って喰らい尽くす。

 足場に作った銀炎を蹴ってさらに速度を上げると、酒呑童子に側部に回り込むようにして天羽々斬を叩き付ける。

 酒呑童子は素早く反応して防御してくるが、構わず天羽々斬に込めた白炎を爆発させる。

 爆発は瞬く間に酒呑童子を飲み込んだ。

 爆炎と衝撃が空中に飛散する間に、俺は印を結び素早く詠唱をする。

「【天雷法】!」

 上空から巨大な稲妻が爆炎ごと酒呑童子を貫く。

 しかし、稲妻は何かに斬り裂かれたように真っ二つに割れた。

 轟音を響かせていた稲妻はすぐに消失する。

 爆炎と稲妻が納まると、そこには紫色の刀を振り上げたまま制止する悪神の姿があった。

「大したものだと褒めてやりたいが、こちらも同等の神器を持っていることを忘れるでないぞ?」

 酒呑童子の持つ刀、鬼斬安綱は先ほどまでは濁った紫色をしていたにも関わらず、今は妖しげなオーラを纏い、鮮烈な光を放っている。

「我を斬った忌々しい刀の一欠片。さすがの力というところだな」

 源頼光が酒呑童子を討つ際に使ったとされる刀。

 本来神降ろしはここではない時間、世界から呼び出される神器だ。こいつ自身を切った刀はあの刀ではないのだろうが、忌み嫌う理由はわかる。

 しかし、酒呑童子が使えないわけではない。

 どれほどの悪神であろうと、神であることには変わりはない。

 本来は降ろした本人しか使えないとされる刀を、御堂以外のこいつが所持者として縁を結び、青峰に貸し与えていたことから考えても、ただ持って振っているというわけではないのだろう。

 おそらくは天羽々斬を通して俺が行っている神格掌握と本質は同じだ。俺は無理矢理従わせているわけではないが、あいつは自身の有り余り神力で鬼斬安綱の神格を侵食してその力を引き出している。

 酒呑童子が紫色に光る刀身をこちらに向け、刺突をするように切っ先を突き出した。

 反射的に顔を逸らすと頬に鋭い痛みが走り、赤い血液が舞った。

「降ろしたやつはこの刀の力を扱い切れていなかったようだが、強い神器を降ろしてくれたと感謝せねばなるまいな」

 酒呑童子は空を飛んで瞬間的に間合いを詰めてきた。

 紫色のオーラを纏う刀を真っすぐ振り下ろしてくる。

 体を反らして躱すと、空を斬った刀が唸りを上げた。

 そして、十数メートル下にあったグラウンドに縦一文字の傷を刻んだ。

 俺のように神力を飛ばしたわけではない。

 酒呑童子の攻撃範囲があそこまで拡張されている。

 振り下ろした刀が打ち上げられようとするが、俺は足でその腕を押さえると、反撃に首目掛けて天羽々斬を振り下ろす。

 しかしそれは体を仰け反らせることによって躱され、押さえられていない方の右手だけで振られた刀を飛び退いて避けながら、一度地面に降りて酒呑童子から距離を取る。

『厄介な能力だな。時間をかければかけるだけ不利になるぞ』

「わかっているよ」

 答えながらも、湧き上がってくる焦りを押さえることはできなかった。

 鬼斬安綱の能力は、斬るという動作を続けることによって攻撃力を無制限に上げていくという単純明快かつ恐ろしい能力を有している。

 酒呑童子が手に持った鬼斬安綱で再び地面を斬りつけている。

 あの行動、能力発動に必要なものは敵を斬るということではないのだろう。

 地面でも、おそらく空気を斬ることによってもその攻撃力は上昇している。

 ある程度時間が経てば力は減衰していくというものだったはずだが、それも酒呑童子の神力が尽きるのと同じでいつになるかわからない。

 縁を切ることができるなら、あの神器を消滅させることができる可能性もあるが、溢れ出ている神力が邪魔で縁がまったく見えない。

 やはり、短期決戦に賭けるしかない。

 左手に鞘を納め、刀を納めて姿勢を低く構える。

 酒呑童子が刀を構え直すかどうかというタイミングで、トリガーを引いて瞬間的に抜刀した刀から刃を放つ。

 枝分かれした無数の刃が酒呑童子に向かって飛来する。

 酒呑童子は攻撃力が上昇しているであろう刀で迎撃をしようとする。

 だが、酒呑童子が攻撃に転ずるその瞬間に、放たれた白銀の刃が発火した。

 舞っていた刃が赤に埋め尽くされ、酒呑童子が仕組みに気付いて目を見開いたと同時に、全ての刃が一斉に大爆発を引き起こした。

 お互いの爆発に干渉するようにして膨れ上がった攻撃は、逃げる間さえ与えず酒呑童子を飲み込んだ。

 さらに爆発を囲むように炎の枝が空中に生まれる。

 俺が刀を地面に突き刺すと同時に、炎の枝も円を作るように地面に突き刺さった。

 枝から生まれた炎が絡み合うようにして、囲んだ円の内部にとてつもない大きさの火柱を形成する。

 直径が五十メートルをも超える火柱。

 もしこの結界が視覚を閉ざすものでなければ、外からもさぞ見応えのある花火のように見えることだろう。

 間髪与えず、天羽々斬に集めた神力を巨大化させ、大太刀を形成する。

 この炎は全て俺の力。

 その感覚から、現在酒呑童子がどこにいるのかまではっきりと感知することができる。

 俺は、炎に包まれ体を焼かれている酒呑童子に向かってビルほどの大きさになる天羽々斬を振り下ろした。

 火柱を斬り裂き、火中にいる酒呑童子を銀の刃が捉える。

 結果は、呆気ないものとなった。

 火柱と銀の刃が、砕けるようにして消滅する。

「温いぞ。そんなものか?」

 声がすぐ真横から響く。

 咄嗟に天羽々斬を構えるとその上から打たれた衝撃に吹き飛ばされる。

 一番初めと同じとは思えないほど一撃の重さが増しており、まともに受け身も取ることができずにグラウンドを転がっていく。

 どうにか体制を整えて地面に足を着けた。

『前だッ!』

 天羽々斬の鋭い声が飛ぶと同時に両手を挙げると、握っていた両手の上から蹴りを叩き込まれた。

「グッ――」

 刀はいとも簡単に手からもぎ取られ、グラウンドを転がっていくと白炎となって消える。

 目の前には、多少破れて焦げた袴を纏った酒呑童子が悠然と立っていた。

 あれほどの攻撃をしたにも関わらず、ほとんどダメージがない。

 いや、ないわけではない。全て修復されているのだ。

「器は大したものだが、やはり下等生物か」

 やや気落ちしたような表情でため息を吐くと、暗く濁った目でこちらを見下ろし、さらに輝きを増した紫の刀を振り上げられた。

 その口元が悪意に釣り上がる。

「お前のその体は、我が有効に役立ててやる。安心して逝け」

 無情な死の宣告とともに刀が振り下ろされる。

 避けられない。

 咄嗟に判断し、両手に生み出した二つの刃を打ち合わせながら掲げる。

 金属が激突する音とともに周囲に衝撃が走る。

 当初とは比較にならないほどの攻撃力まで上昇していた鬼斬安綱の攻撃力。

 天羽々斬だけでは防ぐことができなかったであろう。

「それは――」

 酒呑童子が生み出されたものを見て驚きを露わにする。

 攻撃力が上昇しているなら、こちらも同様の能力で対抗すればいい。

 右手に赤、左手に青。

 相反する二色によって作られた二振り一対の双剣。

 十字に構えられた赤と青の双剣によって、鬼斬安綱の一撃が防がれていた。

「ッ――ハァッ!」

 赤の短剣から赤い光線が飛び出し、酒呑童子の左目を斬り裂いた。

「くっ……」

 酒呑童子は呻き声を上げながら大きく跳び退いた。

 立ち上がり、新たに手にした双剣を構える。

「貴様……その神器は……」

 呆気にとられ呟く酒呑童子を睨み付けたまま、意識を、神力を巡らせていく。

 天羽々斬。

『致し方ないな。掌握完了だ』

 神力の巡りがさらに加速する。

 俺は両手の双剣を上に投げた。

 回転しながら舞い上がった赤と青の二振りの短剣は、ゆっくりと落ちてくる。

「【干将莫耶】」

 二振り一対の夫婦剣の名を呼ぶ。

 そしてさらに――

 掲げた右手に、神力が集まりそれは形成される。

 鋼色の金属によって作られた、刀身が七つの枝分かれしている神器。

「【正宗】」

 七支刀の名を呼ぶ。

 落ちてきた二振りの剣と七支刀が重なり、それらは銀の炎を上げて燃え上がる。

 雷上動、レーヴァテイン、そこに干将莫耶と正宗という二つの神器が追加される。

「お前……一体……」

 さすがの光景に怯んだ酒呑童子が言う。

 その先に続く言葉は、何なんだ、か。

 お前にはわからないだろうな、酒呑童子。

 俺が、俺たちがどれほどの思いでここにいるかってことをな。

 両手が銀の炎に燃え上がり、右手に赤い刀、左手に青い刀が作り出される。どちらも雷上動とレーヴァテインの力を引き継いでおり、柄にトリガーがあり、紅炎を纏っている。

 続いて、俺の腰辺りのブレザーを突き破って何本もの刃が飛び出してきた。

 細い金属線の先に青と赤の刃のものが同数形成される。

 その数、五対十本。

 両手と併せて合計十二本の刀。

 俺が今持てる、全神器の神格融合だ。

 昨日、全ての謎を解いた後、俺は頼み事も兼ねて理音を捕まえた。

 あいつは口が軽いが信頼できるし、その力も必要だった。

 頼み事のついでに、干将莫耶の縁を切断して俺が譲り受けたのだ。

 理音は納得はしていなかったが了承してくれた。

 さらに、呪われた妖刀、七支刀の正宗。

 夏休みの間に、俺が元の所持者であった結衣さんの縁を強制的に切断し、妖刀の呪縛から結衣さんを解放した。

 夏祭りの際に結衣さんには縁が切ったことが原因で消失したと嘘を吐いていたが、実は正宗は消えなかったのだ。

 そして今日この日まで消えることはなかった。

 黙ってこれまで持っていたことは怒られるかもしれない。嫌悪されるかもしれない。

 しかし、いつか必ず必要になると思っていたのだ。

 一度縁を結ぶと宿主から離れないという妖刀でありながら、その願いに応えるように、縁を結ぶことなく今日まで正宗は現界していた。

 頭に鋭い痛みが走り、顔を歪めた。

 酒呑童子が隙とばかりに飛びかかってくる。

 俺は両手の刀を打ち合わせ、振り下ろされた鬼斬安綱に二刀同時に振り抜いた。

 酒呑童子が驚愕するほどの力が生まれ、酒呑童子は空中に弾き飛ばされた。

 空中で体勢を整えながら法術を放ってくる。

 放たれた赤い刃が四方を取り囲むように襲い掛かってくるが、腰から生えた十の刃を踊らせ、全てを打ち落とす。

 続く一撃で空中にいる酒呑童子に刃を向ける。

 襲い掛かる刃を酒呑童子はどうにか防ごうとするが十本同時に繰り出される攻撃を全て対処することができず、体中に攻撃を受け、グラウンドへと落ちた。

 本来あり得ない、神器五つの同時使用。

 天羽々斬を通してこそ可能になる技術だが、それでも使用者である俺に来る消耗は相当なものだ。

 神力がみるみるうちに減少していく。

 燃やし尽くすまでに、あいつを殺す。

 両刀それぞれのトリガーを引きながら異なる能力を同時に使用。

 さらに、生み出した紅炎を刀身、さらには全ての刃に纏う。

 正宗の本質はコピーすることにある。

 刃はもちろん、そこにかかる神力や力までもコピーすることで攻撃の手数を最大のまま加算していくことが可能だ。

 両手の刀に行使した力は刃全てに加えられる。

 続き、紅炎を纏った赤と青の刀を眼前で打ち付ける。

 刀が、刃が一斉に輝き始めた。

 干将莫耶の能力は、双剣をリンクさせることでそこに生まれる力を増幅させることにある。

 今俺が行使してる力全てが、ここからさらに増幅されることで何が起きるのか、それは俺にも予想することができない。

 酒呑童子の表情にも、恐怖が浮かんだ。

 沸騰しそうなほど熱を帯びる頭を耐えながら踏み出す。

「俺の、俺たちの力が温いかどうか、試してみろよ」

 酒呑童子が体を引いて走り出そうとするが、逃がしはしない。

 両手の刀、腰から生まれる十の刃を同時に、込められるだけの神力を送り込み、放つ。

 一瞬の内に幾度も振り抜かれる刀、刃。

 それらの攻撃は、嵐のような圧倒的な貫通力を持つ刃、深紅の吹き荒れる炎、さらには白炎のエネルギーが一方向に吐き出され、正面の空間全てを撃ち抜く砲撃と化した。

 放たれた砲撃は瞬く間に酒呑童子を飲み込み、さらにその後方にあった樹木全てを薙ぎ払っていく。

 それは数百メートル先まであった外壁まで届き、大爆発を引き起こした。

 グラウンド、木々、外壁、全てがただ一度の攻撃によって消し飛んでいく。

 外壁を取り囲むように覆い尽くされた結界を破壊しかねない勢いであったが、酒呑童子が張った結界はしっかりとその効果を保っていた。

「ハァッ……ハァッ……」

 保有神力の半分以上を一撃に込めた。

 目の前が暗く染まるのを必死に堪え、足で地面を踏みしめる。

 俺の立つグラウンドの中央辺りから校舎から見て左側にある林に存在するもの全てが、扇状に消えている。

 地面は削り取られ、木々は一片を残すことなく斬り刻まれ、焼き尽くされた。

 砂塵が舞う中に、一つの影があった。

 地面にしゃがみ込むようにして、眼前に左腕一本で構えられた紫色の刀。右手は添えられていない。

 右の肩から脇腹にかけて、ごっそり肉が抉り取られているからだ。

 頭部の左半分は失われており、剥き出しになった脳が覗いている。

 その他、体中に数え切れない裂傷と火傷を負っている状態だ。

 だがその状態でも、やつはまだ生きていた。

「ぐっ……うぅ……」

 苦しそうに呻き、おぼつかない動きで体の欠損した部分に触れていく。

 指先から神力が溢れ、ダメージを受けた箇所の修復を始めた。

 回復の間を与えてはいけない。

 しかし、あまりに膨大な神力を一度に使用したことで、体がその変化に着いて行けず、地面に膝を突いた。

 ここぞとばかりに、酒呑童子は立ち上がって走り出した。

 背を向けて、無様に逃走を始める。

 だが、こいつの足は無傷だった。

 先ほどの攻撃、咄嗟に防ぐことも避けることも不可能だと判断した酒呑童子は、しゃがみ込み足を地面に隠すことによって、攻撃を防いでみせた。

 これまで溜めていた鬼斬安綱の能力を消費し、攻撃を斬り裂くという手段で防御したのだ。

 遠距離や広範囲攻撃を持っている相手に、機動力を奪われることは致命的だ。

 気の遠くなるほどの年月を生き抜いてきたあいつは、一瞬でその判断をした。

 体を急速で修復する酒呑童子は、大きく跳躍すると生徒棟を越えていった。

「逃がす、か――」

 力の入らない体に鞭打って、追いかけるように生徒棟を跳び越える。

 あいつの言うことが真実なら、この結界はあいつにさえ解除できない。

 であるなら、逃げることさえ適わないがそれでも時間を稼いで完全に体を修復されては厄介だ。

 中庭の真ん中に、酒呑童子は体を抱えるようにして蹲っていた。

 俺は両手の刀、腰から生えている五対の刃を一斉に構える。

「終わりだッ!」

 屋上を蹴り、上空から酒呑童子を強襲する。

 十を超える切っ先全てを悪神の体に向け、そして――

 突然、酒呑童子が振り返った。


 眼前に掲げられたのは、女子生徒の死に顔――


『止まるなッッ!』


 体全体の筋肉、力が拒否を示す。

 体を見えない糸で固定されたように勢いよく空中で止まり、攻撃に使っていた刀、刃が全て、女子生徒を貫く寸前で制止していた。

 女子生徒の死に顔、青峰の顔の後ろから、悪魔が顔を覗かせた。


「甘いんだよッ! 人間ッ!」


 青峰を貫いて放たれた刀が、深々と俺の体に突き刺さった。

「がっ――」

 腹部を貫通した鬼斬安綱。

 肺から搾り取られるように空気が吐き出され、同時に鮮血が舞う。

 口いっぱいに鉄の味が広がり、続いて焼けるような痛みがやってくる。

 目の前に白い炎が浮かんだかと思うと、それは途端に小さな爆発を起こし、俺と酒呑童子を引き剥がした。

 離れた拍子に体から刀が抜き取られ、開いた穴から命が流れ始める。

「助か、った……っ」

『いいから一度距離を取れ!』

 叱責するように吠える天羽々斬の指示に従い、激痛の走る腹を押さえながら後方に跳び、生徒棟の窓を叩き割って校舎の二階に飛び込んだ。

 強化ガラスであろうが関係なく天羽々斬は破壊し、俺は酒呑童子から体が見えないように姿勢を低くして走る。

 まだ体の修復が追いついていないのか、酒呑童子は追ってこない。

「傷、塞げるか……?」

『口を開くな! すぐ塞ぐ。それよりもっと距離を取れ!』

 天羽々斬の一言で、緩めた足を早くする。

 こいつが言うことは基本的に間違いではない。

 それに一度背けばこのざまだ。

 酒呑童子の言う通り、つくづく甘い。

 開けっ放しになっていた道場へ転がり込み、さらにふらつきながら窓を叩き割って外に飛び出す。

 仕切られた空間にいては簡単に追い詰められる。だから広い場所へ。

 それだけの判断だった。

 不意に視線を感じ、ハッとして上を向く。

 そこでは、印を結んだ悪鬼がこちらにニヤリと笑いかけていた。

 直後、放たれた巨大な神力を込められた光線が俺を撃ち抜く。

 何度も何度も攻撃が体を打つ感覚をその身で覚えながら、俺はグラウンドへと落ちた。


 体中に走る激痛に顔をしかめながら目を覚ます。

 意識を失っていたようだ。

 グラウンドに俯せに倒れる俺の前に、黒い足が見えたかと思うと蹴り飛ばされていた。

 声を上げることもできずに飛ばされ、地面に体を打ち付ける。

「が……ぐっ……」

 再び俯せに倒れ、呻きながら体を起こそうとするが、それは適わなかった。

 体が尋常ではないほど重い。

 指一本動かすことができない。

 霞む視線の先に、いくつもの神器が転がっていた。

 巨大なレールガン。

 燃える枝。

 赤と青の剣。

 七支刀。

 そして、純白の刀。

 抜き身の天羽々斬を見て、現状を察した。

 俺が意識を失ったことで、神降ろしが解除されたのだ。

「下等生物が、よくもここまで刃向かってくれたものだ」

 不満げな声が後ろから降りてくる。

「貴様のおかげ、これまで集めた力の半分が消し飛んだ。どうしてくれる?」

 無情な一言とともに、足に衝撃が走った。

 自然と動く視線の先で、紫色の刀が左足の太ももに突き刺さっていた。

「がああああああああッ!」

 傷口を抉るように何度も刀に力がこもる。

「ようやく弱い人間であることを思い出したか」

 満足げに笑うと、刀が足から引き抜かれ、傷口を力任せに踏みつけられる。

 意識が飛びそうになる。

 吐き出される叫びに血が混じり、痛みのあまり気が狂いそうになる。

「はぁ……はぁ……」

 攻撃が収まり、俺の視界に再び酒呑童子が映った。

「どうだ? 諦める気になったか?」

 俺の前にしゃがみ込み、顔をよせて尋ねるくる悪神。

 その神の顔に、俺は血の混じった唾を吐き付けた。

「……」

 無言で立ち上がりながら酒呑童子は唾を袴の袖で拭い、歩き始めた。

 歩いて行った方向には、俺が先ほどまで扱っていた神器が転がっている。

「神降ろしで得た武器は、縁を作り、縁を絶つことで消滅する。縁は本来、他人が干渉できるものではない」

 酒呑童子は手近にあったレールガンを手に取った。

「我でさえ、縁を視認することはできない。それは神に与えられた特別な目を持つ限られた者だけができることだ」

 霞む視界の先に、俺の体から縁が雷上動に向かって伸びて結ばれているのが、確かに見える。

「だが、縁を切るなんてことをせずとも、神器を元あった場所に返すことは可能だ」

 そう告げる酒呑童子の足元に、黒い空間が現れる。

 それは、妖魔が現れる際に見る、空間の歪みに酷似していた。

 まさか――

 俺の予想は正しく、酒呑童子は雷上動から手を離し、それを空間の歪みへと落とした。

 直後、これまではっきりと感じられていた神器の繋がりが、一瞬にして消えた。

 繋がっていた縁が粉々に砕け散る。

「縁と言えど、別空間まで追うことができない。だからこうやって空間の異なる場所に放り込めば……」

 続いて、正宗が空間の歪みへと投げ込まれた。

 本来、所持者が切りたくても切れない縁が、いとも簡単に失われる。

 赤と青の双剣、干将莫耶がガラクタのように投げ込まれた。

 燃える枝、レーヴァテインは空間の歪みへと蹴り飛ばされた。

 二つの神器も、容易く消え去った。

 縁を形成すること。

 実際、それだけで降ろしている神器の恩恵を受けられるため、身体の強化に繋がる。

 縁が次々に切断され、神器がこの世界を去る。

「がっ……うぁっ……!」

 神器によって押さえられていた痛み、苦しみ、ダメージ全てが体へと跳ね返ってくる。

 痛みで五感がまともに働かない。

 視界が歪み、雑音が入ったように音が聞こえない。

『――――』

 天羽々斬が叫んでいる声が聞こえた気がしたが、それは頭に届かない。

 霞む視界の先で、無造作に刀が持ち上げられている。

 父さんが降ろし、俺へと受け継がれた伝説の神刀。

 酒呑童子が高々と笑いながら白刀を手放す。

 地面に広げられた空間の歪みに、天羽々斬は吸い込まれるように消えてしまった。


 俺と天羽々斬を繋いでいた縁、鎖が砕け散った。


 意識が、朦朧とする。

 誰かが近くに立つ気配を感じると当時に、胸ぐらを掴まれ体を無理矢理引き上げられた。

「苦しそうだな。早く楽になりたいんじゃないか?」

 胸くそ悪い笑みを浮かべる悪神が言う。

「冗談、言うな……」

 消え入りそうな声で反論し、体に残っている神力の全てを右手に掻き集める。

 そして指先に神力を纏わせ、酒呑童子の左目へと突き刺した。

「――ッ」

 一瞬痛みに顔をしかめたが、すぐに無表情になって俺を見上げる。

 指先に集めた神力が爆ぜる。

 放たれたのは小さな火界呪。

 目を刺し、後頭部を貫いた炎の槍は、あっという間に消えてしまう。

 再び体に力が入らなくなり、右手が酒呑童子の目から抜け落ち、だらりと落ちる。

 目から後頭部まで空洞が開いているにも関わらず、酒呑童子は片目でこちらを睨み付ける。

 俺を掴み上げていない方の手、右手に握られていた刀を消すと、無造作に俺の顔へと向けられた。

 逃げようとしたが、もう抵抗することができない。

 悪意に満ちた指先が左の眼孔へと進入し、片方の光を奪っていった。


 抜き取られた眼球は、しばらく手のひらで弄ばれた後、地面に叩き付けられた。

 血液と体液が肉片を伴って散らばる。

 つい先ほどまで俺の体に付いていた一部は、完全にただの肉へと変わった。

 左目があった場所からは血が溢れ出し、右目からは血とも涙ともわからないものが溢れ出している。

 歪み霞む視線の先で、俺が最後の力を振り絞って攻撃した頭部の穴が塞がっていった。

「存外しぶとい。しかし、これくらいで壊れてはおもしろくないのも事実か」

 喉の奥を鳴らしながら、鬼が口元を釣り上げる。

「そういえば、お前は以前言っていたな。一瞬で痛みも感じずに逝く死よりも、たとえ痛みを伴っても自分が死ぬことを自覚してからの死がいいと。今でもまだ、そんなことが言えるか?」

 片方だけになった目を薄ら開け、くだらない質問をしてくる神を睨め付ける。

 俺の反応で答えを読み取り、酒呑童子はさらに笑った。

「はははっ。この状況になってもまだそんな目ができるとはな。いいぞ。人の苦しむ様はいつ見ても飽きない。これまで、数え切れない人の子の死に様を見てきたが、お前は格別だ」

 狂ったように笑う酒呑童子に、俺は何もできなかった。

 頭を巡らせて打開策を探そうとするが、半分ほど既に途切れた意識の中ではまともに思考すらできず、神力が底を突いた今では掴まれた手を振り払うことさえできない。

「ああ、そういえば」

 酒呑童子は何かを思い出したように耳障りに声を出す。

「昔もお前を殺しそうになったことがあったな。道場にいたお前に、死ねば母親のところにいけると唆した。覚えているか?」

 朦朧とした意識の中で、何を言っているのかがすぐわかった。

 俺が心葉のことを想うようになったきっかけの一本杉。

 俺が死のうとした原因の一端を作った、道場に現れた老人。

 それが――

「人の子の心葉は脆く扱いやすい。お前の心が狂うのは見ていて楽しかった。あの娘に止められて死にはしなかったが、あのとき死の一歩手前まで言った子どもがこんなところまで来ているとはな」

 悪鬼は過去を思い出すように楽しそうに笑う。

 俺の体を自分へと引き寄せ、残った右目を覗き込んだ。

「安心しろ。これからお前は想い人と同じ場所に行けるのだ。先に死んでいった想い人があの世で待ってるぞ」

 馬鹿にしたように嘲りながら、酒呑童子は言った。

 普段なら一蹴するところだっただろう。

 気を取られることすらなかっただろう。

 しかし、絶望しかないこの状態で、酒呑童子の言葉が染み渡った。

 心葉が待っている。

 あいつと同じ場所に行ける。

 謝らなければいけないことがある。

 言ってやりたいことがたくさんある。

 ここでは言えない、数え切れない言葉が。

 だから――


 心の中から、生への渇望が消えたことがはっきりと感じ取れた。


 空から涙が降ってくる。

 どこまでも白く、この世のどんなものよりも冷たい滴。

 誰に触れるだけ簡単に消え去る、儚い涙。

 それは、誰の涙だろうか。

 今まで縛られ戦い続けて死んできた子どもたちが流した、無念の涙だろうか。

 こんな無様な姿をさらし、親不孝な馬鹿息子の俺を見た母さんが流した、嘆きの涙だろうか。

 あれほど息巻いていたくせに、なんで助けてくれなかったのかと、俺を責めるあいつが流した、慟哭の涙だろうか。

 それとも――

 全ての元凶である神を目の前に敗れ死んでいく俺に、天が泣き笑いをしているのだろうか。

 後悔で一杯だった。

 俺は結局、世界で一番誰よりも助けたかった女の子を助けることもできず、目の前にいる神に殺される。

 これから、俺は死ぬ。

 それはもう――

 変えようもない――

 現実だった。

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