35
朝露が光る草を踏み、美榊高校の中庭を歩きながら思う。
まさか、こんな事態になってしまうとは、人間には相変わらず驚かされる。
五十年以上にも渡って、この場所で人の子が戦う様を見てきたが、今年は予定外のことばかりだ。
転校生が来たことに始まり、強大な妖魔が立て続けに現れた。
それを、犠牲を出しながらも倒す人間。
これを始めた頃であれば、島中の人間が息絶えてもおかしくないほどの強さを持っているというのに。
最期に現れた金毛九尾の狐も、人間の子どもが何百、何千束になっても敵わないほどの強さだ。
それなのに、結局その九尾までも倒されてしまった。
「……」
おかしくなって、表情が緩んだ。
今現在、この美榊第一高校には私の存在のみ。誰にも見咎められることはない。
ここにゆっくり来るのもずいぶん久しい。
これ以上、これを続けることは不可能になってしまったが、もう十分過ぎる。
この地にやってきてからもう何十年になるか。
まさか、人間如きにこれほど面倒な状況にされるとは思いもよらなかった。
神宮司の双子に関わってしまったことがそもそもの間違いだった。
見られたことも、攻撃を受けたことも、今思い返しても呆れてしまう。
それから、美榊の人間が言っている神罰を始めてから、これほどまでに時間を取らされるとは思わなかった。
当初の計画では最初の十年ほどで終わってもよかった。
だが、始めると愉しくなって止められなくなった。
人間たちが苦悩に、叫び、死んでいく様を見るのは愉しい。
どれだけ見ていても飽きなかった。
後に、神罰を止めようとする人間が出てくるのも計算の内だったが、そいつらを自らの手で殺す際、呆気に取られたあの表情が忘れられない。
私にお礼を言って死んでいく生徒を見るのも、愉快だ。
しかし、今年は残念だった。
思いを寄せ合った人間たちがこれほどいる中で、あの転校生の存在があまりに大き過ぎた。
父から譲り受けた神器を使い、妖魔を寄せ付けない圧倒的な力を見せつける。
その転校生が思いをよせていたのが、まさか紋章を所持している生徒であったときは、これは愉しい舞台が見られるかと思っていた。
しかし実際は、どちらも悲しむことも絶望することなく昨日まで戦った。
最期、少し転校生は愉しめたが、紋章の女はおもしろくない。
「ああ、それも今日で――」
それも今日で、全て終わりだ。
これからは、自らの手で人間どもに手を下すことができる。
数十年にもなる戦いが、今、終わる。
ゆっくりと、手を伸ばす。
「今日は、寒いな」
背後に何かが立つ気配を感じると同時に、突然声をかけられた。
伸ばしていた手をピタリと止まる。
視線が、のろのろと後ろに行く。
現れたのは、一人の人間。
この美榊第一高校指定のブレザーに袖を通し、首には黒いマフラーが巻かれている。
右手は上着のポケットに突っ込まれており、袖から出ている左手首には青いリストバンドが覗いている。
なぜ――ここにいる――?
内心湧き上がってきた疑問に答えるように、現れた人間が口を開いた。
「ここに来ると思っていたよ。今年の神罰を最期に、これ以上神罰を続けられなくなる。それなら、ここに必ず来ると思ってたよ。今年の神罰がこれ以上続かなくなった、今日な」
顔に笑みを湛え、その人間は、その生徒は、そこにいた。
海から流れ込んできた冷たい潮風が、中庭を通り過ぎていき、生徒の黒髪を揺らす。
「ここにいるってことは間違いないんだよな。神罰を起こしてきたやつがあんたで間違いないんだよな――」
すっと、生徒の双眸が鋭利な刀のように鋭くなった。
「天堵修司先生」
Θ Θ Θ
目を見開くその人物。
心葉が死んだ翌日の十二月二十五日。
その人物は、美榊第一高校の中庭にいた。
俺たちの美榊第一高校三年Aクラスの担任教師、天堵修司。
黒いきっちりとしたスーツに身を通した、一見どこまでもただの人間にしか見えない。
この人物こそ、俺が、俺たちが追いかけ続けてきた人物。
天堵先生が、人間らしく困ったように眉を曲げた。
「何を言っているんですか?」
これまでと変わらない優しい声音で、天堵先生は疑問を浮かべる。
「一体何の話をしているのですか? 八城君」
短い間ではあったが、俺たち生徒と本年度に限れば、それこそ家族より長い時間をともに過ごしてきた人物。
人間らしい声で、仕草で、表情のこの人物を前にすると、自分の考えを疑いたくもなるかもしれないと思ったが、どうやらそんなことはなかった。
感覚が、直感が理論を吹き飛ばして教えてくれる。
こいつで、間違いないのだと。
「神罰を起こしている張本人なら、今日このとき、必ずここに現れると思ってたんだよ」
「私が神罰を起こしている? 何をおかしなことを言っているんですか? 神罰は、数十年前にこの島の子どもが神を攻撃したことが発端で起きている現象ですよ? 私が起こすとか起こさないとかそういう問題ではないでしょう」
動揺したように瞳を揺らす天堵先生。
白を切ると言うのならそれでもいい。
この場で、全てを明らかにしてやる。
俺は深々と息を吸い込み、吐き出した。白く伸びた息は、空気に溶けるように消えていく。
「美榊島に降りかかっている神罰は、神がこの島の人間に対して科した罰なんかじゃない。ある理由から、意図的に発動された一つの術だ」
天堵先生はあからさまに顔をしかめていたが、俺は構わず続ける。
「事の発端は数十年前、島にやってきた神をこの島の少年、神宮司宗太さんが攻撃したことが原因、その翌年から神罰という現象が起き始めた。これが一般的に知られている神罰の全容だ。だが、事実は違う」
俺は、目の前の天堵先生を睨み付けて言う。
「神罰とは、この美榊島において、島民である神宮司宗太さんを襲っていた神が、宗太さんの双子の姉である神宮司早紀さんから攻撃を受けた結果起こされた、罰などではない、神の災いと呼べるべき現象だ」
「……そんな話は初耳です。一体どこからそんな話が?」
「とぼけんなよ。お前の話をしてんだからさ」
「だから私であるはずが――」
否定しようとする天堵先生の言葉を遮って、俺は続ける。
「これは俺の予想だが、お前は神宮司早紀さんの攻撃を受けた際に、もとより持っていた力の大部分を失ってしまったんじゃないか? 当時それこそ神童と呼ばれるほど力を持っていた彼女の攻撃だろうから、それくらいのダメージは負ってもおかしくない。神としての存在を維持するほとんどの力を失ってしまったお前は、失われた力を取り戻す必要があった。その方法として採った手段が――神罰」
初めて、天堵先生の表情がピクリと揺れた。
俺はそれに反応することもなくさらに言う。
「この神罰は一種の術だ。あの術は、空間の次元を意図的にずらすことによって、現世と常世の間に住まう妖魔をアトランダムに呼び出す。そこまでは猫又のマリや市長の志乃さんの話から簡単に辿り着くことができた」
天堵先生は、ただ俺の話に興味を持っているような眼差しを作っていた。
内心がそれ以外の感情が渦巻いているのは容易に読み取ることができた。
「この術の仕組みは、まず術を発動し、美榊第一高校を結界で覆う。続いて次元をずらすことによって妖魔を呼び込み、好戦的なやつがほとんどである妖魔は、目の前にいる生徒を襲い始める。そして、この術の肝とも呼べる部分が、死んだ人間から神力を吸い取り、それを集めるというもの」
死んだ生徒の体からは、神力が根こそぎ消失している。だからこそ、神罰によって死亡した生徒はあらゆるものが回帰する現状になっても置き去りにされて死亡したままの状態のまま、この世界に帰ってくる。
なぜ、そんなことが起こるのか。
俺が思うに、神力とは自身がここにあるために必要な存在の力なのだ。
この島には、あらゆるところにその存在の力が宿っている。植物や生物はもちろん、建造物や機械類に至るまで全てだ。
それはこの美榊という地が神力を集めやすい場所にあるため、存在の力が物質に染み込む。
だから、いくら破壊されても神力が染みついているため、壊れる前の状態に回帰する。
「お前は自身の失った力を集める必要があった。そのために、神力を最も多く持っている高校生という年代の子どもを中心に、自身を攻撃したという子どもに対する罰という形の筋書きで、神罰を起こすことにしたんだ。神罰によって勝手にやってきてくれる妖魔と戦ってもらい、死亡すれば体の神力を全て吸い上げるという術を使ってな」
草木や建造物にも神力が宿っているのは間違いないが、それは人間に比べると微々たる量だ。それよりも、神力の保有量がピークに達するこの時期の生徒から奪う方が、ふざけた話だが理に適っている。
俺の考えに、天堵先生は笑って反論する。
「それは矛盾じゃないですか? 先ほどのあなたの話が真実であるなら、その攻撃を受けた神様とやらは力のほとんど失っているのでしょう? 次元をずらして妖魔を読み込むなんて力が残っているとは思えません」
俺は、不敵な笑みを返す。
「ああ、その通りだ。だからこそあるのが、紋章システム、だろ?」
その一言によって、天堵先生の表情から一瞬にして笑みが抜け落ちた。
「神が与えてくれた、たった一つの神罰を終わらせる方法。紋章は使用することで神罰を終わらせるほどの力を持っているからそんな風に言われている。実際、紋章は使用すると周囲の空間にある神力を喰らい尽くすほどの力を持っている。でもそれは言い換えれば、神さえ殺せる巨悪の武器になる」
「……それぐらいの力があっても不思議ではないでしょう。神罰にはそれだけの力がある」
「神罰が起こる年に、その年神罰を受ける生徒に現れる紋章。この島の人間は神が許してくれるために与えてくれたなんて、一部の人間は考えていたみたいだが、事実は真逆だ。初めて疑問に思ったのは、御堂が死んだときだ。あれほど簡単に、生徒を直接殺した神は、どうして紋章なんてものを与えるなんてまどろっこしいことをして、直接自分が紋章所持者に手を下さないのか。それだけで、十分に罰として島民に下っているにも関わらず、だ」
ずっと、疑問だった。
どうして神罰を止めるには、紋章所持者が紋章を使うことや、死亡するが必要なのか。
「そこから考えられる結論は一つだ。この神罰を起こしている神にとって、紋章所持者は殺すわけにはいかない存在だった。紋章はそもそも、神降ろしなどに使われている術式と同様のもので、起動の意志を込めれば予め決めた術を発動させることができるというもの。外部から送られた信号を受け、所持者の体に刻まれた紋章は本人の意志をまったく介さずに発動する」
凍り付いた無表情になっている天堵先生に、その事実を突き付ける。
「その術こそが、この美榊島で起きている現象、神罰だ」
ほとんど反応すら見せない相手に対して、俺は淡々と続ける。
「この神罰が起きるには、いくつかの条件が必要になる。まず第一に、結界にしているドーム状の敷地、現在は高校を囲っている外壁の内側になるが、この内部に紋章所持者がいる必要がある」
自身を起点として発生する術。当然内部に起点となる存在がいなければ術を使用することができない。
「その証拠に、過去、何らかの理由で紋章所持者が校内にいない場合、一度として神罰は起きていない。これは確認済みだ」
はっきりとした記述が多くあるわけではないが、それでも確実なものはいくつかある。
紋章所持者の存在がまだ美榊に知れ渡ったばかりの頃、自宅に紋章所持者が引きこもった際、長い間神罰が起きなかったという記述があった。
さらに、今年心葉が体調を崩して高校に出てくることができなかった期間。
この期間も、神罰は起きていない。
「そして、紋章は所持者にとって最悪な結果をもたらす。紋章は所持者の体内にある神力を司る器官を術として再構成して体に刻まれる。体表に神力器があったところで、それが神力を生み出し続けている以上、所持者にとって直接命に関わることにはならないはずだ。だが――」
俺は憎悪を込めて天堵先生を睨み付ける。
「そのまま生きてもらっては、紋章と神罰の関係に気付く人間がいるかもしれない。毎年一人を選び続けていけば、年を重ねていく毎に紋章所持者が増えていくからな。そこでお前は考えた筋書きを島に流した。神が付けた生贄の目印。そんな最もらしい理由をな。そして、紋章がそれに則り、紋章は一年を経つと、自動的に発動するように仕組まれている。神罰の術式も一緒に消滅させられて一石二鳥ってわけだ」
神罰を起こしている神にとって、紋章所持者は生きていてはいけない存在。
自らに力がないためだけに用意された存在であり、同時に二人と存在しては神罰の前提条件が狂ってしまう。
神罰は、あくまで神がこの島の生徒に罰を与えるためのもの。必ず一人は死亡するように仕組む必要があるのだ。
「そして、最も重要な、この神罰を起こしている術者が誰かという問題」
再び息を吐き出す。先ほどよりも息が白くなって伸びる。
長々と話していることもあるが、やはり緊張を隠すことができない。
「紋章所持者が校内にいなければ神罰の術を使用できないと考えるなら、術者も同様だ。結界範囲外から起動はできても、これだけの術だ。細かな調整は必要になる。結界で空間が隔てられてしまえば、外からはどうすることもできないからな」
つまり、神罰を起こす最低条件として、術者と紋章所持者が校内にいないと発動できないわけだ。
「お前は何らかの方法を使って、誰かの体を乗っ取っている。それは間違いない。島の人間のデータを厳正に管理しているこの島で、外部から入ることなどできないからな。だったら、もとからこの島に存在している人間の体を乗っ取るしかない」
俺は、目の前にいる【誰か】に向かって告げる。
「お前が【本物の天堵修司さん】の体を奪ったように、誰の体でも奪えるなら、生徒でも用務員や処理班の人でも誰もいいだろう。でも、何度も乗っ取りをすることには必ずリスクが付きまとう。神罰開始時、校内にいても不思議でもなく、その行動を何年も続けるなら、教師が最も簡単だったはずだ」
天堵修司という人物が初めから乗っ取られていたということはあり得ない。この人物は確かにこの美榊島に存在していた人物で、それも確認済みである。
「それに、この島の神罰のシステムは、いくつか明らかに神罰の進行をしやすくするものがある。紋章所持者は戦わなくていい。神罰開始時は絶対に校内にいること。紋章所持者を殺さず、希望するならできうる限り生きることを認めていること」
これらの紋章所持者の待遇は、神罰において必要不可欠だ。紋章所持者が死亡すれば、神罰は発動せず、死亡した生徒から神力を集めることができないからだ。
天堵先生がうんざりとしたように肩を落とした。
呆れたような表情を顔に貼り付け、面倒くさそうな視線をこちらに投げる。
「よくもそこまで無茶な理屈を並べられたものですね。逆に感心しますよ」
「違うとでも?」
対して俺は余裕の笑みを浮かべて聞き返す。
やれやれと言った様子で、天堵先生が答える。
「違うとか違わないとか、そもそもそんなレベルの話ではないですね。あなたの言っていることが正しいのであれば、あなただけが巻き込まれた異例と言われる夏期休暇中の神罰。そのとき、私は他の先生方と一緒に島の会議に出ていました。それなのに神罰は起きた」
「……」
天堵先生の目を真っすぐ見返して黙りこくる俺に、畳みかけるように言う。
「私がいなかったにも関わらず神罰は起きたのですから、あなたの理屈は当てはま――」
「本当か?」
鋭く切り返した刃に、天堵先生が沈黙する。
俺はそっと、ブレザーの胸の部分を押さえた。ここには、心葉の手紙が入っている。
「今年の紋章所持者は、俺に手紙を残してくれた。その中に書いてあったんだよ。あの日の神罰のことが」
「……」
「あの日、ダイダラボッチに殺されそうになっている俺を見たあいつは、紋章を使おうとしたらしい。でも、実際には使っていない。その理由が――」
心葉が残してくれた刃を、深々と突き刺す。
「お前に止められたからって書いてあるんだよ」
心葉の手紙にあった。
天堵先生が夏休みの神罰のときに紋章を使おうとしていることを止めてくれたと。
心葉は、あのとき、校舎で天堵先生に会っていたのだ。
俺は、あの神罰が起きて目を覚ました直後に、あの神罰が終わった後に誰が来たかを聞いた。でも、神罰中に誰がいたかまでは聞かなかった。だから心葉は、当然天堵先生が校内にいたことを知っていたが答えなかったのだ。
さらにあの日、俺は高校の外壁に横付けされるように一台の車を見ている。ホウキが激突して外装を凹ましていたあれだ。
あの車が、天堵先生の車だったんだ。
「芹沢先生にも確認したよ。あの日、天堵先生に何か高校に行くように指示を出さなかったかって」
少し余裕を見せていた天堵先生の表情が陰る。
「会議に絶対に必要な資料を忘れたから、高校に取りに行ってもらっていたって」
こいつ自ら言っていた。
ダイダラボッチの神罰の際にあった会議には絶対必要な書類があったが、芹沢先生が忘れて大慌てだったと。
しかし、その後入れ替わりで天堵先生が会議に入り問題なく会議は終わったと。
会議に必要な書類が美榊高校にあったのに、どうやって会議を無事に終わらせることができる。
【誰か】が美榊高校に行って、取ってこなくてはいけない。
天堵先生は、自ら認めた。
後ろめたい部分がなければ、ただ真実を話しておけばよかった。
だが、嘘は重ねれば重ねるほどもろくなる。
現実にあったことを、適当な言葉でごまかした。
それはつまり、隠しておかねばならない事実があったということ。
「それに、お前は天堵修司という人物が知り得ない情報を知っていた」
何のことかわからなかったのか、少し眉を曲げた。
「俺が神罰の原因となった人について話をしたとき、お前は神罰の原因になった生徒は笄年になったばかりの子だったと言ったな?」
「……それが?」
「笄年という言葉は、あのときお前が言っていたように、元服と似た意味で使われる。だが、元服が男に対して使われる言葉であるに対して、笄年は女性に対して使われる言葉なんだよ」
笄年の笄は、そもそもこうざしという、かんざしと同じような意味を持っている。髪を結うために使う道具であり、昔、初めてかんざしを挿す年齢であることから、女性の十五歳という年齢を笄年と言った。
神宮司姉弟は早生まれで、死亡したの数ヶ月後に高校生になってからだ。
夏休み、浴衣姿の七海が頭にかんざしを挿しているのを見たときに、引っかかりを覚えていた。
当たり前だが、かんざしは女性が使うものであって男性が使うものではないのだから。
「世間では、神罰は神宮司宗太さんが原因ということになっている。神宮司早紀さんの存在を知っている人はいるだろうが、早紀さんが神罰の原因になったということは、極限られた人しか知らない。それなのに、どうしてお前は知っていたんだ?」
「それは……」
口ごもる天堵先生。
必死に言い訳を探すように眉根をよせ、そして口を開く。
「私が赴任するに当たって、教えられただけです。笄年という言葉もそのとき聞いただけで、深い意味は知りませんでした」
「誰にだ? この話は美榊島の人間でも限られた人しか知らない。現在この高校で知っているのは、円谷先生くらいなんだぜ?」
円谷先生は、志乃さんの幼馴染みであり、最も初期の神罰時からこの高校にいる。そして、早紀さんの死に目にも立ち会っており、最初から全ての事実を知っている人間だった。
以前、円谷先生は俺の行動が神罰を起こした人"たち"も報われると言っていた。神罰の原因となっている人物が一人ではないと知っていたからこその発言だ。
困ったように顔を歪めてみせ、天堵先生は言う。
「そんなことを言われても困りますよ。実際に聞いたんですから。私が聞いたのは――」
はぐらかそうとするその言動に、俺は手を上げて遮りあからさまなため息を吐いた。
「お前が誰から聞いたって答えるかも、わかってるよ」
大きく目を見開き、何かを反論しようとしたが、途中で止めて閉口する。
「お前さ、さっき俺が神罰が始まるときに校内に術者がいないといけないって話をしたとき、あえて一番簡単な答えを外したよな?」
「……」
答えようとしていないその人物に、俺は告げる。
「なんで、私は教師になってからまだ数年の教師だって言わなかったんだよ。これまでの数十年の神罰は、どうやって起こしてきたんだよって」
それは本来、最も簡単な答えだったはずだ。
天堵先生がどういう人物かを調べるに当たって、数年より前は、神罰開始時に他の場所にいたことを証明できるものが、すぐに見つかるほど多く残っている。
それを言ってしまえば、俺に反論すらさせないことが可能だったかもしれないのだ。
そんな隙間を残してやるほどお人好しではないが。
「お前は、言い返えされるのが怖かったんだろ? お前はお前の前任、その死亡したことになっている教師、志藤辿樹は同一人物じゃないかってな」
徐々に、天堵先生の顔から表情が抜け落ちていった。
「そもそも、人の一生なんて限られている。その限定された期間で、よく数十年もの間正体を見破られずにやってきたって感心するよ。でも、老いがある以上、永遠にいるわけにはいかない。さらに、お前は美榊市長たちから少なからず疑いをかけられていたはずだ。それなら、今ある体を捨てて、新たな体を手に入れた方がいい。老いも克服できて、疑いからも逃げられる。そして入れ替わった体が、天堵修司さんの体だ」
これまで俺たちに教師と接してきたその人物と同じ人物であるにも関わらず、その姿はまったく別のものへと変わっていた。
「お前だよ。現在美榊第一高校の教師をしている天堵修司であり、数年前に死亡したとされる志藤辿樹。お前は美榊島に来て、少女に攻撃され力の大部分を失い、五十年以上にも渡りこの島に神罰という災いをもたらした」
もはや否定の言葉すら口にしなくなった、空っぽになったその空虚な入れ物、その中に潜む存在に向けて言い放つ。
「お前こそが、この美榊島、美榊第一高校で起こしている神罰全ての元凶だ」
隠すことも止め、徐々に本性が溢れ始める。
黒縁眼鏡の向こうにあるその二つの黒い目は、これまで俺たちの前に立って、励まし、笑い合い、神罰をともに生き抜いてきた人物とは思えないほど恐ろしく光っていた。
時間の流れが、俺たちだけを置き去りにした。
潮風の音、木々が揺れる音、羽ばたく鳥の風切り音が響いている。
永遠とも思えるほどの長さに感じた間の後、後ろでパキッと枝の折れる音がした。
俺は驚いて振り返り、ポケットに突っ込んでいた右手を向ける。
背後に、一人の人物が呆然と立ち尽くしていた。
「う……うそ……」
両目を見開き、目の前に広がる受け入れがたい現実に動揺を隠し切れない人物。
「じょ、冗談ですよね?」
「修司先生が、この神罰を起こしていたなんて、そんなこと、あるわけないですよね?」
目の前の現実を受け入れられず、揺れる瞳を天堵先生に向けていた。
おぼつかない足取りで、ふらふらとこちらに歩いてくる。
「なんでここに――」
「嘘だよね! 修司先生が神罰を起こしていたなんて……」
「……聞いていたのか」
「答えて!」
悲鳴のように叫ぶ。
天堵先生は生徒に安心を与えてくれる善き教師だった。
苦しむ生徒のことを親身になって考え、相談に乗り、助力を惜しまなかった。
一年と一緒に過ごしていない短い間柄であろうが、天堵先生が神罰を起こしている神ではあり得なかった。
俺は近づいてくるその人物を手で制し、庇うように天堵先生との間に立つ。
天堵先生から目を離さす、警戒を緩めないまま背後の生徒に告げる。
一刻も早く、ここから離れてもらわなければいけない。
危険過ぎる。
「本人に聞いてみろよ」
早く真実を知ってここから離れてもらった方がいい。
俺は今、他の誰かを庇ってあげられるほどの余裕がない。
それほどの敵だ。
「修司先生……冗談だと言ってください。今、彼が言ったことが、全部、嘘……だ……て……」
言葉が、途切れる。
放たれた問いに対して、天堵先生は嗤ったのだ。
まるで、遥かに劣った下等生物を馬鹿にするような目で。
その嘲笑が、全てを物語っていた。
「そ、そんな……」
その表情が絶望に染まった。
今にも泣き出しそうになるその人物を一瞥し、再び天堵先生に視線を移す。
「こいつはお前が思っているやつじゃない。わかったら今すぐここを離れろ」
鋭く命令するように言い放つ。
このままここにいては危険だ。
「お願いだから、早く離れてくれ」
怯えきった人物に言い聞かせるように告げる。
「修司先生が……この神罰を……」
ふらりと、背後に立つ体が揺れた。
甲高い金属音が響き渡る。
その場から一歩も動いていない天堵先生。
金属同士が衝突した衝撃音は、俺のすぐ近くから響いていた。
正確には、俺の背中。
俺が逆手に握るようにして生み出した純白の刀が、一本の刃を受け止めていた。
俺の背中を貫くように突き出された一撃が、天羽々斬によって阻まれていた。
それは――一振りの簡素な造りの日本刀。
「そうやって、吉田や御堂を殺すときにも、お前は何の戸惑いもなく手を下したのか?」
背後に立つ、日本刀を突き出した持ち主に言い放つ。
「青峰」
俺がこの美榊高校に来て初めて会い、命を救った生徒。
俺たちのクラスメイトである、青峰梨子。
その彼女が、一緒に戦ってきたことを示す美榊高校のブレザーに身を包み、戦うための武器を手にしていた。
人形のように無表情だった少女の顔に、驚きが広がる。
俺は突き出された刀を持つ手を掴むと、力任せに投げ飛ばした。
突然投げ飛ばされたにも関わらず、青峰は綺麗に受け身を取りながら着地した。
俺たちの宿敵である、神に背を向けて――
自分がやってしまった決定的な過ちに気付き、刀を構えて天堵先生から距離を取るように跳んだ。
無表情だった顔に、造られたような困った笑みが貼り付けられる。
「な、何言っているの八城君。今のはただ、手が震えちゃっただけで。それに、私が吉田君や御堂君を殺したって、一体何のことを言ってるの?」
あくまでもとぼける青峰に、俺は冷たい目を向けながら天羽々斬を構える。
天堵先生と、靑峰の二人を警戒するように。
「これまで、神罰を止めようとしてきた人間や、神罰に対して邪魔をする行動を取ってきた人間は、制裁を加えられてきた。紋章所持者を殺そうとした吉田しかり、鬼斬安綱を手にした御堂しかりだ」
それ以外にも、数え切れない人物が殺されてきただろう。
「吉田が殺される直前、俺はお前に会っている。そしてその場で心葉を探していることを口にした。お前が俺の跡を付けたのなら、俺や心葉と争っていた吉田を殺す機会は十分にあった」
最初、吉田が心葉を襲っていたためコンテナも同様に心葉を狙っていたものだと勘違いしていたが、紋章が神罰に必要不可欠と判断するのであれば、むしろ術者側は紋章所持者を守るように動くはずだ。
あの攻撃は、そもそも心葉を狙ったものでも、俺を狙ったものでもない。吉田を狙ったものだった。
「そんな理由で――」
「さらに」
否定しようとする青峰の言葉を遮り、俺は言う。
「あのとき吉田を潰したコンテナは、明らかに不自然な崩れ方をしてきた。お前が持つ、テレキネシスの能力を使えば、それも可能だよな」
俺も心葉たちも、何かの力をぶつけてコンテナを落とすということはできても、コンテナそのものを持ち上げて落とすといった純粋な物理エネルギーを操作するような力を持ち合わせていない。それほどまでに珍しい力なのだ。
現在テレキネシスを扱えるのは、この島で青峰だけだ。
眉を曲げて閉口する青峰に対して、俺はため息を吐く。
「それだけじゃ、お前がやったとは思ってなかったけどな。生徒に神罰を起こしている術者が紛れ込んでいる可能性は考えにくかったから。でも、御堂の件で、それは変わった」
御堂の死は、それほど決定的な事実をもたらしてくれた。
「天堵先生がこの神罰を起こした術者であるという推論には、一つ問題点があった。それが御堂の死だ。御堂が致命傷を受けたのは、神罰が終了した後の短い時間でだ。その間、天堵先生はずっと俺と同じ教室にいた。天堵先生が術者だと考えた際、御堂殺しの犯人は別にいることになる」
その犯人を、真っすぐ見据える。
「御堂が殺された現場には、あれだけの血が周囲に飛び散っていた。木々の葉に付着するほどの血だ。それだけの出血、犯人も相当な返り血を浴びたと考えられる」
その事実に思い当たったのは、つい最近だ。
それによって、一つ思い当たったことがあった。
「御堂が殺された日、お前は夜遅くに髪を濡らして校内にいたな。まるで、シャワーを浴びたばかりみたいに」
青峰が息を呑んだ。
「あの日、御堂が不審な死を遂げたことで、高校の生徒は、ほぼ全員帰宅していた。体を動かしたにしても、あんな遅い時間にわざわざ高校でシャワーを浴びることはない。返り血でも浴びてなければな」
御堂は神罰ではなく、鬼斬安綱の呪いによって死んだとされた。呪いなんてもので死んだとなれば、生徒にも相応の不安があり、あの日は神罰が起きたこともあって、生徒は早々に帰宅していた。
それなのに、青峰はシャワーを浴びたばかりみたいな様子で高校にいた。
「返り血なんて簡単には隠せない。かといって、血だらけのまま校外に出ることはもっと無理がある。それなら、生徒が全員帰るまで待ってからシャワーを浴びれば気付かれる可能性を減らすことができる」
そして夜遅くにシャワーで返り血を流した。
「そんなときにわざわざ俺に近づいてきたのは、まさか俺があんな時間まで残っているとは思わなかったからだろう。自分の姿を見られていないかという念のための確認と、次のターゲットになるかもしれなかった俺の品定めというところか」
青峰が唇を噛んで黙りこくる。
あのとき、青峰は俺に神罰を止めようとしているかどうかという探りを入れてきた。適当にはぐらしていたからいいが、あのとき正直に答えていたら今頃どうなっていたか。
笑みを浮かべたまま何も言わない天堵先生の器に入った存在を一瞥して、また青峰に視線を戻す。
「それに、御堂は死に際に俺たちに何かを伝えようとした。普通に考えれば誰にやられたか。でもあのとき御堂は体中を斬られて指一つ動かすことができず、声も上げられなかった。だからあいつが唯一動いた目で、犯人を教えようとした。空を見てな」
青峰の視線が、分厚い雲に覆われた薄暗い空に向けられる。
今にも雨でも降り出しそうな天気だ。
でも、あのときは違った。
あの日、空は雲一つなく澄み渡っていた。そして、御堂が伝えたかったのは、そこにあるものでも景色でもない。
あいつが伝えたかったのは――
「青」
女生徒の目が、大きく見開かれた。
「体も動かせず声も出せないあいつができたことは、見えたものを伝えること。それは、色だ。あの日、空は嘘みたいに青かった。これが犯人に直結するヒントであるなら、答えは悩むまでもない」
自身の名前に色を持つ少女は、悔しそうに歯を食いしばった。
「本年度、生徒、教職員、その他美榊高校に関わっている人間で青の文字を名前に持つ人間は、お前だけだ」
何かを言おうとするが、青峰はすぐに口をつぐんだ。
生徒の中に神罰に関係した人間がいると思い当たったのは、夏休みの神罰のときだ。
先生たちが駆けつけると同時に他の生徒も来たと心葉が言っていた。
情報の伝わり方があまりにも早過ぎる。そう感じ、生徒たちの中に神罰に関わる人間がいる可能性があると思ったのだ。
反論する言葉を必死に探し、焦りを顔に残したまま言った。
「そ、そんなこじつけで私が御堂君たちを殺したって言われても、そんな無茶な話ってないよ」
さらに、自らが持っていた刀の存在を思い出したように見せる。
「これだって、一緒に戦わなくちゃと思って。別にこの刀で八城君を攻撃しようと思ったわけじゃ――」
「槍はどうした?」
青峰の聞くに堪えない言い訳を遮り、俺は告げる。
「お前が持っていた神器は槍だったはずだ。その槍はどこにやった?」
「そ、それは……」
口ごもる青峰を見て、自分の考えが間違いでないことを悟る。
「やっぱりな。心葉を刺したあの槍、あれはお前の槍だったんだな」
いくら投げることに秀でた槍と言っても、屋上に立つ心葉の背中に槍を命中させることなんて現実的に考えて不可能だ。
しかし、物に直接触れることなく動かすなことができるテレキネシスを持った青峰にはそれが可能だ。
また、神器は形成した縁を切断することによって強制的に元々あった場所に返すことができる。心葉を貫いた後、自ら縁を切れば神器は消え、証拠は残らないということだ。
「それに、御堂が殺された一件、御堂の死因は太刀傷などの他に打撃によるものもあった。槍なら打撃にも使えるから当然だよな」
御堂の死因である斬るという攻撃と叩くという攻撃を二つ備える武器は少ない。青峰が持っていた武器は打って付けだ。
これだけの状況を突き付け突き付けられているにも関わらず、青峰はまだ否定をしようとする。
「ち、違う、私は御堂君を殺してなんかいないっ。この刀は死んだ友達の後に残ったものを使わせてもらっているだけで、心葉ちゃんのときの槍も私のじゃ……」
必死に弁解しようとする青峰を、俺は冷めた表情で睨み付けていた。
「そ、それに、心葉ちゃんが死んだのだって、あの槍が原因だったわけじゃ――」
「心葉が死んだ? どうしてお前がそれを知っている」
青峰の言葉が途切れる。
「心葉が死んだことを現在知っているのは、俺と玲次、七海、それから芹沢先生と黄泉川先生のだけだ。そこにいるやつも、お前も、知り得ることじゃないんだよ。もしそれを知っているのであれば」
俺は、決定的な言葉を青峰に突きつける。
「紋章が消えたことを察知した術者か、そいつの仲間だけだ」
語るに落ちた青峰は、もう反論すらしようとはしなかった。
俺は青峰が持つ、簡素などこにでもある造りの刀へと目を向ける。
「その刀は鬼斬安綱だな。カモフラージュをしているようだが、気配がダダ漏れだ。お前に扱い切れるような刀じゃねぇよ」
腕だけを使い、天羽々斬を振るう。
刀身から風が放たれる。
一瞬にして駆け抜けた風を受け、刀を覆っていた力が吹き飛んだ。
自身を庇うように構えられた刀は、先ほどとはまったく違う形状をしていた。
毒々しくも光沢のある紫色の刀身に、峰はノコギリのように何本も反り返った凶悪な刀。
御堂が神降ろしによって得た、鬼斬安綱に違いなかった。
「もう言い逃れはできないぞ。青峰梨子」
青峰の表情が、この世の全てから興味を失ったように、感情という感情が抜け落ちた。
「これまではどうかは知らないが、今年起きた神罰や御堂たちのことが全て神罰を起こしている術者が行っていると考えた場合、一人では不可能だった。神罰を起こしてる神が、複数いるなんて考えもしないだろうからな。お前や、他にもいるのかもしれないが協力者を使って攪乱すれば、自分に到達する可能性がずっと低くなるそれが狙いだったんだろ?」
眼鏡をかけた教師に尋ねる。
もう否定することも反論することもなく、ただ薄い笑みを浮かべていた。
青峰も口を開こうとしない。
叩き付けるように吹き荒れた突風が、中庭に走り抜ける。
その入れ物の前髪が揺れ、何も映さなくなった瞳が見え隠れるする。
「……どうして私がここにいると?」
突然であり、今更な問い。
俺は淡々と答える。
「お前が、神罰によって集めた神力をどこに集めているかと考えたとき、間違いなく自分の中に集めてはいないと思った」
人の身に、軽く千を超す生徒の神力が集めることはおそらく可能だ。
だが、それほどの力は一人の身に抱えるには明らかに多過ぎる。溢れ出す膨大な神力を、周囲に知られないと用にすることなどできない。
「だったらどうしているか。そこで俺が考えたのが、どこか人に触れられない場所に隠すということ。この美榊高校校内にあり、そして尚且つ人が触れることが滅多にない場所」
左手を上げ、相手の後ろにあるものを指さした。
指し示す先には、巨大な黒御影石によって造られた石碑が佇んでいる。
「神罰の影響を受けにくい中庭にあり、神聖視された石碑。その石碑の真下にでも集めた神力を隠しておくことができれば、まず人に触れられることはない」
九尾のように強大な力を持つ妖魔の攻撃であれば、相当深い位置に隠さなければ神罰中に隠れているものが出てくる可能性がある。
だが、二つの校舎に挟まれた中庭には比較的妖魔が現れることは少なく、また校舎に挟まれているため影響も受けにくい。
上げていた手を下ろして続ける。
「でも、本年度石碑を取り巻く環境に問題が起こった。石碑を他の場所に移すという話が持ち上がったんだ」
夏休みに俺がダイダラボッチの神罰で派手に石碑を倒したり、他にも稀に神罰の被害に遭ったりしているということで場所を変えるという話になっていたのだ。
そのための調査などが、夏休み明けにすぐ入っている。
心葉が死んだ今、本年度の神罰がこれ以上続くことはない。
次の神罰が再び起きるまで、三ヶ月の期間がある。
早々に作業を開始したいであろう業者は、下手をすれば今日か明日にでも来る可能性があった。
「お前は石碑が動かされることによってその下に隠されているものが触れられることを恐れた。焦った結果、神罰は平年とは違い、生徒が違和感を覚える状態で進むことになった」
神罰に焦ったような印象を持っていた理音。
大きな神罰が立て続けに起きたことや、アトランダム性に違和感を覚えた理由はこの辺りにあるのだろう。
それだけが理由ではないだろうが。
「だから、俺はお前がここに来ると思ったんだよ」
あらゆる事実が、結果が、論理が、全て天堵先生が術者であることを物語っている。「さらに」
まだ何か言うことがあるのかと、天堵先生が微かに眉を上げる。
「お前が何者であるかという問題について」
体全体を強張らせ、眼鏡の奥の目が大きく見開かれる。
「わかりきっていることだが、お前の正体は人間ではない。数十年前、この島にやってきた神の類いだ。では、その神とは何か?」
俺が、俺たちが目指してきたものが、この存在に帰結する。
「お前についてわかった理由は二つ。一つは、鬼斬安綱の所有者、御堂准が殺されたこと。最初、御堂は神罰を止めようとしたから殺されたと思っていたが、もっとあからさまに神罰を止めようとする俺には何もなかったことを考えると、まったく別の理由が考えられる。その理由となったのが、鬼斬安綱。御堂が降ろした神器だ」
御堂が自ら望み降ろした神器。代々所有者が殺されるという話だったが、おそらく御堂はその刀が持つ意味を全て理解した上で鬼斬安綱を自らに降ろしたのだ。
その神器が、神罰を起こしている神に対して、どんな意味を持つかを理解した上で。
俺も奇跡的に辿り着いた結論だが、御堂も筋道は違えどその答えに辿り着いても不思議ではない。
「お前は、鬼斬安綱に恐れを抱いていたんじゃないか? 自らを斬った、その刀を」
その存在は両手が音を立てるほど強く握りしめていた。
両目にははっきりとした憎悪が浮かんでいた。
これまでの空虚は何だったのかと思うほど鮮烈な黒い感情が全身から放たれている。
「それと、その入れ物の天堵修司という名前と、以前の志藤辿樹という名前。俺はずっと引っ掛かを覚えていた。その理由が、この二つの名前」
猫又のマリは言っていた。
私たちに神にとって、名前は重要なものだと。
不確定な要素を持っている神だからこそ、名前によって己の存在を保つために必要なものだと。
「この二つの名前はアナグラムだな」
アナグラムとは、文字を入れ替えることによってまったく別の意味や言葉にすること。
「この二つの名前は、ある一つの名前を入れ替えて作られている。この二つの名前を入れ替えることによってできる――お前の真の名は――」
眼前に佇む神に向かって、その神名を告げる。
「【酒呑童子】」
全ての始まりとなった神。
「日本三大妖怪の一つに数えられ、大昔から姫や若い子どもを攫ったという最凶の悪神にして、最強の鬼。そして、天下五剣の一振り鬼斬安綱、別名【童子切安綱】によって退治されたとされたとされる存在」
全てを終わらせなければいけない神。
「この美榊島において、神隠しの名の下に子どもを攫い、鬼斬安綱を持つ人間、自分の脅威となる存在を殺し、神罰と称して五十年以上に渡り自分の力を取り戻すためにだけに、この島の生徒を殺し続けた――」
数十年の因縁を清算するために、俺が倒さなければいけない神。
「お前がやったことだ。酒呑童子」
俺は目の前に立つ、一柱の神に告げる。
「アハハハハハハハハハ!」
中庭に笑い声が響き渡った。
押さえようともしない叫び声は、俺の言葉の全てを肯定し、全てを嘲る。
笑い声を上げている主は手で顔を覆い、空を仰ぐようにして込み上げてくるものを吐き出していた。
一頻り嗤った後、そいつは顔を押さえていた手で眼鏡を外した。
投げ捨てられた眼鏡が、花壇の石に当たり音を立てて割れる。
着ていたスーツは朽ちたようにボロボロになり、新しく黒い袴が現れる。古代の服装を連想させる礼節ある服装に見えるが、放たれる気は禍々しく濁りきっていた。
大きく息を吸いながら前髪を掻き上げた。
凶悪なまでの笑みがそこにあった。
「正解だよ、八城凪。お前が言ったことは全て真実だ」
声も口調もまったく別の異質なものへと変化した。
これまで隠されていた力、気配、存在全てが溢れ出す。
「我こそは酒呑童子。お前の言った通り、これまでの神罰は全て私がやったことだ」
悪意。
一片の混じり気もない、純粋な悪意。
酒呑童子から発せられているものは、暴虐なまでの悪だった。
ニヤリと口を曲げながら、酒呑童子は言う。
「ここまで完膚なきまでに解き明かされては、もう補足する必要すらないな。なあ、梨子」
酒呑童子が腕を広げて促す。
青峰の表情は、ただただ無だった。
そこには善意も悪意も、何もない。
感情を一切感じさせない少女は、体を操られているように緩慢な動きで、それでいてはっきりと自分の意志で歩く。
そして、酒呑童子の息がかかるほど近くに行くと、こちらを振り返った。
「はい。酒呑童子様」
青峰は自らの口ではっきりと、自分の主の名前を呼んだ。
忌々しげに、俺は二つの異質な存在を睨み付ける。
酒呑童子は青峰の体を背後から抱きしめた。
青峰は抵抗する素振りすら見せず、それを許した。
「まさか、梨子の存在を見抜いた上で、我の存在まで辿り着くとは、正直驚きしかないな」
でもまあ、と楽しげに酒呑童子は笑う。
「我らの共通点も、ヒントにはなったか」
この二人、もちろん酒呑童子は人間の天堵修司という人物のものだが、この二人と志藤辿樹にはある共通点がある。
それは、全員が孤児であることだ。
「形式上は三人の存在とも孤児だが、志藤辿樹は最初から酒呑童子、お前が人の姿に化けたものだったんだろう?」
「いかにも」
生徒と教師の答え合わせをするように、酒呑童子は満足げに笑ってみせる。
その行動に苛立ちを覚えながらも俺は続ける。
「お前は、志藤辿樹という人物で神罰を始めた。しかし、この先どこまで神罰を続けなければいけないかわからない。そう考えたお前は、本土の孤児を一人自ら連れてきて、その孤児に自らの名前を分けて与え、現在の天堵修司という名前を名乗らせた。神罰での戦力を確保するために行っていた政策が、まさか逆に神罰を補助する形になるとは、この島の人たちも皮肉だな。いや、それすらもお前が管理してきたのか」
志藤辿樹はこの島において力を持ったポジションにいただろう。なにせ、神罰開始当時からずっと生きており、神罰に関わってきた人物などそうそういないからだ。
そんな中で志藤辿樹の発言力が増すことは当然の結果だ。
そうやって酒呑童子は神罰の一部に影響力を及ぼし、コントロールしてきたのだ。
「青峰を養女として招いたのは、将来の手足がほしいと感じたからだな?」
再び、酒呑童子は笑う。
天堵修司と青峰梨子。
名前を見ればその共通点はわからないが、この二人は志藤辿樹の養子という立ち位置にいる。
二人とも、酒呑童子に操られるためだけに集められた子どもなのだ。
手足がほしいと感じたのは、徐々に神罰の謎が解き明かされていく中で、自分の存在まで手が届くのを恐れたからだ。
俺は運良く辿り着けたが、おそらくここ数年は青峰が事態を混乱させていたのだ。
心葉の手紙をきっかけに、俺は神罰を起こしてる人間が単独ではないというヒントを得て、そこから全ての結論を導き出せたが、この島の人間は、まさか神罰を起こしている存在が複数人いるとは考えもしないだろう。
「手足がほしい。それも確かにあるが、娯楽のためでもあるな」
言って、酒呑童子は青峰に顔を近づけるとその横顔に舌を這わせた。
身の毛もよだつ胸くそ悪い光景。
そんなことをされ、手足と、娯楽と呼ばれても青峰は表情一つ変えず、ただ無表情を保っていた。
まるで、人形のように。
酒呑童子はおもちゃを抱えるように青峰を両手で包み込んだ。
「人間の体というのは不便なものだ。入っていると、食欲だとか睡眠欲だとかに襲われる。しかし、性欲は中々に愉しませてくれた」
両手を青峰の肢体に這わせる。
なすがままにされる青峰は、それでも表情を変えず、何も感じていないような空虚な瞳だけをこちらに向けていた。
「これまで散々可愛がってやった。兄のような存在に純血を奪われるのは、人間としてはおかしなことなのだろう? 最初は嫌がったのだが、すぐに抵抗すらしなくなった。躾というのは思いの外簡単だったな。少し痛めつければ言うことを聞くようになる。危うく殺したこともあったか。人間とはもろくて適わん」
くっくっくと噛み殺したような笑みを零す。
「どうだ? ここで引くなら、こいつはお前の好きにしてもよいぞ?」
「黙れよ下種野郎」
目の前の神に向かって、俺は言葉を吐く。
天羽々斬の切っ先を真っすぐ額に向ける。
「どんな理由があろうが、俺はお前を殺す。なんとしてでも、お前だけは殺す」
全身から漲らせた神力に、酒呑童子は僅かに眉を上げる。
青峰も僅かに表情を動かした。
「下種とは、我のことか? 人間如き下等生物の分際で、神の我を下種呼ばわりとは笑わせる」
俺は堪え切れなくなった笑いを吐き捨てる。
「ハッ、そのたかが下等生物の攻撃で、半世紀以上もこの島に縛られているお前は、一体何なんだよ」
酒呑童子の目に殺意が宿る。
「……安心しろ。端からお前を生かしておくことなど考えておらん」
酒呑童子は青峰から体を離す。
「二対一だが、お前に梨子は殺せるか? 天堵修司の魂はとっくの昔に朽ちているが、こいつはまだ正真正銘の人間だ。お前に、人殺しができるとでも?」
「お前と一緒にするなよ」
天羽々斬を酒呑童子へと向けたまま、ちらりと青峰を一瞥する。
「青峰、お前は殺さない。多少痛い目は見てもらうが、殺さない。お前は生きて、正当な手段で裁かれるべきだ」
人を裁くのは、俺の役目ではない。
青峰は無表情な表情を機械的に向けているだけだ。
「そうか……」
つまらなさそうに酒呑童子が呟く。
右手を青峰に差し出すと、青峰は持っていた鬼斬安綱を手渡した。
青峰が、ゆっくりとこちらを向く。
その表情は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ならば、私が殺すとしよう」
青峰の体から、紫色の刀身が飛び出した。
美榊第一高校の生徒の証明であるブレザーをいとも簡単に突き破り、酒呑童子が持つ鬼斬安綱は、背後から青峰の胸を一突きにする。
「なっ――」
突然の凶行に、止める間もなく青峰の胸は深紅に染まっていく。
青峰の口から飛沫のように血液が吐き出される。
「――青峰ッ!」
俺が天羽々斬を手に飛び出すと同時に、青峰の体から毒々しい刀が引き抜かれ、蹴り飛ばされる。
おもちゃを捨てられたように投げ出された青峰の体を受け止め、大きく後ろに跳んで距離を取る。
「天羽々斬!」
すぐに白炎が胸の傷口を押さえつけて止血する。
酒呑童子は、軽く刀を振って刀身に付着していた血液を飛ばす。
「まったく、お前には困ったものだ。紋章を破壊するなんて、誰がそんなことを許可したというのだ」
自らの仲間であったはずの青峰を刺しておきながら、酒呑童子はうんざりとしたように肩を落とす。
「暇つぶしであったと言うのに、余計なことをしてくれた」
もう興味が尽きたと言わんばかりに言い捨てられる。
「酒呑童子……ッ、貴様――」
抱えた青峰が、再び大量の血液を吐き出した。
定まらない視線を動かし、やがて俺を見つけた。
「八城……君、いいんだよ……」
これまで俺たちと過ごしてきた戦友。
俺たちが見てきた青峰がそこにいた。
安心しきったような笑みを浮かべ、血に濡らした口を開く。
「これでよかったんだよ……。たくさん、人を殺してきたから。当然の、報い……」
「お前、わかってて……ッ」
「……へへ」
力のない笑みを浮かべ、また口から血が溢れた。
青峰は、自らがここで切り捨てられることを、全てわかっていた上でここに来た。
自分が、この場で殺されるということを理解した上で、ここまで来たんだ。
「八城君を、刺せなくって、よかっ……た……」
胸から溢れた血がブレザーを真っ赤に染め上げる。
出血が止まらない。完全に急所を貫いている。
青峰の目から、自らの血を混ぜた赤い滴が流れ落ちた。
「ごめん、ね。八城君の好きな人、殺しちゃって……」
「もう黙ってろ!」
制止するにも関わらず、青峰は止めようとはしない。
生気の抜けていく虚ろな瞳を濡らし、それでも必死に言葉を残そうとする。
「人を好きになる気持ちは……私もわかっているつもりだったんだけど、なぁ……」
真っ赤に染まる手がゆっくりとこちらへと伸ばされる。
途中で力の入らなくなって落ちた手を、俺は握りしめた。
「わかってるよ! 俺もわかってるから、だから――」
「よかった……」
満足そうな、安堵したような、それでいて悲しそうな笑みを浮かべる。
「あーあ……ただ、死にたくなかっただけ……なのに……なぁ……」
青峰の体から、力が抜け落ちた。
安らかに眠るように、微笑んだまま青峰は息絶えた。
「お前は……バカだ……ッ」
最初から話してくれさえすれば、打ち明けてくれていれば。
「もっと、違う結末があっただろうがッ」
軽くなってしまった体を、力を込めて抱きしめる。
物言わなくなった青峰は、ほんの少し何かが違うだけでこんなことにはならなかった。
ただ、ただ一つの要因だけが理由で。
「バカなやつだ。ここに来なければ死ぬこともなかったと言うのに――」
俺が先ほど言った言葉を、あいつは繰り返した。
何を感じ取ったのか、酒呑童子は言葉を切って俺から距離を取った。
黒御影石の石碑まで飛び退く。
「ほぅ……」
感心したように呟くその声すら、感情を逆なでるだけだった。
気付いた。
体から溢れ出した純白の炎が、俺と青峰の周囲を取り囲み、激しく燃え上がっている。
青峰の胸に開けられた傷にそっと触れる。
指先から漏れた白炎が傷口を塞ぐ。
さらに炎は青峰を真っ赤に染めていた血に燃え移り、血液だけを焼き付きしていく。
「ここに来るまで、お前の話を聞くまで、青峰が殺されるまで、心のどこかで思ってた」
小さく息を吐き出す。
綺麗な姿になった青峰を、中庭の隅にある木の根元に横たえる。
「こんなにひどい現実も、これほど惨い結果も、仲間の死も、母親の死も、恋人の死さえ、全ては仕方ないんじゃないかって。でも、違ったな」
立ち上がり、歩き出し、再び酒呑童子に前に立つ。
「神が起こしている罰。そこには何か、仕方ない事情が、どうしてもこれを行わなければいけない理由があるんだって」
悠然と佇む、その神はただ笑う。
「お前にかけてやる情けも、遠慮も、躊躇も、そんなものは一つもいらないってことが、今、わかったよ」
心の中に僅かにあった、迷いが消えた。
残ったのは、たった一つの感情のみ。
「お前は、俺の命に代えても、この場で殺す」
「ハハハハハハハハハッ!」
憎むべき悪神は、高々に笑い上げる。
「できるならやってみるがいい! 我が何年この島で力を集めていたと思っている!」
酒呑童子が手を振り上げる。
直後、石碑に光り輝く文様が浮かんだかと思うと、石碑を構築していた黒御影石は粉々に砕け散った。
周囲にしめ縄や玉串、サカキが砕けて飛散する。
さらに石碑の台座が吹き飛ぶと、地下深くから呼び出される。
それは何枚もの札によって封をされた壺だ。蓋から底までは五十センチほどで、黒い材質によって作られているが長年地面に埋まっていたためか、所々色があせている。
「【蠱毒の壺】か」
「その通り」
ニヤリと酒呑童子が笑う。
蠱毒は中国に伝わる巫蠱術の一つで、犬を使う犬神や、猫を使う猫鬼などに並ぶ生き物を使う呪法だ。虫や蛇を大量に壺の中に入れ、それを地面に埋める。時間が経って取り出すと、中の生き物は共食いをして、一番生命力が強い一匹の生物が残る。その一匹の生物を使って行われる呪法だ。
この神罰の術式は、蠱毒の術によく似た部分が存在する。
「我がこの地で行っていた術は、かつて闇に葬られたとされる禁術だ。我は直接食った人間の記憶を読むことができる。数百年前に見た術式だが、まさかこんなところで使う機会が来るとは思ってなかった」
それは、術を行うためにかかる手間のことを言っているのだろう。
この島で起きていた神罰は、あらゆる条件の上に成り立つ極めて難しい術だ。制限のこともさることながら、それらのことを知られずに長期行うのは至難だ。
「今年の神罰において、最期まで戦い、お前は生き残った。人間とは思えないその力、我がもらい受ける」
蠱毒の壺が、粉々に砕け散る。
中から膨大な神力が溢れ出した。
青白い光の柱となって落ちたその神力は、酒呑童子を覆い尽くす。
何十年、何千人もの生徒から奪われた神力。
それが今、一柱の神へと注ぎ込まれる。
光は徐々に納まると、全身に青い神力のオーラを纏った存在がその場に立っていた。
神力とは存在の力だ。過去神罰によって死んできた生徒全ての力を一身に受けた悪神の存在は、尋常ならざるほどの力を持っていた。
桁が違い過ぎるその力差に、体が震える。
「その結論に辿り着いた段階で、問答無用で我を討っておくべきだったな。今のお前の力なら、十分勝機はあっただろうに」
かつて優しげな目をしていた存在は、憐れむように眉を落とす。
酒呑童子は、失われた己の力を取り戻すために神罰を起こした。
だが、美榊島の神人によって集められた神力の量は、とっくの昔に元々こいつが持っていた神力の量を凌駕している。
それだけはわかる。
こいつの現在の力は、おそらくこの世界に存在するあらゆる神を超越した力だ。
酒呑童子が空に向けて指を立てる。
大きな神力が上空に向かって放たれる。
それこそ、美榊高校の生徒、数十人分の神力を集めたほどの量であったが、今の酒呑童子に微々たるものだ。
放たれた神力は上空で展開され、美榊高校の敷地に沿って結界を作り出した。目では見ることができない不可視の結界であるが、もう十分にその存在を確認できる。
敷地に沿って引かれた結界は、遥か上空まで伸びている。
瞬間的に、十数メートルあった間合いが詰められた。
酒呑童子の持つ鬼斬安綱が振り下ろされるより早く、俺は大きく上空に飛び退いた。
しかし、気が付いたときには酒呑童子は真横にいた。
反射的に天羽々斬を横に掲げて防御すると、横殴りのとてつもない衝撃が体を打った。
ピンポン球のように弾き飛ばされ、俺の体は生徒棟の廊下側の窓を突き破り、さらに教室の窓を全て貫通してグラウンド側へと放り出された。
全身を白炎で覆って防御していたので大したダメージはないが、回避行動を取るのが精一杯だった。
俺は飛ばされた勢いを利用してグラウンドの反対側まで逃れる。
すぐに後を追ってきた酒呑童子が、グラウンドの中程に降り立った。
「敷地内に邪魔が入ってくることはない。この結界は一度発動すると我にも解除できない代わりに、時間が経つまで絶対に解除されることはない。お前に逃げ場はない」
「誰が逃げるかよ。どれほ圧倒的な差があろうと、お前を殺すことには変わりはない」