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シンバツピリオド.  作者: 楓馬知
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 もう少しで正午。また幾度目かにもわからない神罰が起きるか、起きないのか。

 先週に起きた九月の神罰、化け火の神罰は、とんでも転校生が一瞬で終わらせてしまったので誰一人戦闘にすら参加せず終わってしまった。

 夏休み前の段階で既に、この島に戻ってきてから数ヶ月しか経っていないくせに化け物みたいな力で神罰をばっさばっさと切り捨てていた。それが、夏休みを開けてから天羽々斬の力を完全に扱えるようになったとかで、バカみたい強くなりやがって。

 もう俺たちじゃ戦闘に割り込むことすら困難だ。

 自分の無力さに、小さくため息を吐く。

 壇上では、正午までの短い時間を使って天堵先生が授業をしている。

 無駄な授業をしているものだと、常々思う。

 こんなことを思うのは、不謹慎なことをであるとも思うのだが、十年近くも同じことを言い聞かされてきたら、さすがに嫌気がさしてくる。

 講じられているのは、死生観についての話である。

 一番後ろの席では、教室全ての人間をある程度把握することができる。

 授業をしている天堵先生が悪いわけではない。こういうカリキュラムが組まれていることも、つい先日の会議で話し合われたばかりだ。授業が中途半端に終わってしまったのも天堵先生の計算の内。その辺りからでも教員たちの優秀さが垣間見えている。

 これまでの卒業生たちも、同じように受けてきたのだろう。

 きっと総兄も同じように授業を受けていたはずだ。

 俺が情けないことを言ってはいけない立場であるのは理解している。だから表面上は机にしがみついて当たり前に授業を受けている。

 右前方一番前の席に座る七海も、視線を真っすぐ天堵先生に向け、授業を聞いているように見えるが、目はまったく授業に向けられてはいない。あいつも口には出さないが、飽き飽きしているのだ。

 今日は、珍しく教室に、生き残っている全員が揃っている。テレビなどでは、亡くなった生徒の机には、花が置いて亡くなった生徒を悼むというようなことをしているらしいが、美榊高校ではそのようなことはない。

 いなくなった生徒の机には何もされない。ただ、荷物だけが片付けられて、机もそのまま残されている。席替えなどは行われないため、初めの神罰で死んでしまった生徒の机は一年間そのままだ。生徒がその生きていたことを残す。

 あいつの命は俺たちとともにある。

 そんな意味が込められている。

 ふざけるな。

 そんなわけないだろ。

 自分の頭に一瞬流れた、教え込まれた理屈に反吐が出る。

 あいつらが生きていたことを残したことで何になるって言うんだ。あいつらの命は俺たちとともにあるわけではない。あいつらの命は消えてしまった。ここにも、この世界のどこにもありはしない。

 そんな当たり前のことさえ、俺たちの頭は考えられなくなっているんだ。

 この、美榊島の教育によって。

「皆さんは死についてどう考えているでしょうか?」

 天堵先生の言葉が響く。

「神罰という罰を受けている私たちにとって、死はとても身近なものです。皆さんは神罰という存在を知ったときからずっと、死という言葉の意味を教えられ、考えてきたと思います」

 この授業だ。

 確かに、必要である気がしなくもない。いつ死んでもおかしくない状態だからこそ、そのときのことは考えておかねばならない。

 普通、いつ死んでもおかしくない状況に立たされたとき、多くの人はその場から逃げ出そうとする。冗談ではないと。

 たとえ、ほとんど強制されいてると言っても、先輩たちが実際に死んでいくのを耳にし、目の前で同じときを生き成長してきた同級生たちが死ぬのを目にすれば、泣き叫び全てを否定する生徒がわんさか出てきても不思議でないし、むしろそれが普通だ。

 昔ならいざ知らず、現代の生徒ではほとんどそういったことが起こらない。まったくないということはないが、それでも昔に比べたらずっと少くなっている。

 自分の、自分たちの死が待っているであろう美榊高校に出向き、神罰が起きれば果敢に立ち向かっていく。

 そんな光景がどれほど異常なことだということを、この教室にいる生徒の何人が気付いているだろうか。

 既に麻痺しているのだ。死というものに対して。

 死が恐ろしいのは、自分が体験したことがなく、それがどういうものか明確にわからないからだ。生存本能とまで言ってしまえばその通りであるが、根本にあるのは、得体が知れないからだと俺は思っている。

 死んだ後、自分がどうなるのか、自分と意識がどうなるのかがわからない。今考えているもの、感じているもの、これまで自分が生きてきた全てが、死というものでどうなるのか。そんなもの、誰にもわからない。わからないからこそ、怖い。

 この美榊島の死生観についての教育は、そういう死の概念を身近に感じさせるのが目的なのだ。

 その内容が、正しいか間違っているかなんて関係ない。ただ、死を身近に感じさせることで、死ぬことへの恐怖を和らげているのだ。

 そうすることにより美榊の生徒たちは神罰を、死を前にして、恐れながらも立ち向かうことができる。

 それができなかった生徒が、高校三年生に上がる前に戦うことが不可能だと判断された生徒や、ゴールデンウィークに心葉を襲った吉田などがそれに当たる。

 むしろそれが普通。こんなことを受けて正常な思考を持っている俺たちが異常なのだ。

 この教室ではどれくらいの人間が、この状況を異常だと理解しているだろうか。

 現在、この教室にいる人間は四十人前後。

 俺や七海はもちろんそうだ。もとより、俺たちは力を持つが故に生徒を率いる立場に何年も前から決まっており、他の多くの生徒には教えられていないこういった裏事情を把握している。

 心葉もそうだ。紋章の所持者に選ばれるまでは俺たちと同じ立場にあったから、考えは俺たちと同じだ。

 おそらく、柴崎も異常だと思っている。

 あいつと同じような人間はクラスに何人かおり、状況がおかしいとは思っているのだが、周囲が当たり前に神罰を受け入れているので、その状態を流されて受け入れている。柴崎たちはそういった類いの人間だ。

 しかし、そういうやつらは今非常に戸惑っている。

 爆弾みたいなやつが、転校してきたからだ。

「皆さんに聞きます。皆さんは、死ぬときに痛みも何も感じずに、一瞬で死にたいですか? それとも痛みを伴って苦しんで死にたいですか?」

 これまた際どい質問が来た。黙って聞いていた生徒の表情にも一様に苦いものが走る。

 これも重要な問いであり、自らの死を鮮明にイメージさせることが目的なのだ。

 切り裂かれ、潰され、痛みにもだえて死ぬこともあれば、一瞬で命を狩り取られ、痛みも感じずに死ぬことがある。それをイメージさせることによって、生徒に死にたくないという思いを抱かせ、それを戦う力に変えるんだとかなんとか。

 少しの間、天堵先生は皆に考える時間を与えた。

「では、挙手をしてもらいましょうか。死ぬとき、痛みを感じずに死にたいという人は手を上げてください」

 その言葉を受けて、俺と七海はすぐさま手を上げた。

 釣られるように、周囲の生徒たちもぽろぽろと手を上げ始める。

 こういったとき、俺や七海は迷わず人が多そうな回答に賛同することになっている。俺たちは、生徒たちを先導する立場の人間だ。だから、皆と違うと思わせてはいけない。この問いの場合は、俺も七海も前者で問題ないと判断した。どちらも多そうな場合は、二つに分かれたり困ってみせたりするが、今回は明らかにこちらの方が多かった。

 ぽろぽろと手が上がり始め、クラスの数名を除いた生徒が手を上げた。

「はい、もういいです。手を下ろしてください」

「先生、授業に参加していないやつがいますよ」

 前の方の座っている生徒が立ち上がりながら言った。柴崎だ。

「おい八城、皆がきちんと授業を受けているのに、先生の話も聞かずに本ばかり読んでんじゃねぇよ。テストの点がいいからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 柴崎の視線の先では、手を上げていなかった爆弾転校生、凪が机に本を広げて一心不乱に読み漁っていた。

 手上げるどころか授業にほとんど反応を示さず、柴崎に噛みつかれても本から顔すら上げない。

「おい聞いてんのか!?」

「聞こえてるよ。うるさいな。授業中だって言うなら、お前の方が授業妨害だろ。黙って静かに授業を受けとけよ」

 どの口がと思えなくもないが、この美榊第一高校に限って言えば、基本授業は自由だ。凪の授業態度は褒められたものではないが、誰かの邪魔をしているわけでも授業を阻害しているわけでもない。

 凪は、騒ぐ柴崎をたしなめながらも本をめくる手を止まらない。一体どんな速度で見ているのかが知らないが、静まりかえる教室の中で何度もページをめくっていく。

「お前が授業に参加してねぇから注意してんだろうが! 責任転嫁してんじゃねぇ!」

 柴崎が支離滅裂なことを吠えているが凪はまったく動じない。

「別に授業に参加してないわけじゃない。話も全部聞いてる」

「手を上げてなかっただろうが」

「今先生は痛みを感じずに死にたい、っていう人は挙手をするように言ったんだ。俺は違うから手を上げなかっただけ」

 虚を突かれたように目を見張った。

「はっ。痛みを感じて死にたいとか頭おかしいんじゃないのか? どうせ死ぬなら痛みがない方がいいに決まってるだろ」

「それはお前の考えであって、俺の考えじゃない」

 今はもう全員手を下ろしているが、挙手を促されていたときに手を上げていなかったのは、凪を除けば心葉だけだった。

 さしもの柴崎も心葉には直接噛みつきはしないが、凪に対しては呆れるほど噛みつく。

 柴崎は腹を抱えて笑い始めた。

「はははっ! なんだお前Mだったのか! 死ぬときまで痛みが一緒じゃなきゃ嫌なんて、とんだ変態野郎だな」

 下卑た笑いに釣られるように、クラスメイトからも少し笑いが漏れる。

 転校生であるにも関わらず、神罰で驚異的な力を見せつけ、授業の成績もダントツでトップ。それなのになぜか神罰を止めようとしている凪を、快く思わない生徒もいるのだ。

 嘆息を落としながら、凪は目を細める。

「別に俺はMじゃねぇよ。今の先生の話は死ぬときに何も感じずに一瞬で死にたいか。それとも痛みを伴って苦しんで死にたいかって話」だった。俺は痛みを感じずに一瞬で死ぬっていうのが嫌なんだよ」

「でも、痛みが好きなんだろ?」

「だから違うつってんだろ。俺はこの世から自分が死んでいなくなるとき、たとえどれほどの痛みや苦しみを伴っても、自分が死ぬことを理解して死にたいんだ。痛みの有無は関係ない」

 僅かに視線を尖らせて、凪は言った。

「何も感じずに一瞬で死ぬなんて、考えるだけでもぞっとする」

 教室から一瞬で全ての雑音が消え去り静まりかえった。

 凪は途端にハッとして、慌てたように手を振った。

「あ、ああ、ごめん。別に、今手を上げていた人たちのことをどうこういうつもりはないから。これは俺の考え方」

 そこまで言うと、凪は本を閉じて机の上を片付け始めた。

 今のは俺たちに対するフォローだろう。

「これから絶対に死ぬとわかっているなら、痛みがない方がそりゃあいいけど、突発的なことでそれを理解せずに死ぬなんて絶対に嫌だ」

 筆記用具を机の中にしまい込み、本を鞄に押し込んだ。

「それに、一瞬で死にたいなんて、まるでもう生きることを諦めているみたいだ。俺は、たとえ死ぬより辛い痛みや苦しみを味わることになっても、生きる可能性がある方を選びたいね」

 そして、壇上でどうすればいいか弱っていた先生に目を向けた。

「どうせ死ぬなら、納得して死にたい。痛みや苦しみを伴うことになったとしても。それが俺の考えです」

 授業に参加していることを示しているからか、最後のは先生に向けて言った。

 柴崎も口を閉ざし、クラスに沸いていた笑いも喧騒も消えていた。

 凪はちらりと視線を腕時計に落とした。釣られて教室に備え付けられている時計を見ると、丁度十二時になった。

 天堵先生は切りよく終わらせるつもりだったのだろうが、あまりに白熱してしまった談義に教室中が時間など気にしていなかった。

 なぜかその話の中にいたやつが一番時間を気にしていたという不思議な光景ではあった。

 一瞬、凪と、その後ろにいた心葉が体を震わせた。

 窓の外に覗いていた空を黒い結界が覆い尽くしていき、美榊高校から風が消えた。

「心葉、ちゃんと隠れててくれよ」

「うん、気を付けてね」

 凪と心葉は短く会話をし、凪がこちらを振り返った。

「玲次、七海、先に行くから」

 俺たちが返事をするより先に、凪は天羽々斬を手に純白の炎を揺らめかせながらグラウンドへ飛び降りていった。

 改めて、あいつの強さには驚かされる。

 あいつ自身も死ぬ可能性がないわけではないだろう。

 それでもあいつは、こんな話をした後でも何もなかったかのように戦いに赴く。

 本当に強いやつだと思う。

 俺も、変わらなきゃいけないな。

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