25
「ははは、なんだか、恥ずかしいね」
「……まあな」
お互い部屋にいるだけなのだが、どうも気恥ずかしさが取れない。
これまでずっと近くにいたから、恋人同士になったと考えるとなんともやりづらい。
ふと思う。
「でもさ、よくよく考えたら、俺たち前々から傍目から見ると付き合ってるみたいに見えたんじゃないか?」
「……」
思い当たることがあったのか沈黙する。
「……深く考えるのはよそう」
「うん、そうだね」
心葉は口を押さえて楽しそうに笑った。
そして席を立つ。
「私、先生呼んでくるね。凪君、重傷だから動かないで休んでてね」
「ありがたい心配、痛み入ります」
「いえいえ、大事な彼氏ですから」
再び照れたように、それでいて嬉しそうに笑って、病室を出て行った。
足音が離れていったのを聞きながら、俺はベッド脇へと降りた。
「……っ」
体全体が軋むように痛む。あちこちの骨や内臓が結構なダメージを負っているようだ。
ベッドの横に、刀が立てかけられていた。
鞘に収まっていない抜き身の状態で、置かれている刀は、今は俺と縁で繋がっている。
その色は、全てが晴れたような純白だった。
刀を掴み、刀身にゆっくりと指を滑らせる。
「天羽々斬、聞こえてるだろ?」
迷いなく語りかける。
『ああ、邪魔かと思って黙っていたのだが、もういいのか? ずいぶんいい雰囲気だったが』
「……その配慮、本当に痛み入るよ」
『ふっ、我は神だ。寛容なのだぞ?』
言葉こそ平坦だが、どう考えても面白がっている。
「神の割りに、ずいぶんいい性格してんな」
『こっちに降りてきたから二十年になるからな。神とて変わるさ』
それでこんなにも人間味の溢れる存在になれるものなのだろうか。
疑問は尽きないが、今はそれよりも体のことをどうにかする必要がある。
「また、力を借りるぞ」
『ああ、このままでは満足に動けないからな』
「凪君、先生連れてきたよ」
部屋を出て行ってから五分ほどで、心葉が戻ってきた。
「ああ、悪いな」
答えながら体を慣らす。さすがに十日間も眠っていれば体ががちがちでまともに動かすことができない。
「な、凪君何やってるの!?」
心葉は驚いて声を上げた。
「ここ病院だろ。大きな声を出すなよ」
「何勝手に包帯とかギプス外しているの!?」
心葉は構わず叫んだ。
ベッドの上には先ほどまで俺の身にはめられていたギプスや包帯、血の付いたガーゼなどが散乱している。
全て天羽々斬で斬って外した。
「もう治ったからな。必要ないよ」
心葉は驚いて掴みかかってくると、上半身の病衣が剥ぎ取られる。
「そんなわけないでしょ! あんな、大怪我だったのに……」
さらに驚き、絶句する心葉。
先ほどまで、打撲や傷が走っていた体からは全ての怪我がなくなっていた。骨折や内出血なども完全に消え去っており、全快の状態となっていた。
慌てふためいていた心葉の頭をチョップで叩く。
「大丈夫だっての。寒いから服着させてくれよ」
脇には用意されていた服の中からTシャツを引っ張り出す。
「天羽々斬の力を使って、体を治療した。傷一つ残ってないよ」
もう一度神懸かりを使用したのだ。十日間も寝ていたため、元々あの日に負っていた傷よりは治っていたこともあり、五分ほどで完治した。
一時的とは言え、神の位まで自身を昇華させる神懸かり。戦闘能力もさることながら、治癒能力も人外レベルまで跳ね上がっている。
「扱えるようになったか」
心葉の後ろから淡々とした声が飛んだ。
現れたのは、白衣姿に無精ひげのドクター。
「黄泉川先生? ここって美榊高校じゃないですよね?」
「違う。美榊の大学病院だ。高校がないときは、こちらに勤務している」
美榊島に唯一ある大学。一つしかないため、数十にも別れた学部が存在している。
医学部もその中の一つであり、神力の技術を用いた独自の医療技術を発展させている大学病院は、本土では治せないような怪我や病院まで治療できると聞く。
黄泉川先生が現れると同時に、ベッドに立てかけていた天羽々斬が微かに動いた。
『黄泉川昴か。懐かしい顔だ』
俺の頭にははっきりと天羽々斬の声が届いているが、黄泉川先生や心葉にもその声は届いていないようだった。
それを察したのか、律儀にも説明してくれる。
『我はお前の頭に言葉を直接送り込んでいる。他の人間に対しても話せなくはないがな。あまり人語が理解できるということも知られたくはない。だから悟られないようにしてくれ』
小さく頷いてみせ、俺は黄泉川先生に尋ねる。
「扱えるようになったっていうのは、天羽々斬のことですよね? 黄泉川先生は天羽々斬の本当の力をどうして知っているんですか?」
「以前見たことがあると言っただろう? お前の父親が扱っているのを見たことがあるんだ。その力がどれだけ次元の違うものかは理解していた。お前がまだ扱い切れていなかったこともな」
父さんも教えてくれればいいものを、と内心ごちる。
心の中で呪っていると、それを悟ったのか嘆息を吐きながら黄泉川先生は言う。
「お前が教えられていないのも仕方ない。無闇やたらに意識すれば、それだけ力を得るまでは時間がかかる。自ら模索し能力を見いだすことで、真に自分の力となるんだ」
「……そうですね。すいません」
「謝ることではない」
黄泉川先生は窓際まで歩いて行くと、カーテンを引いて窓を開けた。
暖かい光とともに涼しい風が流れ込んできた。
「今、美榊はこれまで起こらなかったに混乱している」
黄泉川先生は内ポケットから取り出したタバコに火を付け、紫煙を吐き出す。
院内なんですがと突っ込みたいが、そんな空気ではなかった。
「お前がここに入院していたことを知っているのは、校長や生徒会の連中と椎名くらいと他数名の教師ぐらいだ。その理由はわかっているな?」
「……夏休みの神罰、ですね」
「そうだ。お前は、本来ならあり得ない神罰を引き起こした。過去五十年、一度も夏期休暇に神罰が起きたことなどない。その上で、いくつかの憶測が飛び交っている」
深々と肺に息を吸い込み、長々と吐き出した。
「たまたま気まぐれで神罰が起きたとか、お前が神罰を止めようとするものだから、神がお前に罰を与えたとか」
考えられて当然の可能性だ。神罰はまだわからないことだらけだ。
五十年続いているからと言って、それは異常気象や天変地異などとは違い、原理が解明されているわけではない。
俺は、そんな長い歴史の中で、誰も経験をしたことのないものを引いてしまった。
「一般病院などに入れていたら、おかしな勘ぐりをした人間たちがお前の元に押し寄せてくる。狂信者ともは背神者としてお前の命を狙う者さえ現れている。だから、一時的に隔離させてもらっていたんだ」
ずいぶん物騒な状況になっている。
敵意を向けられることはこれまでも幾度となくあったが、明確な殺意というのは味わったことがない。味わいたくはないが。
『親子二代で、どうしてここまで似たんだろうな』
呆れたように唸った天羽々斬だが、どこか誇らしげだった。
「あの、凪君のお父さんも、同じような状況になってたんですか?」
おずおずと手を上げて尋ねる心葉に黄泉川先生は頷く。
「同じも同じだ。お前も気を付けろ。バカな連中がまた動いていると聞いている」
そこまで話したところで、再び扉が開き、新たに人が入ってきた。
「それなら心配ありませんよ」
現れたのはスーツ姿の御堂の姉、結衣さんだ。
視界の隅で、タバコが一瞬で握り潰されてポケットに隠される。
「八城さん、意識が戻られたようで何よりです」
「ありがとうございます」
「丁度来る予定だったんですが目が覚められたのであればちょうどよかったです。これお見舞い品ですので」
そう言ってバスケットに大量に盛られた果物を渡された。このまま行けば今日にでも退院しそうなほど体はよくなっているので、非常にもらいにくかったがもらわないのはもっと失礼なのでいただいておく。
「御堂妹、心配ないと言ったが、どういうことだ?」
黄泉川先生は白衣のポケットに手を入れたまま、結衣さんに話を振る。
結衣さんのことを妹と呼ぶ辺り、大翔さんとも交流が深いのだろう。
「私の方で、上層部の強引な連中は説き伏せておきました。八城さんへ攻撃を仕掛ければ、警察も黙っていないことを伝えてあります」
「手の早いことで」
「お褒めに預かり恐縮です。それと黄泉川先生、院内でタバコは厳禁ですよ」
黄泉川先生は逃れるように視線を外へと向ける。
結衣さんは肩をすくめて息を吐く。
「それと私に模擬戦で勝利していたのも、今になってよい方向に行きました。あのときでさえ私に勝ったあなたがさらに力を手に入れたことで、返り討ちに遭うのは目に見えていますと伝えています」
「……よかった」
心葉が小さな声で安堵を溢す。
結衣さんが、茶髪の前髪の隙間からちらりと心葉を一瞥したが、すぐに外された。
夏祭りのときは特に意識はしていなかったようだが、今回は異例とは神罰が起きた後のため、強く印象に残ったのだろう。
今年の紋章所持者。
心葉が紋章を早々に使っていれば、まず御堂は死ぬことはなかった。
心葉に責任があるわけではないが、複雑な感情を抱いているのは間違いないだろう。
「すいません。色んな憶測が飛び交っているのは当然だとは思うんですが、実際なんで夏休みに神罰が起きたのかはわかっているんですか?」
「いえ、申し訳ありませんが、まったくわかっていません」
「そうですか……」
肩を落としてがっかりしてみせながら、心臓が大きく脈打つのを感じた。
可能性はある。
確かに掴んでやった。
何がどうなってそうさせたのか、そこまでは正直わからない。
ただ、わかったことは確実にある。
口元に笑みが出てくるのを必死に押さえ、悟られないように大きく伸びをする。
「あの日から十日。今日は八月二十五日か」
「うん、来週からは、二学期が始まるよ」
残り時間は確実に減っている。しかし、何もわからないということはない。
少しの手掛かり、少しの出来事から確実に神罰の核心へと向かっている。
それを、強く実感することができた。
「黄泉川先生、体はもう治りましたので、退院させてください」
「念のため、検査を薦めるが」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。ささくれ一つ残っていませんので」
『無論だ』
天羽々斬も肯定する。
もう少し食い下がられるかと思ったが、天羽々斬の力を知っているからかすぐに頷いた。
「いいだろう。手続きはやっておく」
「入院費とか治療費の精算はいつすればいいですか?」
「子どもがそんなことを気にするな。前例がないこととはいえ、神罰が原因での入院だ。費用は全て美榊が負担する」
結衣さんは、時間を気にして腕時計を見やり、スマートフォンを操作した。
「では、私が寮までお送りします。今少し時間を作りましたので。椎名さんも一緒にどうぞ」
「あ、はい、ありがとうございます」
心葉がぺこりとお辞儀をし、結衣さんはそれを見ても表情は変えることがなかったが、目に何かの感情がよぎったのを感じた。
だがそれはすぐに暖かい笑みへと変わった。
「椎名さん、八城君は危険なことばかりをやっているようですので、しっかり見張っておいてください」
心葉は一瞬虚を突かれたようにきょとんとしたが、意味がわかると楽しそうに笑いながら頷いた。
「は、はい。任せてください。首輪を付けて見張っておきます」
俺にそっち方向の趣味はない。
ともあれ、退院することになり、俺が身支度をしている間に心葉が荷物をまとめてくれた荷物を持って病院を出る。
俺が入院していたのはとてつもなく巨大な病院だった。島に来てから一度として怪我らしい怪我も病気らしい病気もしていなかったので、病院を利用したことはなかったがこれほどの規模の病院があったとは知らなかった。
と言っても、元々島民か、外から病院だけを利用するために訪れている人だけの病院らしく、入院患者や外来の人たちはそれほど多くない。
どちらかと言えば、医学のことについて研究をしている面が大きいようだ。
俺たち三人はエレベーターに乗り込んだ。
心葉は玄関があると思われる一回のボタンを押したが、すぐに横から伸びた結衣さんの指がもう一度ボタンを押してキャンセルした。
「車は地下に停めてありますので、そちらから行きます。玄関から出て行くのは少々厄介ですので」
「狂信派の人間ですか?」
「いえ、それは問題ないのですが、それでおそらくは外で待機している高校の関係者に捕まる可能性があります。どちらにしても後で同じ結果になるとは思いますが、今は八城さんも身なりを整えたいのではないですか?」
「……そんなに臭いますか」
十日も眠っていたため体が臭い、べたべたとした嫌な感触に思わず顔が歪む。
「気にはなりませんが、衛生面での問題ですね」
遠回しに汚いと言われている気がするいや言われている。
がっくりと落とした肩に心葉がぽんぽんと叩いて慰めてくれたのが余計に堪えた。
地下に停められていた車を、結衣さんが走らせる。臭いのことを気にして俺は心葉と後ろの席に座っていた。
中を覗かれないように頭を下げ、俺が入院していた病棟の入り口を窺ってみる。すると、何も考えずに見ればただそこにいるだけだが、注視してみるとおかしな動きをしている人間が何人かいる。
病人としてきているというよりは、周囲に気を配っているように見える。自身の診断の順番を待っている風には見えない。
俺がここからのこのこ出て行ったら捕まえられるか囲まれるか、援軍を呼ばれて連行されるのかはわからないが、それでも今は勘弁である。
無事病院敷地内は脱出したようで特に何もなく車は寮まで辿り突いた。
寮の入り口に車を横付けすると管理室から足早に人が出てきた。管理人である彩月さんだ。
「結衣さん、ご苦労様です。忙しいのに悪かったわね」
「いえ、大丈夫です。必要なことでしたから。それより、黄泉川先生、院内でまたタバコを吸っていたので注意をお願いします。私たちのところに苦情が入りますので」
「それは、きつく言っておきます」
げんなりと肩を落とす彩月さん。
この人たちの関係が非常に気になるところではある。
彩月さんへの挨拶も手短に、俺は寮へと入った。
鍵を開け、中に入ると小さな足音とともに白い塊が突進してきた。
「ガァッーーーー!」
ホウキの強烈な体当たりが顔面に直撃する。
「……そういや存在を忘れてたぜ」
くちばしで額を叩いてくるホウキを掴み上げながら脇に抱える。
「私や七海ちゃんでご飯を上げてたんだ。自分から私たちの部屋にやってくるんだよ」
「そりゃあ迷惑かけたな。今度何かお返しするから」
「いいよ、そんなの」
心葉はホウキを抱えてないもう一方の手にしがみついてきた。
「彼氏さんのためですから、見返りなんて求めませんよ」
上目遣いで微笑む心葉。破壊力やべぇな。
「おう……」
あまりのダメージに唸るのが精一杯だった。
「と、ともかく、シャワー浴びてくるから、このまま二人で部屋に入るのは、ちょっと……」
いくら恋人になったとしても、シャワーを浴びた男子の部屋に女子が入るのはまずい。以前似たようなことが起きたが色々まずい。
「あ、ああ! そ、そうだね!」
勢いよく飛び退いて入り口の外へと出た。
頬を赤く染めながら、流れる黒髪に指をくるくると絡める。
「じゃあ、また明日からよろしくお願いします。彼氏さん」
「おう、彼女さん」
お互い微笑み合って別れる。
しかし、扉を閉める一瞬の間に、心葉の顔がまた、寂しく切ない陰りのある表情になった。
わかっているような、悟ってしまっているような、全ての終わりを見てしまっている、そんな顔。
そのまま扉を閉め、しばらくは外で動かなかったが、十数秒後に足音が左へと消えていった。
拳を扉に押しつけ、滑り落ちるようにずるずると玄関にしゃがみ込む。
「ガァ……?」
首を傾げてホウキがこちらを見上げてくる。
「あのバカが……」
悔しさに体が震えた。
自分の弱さが、惨めさが、無力さに打ちのめされる。
足りないんだ。これだけでは。
あいつはまだ、自分が助かるとは思ってはいない。
俺が助けられないと思っているのだ。
それでも告白を受け入れてくれたは、付き合ってくれたのは、最後に思い出を作りたいだけなのか、俺に同情してなのか、俺に対する気持ちが本物かはわからない。
「くそっ……」
悪態を吐きながら部屋へと入り、机に荷物を置いて項垂れる。
だけれど、俺はあいつを絶対に死なせない。この命に代えても助けると決めたじゃないか。
「あのバカの考えを全部吹っ飛ばしてやる。あいつの確定している未来を、絶対に変えてやる……」
幼い頃から植え付けられた認識はそう簡単に変わるものではない。あいつの中にあるそれも、この島なら誰もが持っている常識なんだ。
不意に、体の中から力が流れるのを感じると、部屋の隅の壁に立てかけられるようにして天羽々斬が現れた。
俺が意図してやったことではないが、意志を持つ天羽々斬には可能なのだろう。
『確かに、このままではあの娘の未来に待っているのは死だけだ。生き残る道など万が一にも残ってはいまい』
俺の考えを肯定する天羽々斬。
ダイダラボッチの神罰のときにはそれどころではなかったので思わなかったが、こいつには違和感を覚えていた。
「天羽々斬、お前は、一体なんなんだ?」
『……それは、どういうことだ?』
俺は体を起こして天羽々斬に向き直る。
「お前は父さんと神罰を、これまで俺と一緒に戦ってきた。それはわかってる。でも、お前はあくまでも神降ろしで父さんが降ろした神器だろ。でも俺には、ただの偶然で降ろされたようには思えない。神罰のことも、俺たち以上に知っているだろ。お前はどういう立場の神なんだ。神罰と、無関係の神なのか?」
長い沈黙があった。
やがて天羽々斬が嘆息を吐いた。実際に空気が吐き出されたわけではないが、天羽々斬からはそういう人間らしさ仕草がはっきりと伝わってくるのだ。
『……いい言い訳を思いつかなかった』
「言い訳する気だったのかよ」
神らしくない一面に思わず笑ってしまう。
『お前の父親のときでさえ、そんな風には思われなかったのだがな』
「自分で降ろした神器だったのなら、そんな疑問も抱かなかったかもしれないけどな。この世界に降ろされてずっと居着いている理由。お前は父さんと縁を形成していたわけではなく、お前自身の力でこの世に残っていた。それに、俺がこの島に帰ってきたから初めての神罰のときにも当たり前のように力を貸してくれた。だからずっと思っていたんだ。この刀は、この神罰について何かを知っているってな」
『ふむ、では隠し通すわけにはいかないな。お前に託すとしよう。失敗は許されないぞ』
「失敗する気なんてさらさらない。俺はあいつを助けるって決めてるんだ」
シャワーを浴びたい気分であったが、それすらもどかしかった。
冷蔵庫の飲料水で生き残っていたオレンジジュースをコップに注いで机に置いた。牛乳などは賞味期限が切れていたのか処分されていた。
天羽々斬の方に向けて椅子を置き、やや緊張しながら腰を下ろす。
ホウキは机の上に飛び乗ると、体を丸くしながら現れた天羽々斬に視線を向けていた。天羽々斬の意識が小さなコールダックに向かっていたが、すぐにまたこちらへと戻った。
「今更なんだが、神様であるお前にこの言葉遣いって大丈夫か?」
呆れた空気が伝わってくる。
『本当に今更だな。別に気にしてはいない。我は世界を創った神の一柱に過ぎない。尊敬され敬意を示される存在ではあるのだろうが、だからといって、上の立場と言うわけではない。もとより比べること自体が間違っている。対等に見てくれていい』
「そっか、なら質問をさせてもらう」
深呼吸をして、これから聞くべき内容を頭の中で整理し、口を開いた。
「単刀直入に聞く。天羽々斬、お前はこの神罰について何を知っている?」
考えるように黙りこくる神刀。
『お前が知っていること以上となると、それほど多くのことを知っているわけではない。我は全知全能の神というわけではない。そもそも、そんな神はどこにも存在していないからな』
重々しく低い声が、一層低くなった。
『今から六十年ほど前、この世界である出来事が起きた。神の力の影響を受けて、死亡した人間が起きるという、本来あってはならない禁忌だ』
「それは、神宮司姉弟のことだな?」
『おそらくだがな。正確なことは常世のいた我らにはわかるはずもない。この島は、神々の世界の箱庭とも言えるべき神聖な場所だ。だから、一部の神は不意に自らの力で降りてきたり、人の形をして島内を歩き回ったりすることもある。しかし、人に危害を加えることは、我らの掟の中でも最たる禁止事項。あまつさえ、死亡させていいわけなどない』
当時、神の世界である常世はかなり荒れたそうだ。長い歴史の中でも、神が何の理由もなく命を奪う出来事など起きなかった。もちろん、中には例外があり、あまりにひどい行いをする人間たちへの罰を行うことは、僅かではあるが存在する。しかし、神々の庭で神人と呼ばれる島民を殺害するという、前代未聞の事態が起こってしまった。
『数人の住人が命を奪われることを皮切りに、数え切れない人間が死に始めた。これが、今この死まで起きている神罰なのだ』
この世界は神々が創った世界だということだが、具体的にそこで何が起きているかまで知ることはできないそうだ。
ただ、そこで起きた事態があまりに異常だったため、神々はこの島へと遣いを放った。その結果、神罰という現象が起きて神人やそれ以外の島民が死亡し始めたことを知ったのだ。
『だが、そこで我々がすぐにその神罰を止めるということはできなかった。まず第一に、この現象を起こしている神の正体がわからなかった。我々はお互いを監視しているわけではない。だから常世から現世であるこの世界に神が来ていることは不思議ではないのだが、それでもそんな目立つことをすれば我ら最高神の目をごまかせるはずもない。それでも、なおわからなかった』
「この神罰を起こしている神は、お前たちの仲間ではないってことか」
『仲間という言葉でくくっていいのかどうかはわからないが、概ねその通りだ。しかし、現世にも当初から神は古来より存在している。その神の一柱が起こしている現象ではないかというところまでは突き詰めることが来出ている』
しかし、それがわかったところで神罰を止める手立ては見つけることができなかったと言う。
『どうすれば神罰を止めることができるか。その問題は、ひとまず先送りをすることになった。我々は元々、この世界に直接的に関わることを自らの力で禁じているのだ。それは最高神も同じこと。それを許してしまえば、我らの中でも歯止めが利かなくなる者が出てくる可能性があるからだ。それを禁じるため、我らは如何なる理由があろうと人に直接関わることができない』
そう話す天羽々斬は、ひどく辛そうだった。
同じ神が起こしている問題で何を無責任なと、言う輩もいるかもしれない。でもそんなものはお門違いだ。俺たちには俺たちの事情があるように、神にも神なりの理由があるのは当たり前だ。
それに、この神罰の発端は、人が神を攻撃してしまったことにある。神が起こしている罰だからと言って、その責任を神々全てに押しつけることがそもそも間違っている。
『どうしようもできないまま、三十年という時間が経ってしまった。その間、数え切れない人間が命を落としてきた。それを食い止めることができないか。そう考えた我らは、神人たちが行っていた神降ろしという儀式に目を付けた』
俺はジュースを僅かに口に含ませて喉を潤わせた。
『神罰をこちらから止めることは不可能。それなら、せめて神罰で戦う力をこちらから送り込む。神降ろしにより呼び出される神器をこちらで選定し、神人たちに分け与える。それが我々が行える最大限の助力だった』
「その結果、父さんに降りたのが、お前か……」
『そうだ。だが、本来我は呼びかけに応えるつもりなどなかった。いや、正確には我を呼び出せる人間が過去を振り返っても存在しなかったからだ。しかし、何としてで自分の想い人、お前の母親を救おうとする強い思いと、その技術力の高さに、我は呼びかけに応えることにした』
そして、ともに戦った。
人と戦う一緒に戦うということが、神にとってどのようなことなのかはわからない。ただ、言葉を紡ぐ一柱の口調は、とても辛そうだった。
『我は、勇に希望を与えた。この神罰を止めることはできる。紋章所持者という存在まで救えるのかはわからないが、この神罰を起こしている神さえ倒してしまえば、神罰は終わる。それは間違いない事実なのだと』
それは、俺にも希望をもたらした。
きっと、父さんもまったく同じ気持ちだったのだろう。
これまで自らの力だけで神罰を止めようと奮闘していたところに、神が現れて言った。
この神罰は終わらせることができるのだと。
それは、想い人を助けることができるかもしれない唯一の方法であり、希望の光であった。
それが、神罰を起こしている神と同格以上の神によって認められた。
心が躍っただろう。希望を掴んだだろう。光が見えただろう。
でも父さんは、母さんを助けることはできなかったんだ。
『我が渡したなけなしの情報を元に、勇は神罰を止めるために奮闘し、我の力を駆使して神罰において誰も死なせることなく戦い抜いた。しかし、お前の母親は決めていたんだ。いくら勇が神罰を生き抜ける力を持っていたとしても、お前を無事出産できたのであれば、そのときには紋章を使うと。自らの命を絶ち、神罰を止めるのだと。それは神罰が始まる前から決めていたことらしい。勇にとっては、それがタイムリミットとなっていた』
そして、父さんはそのタイムリミット、俺が生まれるまでの間に神罰を止める糸口も掴めぬまま、俺はこの世に生を受け、母さんは紋章を使って命を絶った。
そのときの父さんの苦しみは、今の俺には到底理解できるものではない。理解できるなんて軽々しく言っていいものではない。
父さんがこの島をすぐに出たのは、たぶん母さんとの思い出や生きた証しが染みついたこの島から早く離れたかったからだ。
俺は母さんのことを、もとより知らない。そのことを寂しいと思い、命を絶とうとしたことまであったが、ないものを悲しく思うのと、あったものを失うのとでは、悲しみはまったく違う。
だから、俺は父さんのことをこれっぽちも恨んでなどいないし、悪いとも思っていない。
「お前の他にも、選ばれて降ろされている神器はあるのか?」
『もちろんだ。お前のクラスメイトである片桐玲次、西園寺七海。あの二人が持っている、雷上動とレーヴァテインはどちらも我らが意図して降ろさせた神器だ。我と違い、人語を理解して意思の疎通などはできないが、力は飛び抜けてある』
それは俺自身がよく知っていることだ。当然、全ての神器に意識があるわけではないようだ。天羽々斬が俺と会話ができるのは、あくまでも創造神の一柱としてそこまでの力を持っているからこそ可能なのことなのだろう。
天羽々斬は、気を落としたように言った。
『お前にとっては非常に残念なことであるが、我が知っていることはこれくらいなものだ。勇はお前より多くを知っていたわけではない。お前は度重なる偶然により、勇が十二月の終わり時点で掴んでいた情報のほとんどを、現段階において知っている』
神々が人のことを把握できないということを聞いた時点で、この回答は予想されていた。
父さんが島を出る際に持ち出し、俺が島に帰る際に持ち帰った。この島にいて俺や父さんと一緒に見聞きしたものだけを把握しているのだとすれば、俺たち以上に知り得ていることは、降ろされる前に知っていることだけ。
その事実が直接神罰を止めることができるほどの情報であったのなら、十八年前に父さんがやっているはずなのだ。
だから天羽々斬自身もそれほど決定的なものは持っていないということは予想が付いていた。
「天羽々斬、父さんはこの島の市長に会いに行けと言った。そこで、現段階で俺が知らないことを聞いたはずなんだ。お前はその場にはいなかったのか?」
また少しの沈黙が流れる。
『いなかったわけではない。ただ、この件は勇に口止めをされている。そこには、確かに今お前が知らない情報も含まれている。しかし、この情報を下手に話すと、お前がこの島にいることが危うくなる可能性があるのだ』
「どういうことだ?」
『さっき、お前は考えていただろう? 勇がこの島を卒業と同時に出たのは、想い人であった姫川陽の思い出の地より離れたかったためだと。確かにそれもある。しかし一番大きい理由は、勇が市長に会いに行ったときに約束をさせられたからなのだ。この話をする以上、今年の神罰が終了するまでに、神罰の原因を突き止め根絶させない限りは、卒業と同時に島を出てもらうと』
「……なるほどな」
父さんが島を出ることになった理由には、そういうことも含まれているのか。
父さんが母さんのことを理由には島を出ることになったのはわかっていた。天羽々斬という神器を降ろし、神罰での被害を実質零で終わらせた力を持つ父さんをこの島から易々と出した島には僅かながら理由を感じていた。
父さんは、母さんのことだけでなく、他の様々な要因からもこの島から出る必要性を迫られていたんだ。
その上で、俺が高校三年生になるまでの間に神罰が終わっていなければ、俺を島に戻すという案を出したのは、芹沢先生だと聞いているが、実際その指示は美榊が芹沢先生に代弁させたものに過ぎないだろう。
ずいぶん、身勝手な理由だ。
しかし、そんなことを毒づいても何にもならない。
「つまりは、父さんはこの島民が本来は知ってはならない事柄を教えられた。その話を父さんが聞く以上、島民に広がらないようにするために、島外退去を命じられた。その条件から行くと、話を聞いたのがいつかは知らないけど、神罰が終わる間に誰かに話でもしたら、何らかの制裁を加えるという条件もあったんだろうな」
『その通りだ。勇が自分以外の誰かにその場合を聞いた話を他に広めた段階で、勇は即島外退去、もしくは即時処罰。伝えられた人間は、美榊によって何らかの管理をされて生活をすることを余儀なくされていた』
即時処罰というのは、おそらくは処刑というのが正しいのだろう。だが実際そんなことができるはずもない。父さんが自らの命を差し出さなければ天羽々斬を持っていた父さんは島民全てを敵に回しても勝てるだけの力を持っていただろう。即時処罰なんてものを付けているのは、言ってはいないが伝えた人間にも同様の罰が降りかかると臭わせているからだ。他の人間を巻き込みたくなければ避けないことを言うな、ということだ。
『確かに私はその場で、ある情報を聞いている。それをこの場で話すのは、正直気が進まないんだ。無理にでも話せと言うのであれば話せなくはないが』
「ああ、もういいよ。わかった」
天羽々斬の言葉を遮りながらオレンジジュースを飲み干した。机にコップを置くと、残った氷が小気味のよい音を立てた。
「どのみち、二十年前の情報だ。新たな情報もあるだろ。今ここで聞くのは止めておく。どうせ、美榊市長には俺からも聞きたいことがいくつかあるんだ。その場で聞く。でも、俺がその情報を知らないことで何か情報を見逃しそうになったら、そのときは教えてくれ。どんな結果になっても、お前を責めたりしないから」
天羽々斬は少し戸惑ったように言葉を濁した後に言った。
『……わかった。それでいいと言うなら、お前に従おう』
正直、知りたいと気持ちと、知らなければいけないと気持ちは強かった。でも、天羽々斬が現段階で教えていないということは、おそらく俺が知らなくても大差ないか、既に俺が知り得ているもしくは推測している内容ということだろう。であれば、無理に聞き出すより正規のルートで行くべきだ。
もちろん、本当に切羽詰まった場合は、教えてもらうしかないが。
さて、とコップを手に席を立つ。
「大体、こんなもんかな」
『そうだな。微々たるもので申し訳ないな』
「そんなことはないよ。確実に情報をもたらしてくれたし、何より神罰を生き抜くための力を貸してくれていた。俺にとってはそれで十分だ。今回の神罰も、俺にとってはラッキーだった」
『あの娘と恋仲になれたからか?』
唐突に放たれた言葉に、俺は危うくコップを落としかけた。
苦笑をしながら流しへ行き、割ってしまう前に洗ってしまう。
「それもあるけどさ。お前、本当に人間くさいやつだよな」
『もっと尊厳を保っていた方がいいか』
「そういうわけでもないけど」
実際こんな風に話してくれるのはこちらとして話しやすくて助かる。もとより教養がある方ではないので、高位の神様に対してどんな話し方をすればいいのかわからないのだ。
気を取り直すように話を戻す。
「ラッキーだと思ったのは、あの本来あり得ない神罰が起きたからだ。実際には、起こしただけど、たぶん俺が一人高校にいるときを見計らって、神罰を起こしたんだ。俺を消そうとした。俺が邪魔になったんだよ。御堂が死んだときと同じだ。俺は、神罰の真相に近づきつつあると、神が判断してやったんだだよ」
思わず笑みが漏れた。
決定的だ。
本来、完全な自律システムとして、神罰が運行されているのだとしたら夏休みに神罰が起きるはずがなかった。それが起きたのは神が意図して神罰を起こせるということを、神が自ら証明してしまったのだ。
俺が、それほどまでに神を追い込んでいる。
『ふむ、確かにその可能性は高いな。だが、それが誰か、どうやればわかるんだ?』
「それに関しては確実なものは難しいそうだけど、まずは確認だな」
俺はコップを逆さにしてタオルの上に置くと、ポケットから携帯電話を取り出して電話帳からおそらく最も多く連絡を取っている相手を呼び出した。
『もしもし、あなたの彼女の心葉でございます』
「……」
あまりにノリノリな通話相手に、俺は声を出すことができずに固まった。そして面白いのでそのまま黙っていた。
『あの、何か答えてくれないと、恥ずかし過ぎて死んじゃいそうなんだけど……』
耐え切れなくなって心葉が口を開いた。
今頃寮の自分の部屋で悶絶しているに違いない。
「いや、なんて答えていいのかわからなかったから、つい」
面白かったからとは口が裂けても言えない。
『気の利いた答えを返してください』
電話の向こうで少しぶすっとした声が響いた。
「こちらはあなたの彼氏の凪でございます」
なんだこの下手なラブコメみたいな会話は。
『……』
今度は相手が沈黙した。
『……これ、思ったより、きついものがあるね』
「おいお前ふざけんなよ」
乗らせておいてひどい言い草だ。
電話の向こうで心葉が楽しそうに笑った。
『ははは! ごめんごめん、それでどうかした? まだ体の調子とか悪い?』
「ちょっと、聞きたいことがあるんだ」
『ダイダラボッチの神罰のこと?』
「察しがいいな。そうだ。あの神罰が終わった後のことを聞きたい」
俺が心葉に質問したことは、俺が気を失って意識がなかったとき、あの場で何があったかだ。
どういう経緯で俺は病院に運ばれ、誰が来たのか、そういったことだ。
心葉は思い出すように唸った。
『神罰が終わって結界がなくなって、私が連絡を取った救急車が来て、それからすぐ校長先生が来たんだ。玲次君と七海ちゃんも一緒にね。私も凪君の状態が危険だって一目でわかったからね。校長先生、神罰が起きたことを知って、会議とかを全てほっぽり出して駆けつけてくれたんだって。天堵先生は最後に戻ってきたよ。校長先生たちがいなくなった会議を取り仕切ってくれたらしくてね』
「会議っていうのは?」
『うん、あの日たまたま市役所で大きな会議があって、先生たちは皆市役所まで行ってんだ。玲次君と七海ちゃんも一緒にね。校長先生がいなくなった後の会議は、天堵先生が取り仕切ってたんだって。若いのに他の先生たちを仕切って格好良かったらしいよ』
「……」
眉をひそめて顎に拳を当てる。
『凪君?』
「ああ、うん、続けてくれ」
『それからね、円谷先生たちも駆けつけてくれた。救急車には黄泉川先生も乗っていて、すぐに凪君の治療に取りかかってくれたよ』
「……」
俺はまた黙ってしまった。
その沈黙の意図を察したのか、心葉は静かに声のトーンを落とした。
『凪君、もしかして、神罰を起こしている神様が駆けつけてくれた人にいるっているって思ってる?』
ずばり言い当てられ、少し反応に困ってしまう。
「……まあな。可能性として一番高いのは神罰が終わったとき近くにいた人間だと思うんだ。神罰の結果は外部からはわからない以上、終わった後に駆けつけないとどうなったのかわからないからな」
その結果、現れた人から絞ろうとしているのが俺の考えだ。
卑しい考えだということはわかっている。心葉が少し気乗りしなさそうに思っているのは当然だ。俺にとっては数ヶ月しか付き合いがない先生たちも、心葉にとっては数年にも渡る付き合いがあるのだ。その人たちを疑うのは正直嫌だろうし、不快にもなるだろう。
しかし俺はそんなことを言っていられる余裕はない。
「彩月さんはどうしてだかわかるか?」
心葉は押し黙った。その沈黙に明らかに辛さが滲んでいた。
「心葉、悪いけど教えてくれ。俺は全員を疑ってかかるけど、全員が関わっているとは当然思っていない。一番確実な方法として、消去法しかないんだ。他の人たちも、その人たちに疑いがないということを証明する必要があるんだ。だから、申し訳ないが答えてくれ」
結局のところ、詭弁でしかない。
俺にとっての都合を心葉に押しつけている。それが結果心葉のためになるとしても、結局は俺のエゴでやっていることに過ぎない。
とことん察しのいい心葉は、ここまでのこともわかってくれていただろう。
渋々、口を開いた。
『……彩月さんは、ちらほらもの見たさにやってきた生徒たちを抑えてくれてたよ。だから、ずっと校門のところにいたと思う』
「……生徒がやってきた?」
『うん、どこから聞きつけたのかわからないけど、結構な人たちが来ていたよ』
本当に、どこから聞きつけたんだその生徒たちは。
先生たちでさえ、心葉が救急隊に連絡が入れたことで、さらにそこから連絡を聞いて駆けつけた。
それなのに、どうして他の生徒たちに情報が漏れるんだ。
神罰中には、外部から生徒が校内に入ろうとして入れず、神罰が起きていることに気付いた? いや、それならその生徒は真っ先に校内に入ってくるだろう。生徒たちにとっては自分たちのことであり、気になるのが当然だ。
つまり、神罰中に校内にいたわけでも、校外から神罰ことを察知したわけでもない。
先生たちから漏れるというのも考えにくい。数十年の間、一度として起きなかったことが起きた可能性があったのだ。その情報の裏取りもできずにその情報を流すとは思えない。玲次や七海もしかりだ。
それなのに、生徒の中に夏期休暇中の神罰が起きたことを知っていた人間がいる。
「その、やってきた生徒たちっていうのは?」
友達を売れと言っているようなものだ。自分で聞いていて、胸くそ悪くなるが、割り切るしかない。
心葉は、少し言葉に詰まっていたが、思い出すように言った。
『えっと、私も救急車に乗るまでの間にちらっと見ただけだから全員わかったわけじゃないけど、柴崎君や川上君や白海君』
なんか聞き慣れない名前が出てけど、柴崎と一緒に連んでいたいたやつらの名前がそんなんだったな。色々と俺に難癖を付けてくる。俺にも悪いところはあるんだけど。
『それから、青峰さんと理音ちゃん、それから太刀山君っていう私たちの後輩がいてね』
「ああ、知ってるよ」
『あれ、会ったことあるの?』
「絡まれたことがある。俺が悪かったんだけど。他には?」
電話越しで思い出しながら唸っている。
『うーんうーんと、あとは――』
心葉は何人かの生徒の名前を挙げた。しかし、その生徒たちはまず間違いなく関係ない生徒だ。その生徒たちは、御堂が殺された際に教室にいた、俺のクラスメイトたちだったからだ。
『覚えている限りは、大体そんなものかな』
生徒たちに共通点はあまりない。半分くらいは俺が知っている生徒で、それなりの力を持つ生徒たちだということくらいだが、それは関係のない部分だ。
だが、他の面々については正直わからない。神罰を起こしている神であるという可能性は捨て切れないが、どうしても違うのではないかという考えが先行してしまう。
それはすぐに振り払った。誰であろうと、この島にいる人間で神罰を起こしている神ではない者などほとんどいない。暫定的に可能性から外している者はいるが、それでも可能性が低いというだけで零ではない。
そのことだけでは、常に念頭に置く必要がある。
「それだけ聞ければ十分だ。悪いな、色々嫌なこと言わせちまって」
『ううん、気にしないで』
心葉は本当に気にしていないようで、電話の向こうで楽しそうに笑っていた。
それから短く会話をして、通話を終えた。
しばらく黙って携帯電話を閉じて顎に当てていると、天羽々斬が話しかけてきた。
『どうだ? 何かわかったのか?』
眉根をよせて、携帯電話で額をトントンと叩く。
「気になっていることはある。でも、これと言ってすぐに役立つ情報はなかったかな」
『ふむ、そう簡単に掴めるのであれば、勇が二十年前にやっている。我も協力するから何でも言え』
「ああ、助かるよ」
もうすぐ夏休みが終わる。
そうすればまた神罰が始まる。さすがに、夏休み中にもう一度神罰起こることはないだろう。そんなにぽんぽんイレギュラーが起きるわけはない。
ただ、妖魔が強力なものが多いというのが、本当に厄介だ。
神罰において、後半になるほど現れる妖魔が強力になったりするということはない。基本的に、その年の妖魔の強さというものはある程度一定であり、特別強力なやつも中にはいるが、それでも一学期が終わればその年の妖魔の強さというのは把握できると言われている。
俺たちの代は、例年に比べて明らかに強い妖魔が出ていると言われている。一学期、それと本来起こりえない夏休みの神罰も合わせ、付喪神、大百足、ダイダラボッチと少数の妖魔がこれほど起きるというのは異常なことだ。本来、一年に一度あるかないかと言われている。
現れた際には多くの生徒が命を落としてしまうことがほとんどであるが、俺たちはどうにか多くの生徒を保った状態で生き残っている。
しかし、今のペースでは、残り半年近くで、同回数の少数の神罰が起きるという可能性がある。
そんな状況になって、俺たちは生き残れるのか。
神罰を起こしている神だけを見つけることだけが目的ではない。
心葉を含めた美榊高校三年生と一人でも少なく神罰を生き残り、その上で神罰を終わらせる。
最終リミットまでは、刻一刻と迫っている。