17
御堂が死んでから三日。あれから理音は一日も高校に出てきていない。
神罰も起きなかった。一つの可能性が頭によぎった。御堂はあの場で、実は神罰を起こしている神と相打ちになったのではないかと。だからもう神罰は起きないのかもしれないと。
しかし、そんなことはなかった。
その週最終日の今日、神罰が起きた。
教室で思案に耽っていた俺は、体を這い回るような嫌な感覚に顔をしかめながら、席を立つ。
後ろの席に心葉はいない。今頃はきっといつものところだ。
「……なんだ?」
今回の神罰は少し妙だった。
いつもならグラウンドのあちこちに現れる空間の歪みが、今回の神罰は空中に存在している。
「まさか……っ!」
窓に張り付くようにしていた玲次が焦りで顔を苦くしている。
「すぐに全クラスに連絡してくれ! 法術使いと仙術使い以外は教室から出るな! 今回の妖魔は飛行タイプだ!」
飛行タイプの妖魔。妖魔の中でもかなり珍しいタイプになる。
基本的に妖魔はほとんどが地上での行動に限られたものだ。特殊な能力を持つ妖魔たちと言えど、物理法則には逆らえない。巨大な体躯を持つことが多い妖魔は、その体を飛ばせるだけの揚力を得ることができないのだ。
逆らうには神力を使うしかない。しかしそんな膨大な神力を持つ妖魔は滅多にいない。
つまり飛行できるタイプの妖魔は、巨大な翼を持つ極少数の妖魔か、膨大な神力を持つ妖魔だけだ。
しかし、今回は巨大な翼を持つ妖魔のようだ。
空間の歪みから現れたのは、漆黒の体躯を持つ怪鳥だった。
翼は両翼を合わせて十メートルに迫る長さだ。
翼を広げる体は肉がほとんど付いていないかのように細く、あの体が飛行を可能にしているだろう。
体の至る所までもが夜の闇に溶ければ消えてなくなりそうではあるが、双眸だけはここから見てもはっきりとわかるほど赤く妖しく光っていた。
そしてその妖魔の最大とも言える特徴が、下部から生えている三つの足だ。研ぎ澄まされた刀のように鋭利な爪は、撫でられるだけで切れそうなほど巨悪な光を放っている。
「【八咫烏】か」
あの姿は間違いないだろう。過去現れてきた飛行タイプの妖魔の中で最も多いものだ。
現れた妖魔は数十体にも及ぶ。
なるほど、これは対空戦が行えない生徒はまとも戦うことができない。
「いや、玲次、待ってくれ。俺に考えがある。近接戦に長けている生徒をグラウンドの端に待機させてくれ」
「……どうするつもりなのよ」
「時間がないから俺は心葉に話してくる。空中戦なら心葉の法術は有利だ。俺はすぐに出るから、そっちも準備ができたら頼むぜ」
俺は窓を開け、縁に足をかけて屋上に跳び上がった。一度のフェンスを掴み、屋上へと体を踊らせた。
「凪君!」
「ああ、わかってるよ」
屋上にいた心葉と八咫烏の大群を前に、俺は天羽々斬を生み出す。
「どうするの?」
心葉は印を組むために軽く指先をならしながら尋ねる。
「単体が強い妖魔ってわけじゃないけど、飛行タイプだからな。法術使いと仙術使いで迎え撃つ。だけど、それだけだと時間がかかり過ぎるし、戦うやつらの負担がでか過ぎるからな。だから近接戦闘が強い生徒にも手伝ってもらう」
「え? でもどうやって? いくら近接戦闘が強くても、仙術が使えないんじゃあの高さまでは来られないよ」
現れた八咫烏が徐々に動き始める。
ほとんどが屋上を越える高さを浮遊しており、あいつらが攻撃してくるなら俺たちと同程度の高さまで来ないと無理だが、それでも制空権があるのは大きなハンデとなってしまう。
なら、それを取っ払えばいい。
「安心しろ。俺は、空中戦にはちょっと自信がある」
斬り落としてやるよ。
「心葉は法術、頼むぜ。期待してるからな」
俺は八咫烏たちが獲物を狙って動き始めるより前に空中へと躍り出る。
手近にいる八咫烏。
俺が空中に飛び出すと同時に、恐ろしい速度で動き始めた。明らかに普通の鳥ができる動きを超えている。
上下左右、あらゆる方向に自由自在に飛び回って俺へと向かってくる。
しかし、飛び回るからこそどうしても隠せない急所が存在する。
右手を左腰に回し、ゆっくりと下に落ちていきながら構える。
八咫烏までの距離が十メートル、間合いに入った。
白煙で作り出した足場を蹴って勢いを殺さないまま、右手の中に天羽々斬を生み出す。
空中を直線的に駆け抜け、八咫烏の、片翼を斬り飛ばした。翼は三分の一ほど切断した形になっている。
翼を斬られた八咫烏は、突然翼の一部を失ったにも関わらず、鋭利な三本の鉤爪とくちばしを振るう。
だが、両翼併せて十メートルにもなる翼を持っているが故に、いくら振るっても揚力のバランスを失ってしまえば捉えることはできない。
そして、いくら恐るべき早さで飛び回る八咫烏と言えど、片翼を失って飛行ができるわけがない。
翼を斬られた八咫烏は、二度と空を羽ばたくこともできず落ちていく。
地面に打ち付けられ、再び飛ぼうと翼を羽ばたかせようとするが、土煙が上がるばかりだ。
そこにタイミングよく雷上動を携えた玲次が現れた。
無情に雷上動から銃弾を放ち、八咫烏の頭を撃ち抜いた。八咫烏はピクリと動きを止め、そのまま空間の歪みへと消えていった。
次にやってきた八咫烏も、翼の一部を切り落としてグラウンドへと叩き落とす。早いは早いが、翼は隠し切れない急所だ。対処できないほどではない。
再び落ちた八咫烏に、校舎から飛び出した生徒たちが突進していく。
この戦い方なら、対空戦ができない生徒でも戦闘に参加できる。地上に落ちてしまえば、むしろ普通の妖魔より戦いやすいはずだ。
相手は三本足での移動しかできない上、それを移動に使えば攻撃に使えるのは足一本とくちばし、残りは打ち付ける程度の翼だけだ。
俺もこの方がずいぶんと戦いやすい。
飛行中の八咫烏はさすがに翼を武器には使えない。
翼を切りつけるように攻撃すれば、片翼五メートルもあるのだ。いくらくちばしや鉤爪で攻撃しようとしても届かせることはできない。
次の八咫烏に向かおうとしたところで、死角から別の八咫烏が突っ込んできた。
だが俺が対処するより先に上空から稲妻が轟音とともに飛来し、八咫烏を撃ち抜いた。
一撃で一瞬にして命を狩り取られた八咫烏は、グラウンドへ落ちるまでを待つこともなく、空間の歪みへと消滅した。
術を放ったであろう心葉の方を振り返ると、集中して周囲の八咫烏しか移していない瞳で、途切れることなく呪文を唱えている。
頼りになるが、屋上にいては格好の的だ。
だがそれを杞憂にさせるように、心葉の隣に一人の生徒が歩み出た。
どこか心葉の口が緩んでいるようにも見える。
そんな心葉を狙って八咫烏が突進していくが、それを阻むように七海が作り出した炎の壁が心葉の周りを取り囲み、八咫烏を寄せ付けない。
再び心葉の法術が完成する。
空中に水の球が放たれたかと思うと、それは四方八方に水のレーザーを吐き出し、飛行中の八咫烏を貫いた。
俺はすぐさま空を駆け、落下途中の八咫烏を一度に三体切り刻む。
取り残した八咫烏は、地上の生徒が対処してくれた。
こちらからの先制攻撃は成功した。
だが、ここからは空中の乱戦だ。
八咫烏が一斉に動き始めた。
耳に響くのは鼓膜を貫かんばかりの風切り音。羽ばたきによって生まれた衝撃波が周囲を埋め尽くす。
下からは雷上動から放たれる弾丸が天を突き、屋上から放たれる炎や法術が空を蹂躙する。
俺は皆の攻撃に邪魔をしないように立ち回りながら、八咫烏を斬り裂いていく。
八咫烏が一ヶ所に固まっている部分があった。
天羽々斬に神力を纏わせた刃を形成する。その大きさは元の形状の三倍を超える巨大な刃だ。
「消し飛べ!」
天羽々斬を振り抜きながら、天羽々斬に纏わせた神力の刃を爆発させながら放つ。
これまで刃の形状を取っていた神力は瞬く間に膨れ上がり、八咫烏の大群を飲み込んだ。
あまりの威力に校舎を包んでいた結界が揺れた。
徐々に力を増していく天羽々斬。
それは俺が天羽々斬の力を引き出せるように、使いこなせるようになっているのだと思う。
だが、おそらく理由はそれだけではない。
神力保有量のピークは個人差こそあれど十八歳前後だと言われている。俺の神力はまだピークになっていないのだろう。
自分が持つ力が神力だとは知らなかった島外にいた頃からずっと体の中の力を感じていた。
その力は、この島に来たことが原因か、明らかに強くなってきている。
力の加減を間違えるわけにはいかない。コントロールができるようになっているとはいえ、周りを巻き込んでしまえば命を奪いかねない。
戦力としてきている俺がそんなことをするわけにはいかない。
「ぐっ! 離せっ!」
声がした方を振り返ると、一人の生徒が二体の八咫烏に体を掴まれ、空中へと引き上げられていた。
体には鋭利な鉤爪が二本食い込んでおり、おびただしい量の血が噴き出している。
俺は左手で印を結びながら、その生徒を掴んでいる八咫烏目がけて風の法術を放つ。
妖魔とはいえ、空気の対流で飛行している。生徒を掴んでいる不安定な状態でそれを意図的に乱されれば、簡単にバランスは崩れる。
崩れた体勢を立て直そうと、八咫烏は必死に翼を羽ばたかせる。
その隙に、地上にいた玲次が雷上動から数え切れない銃弾を撃ち出した。
掴まれている生徒に当たらないように放たれた器用な弾丸は、二体の八咫烏の体中に突き刺さる。
雷上動は数を撃てば威力は減少する。
玲次の攻撃だけでは仕留められてはいないが、それだけのダメージがあれば十分だ。
一気に間合いを詰め、二体の八咫烏の頭を斬り落とす。
同時に掴まれていた生徒から鉤爪が外れ、俺はすかさず回り込んで受け止める。
下に待機していた生徒たちに負傷した男子生徒を預けた。
「後は俺たちに任せて下がってくれ! すぐにこの神罰は終わらせる!」
再び飛び上がりながら、生徒たちに向かっていく八咫烏の体を切断する。
もう大分数も減ってきた。残りは掃討するだけだ。
過去、飛行タイプの妖魔が出現したときは苦戦を強いられていることが多かったが、俺たちは恵まれている方なのだろう。
俺は直接空を飛んで近接戦を挑むことができるし、玲次や七海は遠距離からの攻撃ができる。
中でも一番凄いのは心葉だ。
法術のレベルが俺たちとは明らかに違う。おそらく、七海が守っていなくても問題なく立ち回ってみせるだろう。
しかし七海がいることで心葉は攻撃に集中できる方が結果的には八咫烏の撃墜数は多い。
それほどまでに心葉の攻撃力は圧倒的だった。本来、法術が使える人間でも得意不得意はあるが、こと心葉に限ってそれはない。
様々な法術をいとも簡単に使いこなし、八咫烏を圧倒的な攻撃力で屠っていく。
よく考えれば当然だ。紋章所持者は、その学年で最も神力が多い者に与えられるとされている者だ。
心葉が強いのはむしろ当然のことと言えるが、それでも法術をここまで使いこなせているのは技術があってこそだ。
俺も負けていられない。
八咫烏が鉤爪で俺を掴もうと突進してきた。
体を反転させ、上に生み出した煙を作り出して蹴り飛ばし、八咫烏の鉤爪を下に掻い潜りながら天羽々斬を振り抜いた。
胴を中程まで抉り取られ真っ赤な血が降り注ぐが、それが自分に付く前にさらに飛んで校舎の方に向かっていた八咫烏を強襲し、背中の中心に深々と天羽々斬を突き立てた。
八咫烏はそれだけでは絶命せず、ふらふらと飛行しながらなんとか逃れようと飛行を続ける。
八咫烏を足場にしたまま、天羽々斬に込められるだけの神力を込め、体を一回転させながら形成した刃を放つ。
満月のように一回転の軌道を描いた神力の刃は、同程度の高さにいた八咫烏を全て切断する。
翼だけを切断した八咫烏や、殺し切れていない八咫烏もいたが、それは他の生徒たちが掃討するために下で走り回っている。
下がってくれと言ったが、責任感からか逃げ出さずに戦ってくれている。
頼もしい限りだ。頼りにさせてもらおう。
足場にしていた八咫烏の首を切り落とし、再び翼を斬り落とす戦い方に切り替えた。
残りの八咫烏は両手の指で数えられる程度まで減った。
妖魔に士気というものは存在しないのか、いくら数を削られても関係なく向かってくる。
こちらとて容赦はしない。時間で神罰が終わるのを待つ気はない。こいつらを倒しきるまで神罰は終わらないのだ。
最後は全員で神力を惜しみなく使い、八咫烏の残党を叩き伏せた。
体にかかっていた重荷が取れるように、校舎を覆っていた結界が晴れていった。
「空を飛び回るのは疲れるな……」
体の調子は神力以外は完全に戻っているが、慣れていない空中戦は思いの外精神がすり減っていた。
グラウンドの真ん中で大きく体を伸ばす。
今回の神罰で、怪我らしい怪我をしたのは数人だけで、中でも八咫烏に掴まれて空中まで引き上げられていた男子生徒が一番の重傷ではあったが、無事に生きていたようだ。
今回も誰一人死ぬことなく、神罰を終えるができたが、こんなことがあと何回続くことやら。
グラウンドから校舎の屋上を見上げると、心葉と七海がこちらを見下ろしていた。
心葉が手を振ってきたので、俺も手を振り返す。
すると七海が何か心葉に言ったようで、心葉は何かを弁解するように必死に首を振っていた。
二人が楽しそうにしていて何よりだ。
俺は携帯電話を取り出し、電波が入っているのを確認すると、理音にメールを送る。
神罰があったが誰も死なずに終わらせたとか、好きなだけ休んでいろととか、そんな感じの内容だ。
理音には既に情報が入ってそうだが、念のためだ。
メールが送信されたのを確認すると、閉じてポケットに入れながら空を見上げる。
青い青い空に、入道雲が高々と伸びている。
もうすぐ夏休みだ。
一学期が終わり、夏休みに入ってしまえばひとまず神罰も休みに入る。普通の生徒なら遊びに精を出すところだが、美榊高校の生徒にとって身の安全が保証される期間でもある。
夏休みは、土日の休日全般だが、休暇に神罰が起きないというのは、一つの謎でもある。
規則的に、例えば月曜日だけに神罰が起こるなどと決まっているならまだしも、平日さえランダムに起こる神罰が、なぜ休日に起こらないのか。
ずっと疑問に感じているが、その答えは未だ出せていない。
答えがあるかどうかもわからない状態だ。気まぐれかもしれないし、意味を求めることが初めから間違いなのかもしれない。
考えるだけでも頭が痛くなってくるが、止めるわけにいかない。板挟み状態は本当にきついものがある。
グラウンドに出ていた生徒たちは、ほとんどが校舎に戻っていった。
これから昼食を取った後、また午後の授業がある。
いつものことだが、戦闘をしてすぐに消えるとはいえ妖魔の血や臓物を見た直後に昼食なんて食べられたものではない。
多くの生徒は慣れてしまっているようだが、俺には無理だ。
「やれやれ……」
肩をすくめながらため息を一つ落とす。
午後の授業に出るのも面倒だし、少しのんびりした後、また図書室に行くとしよう。
昼休憩の間は、かなりの生徒が図書室にいたが、授業が始まると大抵の生徒は授業に行くかはたまた修行に励むかなので、図書室には数名の生徒が残るだけだ。
俺は図書室の一番隅にある、書棚に囲まれた机のところで、いつものように本を読みふける。
そして、今日は俺だけではなくどこからともなくやってきた心葉も向かいで本を読んでいる。
授業に出るのもなんだかということなので、いつもなら屋上に行くところなのだが、神罰が終わった直後から美榊島には結構な雨が降り始めていた。屋上は使えないことで、図書室にいるわけだ。
梅雨も終わりのこの時期だが、吹き付ける雨と風が窓を叩いている。図書室の窓と言えど、神罰にできる限り耐えられるようになっているため揺れこそしないが、ここから見ても十分に雨が強いことは見て取れる。
小さく肩を落としながら、再び本に視線を戻す。
今読んでいるのは、過去の神罰において付けられた記録。
過去あった出来事を読み解くことが、神罰を紐解く鍵になると考えている。
隙は必ず存在するはずだが、俺がこの島に来てからの数ヶ月、これから一年経つまでの間に何かが起こってくれる保証はない。
いくつか気になる点を見つけることはできているので、あとはそれが立証できれば、何かがわかるかもしれないのだが……。
それと、神罰が起こるきっかけとなった事件。
この島の生徒が神を誤って攻撃してしまったという事件だが、これについても念入りに調べている。
なんたって全てのきっかけとなった出来事だ。そこから潰せる可能性も十分にある。
そんなことを考えながら本に目を滑らせていると、向かいに座る心葉がちらちらと窓の外を気にしているような仕草をしていることに気付いた。
「今、心葉が考えていることを当ててあげよう」
「え? 急に何?」
驚いた心葉が目をぱちぱちとしている。
「雨が降っているのに傘がないからどうしようと困ってる。それと終業時刻までにどうにか雨が止んでくれないかと期待している」
「……正解です」
少し照れたように心葉が頷く。
「でも、凪君は傘持ってるの? 今日は天気予報だったら四十パーセントくらいだったけど」
「いや、持ってないよ。まあ大した距離じゃないし、雨に濡れるのは嫌いじゃないんだよ。なんかこう、テンションが上がるんだ」
「子どもみたいだよ」
心葉が笑いを必死に噛み殺している。
「子どもだよ。童心を忘れないって大切だと思うんだよね」
実際自分のことはかなり子どもだと思っている。
融通が利かないし頑固だし愚直だし……。
なんか自分の短所を並べているとテンションが下がってきた……。
しかしまあ、そんなやつじゃないと神罰に挑もうなんてバカなことは考えていないのだけれど。
大人ではなく、子ども。
大人のように割り切ることをしないから、子どものようにがむしゃらに突き進んでいく。
子どもと言われようが愚かと言われようが、罰当たりの背徳者と呼ばれようが、止めるわけにはいかない。
「なんか変わった話してるっすね」
そんなどうでもいい話をしていると、俺と心葉の間、机の脇からひょこっと頭が飛び出してきた。
突然現れた生徒に俺と心葉は驚いて椅子を揺らした。
「いつもそんな話してるんすか? 変わってるすね」
軽く毒を吐きながら机に腕と頭を乗せ、にこにこと笑う女子生徒。
「……お前だけには言われたくねぇよ」
「ひどいっすね。僕はそんなおかしくないっすよ」
暗に俺たちがおかしいと言われている気がする。いや、言われているな。
「久々に顔出したってのに、ずいぶん元気だなおい」
「何言ってるんすか! 僕はいつも元気っすよ!」
力こぶを作るような動作をしているが、長袖のブラウスを着ているため見えない。
理音は、自身が言っている通り確かに元気のようではある。
にこにことした表情を顔に貼り付け、楽しそうに振る舞っている。そんな風にしか見えない。
女の子にしては短い黒髪も所々跳ねていて、顔には隠せない疲れが浮かんでいる。
そんな内心を悟ってか、心葉は微かに悲しい表情を浮かべているように見える。
「理音ちゃん、本当に、大丈夫?」
おずおずと距離を測るように心葉が尋ねる。
一瞬、理音の笑顔が崩れたように見えたが、本人が気づいてか知らぬふりか、また笑顔に戻っていた。
「大丈夫っすよ」
すっと、穏やかな笑みが悲しい表情へと変わった。
「辛いっすけど、いつまでも泣いてたら、准に怒られるっすからね。後悔するのは、一人でも多く神罰を、僕自身が生き残った後で、たっぷり何十年もかけてって決めたんす。だから、今はもう泣きません」
心配していたが、どうやら立ち直ったようだ。
気落ちした状態のままでいることは、この高校では命に関わる。理音ほどの戦力をこの島の人間が遊ばせておくとも考えられないので本当によかった。
「それより凪」
理音は自分でその話を打ち切った。
「ちょっと部室まで着いてきてくださいっす」
「ん? また取材とか言うんじゃないだろうな?」
以前のことを思い出して顔を引きつらせる。
「違います違います。この間、鍵を使わず部室を開けて施錠したでしょ? 僕あのとき、部室に鍵を置いたままにしてたから鍵がなくて入れないんすよ」
ああ、と頷く。
そういえば鍵を使わすに出入りをしたんだったか。部屋に鍵を置きっぱなしにしているなんて考えもしていなかったが、確かに戻ってきた理音が入ることはできないな。
「悪い。じゃあもう一回開けに行くよ」
「あ、それと心葉、傘が必要なら部室に置き傘があるから貸しますよ?」
「ホント? なら、お言葉に甘えようかな」
読み終わっていない本は貸し出し処理を自分で行い、鞄に入れて図書室を後にする。
理音に連れられ、心葉と俺は新聞部の部室を目指す。
俺たちの前を先導する理音は、スキップをしながら軽やかに進んでいく。
普段以上に明るく前向きに見える理音は、薄氷の上を歩いているように見えた。
つい先日まではしっかりとした大地に立っていたはずなのに、ただ一つの出来事で足元がいつ崩れてもおかしくない薄い薄い氷へと変わった。
それが完全に崩れ去ったとき、理音はどうなるのだろうか。
俺は、何かしてあげることができるのだろうか。
不意に、心葉が肩を俺にぶつけてきた。
何事かと思って視線を向けると、心配そうな顔をしてこちらを見上げていた。
そんな厳しい顔をしていただろうか。なにやら不安にさせてしまったようだ。
「悪い」
心葉は満足げに頷く。
「あんまり怖い顔ばかりしてると、眉間に皺が寄って取れなくなっちゃうよ」
「そ、そんなに寄ってたか」
言いようのない恐怖を感じて眉間を押さえる。
この年からそんな心配をするのは嫌だ。
年寄りじみたのやりとりをしていると、理音がニヤニヤしながらこちらを見ていたが、俺の視線に気づくとすぐに前を向いた。
笑いを噛み殺しているように見えるのは気のせいではないはず。
普段なら何か言ってやるところであったが、さすがに言う気にはなれなかった。
部室の前まで来ると、俺は天羽々斬の白煙を使って部室の鍵を開けた。既に開け閉めで二度行っていることなので、三秒と経たずに部室の鍵は開いた。
「ふむ。こうやって開けていたんすね。次の記事は鍵師現る。どんな部屋でもいとも簡単に侵入する生徒にしまっす」
「そんなことしたらお前の部屋に進入するからな」
冗談を一つ投げながら俺は部屋を開ける。
部室は数日前に俺たちが出たままになっていた。
床にはいくつかの新聞の原稿らしきものが散乱しており、荒れ放題ということはないが普段の状態とはかけ離れて散らかっている。
足を踏み入れ、一番手前に落ちていた原稿を手に取った。
内容は、どうやら今年度のものではないようだった。
日付は去年の秋、高校二年生のときに行われた体育祭のようだ。
三年生に体育祭はない。
そのため、一年生と二年生の混合チームを二つ作り、黒組と白組に分かれて行っている。
大きく表示された記事は、その体育祭の結果を大々的に報道したものだった。
作成者はもちろん理音。
二つのチームの得点は最後の最後まで拮抗しており、最終競技までもつれ込んだようだ。
最後の競技は、既に競技ではなかったが、仙術という異能ありきの模擬戦であった。
玲次と七海ペア対理音と御堂のペアの模擬戦だったようだ。
結果は理音と御堂の勝ち。玲次と七海も十分に強いが、あの二人は近接戦闘を得意とする理音と御堂に惜敗したようだ。
上部にある、記事の半分を占める大きな写真。
そこには、模擬戦にて勝利した理音が御堂に飛びついているところであり、御堂は御堂らしい仏頂面のまま、理音を押し返している。
それでも、口はどこか楽しそうに、微かに笑っているように見えた。
「……」
思わず記事を持つ手に力がこもり、用紙に皺が入る。
その用紙を別の手が掴んだ。
我に返り手が緩み、その隙に用紙は俺の手から引き抜かれた。
「……すぐに片付けるんで、ちょっと待ってくださいっす」
理音は俺の手から取った用紙や床に散らばっていた原稿も集めてしまう。
そして、理音は一つのファイルにまとめた原稿の束を戸棚に入れた。
理音は少しの間、何かを堪えるように目を閉じ、小さく息を吐いて戸棚から離れた。 すると部屋の隅に歩いて行き、戸棚と壁の隙間に手を入れた。
そこから引っ張り出されたのは、一本の青い紺の傘だ。
「はい、心葉。気が向いたときにでも返してくれればいいっすから」
「……うん、ありがとう」
心葉は理音から暗い顔のままその傘を受け取った。
「理音らしい男っぽい傘だな」
「……不意に失礼なことを言うっすね。僕が男だとでも言いたいんすか?」
僕っこがよく言うぜ……、
「だいたいっすね、この傘は僕の傘じゃなくって……」
弁解しようとしていた理音だが、その言葉は途中で切れてしまう。
俺と心葉は、すぐにその傘が誰のものか悟った。
そして、心葉に傘をわざわざ貸したいと言ったわけも。
あいつのものであるこの傘を目の届くところにおいておきたくはなかったのだ。
理音の中には、今もはっきりとした傷が残っている。
「理音、こんなときに聞いて悪いけど、聞きたいことがある」
突然切り出したにも関わらず、理音は俺の問いが何であるかを既に悟っているようで、自嘲気味な笑みを浮かべて頷いた。
その反応に少し戸惑いながらも、俺は問いを投げる。
「お前と御堂は、どういう関係だったんだ」
ずっと気になっていたことだ。
理音と御堂の関係は、どこか不自然に感じていた。
御堂の方ははっきりしていないが、理音が御堂に好意を持っていたのは明らかだった。
しかし、付き合っている、恋人同士という関係とは少し違って見えた。
何かもっと強いもので、固く繋がっているように見えたのだ。
そしてそれは、俺はどこかで知っているように感じた。
「凪は、まだ知らなかったんすね」
理音は心葉の方にちらりと視線を向けた。
心葉は口を固く結んで俯いている。
理音は悲しそうではあるが、どこかおかしそうにくすりと笑い、俺に視線を戻した。
「わかりきった話っすけど、神力を多く持つ持つ人間はこの島でも百パーセントというわけではないっす。美榊の人間であれば誰しも微々たる量は持っていますが、それを力として扱える人間は、割合としては一割にも満たないっす」
それは当然知っている。美榊高校は神力を持つ生徒が通う場所であり、戦えない生徒は他の高校に通っている。
神力を持つ生徒の割合は明らかに少ないのだ。
「神罰が始まって五十年あまり。神罰で戦い、神力を持つ生徒は死に続けています。この意味がわかりますか?」
「……ああ」
考えなかったわけではない。
神力は遺伝する。
これは天堵先生が授業で教えてくれていたことだ。
つまり、神力を持たない人同士が子どもを作ったとしても、その子どもは神罰を持たない。
また、神罰を持つ人と神力を持たない人の間に生まれた子どもは、神力を持つ場合とそうでない場合が存在する。
この条件下で、神力を持つ子どもが神罰によって死んでいくとどうなるか。
わかりきっていることだ。
「何もしていなければ、神力を持つ人は減少の一途を辿る。にも関わらず、この島では神力を持つ生徒の人数を確保している。それはつまり、何か対策をしてそれだけの人数を維持しているって考えるのがだな」
理音は目を伏せて頷く。
「その通りっす。そしてその対策こそが、僕と准の関係だったんす」
「……許嫁ってことか」
理音が、再び寂しそうに笑う。
「神力を持つ人間の数を保持するために行った政策とは、島全体の取り組みとして、神力を持つ者同士の結婚を取り持とうというものっす。別に神力を持つ者と持たない者の結婚を認めないわけではありませんす。ただ、神力を持つ子どもがいなくなることは、この島では死活問題なんす。だから、島が強制で行わずとも、神力を代々持つ家系は、神力を持つ者が途絶えないように配慮をしているんす」
神力を持つ者がいなくなれば、神罰で受ける生徒がいなくなる。そうなれば、過去あったように、この島全体に神罰が襲い掛かる。
そんなことになってしまえば、さらに神力を持つ者が減少し、この美榊島の人間自体が根絶されかねない。
この人間も必死なのだ。
生きるために。
「僕と准は、その典型っすね。お互いの旧家の生まれで、神力を持つ家系であったこと。評議会お互いの家が仲がよかったことなどもあって、中学生に上がると同時に許嫁として決められました。付き合いは小学生より前からなんすけどね。まあ、お互いそうなる気はしてたんで、ああそうですかって感じだったんす。どうせ、すぐにどうこうなる問題でもなかったですしね。もとより島の暗部として評議会で活動するための訓練とかでずっと一緒だったから、何も変わらなかったすから」
ただ寂しい笑みを浮かべるだけで、何ともないように語る理音。
だが、何も感じていないわけがない。
ずっと一緒にいただけ。それが失われるのは、一体どれほどの苦しみがあるのだろう。痛みがあるのだろう。
俺には到底想像も付かぬほどの痛みなんだろう。
理音は部室のカーテンを引き、雨が降る外へと視線を向けた。雨はかなり小ぶりになってきている。
「僕たちの代でも、大部分は許嫁がいるっすよ。同年代同士かは別の話っすけどね。でも、たとえいたとしても、普通に付き合っている以上には見えないですし、そんな場合ではないっすからね。ま、凪が知らないのも無理はないっす。許嫁は、神罰で戦って死ぬかもしれないんすからね」
ちくりと胸に痛みが走った。きっと心葉もだ。目を伏せ、ただ床を見つめている。
いくら親密な仲になったとしても、どれほどお互いのことを思っていても、神罰は誰にも平等に訪れる。
二人とも生きて神罰を終えられる可能性も当然ある。だが、終わらないことを考えれば、痛みを増やすであろう行為を積極的に行っていけるわけがない。
そして理音は、自らの許嫁を失った。
お互い、普通に進めば神罰では命を落とす可能性の少ないほどの力を持っていた。それなのに、イレギュラーな出来事によって死んだ。
理音は顔から寂しさを消し、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「凪の近いところだとそうですね、玲次と七海、あの二人も、家が決めた許嫁ですよ」
あの二人が……。
あの二人の家もこの島ではかなりの力を持つ家だと聞いている。
普段は生徒会ということでいつも一緒にいるが、そういう関係である素振りは見せたことはない。
どちらも、理音たち同様、神罰において圧倒的な力を持っているが、それでも最前線で指揮をとって戦う立場だ。
死んでもおかしくはない。
だから、お互いのことを考え、あまりそういうところを見せていないのだろう。
もしかしたら、心葉もそういう相手がいるのだろうか……。
不意にそんなことが頭をよぎり、胸がざわついた。
ちらりと、視線が無意識に心葉を追っていた。
その行動が理音の目に留まってしまったようだ。
ニヤリと笑うと、先ほどまでしおらしい表情はどこに消えたのかと思うほど意地の悪い笑みが顔いっぱいに広がった。
「安心してくださいっす。心葉には許嫁はいませんから」
「ちょ、ちょっと理音ちゃん!」
途端に心葉が顔を真っ赤にして声を上げる。
そして俺の方をちらちらと見ながら体をもぞもぞと動かしている。
とりあえず、はははと苦笑しておく。
心の中でどこかほっとしたようなものを感じたが、同時に疑問にも思った。
心葉ほどの神力を持っている人間に、縁談がないというのもおかしな話だ。
周りはこぞって心葉に言い寄りそうなものなのに。何か理由でもあるんだろうか。
そんな疑問を頭に浮かべていたが、どうやら顔に出てしまっていたようだ。
理音のにんまりとした表情が目に留まる。
「ちょっと考えればわかるっすけど、心葉ほどの力を持っていれば島の人間は目の色を変えて寄ってくるっす。しかもかわいいしスタイルも頭もよくて性格もいいとなれば、もはやだめなところを見つけるのが困難なほどの完璧美少女です」
「いやいやいやいや! 持ち上げ過ぎでしょ!」
心葉が顔をこれ以上ないほど顔を真っ赤にして否定にかかる。
「……た、確かに」
「ちょ、ちょっと凪君っ!? 何冷静に納得してるの!?」
いや、よく考えれば心葉に短所なんてあるのか? 少なくとも俺は知らん。
だとすると逆に気になるぞ? なんで心葉に許嫁いないんだよ。
……いても、なんか困るけど。
心葉はマシンガンのように動く理音の口を塞ごうと飛びかかるが、理音は残像が見えるほどの速さで回避する。こいつこんなことに仙術使ってやがる。
「ある噂があるんですよね。いや噂ですよ? 根も葉もないっすよ? 僕の意見としちゃ事実であった方がおもし、嬉しいんすけどね」
今おもしろいって言いかけたな。
「心葉はずっと昔に初恋の男の子がいて、でもその人はもうこの島にいないとかなんとか。あ、今もいないかは知らないっす。ただ、その初恋の人のことをずっと思ってて、縁談を断り続けているっていう根も葉もない噂が――」
心葉も仙術を使って理音に追いつき、言い終わる前に理音の口を後ろから両手で塞いだ。
なんか色々手遅れだった気がするが……。
「な、凪君? 何も聞いていないよね?」
心葉が異様なまでに動揺している。
目は揺れに揺れ、引きつった口元がひくひくと動いている。
「……」
なんと答えていいかわからずに視線だけ明後日の方向に逸らす。
理音は心葉に掴まれたままぶんぶんと手を振っている。必死に抵抗しているようだが、心葉の力の前から抜け出せないようで抜け出せそうな様子はない。
不意に、理音の手がだらりと下がった。
「……あの、心葉さん? 聞いたかどうかはともかく、理音、顔が土気色になっているんで、そろそろ離した方がいいかと……」
「……え?」
心葉が理音の顔を覗き込むと、理音の顔は完全に血の色が消え失せており、生気のない目が宙を彷徨っていた。
「うわああああ! ごめん理音ちゃん! しっかり、しっかりして!」
心葉は理音の肩を掴んで前後に激しく揺らす。
口から白い泡をぶくぶくと吹いて虚ろな目をしている理音。
「いやああああ! 生きて! 生きて理音ちゃん!」
心葉はますますパニックに陥り、左手で理音の肩を掴んで右手で強烈なビンタを叩き込む。
左へ右へ、何度も振られる白く小さいが強烈な一撃となって打ち付けられる。
「お、おい待て心葉。そんなことしたらマジで理音が逝くぞ」
「え……? あああああああッ!」
雨音の中に心葉の絶叫が響き渡った。
パニックなるとどこまでパニックに陥る。心葉の短所を一つ見つけることができた。
「……理音のことは任せた」
そっと部室の扉を開ける。
「ええっ!? ここで放置!? お願いだから置いていかないで!」
「悪い、ちょっと用があったんだ……。それじゃ」
軽く手を振って後ろ手に部室の扉を閉める。
いくらなんでも、あんな話を聞いておいてその場に残るのは気まずい。
次会ったとき今回のことは全て忘れておく体で話をしよう。絶対に忘れることなんてできないが……。
昔はこの島にいたのに、いなくなったりするとのことだが、元来島の出入りが厳しく制限されているこの島で、そんな特殊な人間はかなり少ないはずだ。
しかも、今はこの島にいる可能性があるって、そんな人間……。
「いやいやいやないないない……。あり得ないだろ」
一人バカなことを考えてしまったことをぼやきながら、頭を叩いてそれを振り払う。
玄関まで出てくると、いつの間にか雨は止んでいた。
島の天気は変わりやすいと言うが、あれだけ降っていたのが嘘のように、空には青空が覗いていた。
校門までの道には雨が降った跡がしっかり残っており、校門までの道や草木が空の切れ目から差し込んだ光を受けてキラキラと光っている。
雨が降っても濡れていいとは心葉に入っていたが、今日は図書室で本を借りたため濡れて帰るわけにはいかなかったので雨が止んだのは助かった。
今はまだ授業中なので周囲に生徒の姿はない。
一人、寮までの帰路に就きながら、ゆっくりと道を進んでいく。
理音と御堂の関係は、何となく予想が付いていた。
そういう話を聞いたことがあったのだ。
他の誰でもない。
父さんと母さんの関係がまさにそれだったんだ。
幼い頃から許嫁として育ったという父さんと母さん。それが珍しいものかとも思っていたが、あらゆることが俺の常識を外れているこの島において、逆にそれは普通の可能性は十分にあると考えていた。
理音の状況は、父さんと同じだ。子どもの頃からずっと側にいた、許嫁でありほとんど家族であったかけがえのない存在を奪われた。
子どもの頃から覚悟していたとしても、到底納得できるものではない。
まだ十七、八の子どもに背負わせる重過ぎる罰。
限られた空間で、逃げることも許されない。幼少より命をかけた戦いに身を投じなければいけないと知らされ、毎日厳しい訓練に耐えている。
そして、幼い頃から将来の伴侶として決められる許嫁。
関係が強くなればなるほど、許嫁が神罰で命を落としたときには耐えがたい苦しみへと変わる。
なぜここまで、と疑問に思う。
生徒を助けるための対策なども多く存在する。
だが、許嫁の問題のように、やり方を少し変えるだけで生徒が楽になる方法があるはずなのだ。
校門をくぐり、地面にできた水たまりの前で足を止める。
今歩いてきた道を振り返った。
門から見る校舎の景色は、ずいぶん離れたところにあり、雨の滴と太陽の光を受けて神秘的に、それでいて幻想的に見える。
一つの可能性が、頭をよぎる。
今の体制は、何年、何十年も昔から続いて生きているものだ。
この体制自体が、神罰を起こしているやつが仕組んだものだとしたら……。
神の罰はこの島の人間を苦しめることだとするなら、可能性として十分に考えられる。