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3-4

 


 3人で山のように作った夕食は、ライサの予想に反してすべてきれいに片付いてしまっていた。 この細身の男のどこにあの量が入っていくのかと、あきれるよりも心配になるほどだったが、あれだけおいしそうに遠慮もなく食べてもらえると作り手としては嬉しいものだ。 食事の間中フィオネルは、聞いたこともないような遠い国の不思議な街やそこのおかしな風習を話して聞かせてくれ、驚いたり笑い転げたりしながら、ライサ達は久しぶりのにぎやかな夕食を過ごした。

 窓から差し込んでくる日差しはすでに淡い黄色に変わってきているが、北国の長い一日が終わるのにはまだ時間がある。 片付けの終わった机の上に、ライサは程よく冷やした香草茶のカップを3つならべた。 


「そうそう、忘れていました。 君にプレゼントがあるのですよ。」

「プレゼント?」

さわやかな香りを楽しむように、ゆっくりと香草茶を飲み干したフィオネルが、懐から長細い包みを取り出してヤルノの前に置いた。 綺麗な光沢のある流水紋の包み紙に、銀色のリボンが巻かれている。 見たことがないような立派な贈り物を、ヤルノは恐る恐る持ち上げた。

「少し遅くなりましたが学校の入学祝です。 がんばって勉強してください。」

「あけていい?」

「もちろん。」

ヤルノはゆっくりとリボンをほどき、少しでも破れないようにと驚くほど時間をかけて丁寧に包み紙を開いた。 やっと中から出てきた細い木箱を開けたヤルノは息をのんだ。

「うわぁ。 すごいっ。 翡翠竜の羽ペンだ。」

東国の遠い島にいるという翡翠竜の飾羽は、輝くような青緑色に、付け根だけが夕日を浴びたような緋色をしている。 とても知能の高い竜で、その羽から作られたペンは美しいだけではなく、勉学の護符としても良く知られていた。 もうそれ以上言葉が出ないというように、ヤルノはただじっと羽ペンを握りしめて見つめていた。  

「ヤルノ。ちゃんとお礼を言ったの?」

ライサの言葉にヤルノは、はっと気がつくと、いきなり隣で微笑んでいるフィオネルの首に飛びついた。

「フィオネル様。ありがと! 僕大切に使うよ。」

「気に入ってもらえて、うれしいですよ。」

ギュッと回された小さな腕にフィオネルはほんの瞬間だけ驚いた顔をしたが、ヤルノの振る舞いの非礼をとがめることもせず、優しく彼の柔らかな金髪をなぜた。 ヤルノはフィオネルの首元にうずめていた顔を上げにこっと笑うと、「窓のところで見てくる!」と彼の膝から飛び降りて、窓辺に走って行った。


「すみません。」

貴族であるフィオネルに対して都では考えられないだろうヤルノの態度や、子供には高価すぎる贈り物、いろいろな意味でライサは頭を下げた。

「僕はただの配達人。本当の送り主は別の人ですけどね。」

申し訳なさそうなライサに、フィオネルは人差し指を口にあてていたずらっぽく笑った。 彼の言うその人物が誰かに思い当たりライサは思わず唇をかみしめる。

「・・・ありがとうございます。」

目の前の心やさしい人に、ライサはそれしか言うべき言葉が見当たらなかった。



「本当にすごいや、羽がきらきらしてる。 宝物がまた増えちゃった。」

窓際で羽ペンを光にかざしてみていたヤルノは、また嬉しそうに走って戻ってくると、丁寧に羽ペンを箱に戻してからフィオネルを見上げた。

「僕のもうひとつの宝物見たい?」

「ええ、ぜひ。」

フィオネルの答えにヤルノは満面の笑みを見せると、シャツの中から首にかけていた鎖を引っ張りだした。 その先に指輪が一つさがっている。 ヤルノには明らかに大きすぎるその指輪は、使い古されたように表面の飾彫りが薄れ、鈍く銀色に光っていた。

「これは母さんから入学祝にもらったの。 勉強と友達がたくさんできるお守りなんだよ。」

ヤルノは得意そうにいった。 フィオネルは濃緑の目をすっと細めて、ヤルノの首元で揺れる指輪をしばらくのあいだ見つめていた。

「見せていただいていいですか?」

「うん。」

ヤルノが首から抜き取った鎖を受け取り、フィオネルは自分の手の上で指輪を何度か転がしてみていたが、その表情がふと優しくなる。

「とても、いい物をもらいましたね。」

そして、「ありがとうございました。」といって、差し出されたヤルノの小さなてのひらの上に、まるで高価な宝石でも扱うように、そっと丁寧に指輪を戻した。



 ようやく日が落ちてきたところだったが、待ちきれないヤルノにせかされて3人は家を出た。 ここから西の沼までは半刻ほどで、のんびり歩いていけばまあちょうどいい時間になるだろう。 薄く雲がたなびく空を、タンペレの街特有の黄緑色の夕日が美しく染め上げていた。 ヤルノはよほど嬉しかったのだろうか、少し先まで行ったり戻ってきたりを繰り返して走り回っていたが、やがて、のんびりと話しながら歩く二人の元に駆け戻ってくると、左手をライサの右手の中に滑り込ませた。 

「なあに?」

「いいこと。」

問いかけるライサに答えて、ヤルノはギュッと繋いだ手をぶんぶんと大きく振った。 不思議に思ってライサが前を見ると、緩やかな曲がり道の先に、ライサ達と同じように森蛍を見に行くのだろうか、家族連れの姿が小さく影になって見えた。 両親に手をつながれた子供の笑い声が小さく響いてくる。 ライサが何か言おうと口を開きかけた時、横からフィオネルの低く落ち着いた声がした。

「ヤルノ。」

差し出された左手にヤルノは少し戸惑っていたが、やがてその意味を悟ると目を輝かせて自分の右手を伸ばした。 その手をフィオネルの大きな手が包み込む。 

「へへへっ。 」

左右の二人を交互に見上げて、ヤルノは楽しそうにまた手を大きく振って歩きだした。 ライサもそんなヤルノをやさしく見下ろしながら、彼に合わせてゆっくりと歩を進める。 こんな、子供っぽいふるまいをするヤルノを見るのは久しぶりかもしれない。 ふと視線を感じて横を見ると、おなじようにヤルノと手をつないでゆっくりと歩くフィオネルと目があった。 ライサが声に出さずに感謝の言葉を口にすると、彼も目を細めて笑みを返した。



 西の沼にあるオルクの木の前には、すでにたくさんの人が集まっていた。 いったい樹齢が何年ぐらいになるのだろうか、どっしりと佇むその巨大な木は、大人が3人がかりでやっと取り囲めるほど太い幹から四方八方に枝を伸ばし、青々とした葉で空を覆い尽くそうとしているようだった。 昔この地方で悪さをしていた竜を、一人のノマドが捕まえて魔法で樹に変えた。 夕闇の中この巨木を見ていると、そんなおとぎ話が本当に思えてくる。

「ヤルノ! こっちこっち。」

樹の下に集まっていた子供たちの一人が近付いてくるヤルノに気がついて手を振った。

「ぼく、みんなのところに行ってくるね。」

少し気恥ずかしそうに二人の手を離すと、ヤルノは生い茂る下草にもかまわず一直線に駆けだしていった。



「ますますヤルノに似てきましたね。」

学校の友達とふざけあうヤルノをしばらく見ていた後、ぽつりとフィオネルがこぼした。

「もう、元気がありあまっていて困るくらいですけれどね。 いつになったら落ち着いてくれるのやら。」

ライサがヤルノ・コレルに出会ったのは彼が大人になってからで、彼が子供の時を彼女は知らない。 それでも、ヤルノは良く彼の父親に似ていると思う。 透き通るような金髪も、すっとした目鼻立ちも。外見だけでなく、意志の強いところやいつも何かを追いかけて走りまわっている様な所もそっくりだ。 ライサの答えにフィオネルがふっと笑った。

「僕がヤルノを知っているのは15歳のころからですけれど、その頃でも十分やんちゃでしたよ。 イェリと二人で随分先生たちを困らせていたものです。」

ライサも思わず噴き出した。

「光景が、目に浮かびます。」

軍でも彼ら二人は悪友として有名だった。 二十歳を過ぎてもあんな感じだったのだから、学生のころはさぞかし大人達の手を焼かせたことだろう。



「あの指輪は、貴方が持っていたのですね。」

次のフィオネルの言葉には、さすがにすぐに答えを返すことができなかった。 樹から少し離れたところにいるライサ達の周りにはだれもいなかったが、それでも隣のフィオネルに表情を隠せるほどには、まだあたりは暗くなっていない。 少し迷った後ライサはポケットから、落とすといけないからと、さっきヤルノから預かった鎖を取り出した。 しゃらんと先にかかった指輪が音を立てる。

「ヤルノ様から、亡くなる前に送られてきたのです。 しばらく預かっていてほしいと。」

肌身離さずヤルノが大切にしていた指輪を、なぜ別れたライサに預けてきたのかは分からない。 今でも、この指輪を見ると胸の奥で何かがギュッと音を立てて、ライサの愛した青年と、そしてこれと対になる指輪を持つ青年の顔が浮かんでくる。 それでも、残された数少ないヤルノの形見としてずっと大切にしてきたのだ。

「そうでしたか。」ライサの手元から視線を遠くに移して、フィオネルはつぶやいた。

「その指輪がふさわしい持ち主のところに行って、ヤルノは喜んでいると思いますよ。」

 フィオネルの言葉にライサは少し頷いた。 この指輪を持つべき人に受け渡すことができた。それだけは誇りをもって言える。

「私もそう思います。」

薄い黄緑色から青緑に変わりつつある空を背景に、灰色に浮かび上がる子供たちの人影を見守る二人の間を、柔らかな風が吹き抜けて行った。





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