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 イェリは執務室の机の上に置かれた封筒を睨みつけるように見降ろしていた。もし封筒に足が付いていたら、その身の許す限りの速度で走って逃げだしていただろう。 イェリは同じまなざしのまま、その封筒を差し出した本人に目を向けたが、こちらは足があるにもかかわらず逃げ出さないだけの根性を持ち合わせていたようだ、静かにイェリを見返してきた。



「これは何だ、ライサ・グリス三等」

「ご覧になっている通りのものです。」


イェリは眉間に眉を寄せ、それまで見ていた書類をバサッと置くと、代わりに彼女のきれいな字で「除隊願」と書かれた封筒を取り上げて乱暴に封を切った。 中には、「一身上の都合により云々・・・」教本に乗っているような正確かつ無難な文章が書きつづられていた。 イェリは大きく息をつくと、読み終わった紙を机の上に投げ捨てた。


「一年間の長期休暇、もしくは、三年間の休職をとるという手もあるが。」

「中途半端なことはしたくありませんので。」


間髪をいれず返ってきた予想通りの答えに、イェリはもう一度溜息をついた。 

ここで、この封筒をつき返すことは簡単だ。 だが、やる気のない人間を残しておくことができるほど、飛竜隊は甘いところではなかった。 そういう人間は必ずと言っていいほど戦いから帰ってこられなくなる、そのことも良くわかっていた。 なぜ、こうなる前に一言の相談もなかったのかと、相手をなじるような言葉が口元まで出かかったが、しかし、ライサが簡単に人に頼るような人間でないことも嫌というほど知っているではないか。 頼ってほしいと願うのは、彼女のためではなく単なるイェリの願望でしかない。あの夜から1カ月、ライサが立ち直ってきていると思っていた自分は何と浅はかだったのだろう。  



「よくわかった。」


長い沈黙の後、自分の体が氷のように冷たく重くなっていくのを感じながら、努めていつもと変わらない声でようやくイェリは告げた。


「ありがとうございます。」


ライサが深く頭を下げた。 少し伸びた彼女の乾草色の髪がさらりと音を立てる。イェリは彼女から目をそむけ机の引き出しから取り出した紙にペンを滑らせ始めた。


「ここを出て、行くあてはあるのか?」

「一度故郷に帰ろうと考えています。」


騎士団を抜ければ当然宿舎からも出ていかなければならない。ライサの故郷はたしか首都から遥か南にある小さな街だ。だが、そこに帰る家はもうないと聞いたことがある。


「仕事は?」

「さあ、どうしましょうか。 当分の蓄えはありますので、しばらくのんびりしたいと思います。 その後は、用心棒か売子にでもなりますよ。」


騎士団出身という名義があれば実際に仕事を探すのはそれほど難しいことではないだろうが、さすがに笑える冗談ではなくイェリはわずかに眉を寄せ、書き終えた書類にサインを入れ差し出した。


「後任の事だが、お前の補佐はパヌだったか。」


パヌはもう2年近くライサの補佐を務めているはずだ。 イェリ自身はなかなか見どころのある青年だと思っている。 ライサの答えも明確だった。


「竜騎士として十分な素質を備えています。 経験不足は時が補ってくれるかと。」

「分かった。 規定通り2週間の引き継ぎ期間の後、除隊を承認する。この書類を人事に提出して、詳しい指示を受けるように。 あと、ここにパヌを呼んでくれ。」

「ありがとうございました。」


 また、ライサが頭を下げる音がしたが、早くも次の書類に目を通し始めていたイェリには、彼女がどんな顔をしていたか見ることはできなかった。いや、見る勇気がなかったというほうが正しいかもしれない。

 バタンとドアがしまる音と、規則正しい足音が消えてからしばらくして、イェリは一行も頭に入らなかった書類を放り出して椅子に深く沈みこんだ。 個人的な感情を表に見せることなく、一上司として自分はうまく振るまえただろうか。 今身を渦巻くこの感情をイェリはよく知っている。 闇のような喪失感。 片手で顔を覆ったイェリの眼の裏に、懐かしい青年の顔が浮かんでくる。 最後に会った時、別れ際に彼が言った言葉がよみがえってきた。


「俺では、力不足だったよ。 ヤルノ。」


つぶやくヤルノの声はまるで泣いているようだった。






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