6-5*
まるで空に花が咲いているようだった。
色とりどりの鮮やかな落下傘を広げた隊員達が、次々と空から降りてくる。 降下器具の色がそれぞれ違うのは、一度に同じものを買いそろえる事が出来ない警備隊の複雑な財政事情のせいなのだが、まるで花束が降ってきた様なこの光景がライサは好きだった。
「ライサ副長!」
ライサがひとまとめに畳んだ布を片手に立ちあがると、着地したばかりのケケが手を振りながら駆け寄ってくるところだった。
「すごいです! 俺、本当に感動しました! 絶対、来年は一級の試験受けますっ!」
目を輝かせ頬を上気させたケケは、絶対言いだすだろうと予想していた通りの事を早口でまくし立てた。 ライサもはじめてワイバーンが飛ぶのを目にした時、同じような事を言った覚えがあるからケケの気持ちはよくわかる。 ライサは幸運にもその夢をかなえる事が出来た。 本当にワイバーンが辺境警備隊に配属されるなら、一級免許さえ取れば白騎士団に入隊できないケケでもワイバーンに乗ることが出来るようになるかもしれない。 彼ならその実力は十分にある。 ライサは笑いながらケケの肩をたたいた。
「家に試験要項があるから、帰ったら貸すよ。 とりあえず今は目の前の火災だ。 気を引き締めていけ。」
「はいっ!」
後半の言葉が聞こえていたかはあやしいが、ケケは満面の笑顔を見せた。
「こことここ、それにこの部分も第3段階まで火災が進んでいた。 隊をふた班に分けて、北側のこの部分に防火帯をつくる。 私の班が先導で伐採して道をつくっていくから、倒木の除去と溝掘りの指揮を頼む。」
「左翼は放棄するのですか?」
ライサが先ほど書き込みを入れた地図を見せると、ケケは眉を寄せた。
「出来ればそうしたくはないが、予想していたよりも火の進みが早い。 西側に延焼しても最悪ここの湖で食い止められる。 北側にはクロアブラヤシの群生地があった、そこに火が回れば終わりだ。」
「・・・了解しました。」
終りの意味を正確に理解したのだろう、ケケは神妙な顔でうなずいた。 消火活動とは言っても、下草が燃えている段階ならまだ土をかけて消していくことも可能だが、梢まで火が移った木を人の手で消していくのはまず不可能だ。 ライサ達が出来るのは防火帯と呼ばれる、帯状に木を伐採し土を掘り返して溝をつくり、そこで延焼を食い止めて後は自然鎮火を待つ。 ある程度の森は犠牲になるが、それが最善の方法だった。 何処に防火帯をつくるか、現場の状況からそれを見極めるのが最も重要になる。
フレイと同じように十代のころから警備隊で働いているケケは経験なら十分あるが、まだ何かを得るために何かを切り捨てるという判断がなかなかできない。 ライサはそれがケケの良い所でもあると思っているのだが、彼を班長からライサの補佐に移したアレクセイ隊長には別の思いがあるようだ。 隊長が危惧するように、ケケの成長をのんびり待つ余裕が今の警備隊にはない。 上に立つ人間になるために時に非情になることを、自分はこの純粋な若者に教えなければならない、ライサは複雑な気持ちで隊員達と荷ほどきをするケケを見つめた。
その時、後で悲鳴が聞こえた。
振り向いたライサはそこに信じられない光景を見た。 一つ他から離れた荷のそばで倒れこむ一人の団員。そしてそのすぐ近くに、林から飛び出てきた竜種がいた。
「三つ角竜!?」
「どうして、こんなところにいるんだっ!」
「落ち着け! 全員集まって、対竜法具を準備しろ。 騒いで竜を刺激するな。」
狼狽する隊員たちを一喝すると、ライサは走り出した。 ケケがすぐ後に続く。
ライサは走りながら歯をかみしめた。上空から確認したときは竜種の姿はなかったのに。 三つ角竜は頭の両脇と鼻先に角を持つ大型の草食竜だが、見た目とは裏腹に大人しく普段は人を襲う様な竜種ではない。 だが、目の前の竜は頭を下げ、足をふみならして攻撃態勢に入っていた。 火に追われて群れからはぐれ混乱しているのだろう。 大きさからみてまだ子供だが、小さいと言っても体重は人の何十倍もある、襲われればひとたまりもない。倒れこんだ隊員は必死に逃げようとしているが、解き終わった荷づくり用の網に足を取られて動けずにいる。
「ヨハン、目を閉じろ!」
叫びながらライサは彼にかけより、手に持った閃光弾を突進してこようとしていた竜に向かって投げつけた。 ケケとともにヨハンの襟元をつかみ引きずるようにして3人で荷の影に倒れこむ。 目を覆った腕の隙間から白い光が差し込み、辺りに炸裂音が響いた。 祈るような思いで荷の向こうを覗いたライサは、そこに変わらずいる黒い影を見つけた。 三つ角竜は光に目がくらんで動きを止めていたが、ライサが願ったように逃げ出してはくれなかった。
「奴はまだそこにいる、なるべく静かに音を立てるな。」
ライサは頭を引っ込めると、ケケが抜き放った剣で網を切り刻んでヨハンを助け起こすのに手を貸した。
「大丈夫か、ヨハン。」
「すみません。大丈夫です。」
だが大丈夫と言いながら身を起こそうとしたヨハンは大きく顔をしかめてよろめいた。慌ててケケが横から支える。
「足か?」
「折れてはいないようですが。」
「っ、・・・。」
ケケが素早くヨハンの足を確かめる。 右足に触れられたヨハンは、かすかにうめき声をもらして顔をゆがませた。 折れていないといってもかなり痛そうだ。 ライサは眉をひそめて、ちらっと後ろを確認した。 後方で他の隊員達が大型の対竜法具を取り出そうと動いている。 だが間に合わない、ライサの意識は瞬時に判断した。 音を立てないよう静かに剣を抜き放ち、右手を固く握り剣に意識をむける。
「ブート・アップ」
言葉を発すると同時に、立ちくらみに似た感覚がライサを襲う。 一瞬、誰かの手で自分の意識だけが抜き取られてしまった様なぞっとする感覚。
ヴォン。
音にならない音を立てて、剣の周りの空気がゆがんだ気がした。
これがこの剣の持つ本当の威力。 第3種対竜種法具高圧電流携行兵器、通称雷神剣。 法具として起動させれば、小動物ぐらいなら一瞬で黒こげにしてしまう事が出来る。 三つ角竜に対するのに適した武器とは言いづらいが、弱点の腹部に切り込めば他の隊員がより威力の高い対竜法具を準備するまでの間稼ぎぐらいにはなるだろう。ライサが剣を起動させたのを見て、横の2人が息をのんだ。
「ケケ、閃光弾は後いくつある?」
「後4つ持っていますが。」
「十分だ。」
頷いて、ライサは自分が持っていた残りの閃光弾をヨハンに差し出した。
「ヨハン、奴は私達が引きつけるから、お前はここでじっとしていろ。 何かあったら、これを躊躇なく使え。 使い方はわかるな?」
ヨハンは不安そうな顔で閃光弾を受け取った。 三つ角竜は目と耳はいいが嗅覚はそれほど良くない。 攻撃してくるときは動くものに向かってくるから、じっとしていればヨハン一人くらいは隠れていられるはずだ。 ライサはケケに顔をむけた。
「対竜法具が準備できるまで時間を稼ぐ。 出来るか、ケケ。」
ケケは真剣な顔で頷くと、自分の剣を掲げて起動させた。 また空気がふるえる。
「絶対に無茶はするなよ。」
例え同じ雷神剣を使ったとしても、その威力はそれを持つ者によって変わってくる。 剣術ではほとんど差のないライサとケケだが、雷神剣を起動させてライサが一撃で倒せる竜種が、ケケではせいぜい動きを止めるくらいにしかならない。 それが「潜在力」とか「魔力」とか呼ばれている力の差だ。 その差ゆえに任期の浅いライサが警備隊で副長を務め、ケケは白騎士団に入隊する事が叶わない。
こればかりは、生まれつき決まるものなので努力でどうにかなるものではないが、力の差を意識するあまり時に無茶をする青年に、ライサはくぎを刺し、もう一度荷の影から竜の様子をうかがった。 目標を見失った三つ角竜は、その標的を新しく沼地の中央に向けつつあった。 そこには他の隊員達がいる。 竜種とはいえ普段はおとなしい草食竜の、それも子供を殺すことはできれば避けたかった。 だがそれは隊員の命を預かるものとしては許されない甘さだった。 ケケに頷くと、二人はほぼ同時に剣を掲げ荷物の影から飛び出した。
(ヤルノ、どうか力を。)
祈りながらライサは気合の声をあげ駆けた。 二人に気がついた竜がその顔をこちらに向けたときには、ライサは十分に合間をつめていた。 雷神剣を大きく振りあげ正面から切りかかる。
バチバチバチッ
ガツンと言う硬い衝撃のあと青白い火花が、ライサの剣と竜の角の間で散った。 頬にびりびりとした空気が当りライサの髪が一瞬逆立つ、辺りに焦げ臭いにおいが流れた。 驚いた竜が頭を振り払う前に、剣を引いたライサはそのまま竜をまわり込むようにして横に駆け抜けると、林を背にしてもう一度剣を構えなおした。 同じように駆けてきたケケが、横で息をつく。
「フツー正面から行きます? 無茶はどっちですか。」
「次、お前は右脚をねらえ。」
「りょーかい。」
目の高さに剣を構えたケケはこの状況にもかかわらず楽しそうにニヤッと笑った。 ライサ達を敵と認めたのだろう、どたどたと向きを変えた三つ角竜は唸り声をあげながら頭を下げた。 とりあえず、これで奴の気を本隊から反らせられた。 後はどれだけ時間を稼げるかだ。 その時、ライサ達に向けられていた竜の視線がふと上を向いた。 背後で甲高い嘶きが聞こえた。
「ケケ、伏せろっ!」
後ろを振り返る余裕もなく、反射的にライサは叫ぶと地面に伏せた。 次の瞬間、突風が駆け抜ける。 何とか顔をあげたライサに見えたのは、三つ角竜に襲いかかる白い翼だった。 猛烈な速度で滑空してきたワイバーンを見て恐怖のあまり後ろ立ちになった竜を鋭い鉤爪が襲う。 三つ角竜は悲鳴に似た鳴き声をあげた。 息つく間もなくもう一陣の白い翼が別の方向から風を切り裂いてきた。 突き出された鉤爪からは逃れられたものの、長く青い尾が三つ角竜の腹を打ちすえる。 三つ角竜は土煙をあげて倒れた。 瞬く間に空の高みへ舞い戻ったワイバーンは輪を描くように旋回すると、また鋭い嘶きとともに滑空してきた。 それが、三つ角竜の限界だった。 やっとのことで立ち上がった三つ角竜は怯えた声をあげながら、林の中逃げ去っていった。 その後を、低空飛行のワイバーンが南の方向へ追い立てていく。
全てはあっという間だった。 土埃だらけになった服を払いながら立ち上がると、ライサはまだ茫然としたままのケケに手を差し出した。
「怪我はないか?」
「ぇ、ええ・・・はい。大丈夫です。」
ライサの手をとって立ちあがったケケは、まぶしそうに空を見上げため息をついた。
「・・・・本当に、すごい・・ですね。」
「ああ。」
つられて見上げたライサは、まぶしい太陽の光に手をかざした。 白い翼を広げ、ワイバーンは上空をゆっくりと旋回していた。 つい先ほど離れ業で竜種を追い払ったとは思えないほどそれは美しく優雅な光景だった。 その背の上で手をあげる人影に、ライサも手をまわして無事を伝えた。
「行こうか。」
まだ空を見上げるケケの肩をたたくと、ライサは駆け寄ってくる隊員たちの方に歩き始めた。
また、助けられてしまった。 帰ったら、今度こそきちんとお礼を言うのを認めさせてもらわなければ。 そう思ってから、ライサはあまりにも変な言葉の並びに笑い声を洩らした。 本当にわかりにくい面倒な人だ。 ふっと陰がさしてライサはもう一度空を仰いだ。 ワイバーンはまだ上空を見守るように旋回を続けている。 ライサは逆光に目を細めた。