5-5*
「イェリ・ライティオ、お前がお祭り好きな男だとは承知していたが、初日からこれでは先が思いやられるな。 お前は物事を穏便に済ませるという言葉を知らんのか。 私の名前を貸すとは言ったが、このような事態で使われるとは聞いていないぞ。」
「僕としては、一番穏便な方法をとったつもりですけれどね。」
アラン領主のあきれた様な声にイェリは苦笑いをしながら立ち上がった。 いつの間にか、ライサ達を取り巻くように人が集まっていた。 今度は後ろから、アレクセイ隊長がアランの後をつなぐようにおおげさに溜息をついた。
「全く、貴方の能力は存分に認めますが、何事につけても説明不足なのはどうにかしてほしいですね。 この年になって、毎回このように驚かされてばかりいてはこちらの身が持ちませんよ。」
イェリが何かを答える前に、次はミラが一歩前に出た。彼女も怒れば怒るほど、静かになるたちの人間なのだが、イェリを睨みつけるその瞳はまるで燃えているようだった。
「そうね。 大体、私は兄さんが何故ここにいるのかという理由すら聞いていないのだけど。」
「兄さん!?」
ケケが素っ頓狂な声を上げたが、ミラは彼を全く無視したまま、両腕を組んでイェリを睨み続けていた。 イェリは三方からの視線に降参とでも言うように軽く両手を挙げて、ライサの方を見た。
「何から説明するべきかな?」
急にどっと疲れが押し寄せてきて、ライサは大きくため息をついた。 何だか、ここにいる全員に詐欺にあわされたような気分だ。 聞きたいことは山ほどあったはずなのに、いろいろな事に驚きすぎて、もう何から聞いていいのかわからない。 驚きの許容量というものがあるとすれば、この半日でもう半年分ぐらいはそれを消費してしまった気がする。 やっと開いた口からは、「なぜ」とか「どうして」という代わりに、愚痴の様な言葉が出てきた。
「貴方が、こんなに口がうまいとは知りませんでした。」
「管理職になると、飛竜の扱いよりも口の方ばかり鍛えられるんでね。 腹芸の一つや二つ、出来るようになるものさ。」
間髪いれずに帰ってきた答えに、さすがにあきれてライサが言い返そうとした時、入り口のドアが派手な音を立てて押しあけられた。
「隊長っ、大変です!」
そこにいた全員が音を立ててふり返った。 間が悪かったとしか言いようがないが、皆の射るような視線を受け、駆け込んできた警備隊員は気の毒なほど青ざめて立ち止まった。
「どうした。」
「は、はい。 偵察隊から報告。 C-3、H-7両区域で森林火災発生。 現在第2段階まで燃え広がっています。」
彼の言葉で部屋中に緊張が走る。 ライサの頭の中に、あの壁に貼られていた白いカウパ地方の地図が浮かび上がり、その上に赤い印が二か所塗りつぶされていった。
「ったく、次から次へと!」
ケケがついた悪態を、その場の誰も咎めようとはしなかった。 たぶん皆が同じことを思っていた。 全く、今日はなんて厄介事ばかり起こる日なのだろう。 だが、流石に一番に声をあげて指示を下したのはアレクセイ隊長だった。
「警備隊は全員、直ちに本部に戻れ。」
男たちの顔が瞬間に変わった。 フレイやミラでさえ口元を引き締めると、皆が踵を返し足早に入口から出て行った。
「私達も同行させていただきます。」
イェリの言葉に隊長が軽くうなずくと、3人の騎士たちも彼らの後に続く。 だが、ライサはその場に動けずにいた。
「ライサ副長、きみは来なくていい。」
「えっ。」
まるでライサの心を読んだかのような隊長の言葉にライサは思わず声を上げていた。 戸口でイェリがこちらを振り返るのが見えた。
「君はここに残った方がいいだろう。」
ライサと、その手を握ったままの小さなヤルノを見つめて少し目を細め、アレクセイ隊長は幾分柔らかな口調で言いなおすと、ライサの返事を待たずに部屋を出て行った。 ライサはギュッと唇をかみしめた。 コレル夫人がまだこの街を離れていない今、ヤルノを一人にするのは躊躇われた。 だが、警備隊の出動に副隊長の自分が加わらないわけにはいかない。 ヤルノはライサにとって何よりも大切なものだ、けれど、この街を守れなければ自分はきっと後悔する。
「行ってきて、かあさん。」
ライサのとめどない思いに、答えを出してくれたのは幼い声だった。 ライサがはっと下を見ると、ヤルノがにっこりと笑いながら彼女の手をぎゅっと握った。 考える間もなく体が動いて、ライサはヤルノを抱きしめていた。
「この場の後始末は、私に任せてもらおう。 君たちには、君たちにしかできない仕事があるだろう。」
アランの声に、ライサはヤルノを腕の中から離すと彼の顔を覗き込んだ。
「かあさんが行ってきても、一人で大丈夫?」
「うん、大丈夫。 まえに約束したでしょ? かあさんは、ぼくらの街を守ってくれるって。」
ヤルノのまっすぐな瞳が、ライサを見つめ返していた。
「分かった。じゃあ、行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
もう一度しっかりとヤルノを抱きしめてから立ち上がると、ライサはアランとニーナ達に一礼し、ふり返ることなく足早に部屋を出た。
ライサは扉を出たところで、彼女を待っている人物を見つけた。 背の高い彼の髪が、窓からの光に透けてとてもきれいだった。
「行くか?」
ライサは無言で頷くと、先ほどここまで駆けてきた道を、イェリと一緒にまた走りだした。