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3-5*

ページ下に挿絵があります。 

「あ、蛍。」


ライサの視界を淡い黄緑色の光が横切った。 一つ、また一つと下草の間からふわふわと舞いあがってきた光は、あっという間に数を増し、今までどこに隠れていたのだろうかと不思議に思うくらい、たくさんの光の粒が辺りに浮かび上がった。 黄緑色の光の波はゆっくりと点滅を繰り返し、吹き抜けてきた風に誘われるように、揺られながらオルクの大木にむけて集まっていく。 それはまるで夢のように美しい光景だった。 やがて、黒々とした影だけになっていた大木が、一面淡い黄緑色の光におおわれた。 草原のあちらこちらから歓声が上がる。



「フィオ様。私も質問していいですか。」

「僕が答えられることでしたら。」


こんなときにする話題ではないとは分かっていたが、こんなときでないと聞けないだろう。 目の前にいる優しい人物を困らせることになるとわかっていて、それでもライサは口を開いた。


「フィオ様が、ここに来てくださるのはイェリ隊長に頼まれたからですね。 私達の様子を見てくるようにと。」


それは、フィオネルがこの街を訪れた時からの疑問だった。 7年前、逃げるように王都を出てから、ライサの消息を知る者は皆無といってもいいはずだ。 それはライサ自身も注意を払っていたし、特に子供の事に関しては絶対にヤルノの実家、コレル家にばれるわけにはいかない。 だが、巨大なコレル家の権力の前にライサに何が出来るだろう。 それでも、いままでライサがこの街にいるということを隠し通せているのには、どこかで誰かの意志が動いているからではないだろうか。 そんな漠然とした疑念が、フィオネルが来たことで確信に変わっていた。 フィオネルは、仕事でタンペレに来て偶然ライサを見つけたと言っていたが、前回彼が来たのは竜種の暴走で街に大きな被害が出た後、そして今度は、再編問題で警備隊が混乱にある中。 偶然にしては出来すぎていないだろうか。 ライサの消息を調べることができ、それがコレル家に露見しないよう情報を操作し、フィオネルを動かすことができる人物、といえば一人しかいない。 質問というよりは確認という口調でライサはつづけた。


「それに、先ほどの警備隊再編の話。軍が関与してくるのはわかりますが、彼らが切り札の白騎士団をこうも簡単に出してくるとは思えません。 イェリ隊長、いえ、イェリ副団長は何を画策していらっしゃるのですか。」


ライサは真っ直ぐにフィオネルを見上げた。 彼はそんなライサを無言で見つめていたが、珍しく自分から視線を外した。 腰に手をあて、少し考え込むように下を向いていたが、やがて大きく息をつきながら顔を上げて空を見あげたフィオネルは、やはりきかなければ良かったとライサが後悔するくらい困りきっていた。


「まいったなぁ。」


髪をくしゃくしゃとかき交ぜながら、思わずといったようにフィオネルはつぶやいた。 普段、何があっても穏やかな態度を崩さない、少し人間離れした雰囲気をまとう彼がふと見せた砕けた態度に、ライサはむしろ親しみを感じたくらいだ。


「イェリには秘密にしておいてくれと言われているのですよ。 本当はイェリ自身がここに来たいのでしょうけれど。 彼が動くのは立場上あまりにも目立つので、貴方達の様子を見てきてほしいとは頼まれました。」


仕事で世界中を飛び回っているフィオネルとちがい、白騎士団の副団長にまでなったイェリが、たとえ個人的な事とはいえ都を離れれば、確かに余計な厄介事を起こしかねない。 困りきった表情とは裏腹に、フィオネルはライサが驚くほど素直に事実を認めた。 たが、次の言葉には少し口ごもる。


「しかし白騎士団の事は、すみませんが僕が軽々しく口に出せることではありません。 イェリが何を考えているのか僕にも測りかねるところがあります。 ただ、」


そこでフィオネルはライサに向きなおった。  


「ただ、僕が知るイェリは、友達との約束を守る男です。」


ライサは、手に持った指輪をぎゅっと握りしめた。 それならば、この指輪がここにある限りあの人は自分達を守ろうとするのだろうか。 そんなことを望んで自分はここにいるわけではないのに。


「ライサ。」


鎖が食い込むほどきつく握りしめていたライサの手の上に、フィオネルの大きく温かい手が重ねられ、彼女のこぶしをそっと解いていく。


「あまり一人で抱え込まないでください。 そして、たくさんの人が貴方の味方だということを、どうか忘れないでください。」


フィオネルの言葉にライサははっと顔を上げた。 以前に同じ様な事をイェリから言われたのを覚えている。 そして、その言葉を裏切ってしまった時に、彼がどれほど傷ついた顔を見せたかも。 あの時の自分は、目の前のつらい現実から逃げだすのに精いっぱいで、周りの者すべてを壁でさえぎってしまっていた。 あれから6年かけて、幼いヤルノとの日々がライサの傷を癒していってくれた。 もう2度と会うことのできない最愛の人の顔も、今は笑顔で思い出せるようになった。 それなのに、ライサの記憶の中のイェリは、いつもあの夜や、除隊届を受け取った時の押しつぶされるように辛そうな顔をしている。

イェリの本心はわからないままだったが、彼の親友が命をかけて守った街や、その親友の忘れ形見が不利になる様な事をするはずがない。 自分は差しのべられた手をまた振り払ってしまうところだった。

ライサの目の前を、一匹だけはぐれた森蛍がふわふわと光の軌跡を描きながら飛んできた。 見つめあっていたフィオネルの濃緑の目が一瞬だけ淡い黄緑色に光る。 彼はその目をいつものように優しく細めた。


「それと、誤解のないように言っておきますが、ここに来ているのは僕自身の意志です。 貴方に会うのも、ヤルノの成長を見るのも僕はとても楽しみにしていますから。」


ライサにはフィオネルの言葉が痛いほど嬉しかった。



 また草原のあちこちで歓声があがった。

 オルクの木を仰ぎみると、先ほどまでばらばらに点滅していた森蛍が、まるで誰かが指揮をとっているように合わせて光を発していた。 樹の中央から始まった光の点滅が、輪を描いて木の外側へと伝わっていく。 それは波のように後から後から続き、まるで樹が鼓動している様な、いや、何千何万という森蛍が一つの生き物になったかのような、美しい光景だった。



「東国の古い言葉で、蛍の事を何と呼ぶか知っていますか。」


突然のフィオネルの問いに、ライサは考えもつかずに首をかしげた。


「いいえ。」

「想飛、と呼ばれています。」

「ソゥヒですか?」

「ええ、想いを伝えるために飛ぶ虫という意味だそうです。 東国には蛍が、遠く逢えなくなってしまった人に想いを届けてくれると、逢えなくなった人からの思いを届けてくれるという伝説があるそうですよ。」

「素敵な話ですね。」



 ライサは心からの笑みを浮かべた。 それなら、自分の思いも届くだろうか。 遠くにいる彼も、こうして心から笑えるようになっているといい。 ライサは祈るように淡く光る樹を見上げた。





挿絵(By みてみん)



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