第4話
結月は水の溜められたバスタブを眺めて眉をしかめる。鍵はバスタブの底に沈み銀色の輝きを放っていた。だが手を伸ばすことはできない。何故ならば。
「ピラニア……?」
より正確に表現するとピラニア・ナッテリー。南米原産のカラシン科に属する淡水魚で、アマゾン川などに生息しているアレである。バスタブの中ではピラニアの大群がグルグルと泳ぎ回っていた。無理やり取ってしまうこともできなくはないだろうが、まず間違いなく噛み付かれるだろう。できれば安全に鍵を手に入れたいところだ。
「どうします?」
「桶で掬って洗面所に捨てるとか?」
「お湯を沸かして茹で殺すのはどうでしょう」
「その前に給湯器生きてるかな……」
結月と朱莉が顔を見合わせている後ろで雪と飛鳥は震え上がっている。結局桶で少しずつ洗面所に流す、という当初の意見で一致し結月は慎重に桶でピラニアを掬い始めた。
「よい、しょ……!」
しかし如何せん水は重い。桶は一つしかないため、途中で朱莉に交代してもらいながら地道にピラニアの数を減らしていく。その時、飛鳥がおずおずと口を開いた。
「あ、あの……キッチンが、あったので、お鍋、探して、きましょうか……?」
「あぁ、ありがと。気をつけてね」
「じゃあ、私も……」
手持ちぶさただったのか雪と飛鳥が手伝いを申し出てくれたため、結月は額の汗を拭いながら二人を見送る。だが初心者二人組を結月の目の届かないところに送り出すのは悪手だった。
鼓膜を揺らすほどの爆音と共に本日二回目の悲鳴が響き渡り、何かが焦げるような嫌な臭いが結月の鼻をつく。風呂場を朱莉に任せ結月が顔を覗かせると雪が血まみれの姿で床に倒れ伏していた。キッチンに繋がる扉に爆弾が仕掛けられていたらしい。飛鳥は爆発と爆風をもろに受けたのか上半身が吹き飛び、天井付近まで鮮血が飛び散っていた。
「雪! 生きてる? 聞こえる?」
「……ぁ、私、なんで」
「爆発に巻き込まれたんだ。意識はあるね。動かないで、後で回収するから」
飛鳥は即死だが、雪はまだ助かる望みがある。急いで風呂場に戻り、バスタブを確認するとピラニアの数はだいぶ減っていた。
「結月さん、一体何が……」
「扉に爆弾が仕掛けられてた。飛鳥はもう無理だけど雪は間に合うかもしれない。失血死する前にゲームを終わらせる」
必要事項だけ手短に伝え結月はバスタブの中に手を突っ込む。
「結月さんッ?」
数匹のピラニアが結月の手に群がってくるが、構わず鍵を掴み取り結月は走り出した。玄関の鍵穴に鍵を差し込み開いたことを確認して雪の元に戻る。
「雪、意識ある? 返事して」
「ゆ、づき、さん……」
「掴まれる? 無理かな……」
「結月さん、私が抱えますから雪さん背中に乗せてください」
「わかった、お願い」
自力では動けない雪を四苦八苦しながら朱莉の背中に乗せ、結月は玄関の扉を開けた。その瞬間ゲームクリアの文字が三人の目の前に浮かび上がり、身体を眩い光が包み込む。
「よかった、間に合った……」
「これで、クリアですか?」
「そうだよ。雪もクリア判定だね」
「わた、し……」
「大丈夫。現実世界に戻れば怪我も元通りだから」
ゲームの中で負った怪我は死なない限り現実には引き継がれない。手足を切り落とされようと爆発に巻き込まれようとそれは同じだ。
「二人ともお疲れさま。またどこかのゲームで会ったらよろしくね」
その言葉を最後に結月の意識は暗闇へと吸い込まれていった。




