第3話
「どうしたの?」
結月が腰を抜かしている雪に問いかけると雪は震えながら階段を指差す。結月が階下に視線を向けると階段の一部が崩落していた。足元に気を付けながら穴の下を覗き込むと桃色の髪のプレイヤーが剣山のようなものに全身を貫かれている。死んではいないだろうが、あれでは助からない。
「結月さん、どうしました?」
「見ない方がいいよ」
結月の背後から顔を出した朱莉を制し、結月は階段を下り始めた。だが。
「っ……!」
結月の首に細いピアノ線が巻き付く。ワイヤートラップだ。下ばかり見ていたせいで気づくのが遅れた。
「ぐ……朱莉、これ、切れる……?」
「ちょっと待っててください!」
足が床から離れ気管を圧迫される。雪と残る一人の少女は完全に怯えきり、助けは望めそうにない。確か人が呼吸せずに生命活動を維持できる時間は五分から十分弱。しかし意識を失った時点で死亡判定を取られたら持ってあと一分ほどだ。
「結月さん、ニッパーありました!」
と、朦朧とする結月の耳に朱莉の声が届く。工具の扱いに慣れている朱莉がいてくれて助かった。
「う、ゲホッ……ゴホッ……」
「大丈夫ですかッ?」
「大丈夫……」
死ぬかと思った、とは言わずに結月はゆっくりと立ち上がる。しかしこれがよくなかった。ただでさえ一名がすでに脱落し、凄惨な現場を朱莉を除く二名が見てしまっている。それに引き続き結月が罠にかかり死にかけた。この中で最多クリア数を誇る結月のミスは、初心者プレイヤーに絶大な負荷をかけている。
「私が先に行きますよ」
「ダメだ、危ない。私が様子を見てくるから……」
「結月さんはコンディション整えててください。ちゃちゃっと行ってきます」
結月の制止も聞かず、朱莉は階段を降りていってしまった。あの少女に恐怖心はないのだろうか。ここで死ねば現実世界でも命を落とすというのに。
「あの、だ、大丈夫、ですか?」
「うん、平気。私は慣れてるから。ところで、ハンドルネーム聞いていいかな?」
「飛鳥、です」
「そっか。よろしく」
飛鳥と名乗った少女は色素の薄い茶髪を指に巻き付けながら頭を下げた。その時、下の階から朱莉が結月を呼ぶ声が聞こえてくる。結月は意識を切り替えると素早く立ち上がった。
「結月さーん。ここが一階みたいでーす。でも玄関の扉は開きませーん!」
「わかった。すぐ行くからあんまり動かないで。罠踏むと死んじゃうから」
「了解でーす!」
短いやり取りを済ませ結月は雪と飛鳥に視線を向ける。
「多分、もう罠はないから先に行っていいよ。一部崩落してるし後になるほど危ないと思うから」
「わ、わかりました」
雪は早く終わらせたいのか朱莉が歩いた箇所をなぞるように一階へ降り立った。だが飛鳥は動けない。
「飛鳥も、先いいよ」
「む、無理です……私は無理……!」
「でも……」
「結月さん、先行ってください。私、あの穴飛び越えられません……」
どうやら飛鳥は崩落して空いた穴を飛び越える勇気がないらしい。さほど大きい穴ではないため、落ちるリスクは低いと思うのだが下を見れば針だらけ。初参加では足がすくむのも無理はない。
「朱莉!」
「何ですかー?」
「飛鳥が穴に落ちそうで怖いんだって。下から支えられる?」
「大丈夫だと思いまーす!」
結月は一度頷くと飛鳥の背中に手を添える。
「落ちないよ、大丈夫。朱莉が受け止めてくれるから」
「無理です……!」
「飛鳥……」
「結月さんが行ってください……結月さんが受け止めてください……」
「私が?」
結月の問いに飛鳥は首を縦に振った。少し迷ったものの足踏みしている余裕はない。結月は空いた穴を軽々飛び越えると飛鳥に手を差し出す。
「おいで。絶対落とさないから。崩落したら私が下敷きになる。それなら飛鳥は死なない」
正確に言えば多少針が刺さる可能性はあるが、余計なことは言わない方がいいだろう。飛鳥は覚悟を決めたのか、一歩踏み出した。穴の手前で踏み切り浮いた身体を結月はしっかりと受け止める。そしてすぐに朱莉へ飛鳥を託した。何せ二人分の負荷にこの階段が耐えられる保証はないのだ。飛鳥が一階にたどり着いたことを確認して結月も三人と合流する。
「あれが玄関口だと思うんですけど、鍵は開きませんでした」
「じゃあ、ここからは鍵探しだね。罠に注意しつつ早いところ終わらせよう」
何はともあれ、これでようやく折り返し地点だ。




