06ノイス
軍妃が別にいると思い込ませているので、どんどん自分のイメージが悪くなっている。
「助けていただきありがとうございます」
「それはいい。なにをしに来た」
「はい。ドラゴンに少々」
本題に入りたいのか、早口に聞いてくる。
「ドラゴンなんてお前には危険すぎる。軍妃はお前を死なせに来たのか」
「そんなわけありません」
話が捻れているし誤解を生んでいる。下手に誤魔化さずに本当は本人なのだと、述べた方が話が早いかもしれない。
ノイスは考え込んだかと思えば、こっちに来いと案内しようとする。向こうにキャンプ地があるのだと。いえいえ、このままドラゴンの所へ行こうとしているので、不必要な寄り道はしたくない。
「なにをしている」
なかなか動かない女を呼ぶ声に、親切心を無下にできなかった。渋々付いていく。辿り着いたのは、ノイスの部下らしき人たちだ。
彼らと一度会っているかも知れないが、覚えることが苦手な自分にとっては初対面同然。
「初めまして」
「いや、おれらちょっとだけ会ったことあるぞ」
「すみません、人の顔を覚えるのが苦手でして」
「あー、団長の顔だって直ぐ忘れてたんだっけか」
団員たちにフレンドリーに話しかけられた。まあ、ならず者じゃないから当たり前だろう。割とこちらも普段のように話せた。
とくに、牛のミルクが美味しいという話題にはついていけたので、疎外感がなくて良かった。
ところで世間話をするために山を登ったわけじゃないのだが、ノイスをどうしたものかと盗み見る。木の側に凭れ掛かっていた。え?
いや、それは困る。なにをさせにここまで案内されたのか益々分からない。一人で行動したい。
「あの、私……もう行かなくては」
団員たちに言葉をかけて後ろに下がるが、必要ないという言葉がノイスの方から聞こえてくる。必要ないか、必要あるのかを決めるのは己だけだと思っていたのだが、いつの間に決定権が男に移っていたのだろうと首をかしげた。
「必要あります。私は行かなくてはいけないのです」
そもそも止める謂れもないのだから勝手に行けば済む話。一応ノイスの用ことにつき合ったのだから。
「行ったら死ぬぞ」
「死にに行くわけではありませんので」
すすす、とドラゴンの方角へ進む。が、腕を女の団員に掴まれてハッとする。ここで腕を解くのは容易いが、ヒノメールが戦闘をできることを今でも知らない人たちになにかをして刺激するのも得策ではない。
「私は行きたいところがあります。離して」
「ドラゴンに単体で向かうなんて自殺するのと同じだ」
掴んでいる女が説得するように言う
(こ、これは。こんなことになるなら)
どう見ても止めようとしているのは親切心から来ている。失敗したと直感。まさか、彼らのような傭兵が一般人の危険を回避しようとするなんて予期してなかった。
(もう、仕方ない)
腕を緩めて抵抗を終わらせる。
「あなたたちの好意は理解しました」
「お、分かってくれたか」
「今夜はあたしのところで寝ろ」
女性は善意の笑みを見せた。
結局、強制的に寝るところを用意されて幼子みたいに寝かしつけられた。さすがのヒノメールでも夜に歩き回るのは無理だ。
明け方、明るくなってきたのでゆるりと起きる。太陽が向こうから見えて、山からの景色は美しい。
「う、ううん、うー」
隣で唸っている人は起さないように起きた。ゆっくり外へ行くと既に火は起こされているが人の気配は静かだ。
「よし」
布を巻きつけられている槍を確認して歩きはじめた。
「何度忠告したら理解する」
「……!?」
言葉が脳に伝わったとたん、飛び上がるかと思い慌てて横を向く。
「いつの間に」
やはり気配が分からなかった。
「死ぬぞ、と言っているのに行こうとするか」
「やらねばいけないので」
「行ってどうする」
「どこかここではないところに行ってもらいますよ」
「どうやってだ?おれたちが倒さないのは倒すまでが難しいからだ」
「私だって倒そうとは思ってませんから」
「退かすとなると死ぬぞ。あの巨大な体を退かすとなると近くにいかなきゃできねぇ」
「なにも考えなしに行くわけではないです」
というか、そろそろ行かせてほしい。
「あの女のどこがそんなにいいんだ」
私を私以外が好きになれないし、私だけでも好きでいないとダメになる。
*
ノイスはさらに言葉を待つ。
「たくさん頑張ったと褒めてあげたい」
「なに?」
「もう十分だと言ってあげたいんです」
女の優しげな顔に、ノイスは暫し思考を止め、あの脳筋女にかける情があるのかと驚く。脳筋よりも口が減らぬ女か。この自分を前に啖呵を切る女傑。
優しくしてやりたくなるような一面を持っていると言いたげな家政婦に、それでもドラゴンを退かしにいくと行こうとするのは阻止しなくては。
「命を捨てに行くのは些か無茶が過ぎる」
「ちゃんと考えているので平気です」
ノイスは死にに行かせるのは、あの軍妃を思えば恩を売れるのではないかという打算が脳内で弾き出される音がした。
*
いつまで堂々巡りな会話をしなくてはいけないのかとげんなりする。もう無視して行こうと歩みを再開する。
──ザッ
「行かせるわけには」
──ヒュ
なにか言おうとしていたがらちが明かないと走った。遠くに聞こえているので追っている様子もなく安堵して、走り続けた。
止めようとするのはきっとドラゴンの素材を惜しく感じているからだろう。ヒノメールには分かる。ドラゴンの素材は高値で取引され、だからこそ傭兵がザクザク集まってしまい治安悪化を招いた。
「悪いけれど、もう無理」
隣人のせいで夜も襲撃をどうにかしなきゃまともに生活できない。
「よーし」
グッと体を伸ばして緊張を解し、とことこと歩みを勧めた。ドラゴンは大きいので場所はすぐに知れる。ノイスたちも入念に準備をしているだろうから、ノロノロしてられない。
さっさとお引越し願おう。ざくざくと登りきろうかというとき、黄色い巨体が視界に入る。
漸く会えた。近隣を間接的に混乱させた存在。イエロードラゴンが悪いわけじゃないのは分かっている。これは、あれだ。ヒノメールが争いに参戦したときと同じ。
全く関係ないのに巻き込まれた。このイエロードラゴンだってなにもしてないのに、勝手に盛り上がられて迷惑しているだろう。
「退場願う!」
槍を向けて薙ぎ払うように近くを一閃。ドラゴンは不機嫌に唸る。しっぽが横から迫りくる。




