34破局同然
大会当日。
スタンプラリーのコースを把握した二人は、余裕の心意気で挑む。
大会には三十組以上の夫婦が揃っていた。
天気はよく、晴天だ。
ノイスたちは例の王子王女ペアを目視で確認すると、コソコソと話す。
「ノイスさん、あの人たちすでにかなり険悪な雰囲気を纏っています」
「破局寸前どころか通り過ぎてるじゃねえか。やりがいがない」
「やりがいってなんでしたか」
やりがいの意味を思い出したくなるような言い方に、笑みを浮かべる。
あの二人が目の前にいるのに、不安にならないのはすごく勇気を貰えている証拠。
「ノイスさん、あの二人はもう優勝できそうにないですね」
「反感を買うやり方でチケットを奪ったのに、これじゃあ恨まれ損だ」
「恨まれていることすらわかってなさそうですがねぇ」
獲ったのも、単にそこにあるから奪っただけで、奪い取ったつもりがない可能性もある。
ヒノメールに対してもそう。
貴族令嬢を戦場に行かせるだけ行かせて、罪悪感もなく二人は何食わぬ顔をして結婚した。
国際問題を起こしておいて。
各所に謝ったという話も聞かないので、謝ってすらいないんだろう。
ノイスはヒノメールの手を握った。
今のクサクサした気持ちを汲み取ってくれたのかもしれない。
凄い察知能力だ。
驚きながらも、握り返した。
大会が始まる。
宣言をする大会主催者の言葉が終わるとスタンプラリーが始まった。
やはり優雅に歩く夫婦たち。
それに対してヒノメールチームは、早足で澱みなく進む。
次々とスタンプを押していく中、ノイスが魔導機器を耳につけていた。
「お前も聞くか?」
「これは」
「盗聴」
「驚きたくないのに、驚きます。聞きます」
ヒノメールは耳に魔導イヤホンを付ける。
そこから声が流れてくる。
あまりの透明さに、真横にいるのかと錯覚してしまう。
「よく聞こえます。これって王子ペアの声ですか」
魔導テレビで聞いていたので、すぐにわかった。
『エカチェ。君、遅いんだけど』
『バラト様、わたしは女なのですけれど。お忘れ?』
『それが今関係あるのか』
『あります。疲れるのですわ。はぁ、帰りたい』
『帰ってもだれもこちらに味方してくれないんだ!いい加減にしてくれっ』
『酷い!』
『酷いものか!さっさと歩くんだ』
『いやっ!夫なのですから、妻を励ますことくらいするべきです』
『やるわけがないだろう!君は少しくらい王子妃らしいことをしてくれっ。もう王女ではなく王子の妻なんだぞ』
『もう歩きたくありません。バラト様も酷いことばかり言うので』
『歩けと言っている!言い訳がましいことも言うなっ』
あとは似たようなセリフが、延々と続く。
聞くことも飽きつつあるので、耳から魔導イヤホンを外す。
「もうあの二人はダメですね」
「だろう。すでにその情報は掴んでいたんだが。実際見ると、何十倍も酷い」
「書いたものと見るのとは、全然違いますよね」
ノイスたち二人は足を動かしたまま会話していたので、ぶっちぎりでスタンプラリーを制覇した。
そうして、周りの夫婦におめでとうと言われていく。
そんな中、憎しみを体現した殺気に近い視線を感じとる。
嫉妬なのだろう。
その視線を辿るまでもないものの、横目で確認をした。
見えたのは姫の方の視線。
ノイスをポーっとした目で見ていて、わけがわからなかった。
なぜ?
彼は、ノイスは人の夫。
それに、姫の方は既婚者。
エカチェリーナの倫理観は元々、あってないようなものだったと今更なことを思い出す。
倫理観があったら、敵国の王子と恋仲にならない。
あったら、戦いになる前に周りに説明していたはず。
そうすれば、男爵を戦場に行かせることもなかったので今のヒノメールも、いなかった。
「こんな結末になるとは」
「元々、歪だったんだ。みんなから祝福されたわけじゃなかったしな。不誠実な関係のまま、突き進んでしまったせいだな」
ノイスも傭兵なので、殺気に似たものを受けていることに気付いていたのだろう。
エカチェリーナが器用にヒノメールだけに目を向けることなどできないので、隠すことはできなかったのだ。
勿論、彼も簡単に気付いた。
もう一度己の手を握りしめた。
負けない。
何度も反芻する。
あちらの視線を受け続けているヒノメールは、フッと口元を上げた。
「ヒノメール」
「はい」
「キスしていいか?」
「……へっ?」
その次に触れられた箇所は、額。
「な、ノイスさんっ」
額に感触が残っている。
唇の形がわかるというのは、なんとも形容しがたい表現しか湧いてこない。
「唇にされるかと思ったのなら悪いな。流石に最初は、誰かに見られるのはおれも嫌だしな」
「いえっ、びっくりしましたが、ご協力ありがとうございます。エカチェリーナ王女……今はエカチェリーナ王子妃に睨みつけられているので助かります」
「殺気度は強まったがな」
彼の言葉とは裏腹に、男の顔は楽しげにしていた。
多分、楽しんでいるのだろうな。
あの程度の殺気など赤子も同然なのだろうと予想。
ヒノメールもヒノメールで、本当の戦場を知っているので、エカチェリーナの視線など怖くない。
とても生ぬるい。
「バラトさまぁ」
「なんだ」
そよ風とはまだ言えないけど。
いつか言えるようになりたい。
二人の仲の悪そうな会話が、端目に聞こえる。
「エカチェリーナはあの人が欲しいです」
「は?」
王子はあんぐりしている。
「凄いびっくりですね」
「耳が爛れる」
ノイスは嫌悪の目で、エカチェリーナを見ている。
エカチェリーナの方はノイスに見られたことを知ると小さく手を振る。
ノイスはチッと舌を打つ。
「既婚者に色目使うなよな」
とてもとっても普通の常識に、ヒノメールも強く頷く。
二人して手を繋いだまま、人の輪をくぐる。
一位なので余裕がさらに増えた。




