19情報通
やはり、外で暮らすか、街から離れたところに住むべきか。
ヒノメールは感謝祭の後に出ようかなと薄ら思いはじめていく。
居心地がいいというのも、困りもの。
始まりは、たたかいの場である。
それなのに、気まずくならず、こちらのことを盛大に気遣う彼らに、こちら側の方が本当にいいのかと思う。
ノイスも、ノイスの仲間たちも。
だれも彼もが、優しくて、まるで元から己がいたかのように思わせてくれる。
魔動物たちにも遠巻きにはするが、魔動物たちの健康にも配慮してくれているし。
居心地が良すぎて、こんなに苦心するなんて、夢にも思わず。
膝を抱えて悩むことも最近増加している。
すべて済ませて、帰る場所である傭兵たちの憩いの場に行く。
今日はキッチンを使えると言っていたのでなにか作ろう。
折角色々買ったのだ。
いつものようにキッチンへ向かうと、どうやら他の人たちもなにか作っていて、邪魔しないように無言で隙間を通る。
フライパンを見て、買ったばかりの材料を使う。
「お、ニーフルだ。好きなやつ持ってっていいから、それと交換してもらっていいか?」
話しかけられて、うなずく。
キッチンではこういう物々交換はよくある。
「ありがとな」
なんだか、それが楽しく感じる。
なんとなく、学校に似た雰囲気を感じた。
学生の時のような思い出がよみがえり、友達とこんなふうに過ごした、と反芻する。
料理の最後に塩を入れて完成させる。
作り終えてどこかに座ろうと思っていると、団員の人にこれをノイスのところへ運んでくれまいかと頼まれた。
たまに頼まれるので、引き受けている。
断る理由もなし。
持って行ってほしいのなら、苦ではない。
ノイスの部屋へ行き、ドアを叩く。
しかし、返事はなくいないのだろうかと思い、料理はどうしようと迷う。
廊下の方へ顔を向けた時、ノイスの顔がこちらへ来たようで、見えた。
どうやら今戻ってきたよう。
「あ、ノイスさん。お食事お持ちしましたよ」
「ああ。悪い」
ノイスは少し早足になる。
向かい合わせになり、ヒノメールは端に寄る。
「中へ入ってくれ。言うこともある」
「そうですか?わかりました」
後を追いかけると中へ通されて入室。
テーブルへ食事を乗せる。
「お前もここへ座れ。少し話すからな」
「え、あ、はい……」
近くに座るのに慣れて無さすぎて、座りにくい。
真横に座ると、彼は食事をしはじめる。
「依頼が入って、一部を除くやつらと遠征に行く。その間、留守番でもしておいてくれ」
ここへきて、初めて見送る形になった。
「え?あ、ふふ」
「ん?」
「いえ、こういった場合、小説やフィクションなら連れて行くと言われたりするのに、やっぱり現実だから残れって言われるよねって、思って。自分でツボに入ってしまいました」
「言われてみれば、そういう小説はなぜか連れて行くよな。あれってなんなのかおれにも分からない」
「でないと、盛り上がりがないからでしょうけど。いざその立場になったらシチュエーションが同じだと重ねてしまいます」
「訓練もしてないしろうとを、連れて行く方が何倍も危ない」
「危なくないと、シーンが日常ばかりなので、連れて行きますよ」
「ほとんどのヒーロー役は、肩書きがかなりウェットにとんでるしな」
通じないと思っていたのに、そういう系統のジャンルも読んでいるらしい、ノイス。
「結構話が分かりますね。闇の侯爵などというキャラクターならば、危ない雰囲気でも、事実許されるのでは?」
「闇の侯爵……所謂国の暗部を担っている家族ってことか?」
ヒノメールは、あまりの話の通じやすさに彼を凝視した。
「おれの知り合いにそれ系のジャンルを書くやつが居て、感想ほしさに送りつけてくるから、詳しくなっただけだ」
「そうでしたか……実はノイスさんが小説家なのかと思ってしまいました」
彼はこちらの答えを聞き、瞼をぱしぱしと動かして、やがて喉を震わせた。
「小説家も悪くねぇ。お前もなにか書けよ。すろーらいふをしたいんだろ」
慣れない舌ったらずな発音に、胸がきゅんとはねる。
いい大人の男の辿々しい発音とは、こんなにも可愛らしいのかと顔が緩む。
「それはいい考えですね。書いて過ごす。理想的な生活です。魔動物たちとの暮らしを書いて、出してみましょうか。有名な出版社とか知ってますか?」
「ああ。3ブロック先にある建物に小さな出版社があるから、持ち込んでみるといい。読書家や小説家の集まるカフェもあるぞ」
「地域密着型過ぎます。よくそこまで知ってますよね」
「情報収集は傭兵に必要な嗜みだ」
というわけで、小説にも手を出してみようかと思う。
魔動物たちのまったりのんびりな内容。
彼に言われて、急にやる気を出す自分に少し照れた。
でも、だれものんびりしなさいなんて言ってくれなかったので、きっと思っているほどよりも、ヒノメールは嬉しく思ったのだ。
ノイスさん、とよばれて向こうへ行くために立ち上がる。
「今行く。待ってろ。またこの話は次の時に温めておけよ」
「はい」
忙しい身の上なのだから、自分と話す時間も取ってくれたらしい。
扉の通り、遠ざかる足音に、早速自室へ向かい、執筆の内容を考えることにした。