18依頼
彼女が笑いかけるのは顔見知りらしい男。
「草むしりの件、いいって言ったから連れてきた」
「本当だぁ!牛さん馬さん、羊さんもいるっ」
女の子は、どうやら動物目的だったらしい。
「約束は覚えてるか」
「うん!近くで見るだけで触らない。動物じゃなくて、魔物だから」
「約束を守れるんなら、近くで見ていいぞ」
「やったぁ。おばあちゃん!ノイスさんが牧羊さん連れてきたよー」
「牧羊さんって私のことですよね。可愛らしいあだ名でよかった」
「今後変化するかもしれないぞ。油断はするな」
確かに、子供のつけるあだ名は変わることがあるから、そのあだ名を維持させねば変な名前を付けられ兼ねない。
「ずっとはいやです。可愛らしい名前か、かっこいいものがよいです」
「それがいい」
彼はウンウン、とうなずく。
「入っていいんでしょうか」
「構わない。だれも気にしない」
構わない、と言い彼は扉を開いて前へ進むように言ってくる。
子供はこちらに来てっ、と嬉しそうに足してきた。
「では、お邪魔します」
「邪魔なんかじゃないよぉ」
小さな子ははしゃぐ。
魔牛や魔羊、魔猿なども次々庭に入る。
ノイスも中へ入ってくる。
「広くないので直ぐに終わります」
「じゃあ、初めてくれ」
「あなたが決めてよいのですか?依頼主の子は……」
と、見つけようとするが、こちらの作業を今か今かと待っている状態。
はじめればよいのだと、改めて思う。
魔動物らにはじめるよう伝える。
彼らは、もさもさと草を食べ出す。
その様子を目をキラキラさせて見つめる子。
それから10分後、おばあさんが出て来て飲み物を出してくれた。
こういうところ、他国も変わらないと笑みを浮かべてしまう。
ノイスは最初断っていたが、断らせてくれない相手に折れて渋々、本当に飲みたく無さげに飲んでいた。
飲みましょうかと言うが、首を横に振られる。
いやそうなのに、飲むんだなとチグハグさに、天邪鬼という単語が浮かび上がった。
飲み物を飲みつつ、魔動物たちが少しずつ庭をきれいにしていくのを眺める。
ヒノメールの仕事は見ているだけなようで、実は違う。
魔動物は自分を群の一人だと認識してくれているので、ここに保護者のように着いてきてくれているのだ。
そして、ヒノメールができない草を除去するという仕事を仲間、または家族として行う。
それが一番歳下の人間の世話を焼くためだけの延長線。
この子たちは超過保護なのだ。
草の根もごっそり抜きながら丁寧にしてくれているのも、ヒノメールの仕事の評価をあげるためと、タダでお腹が膨れるからだろう。
ノイスも近くにある、座れる場所に座り牧羊風景にしか見えない仕事を見つめていた。
「魔動物が民間の庭を掃除してるなんて、唯一無二の光景だな。しかも、仕事内容を理解してるみたいだ」
「そうですね。彼らは私より賢いですよ」
「お前はあいつらに可愛がられてるな。おれの部下たちにも可愛がられてる。一種の才能とも言える」
「あなたの部下のみんなさんに可愛がられてると思っているのなら、それはノイスさんの人徳ゆえでしょう」
ヒノメール単体が好かれているというよりも、ノイスが誘ってくれたからこそ、彼らも団長の懐に入れた自分に対して好意的にしようという心情が、いや、それしかあるまい。
「ノイスさんが好かれているから、私も好かれている。そういうことですよ。モテモテですね」
傭兵で人を使うのは大変そう。
お互い、信頼していなければできないことも多いと思う。
とくにこの街の者たちを見ていると、街全体が一つの家族であることが分かる。
それから数分後、草が生えていた庭は一つ残らず抜かれていた。
狭い庭だったので、できたことだろう。
広いと、一つ残らずというのは無理だし。
終わったらまた飲み物とおやつが用意されていた。
ヒノメールはありがたくいただく。
ノイスは飲み物だけ飲み、ヒノメールにおやつを二つ分、こちらへ渡した。
おやつはいらないようだ。
自分は好きな味だったので遠慮なく貰った。
飲み食いしている間にこの家の依頼者でもあり、魔動物に興味がつきぬ様子の推定十歳児の子が、ヒノメールに質問を投げかけてくる。
やはり、魔動物についてが占められていた。
どうやって飼うのか、どうやって暮らしているのか。
飼う方法は具体的には不明なので、答えに詰まるが、どうやって暮らしているのかについては軽く説明できそうだ。
傭兵団の実情については話せないが、ノイスと喋ったり、ノイスとこうやって仕事をこなしていることを語れる。
言い終えると、その子は無邪気に発言。
「ノイスさんの奥さんになるの?」
(え?)
「なぜそのような結果に?」
「だって、出かけたり、一緒に暮らしたり、仕事についてきたりしてるんでしょ?」
「そういう、恋人関係でない人は世の中にたくさんいます。そのような人たちのうちの一人が私ですよ。ノイスさんはこの国に来たばかりの私の住む場所を提供してくれている、言わば……大家さんといったところですかね」
「大家さん?ノイスさん、大家さんになったの?」
ノイスが飲み物を飲み終え、顔を彼女に向ける。
「傭兵はなんでもありだ」
面倒な質問に当たった時用の答えなのだろうなと、横で聞いていて笑った。
*
民家の草むしり依頼以降ちょこちょことした、同じような仕事をお願いされることが増えた。
丁寧な仕事ぶりに、評判が評判を呼んでいるようだ。
「デルロイさん、お買い物の内容にこれを追加でよいのですね」
ノイスの部下で、言葉遣いは軽い男が、ニカッと笑う。
「おう、それで頼むわ」
頼まれたことは、買い物に行こうとしたヒノメールに、ちょっとだけ買ってきてほしいものを頼む、というものだった。
「まあ、ノイスさんにバレたらおれ、怒られそうかなぁ。そん時は味方になってくれると嬉しいぜ」
小声で援護を頼んでくる。
それに、クスッと笑う。
気のいい人たちばかり。
「わかりました。全く力になれるとは思いませんけど」
お店に向かう。
建物から出ると、なにかを飾り付けているのが見えた。
「感謝祭が進んでる」
ここに来てまだ日は浅いが、ノイスや他の住民たちから色々聞いている。
祖国でも感謝祭はある。
が、少しだけ違いがあるようで、もう家族と離れて暮らしているから、感謝祭など無関係とばかりに過ごしていた。
ここに来て、どうすればいいのか悩む。
普通に、今まで通り過ごすのだと思っていたのだが、タカノツメ傭兵団の彼らが、うちでも感謝祭をするんだと聞き、驚いた。
ヒノメールはてっきり、そういう行事をしないと思っていた。
勝手なイメージだとは理解してるけどね。
「きっと、誘ってくれるんだろうけど。わたしは今のところ、部外者なのに」
彼らは気にしまい。
のこのこ、行ってもいいものか。
うーん、とヒノメールは唸りながら歩く。
「ヒノメールさん、これ、持っていきな」
「えっ、いえ」
商店街の店の中から恰幅のよい女性がほら、と袋を渡してくる。
揚げた芋を売っているお店。
この家は前に、依頼を受けて草むしりをしたところの女性だ。
「報酬を貰いました」
「いいからいいから」
笑みをぽかぽかさせて、さらに前へ袋を押し出す。
それが体に触れて、落ちないように持つ。
「ありがとうございます。美味しいので、また買いに来ますね」
こちらも感謝を伝える。
「ああ。またおいで」
手を振って、また歩き出す。
「美味しそう」
中身を見て、ぱくりと食べる。
熱いけど、揚げた味が美味しい。
塩が効いていて、旨みが口の中に広がる。
そのまま、頼まれたお店を周る。
「あった」
見つけたものを会計し、次も品物を探す。
魔動物たちのブラッシングするためのブラシを新調。
ふと、下を見ると買ってもらった靴が見える。
「新品……こんなに気持ちが違うなんて」
ピカピカで作りたての靴。
かつん、と音をさせるのが楽しい。
紙に書いたリストのすべてを買い終わる。
住んでいる傭兵の寄宿へ戻る。
「もう少しで、お金も溜まるから……他の場所に移れるかなぁ」
問題は魔動物の場所。
ここのように、放牧できる場所がない。