16初仕事
もっと早く気づくべきだった。
会話をするものの、改めて部屋で話すとなれば、ノイスとの対面は背筋が伸びる気持ちが出てくる。
今すぐ踵を返したくなった。
なにを話せばいいのか分からない。
あ、草むしりの話しをするために来たんだ。
混乱して、思考が入り乱れている。
内心深呼吸して、落ちついたけど心臓はドクドクしていた。
中から入れ、と短く返された。
余計に口元に力が入る。
室内へ入ると本棚がまず目に入る。
最初に入った時には気づかなかったけれど、どうやら彼は読書家らしい。
よくよく見たら一つ一つが分厚い。
文字が遠くてなんの本かは不明。
きょろりと目を向けている間に、団員の男が説明し終わったので、そのタイミングでヒノメールは相手のいる方へ目をやる。
「そうか。受けてくれるってんなら向こうも喜ぶ。いつ頃できる」
「いつでも構いません。みんな、暇しているみたいなので、きっと張り切りますよ」
ノイスは軽く笑ってうなずく。
今から準備をしてほしいと頼まれて了解しました、と了承する。
魔動物たちを何頭か連れて行く準備をする。
庭へ出て彼らに説明するとそれぞれ鳴いて承諾。
行ってもいいと返ことをした数頭が、ノタノタとヒノメールの後に着いてくる。
「みんなの初仕事ね」
張り切った様子の彼らを引き連れて、玄関前に行くと既に待ち人がいた。
「あれ、ノイスさん?」
いたのは先程まで執務室に座っていた男性。
どうしてここにいるのだろう。
「てっきり、他の方と行くのだとばかり」
「おれもそう思っていたが、ずっと椅子に座ってたんで、息抜きになると思ってな」
「そうでしたか。では、よろしくお願いします」
ぺこりと腰を下げて、相手を見る。
彼はこくりとうなずき、ヒノメールにこっちだ、と案内する合図をした。
「ここは料理道具が揃ってる」
などなど、メイン通りを行く間に観光案内のように街の中にある建物をあれこれ教えてくれる。
ヒノメールも自炊して、ここにはくるが関係のない場所は知らないまま。
ここに靴屋があったのか、と驚く。
「そういえば、靴は買ったのか」
「え?いえ、まだですよ」
「なら、一旦ここに入っていけ」
「あの、依頼があるのでは?」
首を微かに傾けると、彼はクスッと笑う。
笑うところなんてないよね?と疑問を胸にすぎる。
タカノツメ傭兵団の人たちはよく笑う。
「こういうことを想定して、言ったことだ」
ノイスは渋るヒノメールの肩を掴んで扉を潜らせた。
でも、でも、あの、と口数多く彼を止めようとするが止まらない速度。
程よいタイミングで中へ入り込み、店員の方に「いらっしゃいませ」を言われ出られなくなる心理。
絶対にそれを分かって行っている。
「この女性の靴のサイズで二足、買いたい」
「え、あのノイスさん」
声をかけようとするが、店員の方の動きが早くこちらへ来てしまい、ヒノメールは瞬時にがんじがらめになる。
「ひゃ、え!?あの、え、私はそんなつも」
「こちらへどうぞ!」
元気溌剌な声。
耳元に入ってくる。
距離も近い。
「あの、ノイス、さん!」
手を伸ばそうとするが、助けてくれるわけもなく。
ずるりずるりと店の奥へ連れて行かれしっかり椅子へ座らせられる。
「お姉さん、タカノツメ傭兵団に最近来た人でしょ」
どうやら購入者として喜んだというわけではなく、噂の人物についてあれこれ聞きたかっただけだ。
今まで買い物に行って、だれかに聞かれてものらりくらりと話を誤魔化してきた。
理由は幾つかあるが、タカノツメ傭兵団については勝手に守秘義務を課している。
建物と肩書きは一般的ではない。
ペラペラと言うわけにはいかないという、理性が働く。
あと、ヒノメールについては単に話せることがなくて、話したくても話せない。
話しのバリエーションがないのだ。
軍にいた、ということ。
街でのんびりライフをしていた。
令嬢であったこと。
すべて簡単にだれかに語れることではない。
唯一言えることはのんびりしていたくらいで、それだって話しても面白くないだろう。
ストックはそれでつきる。
それに、ヒノメールは平凡な貴族だった。
なにも特別なことなんてないのだ。
靴屋の店員の人はまだ若くて、噂話に興味があるのだろう目をしている。
聞きたくて、噂の人が来たのですかさず捕獲したのだろうな。
好奇心の視線にそわそわする。
ノイスに助けてもらいたかったのは、こういうことも含んでいた。
あたふたするヒノメールは慌て過ぎるので、一旦心の中で落ち着かないと、と言い聞かせていた。
軍にいた時を思い出せ。
「それよりも、靴を作って下さるのではなくて?サイズを測って」
「え、あ……はい」
唐突に町娘Nから貴族令嬢の濃厚な気配を感じ、戸惑いに質問をすることを忘れ、サイズを測るためにそれ用の測りを手にする。
「ありがとう。いつ取りにこればいいのかしら」
「そ、そうですね。3週間程余裕を持って作らせてもらうので、それくらいは掛かるかと」
「構わないわ。では、3週間後に取りに行くから頼むわね」
「は、はいいい」
威圧感が段々増えていき、店員の女性は首を何度も縦に振る。
「ふふ、それじゃあね」
さらりと立ち上がり流し目で相手を見て、入り口へ向かう。
「か、か、かっこいいっ」
なにか聞こえた気がした。
ノイスが扉を出た先にいた。
出た瞬間、軍妃の状態が切り替えられる。
(やってしまった!ついに、たたかいじゃないのにっ)
頭を抱えて、店の前で膝をつきそうになる。
それを見ていたノイスが声をかけてくる。
かけてこなくていい。