5・親愛と最愛の証
ワンボックスカーを見送り、私の一族が眠る墓の前に戻ってきた。
昼下がりの心地よい風が吹き抜ける。暑過ぎず寒過ぎず。太陽も本気を出していない。今が夏じゃなくてよかった。
酒やお菓子や弁当などを墓前に供え、地面にビニールシートを広げ、お菓子や草餅やおはぎを食べる。
ちなみに、さっきのふたりとは別のデリバリーを利用した。いい娘たちだったから一緒に食べようと思った。しかし、彼女たちはアンドロイド。人間の食べ物は食べない。
「まだ話したかったなぁ」
「次もあったんだからしょうがないって」
「私たちが死ぬまで記憶に残るよね」
「そりゃ、あんな明るいアンドロイドはいないし。アタシがいた会社もみんな死んだ顔してたし、まさにザ・社会の歯車。あの娘たちは幸せに楽しく生きててほしいよ……グスッ」
「……未来、さすがに外で泣きながら食べるのはよそうよ」
相変わらず餅を涙を流しながら食べる。人間じゃなくアンドロイドが見ても、下手したら通報しかねない。
「いいじゃんべつに。歯が抜けまくって10年以上食べれなかったんだから! アタシはありのままで生きるんだ!」
「さすがに餅を食べてる人間を不審者として通報しないか……」
弁当の鮭を食べる。小骨が気になったが、わざわざ吐かずに嚙み砕いて飲み込んだ。その瞬間、理解した。
「なるほど。こういうことか」
「明日香、それは少し違う」
* * *
お供え物も時間が経ったらマズそうなものは食べ、酒やジュースなどはカバンに詰めた。
ビニールシートをたたんで、持って帰っても使い道ないよなぁなんて思っていると、咳払いが聞こえた。
「どうしたの? 餅でも気管に引っかかった?」
振り返ると、神妙な顔をした未来。えっ、マジで?
「違うって! ……これを明日香に渡したくって」
未来が小さな黒い箱を受け取る。中身に入っていたのは、薄紫色の指輪だった。
「いつの間に買ったの?」
「本当は別れるときに渡そうと思ったんだ」
「『別れるとき』? それじゃこれって、70年以上前の指輪!?」
よく錆びなかったものだ。まるで直近で買ったもののように、煌めいている。
「保管には気をつけていたからね」
「私がこういうのもなんだけど、どうして最後に会ったときに渡そうとしなかったの?」
「親愛の証として渡そうとした。ずっと持っててくれるなら、アタシは吹っ切れられる。だけど、指輪は親愛の証と同時に最愛の証。愛の値が、振り切れる関係である人に渡すのが正解。生涯一緒にいられないんじゃ意味がない。アタシがそう、思い直したから」
指輪を薬指にはめる。サイズはピッタリで、ホッとしたのか未来の顔に柔らかな笑みが広がった。その瞬間、自然と涙があふれてきた。
「あれ、私……?」
「やっと泣いたね」
涙ぐんだ未来に優しく抱かれ、身体を委ねる。
ああ、そうか。私もまた、ホッとしたんだ。指輪によって、死ぬまで一緒にいてもいい、確かな証拠を得たんだ。ひとりじゃないって、心から思えたんだ。
よかった。本当に良かった。
未来の体温が離れ、涙で歪んだ視界に未来の顔が映る。どちらともなく顔を近づけ、長く貞淑な誓いのキスをした。
帰りに買おう、同じ色の指輪を。
そして、花屋さんにも寄ろう。
指輪の色の花をたくさん買うんだ。
花の名前はシオン。
私たちが過ごした施設の名前と同じ。
花言葉は――「君を忘れない」
終