4・墓参り
インフルが治って、出勤停止が解除になった翌日。
午前中に都内の永代供養されている霊園に行ってきた。未来のほうはお墓がない。管理する人間がおらず、施設に入る前にお骨を全部移したのだ。
今の時代、東京から新後まではリニアで30分もかからない。
新後駅から実家へ。今はどんな状況か覗いてみたかった。施設に入る前に引き払って、今は他人が取り壊して立派な家を建てていた。庭先で夫婦が子どもたちと遊んでいる。とても幸せそうな光景で、とりあえず一安心した。
お墓へ向かう。集落の共同墓地だから、懐かしい顔に会えるだろうと密かに期待した。
「これはひどい有り様だ」
未来が眉をひそめる。
無理もない。共同墓地は人の腰辺りまで伸びた枯れ草に覆われていた。墓じまいもされずに残った墓石は、汚れて朽ちかけている。卒塔婆は折れ曲がり、一部が破損していて見るも無惨だ。
「ありえない。なんで墓守は何もしないの!?」
怒りと悲しみが沸き、代々墓守を務めていた住人の家を訪ねたけど、そこにはもうアンドロイドが住んでいた。
「墓の管理? なんですかそれは。聞いてないですね」
金髪の青年タイプのアンドロイドが、頭を掻きながらあくびをした。
「以前住んでいた宮田さんは、集落からお金をもらって管理していました」
「へえ。でも不動産屋は何も言ってなかったけどな。集落から金ももらってねえし。ここら一帯はみんなアンドロイドしかいない。みんな人間の墓なんざ興味ねぇよ。不気味にしか思わねぇもん」
「不気味にしたのは――」
「そこまでにしときな」
未来が私の口を手で押さえた。
「急に訪ねてきてその上騒ぎ立ててすみません」
未来が頭を下げる。仕方なく私も渋々倣う。金髪アンドロイドは嘆息をした。
「俺はアンドロイドだし、墓に入らないからな。くたばったらスクラップ工場行きだし。骨もなんにも残らねぇ」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
「人間様と違って俺は忙しいんだ」
ドアが勢いよく閉められ、カギのかかる音がした。
* * *
とにかく墓地を綺麗にしたかった。残されたお墓の先祖たちはさぞや嘆いているだろう。お骨は移動したのだろうか? さすがにお骨が納められているカロートを勝手に開けられない。
「ふたりで綺麗にするのはキツイっしょ」
未来がネットでなんでも屋を調べて呼んでくれた。
10分も経たない内にワンボックスカーが到着。ふたりの若い女性のアンドロイドが降りてきた。長身にツナギ姿がよく映える。ピンク色の虹彩が、人間でないことを証明していた。挨拶もそこそこに、草刈り機を手に作業を始めてくれた。
「あっという間だね」
「評価が良いところにお願いしたから、作業の手際も抜群に早いわ」
私たちは残った墓石を、なんでも屋さんから借りたバケツと雑巾で拭き上げていく。
しばらくすると、額に汗が滲んできた。汗をかくまで体を動かしたのは久々かもしれない。普段は空調の効いた施設の中で、ほとんどお年寄りと話しているだけだからなぁ。
未来は少し離れた墓石を磨いていた。真剣な表情で忙しく手を動かしている。そうそう、あの何事にも一生懸命なところが好きなんだよね。普通なら見ず知らずの他人の墓なんて掃除しないだろうし。
「こら明日香! サボってないでちゃんとやりなよ!」
「ごめんごめん。未来の顔があんまりにも素敵に見えて」
からかい半分本気半分。未来の顔が嬉しいような恥ずかしいような微妙なものになる。
「……はぁ!? バカ言ってないで早くやる!」
「はいはい」
* * *
「刈った草はあとで別の業者が取りに来ますので!」
「わかりました。ありがとうございました。……その、相場がわからないので……これで足りますか? 確認してみてください」
現金の入った封筒を渡す。中身を改めたショートカットのアンドロイドが、目を飛び出さんばかりに驚いた。
「ええ、こんなに!? しかもこれ1万円ッスか!? すげぇ! おい、ヒイナも見てみ!」
「ヘザー! このバカ、みっともないからやめなさい!」
1万円札を1枚横に広げ、太陽に透かして見ているヘザーさんをたしなめるヒイナさん。
「すみません! 常識知らずのバカで」
私は微笑ましく思いながら手を振った。
「いいんですよ。今どき現金払いなんて、滅多にないですからね」
「あなたたちのお陰で、残ったお墓のご先祖様たちは喜んでると思います。ありがとうございました」
未来が一礼すると、ふたりも慌ててそれにならった。
「こちらこそありがとうございました!」
ふたりの元気な声が重なり、とても心地の良い気分になる。なんてかわいい娘たちだろう。
「でも若いのに立派ですよね。お墓を大事にするなんて」
「そうッスよ。人の若モンにとっちゃ墓掃除なんて、100の次ぐらいじゃないスか」
「先祖があっての今の私ですから」
「アタシたちから何代か前、昔流行った病気で結構親戚が死んだんですよ。生き残ったばあちゃんから聞いてて、どうしても来たくて」
ふたりは感心したかのようにうなずいた。
「私たちにはない考えです」
「先祖も親つっても、どっかのエンジニアだし。完全に停止したら工場に送られるだけだし」
ここに来る前の金髪のアンドロイドも言っていた。せめてチップだけ取り出して、供養してあげればいいのに。
人みたいに様々な性格、身体、老いなどのバリエーションを出しておきながら、使えなくなったらスクラップというのもなぁ。そこはもう少し人に寄せればいいのに。
「どうにかならないものですかね……」
私がどちらともなく問うと、ヒイナさんは寂しそうな笑みを浮かべ、
「どうにもならないですし、結末がそうなるようにあらかじめプログラムされているみたいです」
「しょうがないッスよ。人間は人間、アンドロイドはアンドロイドッスから!」
ヘザーさんが笑い飛ばす。
「いいんスよ。ウチらが関わった人の中で、ひとりでも多くの人が憶えててくれれば、満足ッスから!」
「そうね」
ヒイナさんも賛同する。
「私たちの少しのわがままですが、それだけで充分なんです」