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シオン  作者: 八木九巳
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3・J(ジェイ)ウイルス

 私たちは大学のころは付き合っていたのだが、大学を卒業して進路の違いもあって関係が途絶えた。私は生涯独身を選び、未来は男と結婚して一男一女をもうけた。

 私は介護の仕事につき、大変ながらも充実した生活を送っていた。未来もシステムエンジニアの仕事をがんばりながら、子どもふたりを育てていた。幸せな人生を歩んでいた。

 しかし、半世紀以上前に新型ウイルスが流行り、全世界が混乱に陥る。

日本にも入ってきて変異し、強毒化したウイルスが老若男女問わず猛威を振るった。

 このウイルスは“J(ジェイ)ウイルス”と名付けられた。名前の由来はジャパンのJ。不思議とハーフやクォーターなど他国の血が入っている人たちは罹りもせず、罹るとしても昔から日本に住んでいる日本人にしか罹らなかったからである。

 この“Jウイルス”によって人口が一気に減り、担い手も働き手もいなくなった。しばらく日本はさらなる不況地獄に陥ってしまった。

 私は母以外の家族や親戚が全員死んでしまった。仲の良かったいとこや甥や姪やおじもおばも……。

 未来も子どもや旦那さんが死に、次々と親戚も倒れ、独りになってしまった。

 そんな私たちが再会したのは去年。介護付有料老人ホーム・シオンでのことだった。

 私はボケていなかったものの、未来のほうは半分ボケが進行していた。話は通じるのだが、こっちは細かいところまで憶えているのに、未来はボケのせいで大事なところを忘れていてもどかしかった。

 とはいえお互い90を過ぎ、人生の最期にかつてのパートナーと再会できて嬉しかった。これで悔いなくいつでも死ねる。そう思っていたときだった。

 ネットで「短期的人生再設計手術」という制度が話題になっていた。

調べたり職員に聞いてみると、条件がふたつあった。

 ひとつは昭和か平成生まれなら誰でも受けられるらしい。しかも費用は2000万円かかるところを国が7割負担する。実質600万円で受けられる。貯金ならお互いあった。

 ふたつ目は寿命が3年を切りそうなこと。医療が発達した今の時代、寿命も正確にわかるようになっていた。

 寿命が尽きる3年前からさらに約10日前に灰色の手紙が届くのだ。それを開けると、残りの寿命の日数を示した半紙と、これからの過ごし方や葬式や寺などのパンフレット類が入っている。余計なお世話だ。

 私のほうが届いてから数日後に未来のほうにも届いた。文字通り懸命に説得した。

 トイレも満足にできない、大好きなモチも食べれない、薬を大量に飲まなければならない、行動に介助が必要、できない尽くしのまますべてのことに諦めをつけて死を待つ――未来はそれでいいの? と。

 家族や親族に先立たれ、死の間際まで孤独に過ごした人生なんか納得できるはずがない。使えるものは使ったほうがいいに決まっている。やりたいことをやって死んだほうがいい。

 手術の成功率は100パーセントらしかった。良いことばかりを信じるわけではないけど、失敗した事例も今のところない。始まったばかりの制度だから、受けた人もまだ少ないのだろう。

 正直言って、私は失敗して自分が死んでしまっても構わないとも思っていた。寿命はわかっている。だからなんなの? 若いころのように活力のない、枯れ切った体で死を待つだけの人生なんて、今終わったって問題ない。

 手術した人たちはみな、20代〜30代ぐらいの羨ましいほどのハリやツヤに満ち溢れた姿形に生まれ変わり、活き活きと残りの人生を送っていた。

 やれ世界一周旅行、やれ遊園地巡りなど遊んで過ごしたり、自転車やバイクで日本一周を試みたり。老人が今何をしようたって気力体力が持たない。すぐ疲れるし眠たくなる。

 粘り強く数日間に渡って説得した結果、未来は手術を承諾した。半分ボケながらもようやく事態を飲み込めたのだ。

 私たちは意思を施設側に伝え、翌日には手術を行う病院の車が迎えに来た。

 そこから先の記憶は無い。気がついたらアパートの一室のベッドで、未来と並んで寝ていたのだ。



* * *



「明日香、アタシ仕事辞めたいわ」


 ソファでくつろいでいた未来がボソリと言った。私はタブレット型のアクリル板をいじっていた手を止め、横顔を見つめた。極端に目を細めている。これは何を言ってもダメなときの顔だ。


「いいんじゃない。何かあった?」

「リーダーが臭すぎる」

「ああ、あのスメルマン? 人の年齢で言うと、50を過ぎたおっちゃんだっけ? アンドロイドも設定によっては年を取るみたいだから、滲み出るものは出るよ」


 今の時代、労働者といえばアンドロイド。人間は管理者側かごく少数しか働いていない。未来が勤めている会社の部署も未来しか人間がいない。そのアンドロイドも人間のように個性があって、性別や年代や能力がバラバラなのである。

 ちなみにアンドロイドは人間の病気には罹らないし移らない。未来が職場の人間にインフルを移すことはありえない。


「加齢臭なら100歩譲ってまだいいよ。口が臭いの! 口が! 強は特にカメムシと死んだクワガタの臭いが混ざった臭いで具合悪くなるの!」 

「消臭効果があるオイルでも差し入れしたら」

「あんな奴に1リットル10万もするオイルをくれてやりたくない。自分の体のメンテナンスをロクにできない奴が、自分に使うとも思えないし」

「私といっしょに介護のバイトでもする? 利用者と話すだけでもいいから」

「介護かぁー……話せる話題がないし、手術の話をうっかり言っちゃいそうで怖いな」


 もちろん手術を受けたことは口外してはいけない。中には受けられない人もいるのだ。平成の次の令和生まれもまあまあ入所しているし。


「どっちがいいんだろうね。年を取って死ぬのか、若くして死ぬのか」

「贅沢な選択肢だなぁ。人によるんじゃないの。若くても大きな病気を患って、徐々に体の様々な機能がダメになっていて亡くなる人もいる。その人はある意味死ぬ間際の老人と同じと言えるし。生きることに対しての諦めの境地に辿り着いた人でもある」

「私たちは若くて健康だよ」


 未来が不意に溜息をついた。


「今から死ぬことを考えてたら、ご先祖様や先に死んだ家族や親戚に笑われるよ」


 未来から強めのデコピンを喰らう。そのおかげかわからないけど、頭に思い浮かんだ。


「私たちお墓参りに行ってない」

「確かに。施設に入ってたからしょうがなかったけど、インフルが治ったら行こう行こう!」

「私はパートで融通が効くからいいけど、正社員でしょ? 仕事はいいの?」


 未来は私が持っている同型のアクリル板タブレットに、指を滑らせている。


「今退職のメッセージを送った。アンドロイドと一緒に仕事なんてしてらんない。これこそ明日から晴れて自由の身だ!」


 晴れ晴れとした顔。よっぽど嫌だったのかな? 貯金もお互い10年何もしなくても生きられるぐらいあるし。派手に贅沢しなければどうにでもなる。


「墓、残ってるかな」


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