2・惚気る元老婆
未来が買ってきた惣菜をテーブルに並べ、私たちは少し遅い夕食を摂っていた。
「運動したあとのご飯はおいしいねー! 特にこのあんこ餅!」
未来はもりもり食べる。大好物の餅を頬張り、泣きながら食べていた。そりゃ、元の体じゃ食べれなかったけど、泣くほどなのか。
しかも一緒に風呂に入って汗を流したおかげなのか、運動のおかげかはわからないが、肌がツヤツヤしていてとても綺麗だ。
「ん? どうしたの? あんこでもついてる?」
首を振りながら、
「未来がとても綺麗だなって。見惚れてた。若いころに出会ったときのままだから」
未来はずんだ餅を頬張りながら、
「あのときはお互い一目惚れだったよねー」
私たちの出会いは大学のゼミだった。
私はそのとき、担当教授の部屋がわからなくて構内を彷徨っていた。そこへ声をかけてきたのが未来だった。
理想そのものだった。今と変わらない、日本人形のような黒髪ストレートロング。アイドルにも負けないキラキラとした目と整ったパーツ。透き通るような白い肌。華奢な体を守るかのような白いトップスに黒いペンシルスカート。
「一目見て護らなきゃと思ったよ」
私は生まれてから一度も男を恋愛対象として見れずにいた。そのくせ、好みは黒髪ストレートロングといういかにも男ウケするような女の子が好きだった。
「なんとしてもそういう娘がいたら、彼女にしたかったからね」
そんな私の格好は、黒髪のショートをワックスで遊ばせたような髪型だった。キリッとした眼鏡をかけ、なぜかYシャツにネクタイにスラックス。大学デビューを変な風に捉えた女の末路である。
「背もアタシより高いし、めっちゃカッコよかった! 中性的な顔がたまらなかった! でも、誰よりも立派なものがアタシを混乱に導いた!!」
未来が指差す先に私の胸。そう、自分で言うのもなんだが、大きすぎた。自然体で行ってしまったのは、サラシを巻いて潰すほどの根性もなかったからだ。
未来を始め、仲良くしていた友達から言われたのが、性癖破壊。
「イケメン顔で胸が大きいのは反則だし、誰だって好きになるよ」
「高校のころは全然だったけどね……」
「自己プロデュース能力がなかっただけでしょ。同級生イチのイケメンだって明日香にメロメロだったじゃない」
「そうだっけ?」
「キザなセリフ全開で明日香に迫ってたよ。明日香はキザなセリフを倍返しにして追い払ってたけど」
イケメンに言い寄られたことはまったく記憶にない。未来との過ごした記憶はひとつひとつ鮮明に憶えているのに。痛恥ずかしすぎて忘れているだけかな。
「……で、この話何度目?」
週の半分はこの話題になる。その都度認知症が再発したのかと思うぐらいだ。
「さあ? わからないけど、死ぬまで言い続けるよ。そんで死ぬまで褒め続ける。だってさ、嬉しかったんだもん! 最上で最高なパートナーに逢える人生なんて、また人に生まれ変わったとしてもないだろうし!」
「確かにね……」
恥ずかしげもなく全力で言ってくるんだもんなぁ。こっちの顔が熱くなるよ。
「本人を目の前にしての実年齢94歳の本気の惚気には参っちゃうね」
「実年齢を言わないでよ93歳」
「はいはい。あとね、惚気に流されそうになったけど、今の見た目はお互い20代なんだから、言動に気をつけて」
「どうして?」
「さっきの『老体』って言葉も使わないように。まるで若者がお年寄りを馬鹿にしてるようだから」
「……ごめん、ついクセで」
そう、私たちは1ヶ月前までは間違いなく、90を過ぎた老婆だった。