花と決意
==花と決意==
「会えない…会っちゃ、いけないんだ…」
少年は肩を微かに震わせながら、呟いた。
今まで記憶の女の子に会うため、ひたすらに前を見ていた姿とはまったく違う少年の姿に、キースは自分の行動に嫌気が差した。
何故、鉱石を与えてしまったんだ、と。
「何を思い出したんだ?何で…そう思うんだハルト。」
青年の問いかけに、口を閉ざすハルト。キースがもう一度名前を呼ぶと、少年は突然的外れなことを言い始めた。
「キースは敵討ちをしに行くんだろ…?政府に」
「あ…あぁ」
「誰を…殺されたんだ?」
「…!」
少年の確信を付こうとする言葉に、青年は頭が痛くなるのを感じた。
ハルトはただ、暗い顔で俯いて言葉を待つだけ。
そんな彼を見て、キースは大きな溜め息をついて膝をついていた床に腰を下ろす。
「……大切な、人を」
「…憎い、だろ。政府が」
普段の明るい表情は、キースになかった。遠いほうを見る目で、過去を思い出す彼の顔は苦痛で満ちていた。
「あぁ、憎いな。立場を理解させる為だ、とか言いやがって…何人も里の民を殺していった。笑いながらな。
殺した民の亡骸すら…アイツらは里に残していかなかった。全員、持っていきやがった。」
怒りをぶつけるように握られた拳が、震えていた。
少年はそれを見ると、天井を見上げて呟いた。
「思い、出したんだ」
「ハルト…」
「俺が…何故記憶の場所じゃなくて、政府の研究所にいたのかを」
その言葉に何かを察し、キースの表情は怒りから悲しみへと変わる。少年は取り戻した悲しい表情でただ、上を見上げていた。
まるで天井を通り越し、その上に広がる夜空を見ているように。
「壊したんだ、俺が。あの場所を…。
たくさんの人間が働いていた研究所も、あの子とよくいた花畑も」
(あの子が自分の花だ、と嬉しそうに笑っていた花すら…燃やしてしまった)
「それが会えない理由…か?」
「……。
殺したんだ。研究所にいた人間達を、たくさん…」
ハルトの言葉にキースは驚いたように目を開くが、すぐに目を伏せた。
「そう、か…」
「殺した人間の中に…いるんだ。
あの子の…父親が」
「…!」
「いつもカプセルから外に連れ出してくれて、色々なことを教えてくれた人だった…。
あの子の、大好きな父親だったんだ」
「…なんで殺したんだ」
青年の問いに、自分の手を見やる少年。その手を開いては閉じてを繰り返す。何かを確かめるように。
「…力が暴走した。理由はわからないが…。
暴走のせいで、体が意思とは裏腹に勝手に動いて…研究所が瓦礫の山になるまで暴れ続けた」
少年の言葉に、キースはどこか安心したように溜め息をついた。そして少年の手を握る。
ぬくもりの無い手は、どこか悲しく感じられた。
「ハルトのせいじゃ、ないっすよ」
「キース…」
「ハルトは政府とは違う。
自分の意思じゃなかったんなら…止められなかったんなら、仕方ないっす」
「仕方ないで片付けられることじゃない…。キースだって、憎んでいるだろ…!」
握っていた手を放し、青年はおもむろに立ち上がった。そして閉じていた窓を開け、夜空を見上げる。
「殺されたことに、俺は怒っているわけじゃない。
もしあの時戦争で、お互い戦っていたとすれば…潔く俺は犠牲を受け止めた」
「それじゃあ…なんで」
「…森の民そのものを、馬鹿にされ嘲笑われたからだ。
ハルト、あの子が自分を憎んでいるかもしれないって思ってるだろ」
キースの言葉に、少年は小さく頷いた。
それを見て青年は息を吐くと、またハルトの隣に行き彼の頭に手をおく。
「憎んでるわけ、ないっすよ。それにハルトは反省して、後悔してる。それが自分の意思じゃなかったとしても、悪かったと思ってる。
もし、憎まれていたとしたら…一発殴らせてやればいいっす」
そう言うと、いつもの笑顔で少年を見た。
ハルトはそんな彼を見て、大きな溜め息をつく。
「…キースって、単純だな」
「わ、悪かったっすね」
ハルトは青年の手を自分の頭からどかし立ち上がると、部屋のドアのほうに向かった。
「少し…頭を冷やしてくる」
そう言い部屋から出て行った。
1人残された青年は、ふぅと一息つくと窓の外を見て呟いた。
「単純なのはどっちっすかね?」
一階に降りたハルトは、目に入った花に吸い寄せられるように食堂に入っていた。
もうそこに宿主はいなく電気は消されていて、料理の匂いが微かに残っているだけ。
花瓶に入れられた花は、月明かりに照らされてキラキラと光っていた。
(……もしも…会いたくないと、憎いと思われていたら…俺はどうするんだろうか…。
それに、今思えばあの子が俺を覚えているかもわからない…。俺は…結局…)
「すがって、いたのか」
そう呟いてみれば、肩が重くなった気がした。
開いたままの窓から、風が流れ込み花と少年の髪を揺らす。
(人間に作られ、生きる意味も目的もない俺は…昔も今も、あの子にすがって生きていた…。
守るから、という…約束を口実にして)
少年の心に、何故という言葉が浮かんでは消える。彼は迷っていた。
何故あの子を探していたのか。
何故自分が作られたのか。
何故ここにいるのか。
考えても仕方ない、ただ前に進もう。そう決めたばかりだというのに。
求めてやまなかった記憶は、彼に残酷な現実をつきつけたのだ。
(もしここで…引き返せば、憎まれていないかもしれないという希望が、もてる)
そんなことを考えながら少年が見た先には、キースも見たあの絵があった。
一面を埋め尽くす、白い花。
「…!」
描かれていたのは、彼の記憶にもある花。
彼女の花だった。
(……守りたい)
綺麗でも、下手でもなかった。
ハルトが絵を見て最初に思ったのは、それだけだった。
(そうだ…この気持ちだけは…揺るがない)
ずっと暗かった少年の顔に、明るさが灯った気がした。絵を見たまま微かに微笑むハルト。
そして誓うように、呟くのだった。
「憎まれていても…いい。迷惑だと思われても。
守りに、行くから」
そんな誓いに頷くように、少年を見守っていた花は風に揺られ頷くのであった。
朝。
弓使いの青年は困り果てていた。
あの後、ハルトは戻ってこなかった。
ベッドに座ったまま彼を待っていたキースだが、深く溜め息をつく。
ハルトが行きたくないと言うのであれば、一人でまた旅をするつもりだった。しかしそれは青年の望まない結果。
キースは、ハルトを記憶の少女に会わせてやりたいと思っていた。
「はあぁ…」
宿のどこを捜してもハルトはいなかった。
キースに気付かれないよう、宿をこっそり抜け出してどこかに行ってしまった可能性もある。
青年は部屋の天井を見上げ、また溜め息をついた。
「何ボーッとしてる」
「うぉっハルト!?」
気が付くと、キースの目の前に少年がいた。腕を組んで睨むように青年を見ている。
「早く準備しろ、行くぞ」
「ど、どこ行ってたんだ!ってか、行くぞって…」
「決まってるだろ」
意地悪そうに笑う少年に、キースは自分の心配が杞憂であると知った。
そしていつもの明るい笑顔で立ち上がり、リュックを背負う。
「準備なら出来てるっすよ!」
弓を手にし、元気良く部屋を出ようとした青年に、ハルトは小さく呟いた。
「---」
「え?なんすか?」
「いや、なんでも」
すたすたと足早に部屋から出て行く少年に、青年は首をかしげる。そして置いていかれないよう、彼についていくのだった。
(いつか俺が、全てを取り戻せたなら…ちゃんと言ってやろう。
ありがとう…をな)
7話完