光の中で見つけたもの
==光の中で見つけたもの==
山を越えた頃には、外はオレンジ色に包まれていた。
近くに旅人の為の宿泊小屋があり、二人は重い足取りでそこへ向かうのだった。
(あの女が俺を見る、あの目…まるで…)
「ハルト、大丈夫っすか?」
少し歩く速度が落ちた少年に、青年は心配そうな顔を向けた。
少年は表情を変えないまま、小さく頷いて元の速度で歩き出すのだった。
「…」
青年はそんな少年の背中をどこか悲しそうに見やると、遥か遠くに見える空に浮かんでいるような真っ白な塔を、目を細めて睨むのだった。
宿泊小屋はこじんまりとしているが、木で出来たほんわかと暖かな場所だった。
ハルトとキース以外泊まる人がいないらしく、安い料金で大きな部屋を貸してくれた。
窓際のベッドに横たわってボゥっと天井を見上げている少年は、いつものようにグルグルと思考を巡らせていた。
まだまだ思い出せない過去の断片
山で襲ってきた政府の刺客の言葉
そして、自分の体を変えていく緑色の鉱石
(わからないことだらけで…頭が痛いな)
小さく溜め息をつけば、隣のベッドの座って弓矢の手入れをしていた青年が彼に視線を向けた。
「…ハルト。」
優しい声色で名前を呼ばれ、少し戸惑うように少年は声の主を見た。
「あまり悩むな。わからないことを考えても、答えは出ないことのほうが多いっす。
…独りで悩むのは水臭いっすよ。」
「…癖なんだ。頭の中で、考えてしまう…。いや、考えることしか出来なかった。
俺はずっと、観察物として過ごしてきた。」
「どういうことっすか?」
弓矢をベッドにおき、少年のほうに体を向け真剣な顔をするキース。何も語ろうとしなかった少年の過去に、興味を示したようだ。
ハルトはというと、そんな青年の姿にポツリポツリと話し出す。
「昔の記憶の場所でも、俺はカプセルの中にいた。それでも自由はあった。あの子と外で過ごした記憶はたくさんあるから…。
気が付いたら、つい最近までいた研究所のカプセルの中にいた。体中に管やコードを付けられて、薬を投入されて、自由を奪われて…。意識はあった。観察されていることも、感じていた。」
この間のことを、まるで遠い昔を思い出すように遠い目をして語る少年。それはあの日々と、今の時間がまるで違っていることを表していた。
「多分、あの鉱石と俺を研究していたんだと思う。あそこには鉱石があったからな。」
鉱石に触れた瞬間の出来事を思い出す。体中が熱くなって、力が暴走する。記憶が走馬灯のように頭に浮かび…気が付いたときには少年は空の上だった。
「俺を逃がしてくれた男は、俺の力の暴走のせいで…死んだかも、生きているのかもわからない。」
「……」
青年はただ、ジッとハルトの声に耳を傾けていた。
そして何を思ったのか、急に彼の頭を撫で始める。
「…キース?」
「頑張ったな、ハルト。俺だったら耐えられねぇ…。政府はホント、酷いことするな。」
暖かい手のひらに、ハルトは目を細める。少年の重かった心は少しだけ、軽くなった気がした。
「なんで昔の場所からあの研究所に移されたのかとか、まだ全然思い出せないが…
俺はもう、大丈夫だ。」
(キースがいるから、なんて言えないけどな。)
「でも、独りで悩むのは禁止っすよ!」
そう言ってキースは少年の小指と自分の小指を絡め、約束を交わした。
少年が頷くと、青年は二カッといつものように笑って立ち上がった。そして背伸びをすると、
「小腹空いたから下にいってご飯食べてくるっす!」
と元気に言い部屋から出ていった。
(わからないことを考えても…仕方ない。
あとは平原を南にずっと行くだけ。里に行ってあの子に会わなければ。)
一息ついた少年は、これ以上無駄なことを考えぬよう部屋の本棚にある本に手を伸ばすのだった。
「…ハルトの指…冷たかったっす。」
少年が人間ではない、という事実を改めて知った青年は、今だ感覚の残る小指を見つめていたがぐっと拳を作って階段を降りた。
「お腹空いたっすー。」
「おぉ、今作ってるから座って待ってるといい。」
一階の食堂に行くと、奥のキッチンにいた宿主が笑って声をかけた。
青年はキッチンに近いテーブルの椅子に座って、飾られている花や絵画を眺めた。
「この絵…。」
「綺麗だろう?花の民が描いた花畑の絵だ。定期的に里から行商人が来るんだが、あまりに綺麗でつい買っちまってなぁ。」
「じゃあ花も?」
「勿論里のもんだ。」
「…。」
青年はどこか複雑そうに絵画を見る。ふと目を閉じ、次に開ける時にはいつもの明るい表情に戻っていた。
「…見たら喜びそうだ。」
そして二階にいる同行人の少年を思い浮かべ、笑うのだった。
青年が絵画を眺めていると、香ばしい匂いと共に料理が運ばれてきた。
「お待たせしました。」
「いただきますっ!
…ところで、あわーい緑の光を放つ鉱石知らないっすか?」
モグモグと料理を口に詰め込みつつ、青年は宿主に問う。
少し考えた後、宿主は小さく声を上げた。
「そういえば…見たことねぇ鉱石をこの前平原で拾ったっけなぁ。色も緑だった。」
「!ちょっとそれ見せてくれないっすか?」
「あぁ、ちょっと待ってろな。」
食堂から出て行った宿主を見、キースは料理を流し込んでいく。
もしかしたらまた、ハルトが少し人間らしさを取り戻せるかもしれない。そう思うだけで青年の心はいっぱいになっていくのだった。
「ハルト!」
バンッと部屋のドアが勢いよく開くと、青年が嬉しそうに入ってくる。本を置き、何事だと青年を見やる少年。
「ゲットしたっすよ!」
そう言ってキースが差し出したのは、あの緑の鉱石だった。それに驚いた少年はただ呆然と彼を見る。
「宿屋のおっさんが、平原で拾ったらしいっす。別に価値もないから好きにしろってさ。」
少年の手を取ると鉱石を握らせたキースは、ニッコリ笑っていた。
ハルトは自分の手にある鉱石に視線をやり、ポツリと呟いた。
「…驚くなよ?」
「もう散々驚いてるっす。今更何があっても大丈夫っすよ。」
明るい表情のまま、彼はそう言った。
それに安心したように、ハルトはベッドから立ち上がった。そして窓の外を見る。
真っ暗になった空に浮かぶ星と月。それに照らされている、超えてきた山。どっしりとそこに佇むそれは、風に木々を鳴らしていた。
「…。」
一息つき、少年はそっと胸に鉱石を当てた。
淡い光が、部屋にあふれた。
少年の中に入っていく緑の光。
その光は眩しすぎず、でも明るく、優しい光。キースはその光に見惚れて立ち尽くしていた。
少年は光を抱くように、目を閉じた。
周りは火の海だった。
机の上に山済みにされていた資料は黒い炭と化し、そこで忙しそうにしていた人間は床に伏していた。
檻だったカプセルは割れ、液体が床を流れていく。そしてそれすらも、炎に飲まれていく。
そこに少年は、いた。淡い緑の光を、体に纏って。
建物が崩れる音が響く。断末魔すら聞こえてきた。
(やめて…)
少年の手から放たれるエネルギーは、閉ざされた扉を爆発させ大穴を開ける。
(やめてくれ…)
意思とは裏腹に動く体は、開けた大穴に向かう。抜け殻と化した人間の体を踏みつけながら。
「っ…ハルト…!」
そこに、1人の人間が現れた。茶色の髪に眼鏡、そして白衣。ここの研究員の1人だった。
「落ち着けハルトっ俺がわからないのか!?」
彼はゆっくり、少年に近寄っていく。
(来るな…)
少年は、込み上げる力が爆発しそうなのを感じた。しかし声は出ず、体も動いてはくれない。
男性がハルトの腕を掴んだ、その時だった。
少年の体から放たれたいくつのもエネルギーが、彼を切り裂いた。
(やめてくれ…俺は……!)
「ハルト…?」
キースの困惑した声が、部屋に響いた。
淡い光がおさまった途端、少年が床に崩れるように座り込んだのだ。
そして、その頬には…一筋の雫。
無表情のまま涙を零した少年に、青年は顔をしかめもう一度名前を呼んだ。
「ハルトっ…!」
涙を流したということは、また一つ表情を取り戻したということになる。しかしそれに喜んではいられなかった。
少年は、ピクリとも動かない。
キースはハルトの肩を掴み、少し揺さぶった。
「おいっどうしたんだ!?ハルト…!」
「っ…。」
少年の眉がピクリと動き、そして息を呑んだ。
その口から呟かれた言葉に、青年は胸が締め付けられることになる。
「俺は…あの子に会う、資格がない…。
里には、行けない…。あの子に、会えない…!」
6話完