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聞こえない答え

==聞こえない答え==




その日も二人は小さな丘の上で、大きなサクラの木にもたれかかって風を浴びていた。

「荒れ果てた大地には、花も草木も見当たらず…人は衰退していったのです」

古びた本を両手でしっかりと持ち、隣の少年に話して聞かせている少女。

どこか楽しそう、嬉しそうな彼女に、少年も微笑みを絶やさない。

「突然、空から舞い降りてきたいくつもの光。

それは大地へと降り注ぎ、エネルギーとなって草木を蘇らせ、水を溢れさせ、生き物を救ったのです」

そこまで読むと、少女はパタンと本を閉じてしまう。そして少年のほうを見て、微笑んだ。

「その光が緑光石(ライトオブハデス)、ハルトの--」




それは新しく思い出した、少年の記憶。


閉じていた目を開けると、外はもう太陽が昇り明るくなっていて。鳥の歌う声と、すでに忙しそうに働き始めていた集落の人間の声で賑わっていた。

ずっと考え事をしていた彼が、ふとした瞬間に思い出した過去の記憶。

睡眠を必要としていない今の彼が見るはずの無い、夢のような感覚であった。

隣のベッドを見ると、ガーガーといびきをかいて寝ている弓使いがいる。幸せそうに眠る彼が少し、羨ましく感じる少年だった。


昨日の丘の上でのこと。鉱石が自分の中に入ると同時に感じた、胸に広がる暖かい感じ。あれがなんだったのかはわからないが、少年が少しだけ表情を取り戻したのはあの鉱石の力なのだと、彼は考えていた。

あの後、キースのところに戻ると「表情が少しだけど柔らかくなったっすね!」と嬉しそうに言われたのである。

もしあの鉱石がハルトを人間らしくしていた原因ながら、全ての説明がつく。

過去に必要としていた食事、睡眠が今はまったくいらないこと。笑って、泣いていた表情が今は無いこと。

施設で体から出て行った淡い緑が、機械の彼にそれらを与えていたならば。

また一つ、ハルトの旅の目的が増えたのであった。

「んー…

いでっ!」

隣のベッドに寝ていた影が、落ちた。

少し呆れたような顔で落ちた本人を見て、声をかける。

「…大丈夫か?」

「っつー…あ、おはようっすハルト!」

普段一つにまとめられている彼の長い髪は、彼の寝相と今の落下によってぼさぼさになっていた。

「早く顔洗ってこい。朝飯がいらないならゆっくりするといいが」

「行って来ます!」

少年が単調に言い放った言葉に焦ったのか、キースはシャキっと立ち上がると足早に洗面所へと向かった。

彼を焦らせたハルトは小さく笑いをこぼすと、朝日に光る窓を開けて外を眺めるのだった。






「本当に助かったぜ!道中気をつけてな!」

武器屋の店主と子供達に見送られ、二人は集落から旅を再会させた。

お礼だと渡された果物や干物、疲労を軽くする薬などが詰め込まれたリュックを担ぎ、道を歩く二人。

「鉱山に行く途中、もう一つ道があったっすよね。そっちの方向が花の民の里っす。

つっても…山を越えないといけないっすけど」

地図と遠くに見える山を交互に見ながら青年は呟くと、「遠いっす」と苦笑した。

しかし少年は遠いのは百も承知と言わんばかりに足を止めることはない。遠かろうが、彼は行かなければならないのだから。

「キース、俺が持っていた緑の鉱石と同じものをどこかで見たことはないか?」

「…ないっすね。どうしてっすか?」

少年はまだ、キースに告げていなかった。昨日の丘で起きた出来事を。

迷っていたのだ。

「何かあったっすね」

見抜いたように呟いた青年に、ハルトは小さく頷くだけで詳しく話そうとしない。

そんな少年にキースは仕方なさそうに溜め息をつき、いつものように笑うのだった。

「ま、話したくないことを無理に話させるつもりはないっす。誰にでも秘密はあって当然っす」

何故こんなにも謎が多く、人間じゃない自分と一緒にいてくれて、そして笑顔を向けてくれるのか…。ハルトは不思議に思ったが、彼の存在が必要なのだとどこかで理解していて。

どこか嬉しそうに、口元を緩ませるのだった。

「ハルト、今は食欲もないし眠くもならないって言ってたっすよね」

「そうだが…」

「表情が少し戻ったんだから、きっと時間が経てばお腹も空くし眠くもなるっすよ。ちゃんと俺が見てるっすから!」

「自分の変化くらい気付ける。キースは俺のことより、自分の内面について考え直していろ」

「あ、なんすかそれ。もしかして馬鹿にしてるっすか!?」

他愛も無い会話をして歩いていれば、目的の山はすぐ目の前に迫っていた。





「ここを超えたらあとはまっすぐな平原っす。まぁ里までかなり距離はあるっすけど…」

山の麓にやってきた二人は、高々とそびえ立つ目の前の山を見上げた。

今まで歩いてきた、しっかり整備された道は山の奥まで伸びていて、旅人を迎え入れる。

しかし二人は、立ち止まったままである。理由は道端にしっかり立っていた看板に書かれている注意文。

『魔物多数出現。一般人立ち入り禁止』

近くには小屋があって、中から人がこちらを伺っていた。もし山に入ろうとしたら止めるつもりなのだろう。

キースはうーん、と唸ると、小屋のほうに走っていった。ハルトは近くの大きな岩に腰かける。そして息を吐きながら空を見上げた。

綺麗な青い空に、真っ白な雲が浮かんでいる。そこをピチピチと声をあげながら飛んでいく小鳥。

(どう見ても平和じゃないか)

ボーッとそんなことを考えていると、小屋に行っていた青年が嬉しそうに戻ってきた。

「ハールト。俺の名前を出したら、キースさんなら大丈夫だろう!って。通してもらえるっすよ」

小屋の中にいた男性の声真似をしつつ説明した彼に、少年は腰をあげた。

「なら、さっさと行こう。山で野宿はごめんだ」

今日のうちに山を越えたいと、ハルトはすたすた山の奥に伸びる道を歩き出した。それにキースも続き、遠くを見た。

「まぁ、普通に歩いてたら夜には反対側に出られそうっすけどね」

「あぁ」

山の中に入ると、先程までいた平原とは全く違う光景が目に入ってくる。

魔物の骨。誰かが落としていったであろう袋。折れた剣の先。さまざまである。

そして生態系もまた、然り。

突然岩の影から飛び出してくる魔物達。時には空から鳥類の姿をした魔物も襲ってくる。そんな中二人はそれぞれ得物を構え、襲いくる影を斬り、打ち抜き、前へ進んでいく。

「…一つ違う道で、こんなに魔物も違うのか」

「そりゃそうっすよ。俺達人間だって民によってそれぞれ住む場所がある。よみの民だって、いろんなところにいろんな民が住んでるっすよ」

住んでるっていうかわからないっすけど、と付け足して微妙そうな顔で笑うキース。

ハルトは自分の頭の中に詰め込まれていた情報だけが全てじゃないということを確信し、「当てにならないな」と小さく自分に向かって呟いた。

「なんすか当てにならないって!」

「あ、いや、お前のことじゃない」

そうこうして、奥へ進んでいくと大きく開いた場所に出た。どうやら道の中間地点らしい。

ずっと上り坂だった道が、奥を見ると下り坂になっている。それに弓使いは嬉しそうに背伸びをした。

「やーっと下り坂っすね!」

「少し休憩するか…」

「お腹空いたっすよ」

近くにあって木で出来たベンチに座って、鞄を漁り始めるキース。少年は隣のベンチに座って空を見上げた。

空は山に入る前と同じ、青く澄んでいた。

(空は同じ、なのにな)

少年が隣を見ると、集落で貰った果物にかぶりつく青年が見えた。頬にカスをつけて、美味しそうに頬張る彼にハルトはぶっと噴き出す。

「な、何笑ってるっすか」

「もうちょっと綺麗な食べ方は出来ないのか、お前」

目を少し細め、口元をあげて、微かに笑っている少年。

それを見て、彼も笑顔になるのだった。



そんな穏やかな空気を壊す音が響く。

何かが刺さる音。

青年が自分の隣に置いておいた果物を見ると、短剣が真ん中を貫通していてベンチにまで突き刺さっていた。

二人が真正面の崖上を見上げると、人影が見えた。

「誰だ!」

ハルトは立ち上がってグラディウスを構える。

その人影は崖を飛び降り、二人の前に着地して被っていたフードを脱ぎ顔を見せた。

まだ幼い顔立ちの残る少女。彼女は口角をにやりと上げると、バッと何本もの短剣を取り出し片手に3本ずつ持ち構えた。

「見つけましたわ、テスター」

そう呟くと、グッと踏み込みハルトに突進してきた。そして6本の短剣で少年を斬りつけ攻撃を始めた。

ハルトはグラディウスとダガーナイフを使って器用に少女の攻撃を受け止めていく。しかし受け止める度後ろに下がる彼は、徐々に崖の壁に追い込まれていく。

「ッ…!」

「くらえっ!」

背中が壁にぶつかり怯んだ隙を見て、少女は短剣を少年の懐を目掛け振り下ろそうとした。

しかし、少し遠くにいたキースが放った矢を避けるため、後ろへとジャンプし距離を取った。

ハルトは剣を持ち直し、目の前の少女を睨んだ。

(この女…相当手馴れている…)

「ちょっと、邪魔しないでくださいません?用があるのはテスター1人ですの」

「そりゃ人違いっすね。そこにいるのはハルトっす」

威圧のある声でそう言うと、青年は何本も矢を放った。少女は慣れた動作で矢を受け止め、避ける。激しい動作で乱れた、二つに結われた髪を手でフワッと後ろに流しながら、彼女は呟いた。

「人違いなんてことありませんわ。私は政府の者。そこにいるテスターを回収、または破壊を命じられてここにいるのです」

政府。少年はその言葉に、更に武器を持つ手に力を入れた。

政府がやはり追ってきた。この数日来なかったほうが不自然だったのだが。

青年も政府という言葉に反応し、いつもの穏やかな雰囲気が感じられない冷たい空気を放ち始めた。

「政府が…なんでハルトを…?」

「あなたには関係ありません。

戻る気はないのでしょう?ハルト」

嫌味のように名前を呼ばれ、少年は素早く少女に近寄るとグラディウスを振り下ろした。

しかし少女はそれを避け、少年の頭上を飛び越えると背後から短剣を投げる。それはキースの矢によって打ち落とされ、政府の少女は舌打ちをして地面に足をつけた。

その隙を狙って、一本の矢が飛んでくる。それは少女の右腕に命中し、更にそれに怯んだ少女にハルトは得物で攻撃をする。

剣が風を切る音がした場所には、少女の髪が少量散っていた。

「…覚えていなさい、テスター」

声は崖上から聞こえた。いつの間に、と二人が頭上を見上げると、矢が刺さっていた腕から血を流している少女はそこにいた。

「あなたは逃げられない。どこまでだって追いかけて、壊してやりますわッ」

そう告げた彼女はマントをひるがえし、その場からハルト達とは逆のほうに飛び降りた。その瞬間、山にドラゴンの鳴き声が響く。

頭上を真っ黒なドラゴンが飛び去る。その背中には、フードを被った人影が見えた。

「アイツ…竜の民…」

キースの呟きは、静かになった山に響いたのではないかというくらいハッキリ、少年の耳に届いた。

また一つ増えた謎。テスター。

日に日に増えていく、自分自身の謎に少年は頭が痛くなるのを感じた。




5話完

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