緑の光
==緑の光==
鉱山に行くまでの道は綺麗に整備されていて、つい最近まで使われていた痕跡がいくつもあった。
ハルトとキースはその道を並んで歩いていた。勿論、噂の鉱山の魔物を退治する為である。
「突然強い魔物が現れる…最近よく聞くっすけどなんなんすかね」
「聞かれてもな」
この世界には、魔物と呼ばれる民がいる。民といっても人間の姿をしているわけではなく、それは荒々しい狼であったり、人間に近い姿のゴブリンであったり。誇り高き民と呼ばれているはずのドラゴンですら、意思を持たない化け物と化すと魔物と呼ばれることもある。
それらは全て、よみの世界の意思に囚われた『よみの民』であった。
「よみの世界に何かあったんじゃないかーとか、良く噂されてるっすけど…
よみの世界ってどこにあって、なんなのかすらわかってないっすよね」
「海に隔離された小さな大地とか、空の果てにある世界とか学者は言ってるらしいがな」
頭に入っていた情報に、少年は何故か頭が痛くなる。
(そんなもの、学者が見ているただの夢物語にすぎない)
目の前に真剣に考えている青年には、本心は告げない少年。
何故だかはわからないが…口に出せないでいた。
「あ、あれっすね!」
大きな山の麓まで来ると、山が口を開いているような空洞を見つける。どうやらここが鉱山の入り口のようだ。
あたりには鉱石採取に使っていたであろう道具やら、タンカーやらがゴロゴロと転がっていた。しかし人気はない。やはり鉱石を誰も取りに来なくなってしまったようだ。
「結構集落から近いし…こりゃ放っておいたら危ないっすね」
「行くぞ」
腰にぶら下げた鞘からグラディウスを抜いて、ハルトが中に入ろうとした
その時だった。
「うわぁぁんっ」
「どうしようっどうしようっ…!」
鉱山の中から、子供の声が響いてきた。キースは驚いたように中に駆け出し、ハルトもそれに続く。
ゴツゴツとした足場の悪い、薄暗い鉱山の中には2人の子供が抱き合って怯えていた。
(…!)
その子供達は、昨日ハルトを見て逃げ去ったあの子供達であった。
「なんでここにいるんだっ、危ないだろ?」
いつものふざけた口調も明るい表情もなく、ただ真剣に子供達に駆け寄ったキース。
子供達の前にしゃがんだ彼は、安心させるように頭に手を置いて声をかけた。
「フーが…フーが…っ」
ボロボロと涙を流し、必死に顔を拭っている女の子はうまく言いたいことが言えないのかえぐえぐと泣くだけ。
もう1人の男の子は目に涙を溜めたまま黙っていたが、ハルトを見るとハッとしたような顔をして彼に駆け寄った。
「フーを助けてッ助けてください…!」
「…何があったんだ?」
自分に駆け寄ってきたことに驚いたハルトだが、しゃがんで目線を合わせて優しく聞いた。
男の子はそれに安心したのか、涙を必死に堪えながら説明を始めたのである。
「ま、魔物が…ホントにいるのかって、話してて…フーが確かめようって、言って…奥まで入っちゃって、フーが、フーが大きな手に、つか、つ、掴まれて…それで…!」
二人は男の子の言葉で状況を理解した。子供達は押し潰していた恐怖が一気にあふれ出したのかおお泣きを始める。
しかし泣き止むまで待っていたら、魔物に襲われたであろうフーという子供が助からない。
「集落まで帰れるっすよね?フーのことは任せるっす」
「男なら、あの子を守ってやれ」
子供達は泣きながらも手を繋いで入り口に走っていった。
二人はそれを見送ると、武器を持ち直して真っ暗な奥を見やる。
「事態は深刻だな」
「ハルトの実力うんぬん言ってる場合じゃないっす」
合図も何もないというのに、同時に走りだす二人。微かな松明の光を頼りに奥を目指し進んでいく。
途中で何度も、鉱山にもともといたであろう魔物達に襲われるが、ハルトが先行し敵を引き付けキースが遠くから急所を確実に打ち抜いていく連携プレーに、魔物達は手も足も出ず二人を奥へと誘っていくのだった。
「結構奥まで来たが…」
魔物と暗闇が蠢く鉱山の中で、二人は必死に子供を捜し回る。
何度も行き止まりにあい、新しい道を探しと奥へ奥へ来た二人だが今だに恐ろしい魔物も子供も見つけられていなかった。
「待つっす。何か聞こえる…」
まだ奥へ進もうとしていたハルトを制し、キースは人差し指を口に当てて耳を澄ませる。
何かが聞こえたのであろう、閉じた目を開いて進もうとしていた奥を見た。
「奥から風の音が聞こえるっす」
さすがは森の民、というところであろうか。微かな音に気が付いた彼は少年を差し置いて走り出す。それに少年も続き、二人は奥へ向かった。
光が、見えた。
「ここは…」
鉱山の中のはずだが、太陽の光が穴の開いた天井から降り注ぐ大空洞。
幻想的に見えるそこに、目標はいた。
日の光に気持ち良さそうに目を閉じて寝ていている大きな狼の姿をした魔物と、それの何倍も小さい子供。魔物の近くにある岩場の上に、彼は怯えたように座っていた。
「ハルト、俺があの子を助けてくるっす。もしアイツが起きたら…」
「わかってる。任せておけ」
二人はコソコソっと言うと、顔を見合わせそれぞれ行動に出た。
青年は子供を助けるため、いくつも地面から突き出た岩場を身軽に飛び越え徐々に子供のいる岩場に近づいていく。
ハルトはその場で待機し、いつでも飛び出せるようにと武器を構えた。それまでずっと使っていなかったダガーナイフも取り出して。
キースは子供の傍に綺麗に着地をきめ、そっと手を差し出した。
子供は突然のことに驚いて、目をパチパチと瞬かせる。
「君がフーっすよね?怪我はないっすか?」
「な、なんで僕の名前…」
「お友達に助けてほしいって頼まれたっす」
子供は安心したのか、元気よく立ち上がろうとした。それが仇となってしまう。
崩れかけていたのだろう、フーの足場が崩れ彼は魔物のすぐ傍の地面に落ちてしまったのである。
「ッ…!!」
伸ばした手が間に合わず、キースは悔しそうに顔を歪め弓を構えた。
それと同時に起きてしまった魔物が立ち上がる。全長が3メートルはあるだろうというその大きな体を震わせ、叫んだ。
-ガルルルルッ…!
子供は目の前の魔物に怯え泣き叫び、その場にうずくまる。
岩場の上の青年は矢を魔物に命中させひるませると少年の名を叫んだ。
「ハルトっ!!」
「わかっている!」
子供を助ける為走り出していたハルトは、目の前で大きく揺れる魔物の尻尾を2本の剣で斬りつける。
魔物は悲鳴のような叫び声をあげ、そして尻尾は大きな音を立てハルトの後ろに落下した。
キースは敵を引き付ける為、ハルトのほうを見かけていた魔物の顔を目掛け矢を放った。
それは見事目標の目へと命中し、魔物は更に悲鳴を上げる。そして痛がるように前足を振り上げた。
「やべえっ!」
その足は子供のいる地面へと振り下ろされようとしていた。キースが矢を放とうとするが間に合わない。
ハルトがギリギリで子供の前に間に合うが、このままではハルトも共に勢い良く襲い来る魔物の足に踏み潰されてしまう。
(さすがに俺でも受け止めきれない…ッ!)
ハルトは剣を構え、目の前の大きな魔物の足を睨みつける。
青年がダメかだったか…!と目を細めたその時、
奇跡のような光景がうつった。
ハルトが剣を自分と子供を庇うように構えている。
そんな少年と子供を守るように、淡い緑色を放つ透明な壁が二人を包んでいた。
その光はハルトの胸元からキラキラと壁に集まり、更なる力を引き出す。
魔物の足が壁によって受け止められると、周りに転がっている石が浮き上がるほどの風が巻き起こったのだ。その風は魔物を足元から切り裂き、大ダメージを与える。
子供も、ハルトも、キースも、その光景に驚いた。
魔物は目に光を無くし、その場に大きな音と砂埃を巻き起こし倒れた。しかしまだ死んだわけではない。
キースはそれを見抜き、急所である心臓付近に三本の矢を同時に放つ。その矢は空中で別々の方向に飛んでいくが、突然止まりそして一斉に一点目掛け飛んでいった。
それは確実に魔物の心臓に刺さり、叫び声を上げて魔物は絶命していったのである。
青年が一息つき、少年達のほうを見た頃には壁はなくなっていた。岩場から飛び降り、二人に駆け寄る。
「大丈夫っすか!?」
「あ、あぁ」
ハルトはマントは服に付いた砂埃を払って返事をした。子供はというとまだ怯えていて、うずくまったままである。
「もう大丈夫っすよ」
青年は優しく笑いながら頭を撫でてやる。すると子供はキースに抱きついて、叫ぶように泣き始めたのであった。
「…」
ハルトは、今だ胸元で淡い光を放つ鉱石を見た。
昨日海岸で拾ったそれは、ベルトを買ったときに一緒に買った紐でネックレスにし首からぶらさげていたのだ。
少年が鉱石を一撫ですると、反応したように光を無くし大人しくなる。
青年は色々言いたいことを飲み込み、笑顔で少年を見た。
「戻るっすよ、ハルト」
「…あぁ」
その夜、集落は大騒ぎであった。
皆が怯えていた魔物は倒された。しかもその魔物を倒した二人は子供も助け、英雄扱いである。
次々に運ばれてくる食べ物にキースは嬉しそうにかぶりついていたのだが、ハルトは1人集落の静かな丘に来ていた。
夜風が髪を撫で、木々を揺らす。少年は草の上に座り、鉱山で自分を助けた鉱石を手に取った。
(これが俺を助けた。あんな力があったなんて…。それに、何故あれまでの戦いの中であの時だけ…?俺が危機にあったから…?)
思考を巡らしても、答えは返ってこない。一人小さく溜め息をついた彼の耳に、声が聞こえた。
「ハルトっ」
それは鉱山で助けたフーの声であった。フーは元気に少年に駆け寄ると、満面の笑みで頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。それから…昨日は逃げてごめんなさい」
ハルトはなんと答えていいかわからず、ただ彼の頭を撫でただけであった。
それでも嬉しかったのか、フーは顔をあげて照れたように笑う。
「ハルトはご馳走食べねぇの?」
「…お腹が空かない」
「ふぅん…」
(昨日から…何も食べていないのに)
そう、彼は昨日から何も口にしていなかった。水も、食べ物も。
確かに施設にいるときから食べ物というものは食べていなかったが、栄養剤は投与されていた。事実食事と同じことはしていたはずなのである。過去の記憶の中でも、少女と食事をした覚えはある。
しかしそれが、昨日からそういうことをしていないというのに辛くならない。空腹というものがなくなっていた。
(機械の体では、栄養を取るほうが不自然だったわけだが…何故だ…?)
「なぁハルト!」
また思考を巡らしていた彼に、フーは元気に声をかけた。
彼は夜空を見上げて、目を星に光らせながら呟いた。
「俺、ハルトみたいに強くなってここを守る」
「…あぁ」
まるで昔の自分を見ているようで、ハルトは同じように空を見上げて頷いた。
「大切なものを、守るんだ!」
そう笑顔で言った男の子に、少年はまるで決意のように言葉を呟くのであった。
「俺も、守る。大切なものを…」
その瞬間、丘が淡い緑に包まれた。
胸元の鉱石が、鉱山のときのように光始めたのである。
何事だとフーが驚いて瞬きをしていると、更にそれは光を増す。
そして、少年の体の中に入ってったのである。
「は、ハルト…!そ、それ入って…!?」
「…」
施設でいくつもの鉱石が、自分の体から出て行った。
それの一つが今こうして、戻っていく。
ハルトは不思議な気持ちでそれを見ていた。
完全にハルトの中に入ったそれは、まるで存在を主張するように一度強く光ると、最初から何もなかったかのようにハルトの中に姿を潜めたのである。
「どこも痛くないか!?ハルト!」
目の前で起きた現実味のないことに、フーは少年を心配した。
「あぁ、大丈夫だ」
ワタワタと焦るフーがおかしく見えて、
少年は微かに笑って、答えたのだった。
4話完