捜しものと消えたもの
=捜しものと消えたもの=
(あれは…そう、真っ白な花の…)
泣かないで 笑って
少年はいつも、願っていた。
彼女は泣いてばかりいて、その涙を見るたび心がズキンと痛み出す。その痛みはどこまでも広がって…流れるはずない雫が瞳の奥からこぼれそうになった。
「泣かないで」
その日も、彼女は泣いていた。
真っ白な花に囲まれて、一人膝を抱えて。
少年は、何故泣いているのかとか、理由なんて聞かなかった。ただ…泣いているところを見たくない、それだけで。
「ハルト…ハルトッ…」
彼女は傍に少年が来たら、いつも泣き止むまで少年の名前を呼び続けた。しかし、その日は違った。
「ハルトも…私の前からいなく、なるの…?」
ズキン、と、少年の心は悲鳴を上げた。彼女の言葉は聞いたことのないほど嗄れていて、悲しそうだったからだ。
「いなくならないよ、---」
(聞こえない、彼女の名前)
「傍に、いてくれる…?」
「いるよ、だから泣かないで」
顔を上げた彼女は、涙でグシャグシャな精一杯の笑顔を少年に向けて
「ありがとう」
(この時だ…
守りたいと、思ったのは…)
冷たい水の感覚と、ザワザワと騒がしい周囲の声に目を覚ます。ゆっくりと目を開けた少年は、自分が砂の上に倒れていることに気付いた。
「起きたぞっ」
「生きてる」
「怖いよーっ」
ゆっくり体を起こすと、少年は数人の子供達に囲まれていた。純粋である彼らは、浜辺で倒れていた少年が起きたことに驚いているのか少し距離をあけてコソコソと話している。
ハルトは目を閉じて、自分の身体の中を調べるプログラムを発動させる。耳元の機械が光を走らせ、稼動していることを示す。
(異常なし…海水は体内に入らなかったか)
機械に海水は大敵である。ハルトを動かしている部品が錆びてしまったら、彼は動けなくなるのだから。
自分に異常がないことを確認すると、少年は自分を奇妙なものを見る目で見ている子供達に視線を向けた。彼らはびくびくと体をくっつけ合って怯えていた。
「驚かせて悪かった」
ハルトは精一杯の笑顔を向け、彼らを安心させた…つもりだった。
しかし子供達はまだ怯えたままである。
「怖いよーっ!」
1人の子供がそう叫びその場から走り去ると、他の子供達も後に続いて少年の前から逃げ出した。ハルトは1人取り残され、困惑する。
「子供は笑顔を向ければ安心する…はずなのに」
自分の頬を指で一撫でして、はぁとため息をつく。
ザザァ…という波の音に、少年は目の前に広がる大海原を見つめた。
「ここが…人間の住む世界」
暫く彼はそこで海を眺めていたが、自分の服が濡れていることを思い出し我に返る。
(このままでは外部に損傷が…どこかで乾かさないと)
グライドから貰い身に付けていたマントを脱ぎ、ゆっくり歩き出す。浜辺には少年の足跡が刻まれ、流されていった。
(何故…俺は施設から落ちた?記憶が抜けている…グライドは無事なのか…?)
グルグルと思考を巡らせていると、目の前に波にユラユラと光を曲げる鉱石が目に入った。
それはハルトが空中で手に握っていた、あの緑色の鉱石である。それを少年は手に取り、砂を払った。
(これを施設で見て、何かを…何か大切なことを一瞬思い出した気がする。
思い出して…俺は…?)
そこまで考えて少年はハッと空を見上げた。鉱石を握る手に、無意識に力が入る。
(そうだ、コレと同じものが俺の体から出ていって…何か大きな力が暴走して…)
ズキンと頭が痛む。少年は痛みにその場にしゃがみ、頭を抱えた。
ズキン、ズキン、ズキン…
痛みは治まるどころか、増すばかり。
(あれ、は…二度目…そう、一度目は…!)
ハルトは思い出しかけたものを求めるように、視線を砂から前方に向けた。その瞬間である。
ヒュンッ
風を切る音と共に、何かが彼の目の前を横切った。
それは飛んでいった方向の木に、刺さった。
「矢…?」
立ち上がって自分の目の前に飛んできた矢がきた方を見ると、青々と茂る森があった。
「あぁ、なんだ人っすか」
のん気な声が聞こえると、森の木を揺らし1人の青年が地面に着地する。
弓を片手に持っているところを見ると、ハルトに矢を放ったのはどうやら彼のようだ。
「怪我ないっすかー?」
あははと笑いながら青年はハルトに近づく。しかしハルトは攻撃された身とあって、警戒し距離をとった。自分を追ってきた政府の人間かもしれない、と。
しかし警戒されている青年はというと、ハルトに距離を取られ少し複雑そうな顔をするも気にしていないのか、自分が放った矢を取りに走っていた。
矢を回収した彼は、再び少年の元に戻ってくる。
「いやぁ、人だったとはわからなかった。水飲んでる真っ白な猪かと思ったっす」
頭をボリボリと掻きながら笑う彼に、明らかに敵意はない。
そう確信しか少年は警戒を解いて、深く、深くため息をついたのだった。
「俺は森の民のキース。さっきはホント悪かった」
焚き火に木を投げ入れながら、青年キースは笑って頭を下げた。
ハルトは大きなタオルに身を包み、焚き火に当たっている。濡れた服とマントは近くの木の枝に綺麗にぶら下がっていた。
「もういいって言ってるだろ。何度も謝られるとこっちが悪いみたいに思えてくる」
「そうっすか?ならもう謝んないっす」
気分が晴れたのか、青年は明るい笑顔で笑った。そして急に確信をつく質問をしてくる。
「ハルトはどこから来たっすか?」
「アンタ、遠慮しらないな」
初めてのタイプの人間に少し戸惑う少年だったが、相手の笑顔に悪気が見えずため息をつく。
「…旅をしてる」
「旅っすか!じゃあ俺と一緒だ。
ハルトはなんで旅に?」
当然旅をしているというのは嘘である。しかし少年は、戸惑わず自分が旅をする理由を述べた。
「人を捜している」
ハルトはこれから、旅を始めようとしていた。それは徐々に思い出しつつある過去の、彼女を探す為である。
思い出した約束、思い出した決意。
解き放たれた今、少年を止めるものは何もないのだから。
「そういうお前はなんで旅をしてるんだ?」
「…それは…」
今までの笑顔で消えた、と少年が思った瞬間、青年はどこか悲しそうに呟いたのだった。
「政府に…殴り込みしに行くっす」
「政府に?」
「馬鹿げたことだって、わかってるっす。でもやらなきゃ、俺の気は晴れない。あいつらに思い知らせてやりたい、力のない民だってやれば出来ることを」
弓を手にした彼は、スッと立ち上がり木漏れ日の中緑に塗れた空を見上げた。
「ただの、敵討ちっすね」
そして、明るさで塗りつぶされた笑顔で笑うのだった。
ドサッと座ると、青年は顔を変え少年を見た。
「それで?捜し人の特徴は?」
「そんなの聞いてどうするんだ」
「知ってるだろー、この大地にゃたくさんの民がいる。民にはその民特有の身に着けてるもんがあるものっす。
森の民は、このバンダナ」
丁寧に説明し、自分の頭にあるバンダナを指差して青年はハルトの答えを待った。
ハルトは、彼女の容姿を目を閉じて思い出していく。
「…いつも…頭に花の髪飾りがついてた」
「というと…花の民、っすか」
「花の民…」
キースの言った言葉に、ハルトは心がどこか暖かくなるのを感じた。彼女に一歩、近づいた気がしたのだ。
キースは何かを考える素振りを見せ、急に笑顔でハルトに詰め寄った。
「なぁハルト、俺が花の民の里まで送ってやるよ!」
「それは助かるが、お前の用事はいいのか?」
鞄から地図を取り出した弓使いは、どこか嬉しそうに地図の一点を指差した。
「政府の居城アリウムに行く為には、なんにせよ花の民の里の近くを通らないといけないっす」
指でルートをなぞって「どう?」ときらきらした目で問われた少年は、少し考え頷いた。
「…道案内頼む」
「よっしゃー!ちょうど1人旅に飽きてたんすよ!
これからよろしくっす、ハルト!」
嬉しそうに叫ぶと、キースは少年に向きなおし右手を前に出した。
初めての握手、というものに少年は戸惑うが、タオルから右手を出してそっと握る。
「よろしく、キース」
これから長い付き合いになりそうだ、と少年は笑顔を向けた。しかし…
「なぁハルト、こういうときくらい笑顔で握手しようぜー?」
「は…?」
青年の言葉に耳を疑った。
「俺、今笑って…」
「なかったけど」
「か、鏡よこせ!!」
握手していた手を振り解き、そう叫ぶ。キースは驚いたように目をパチパチと瞬きさせたが、鞄から「はい」と鏡を渡す。
少年は鏡を奪うように受け取ると、キョトンとしている青年に背中を向けて鏡に映る自分の顔を見た。そして、先程のように笑顔をつくった…つもりだった。
「……なん、で…」
鏡に映った少年は、普段の真面目な顔のまま。
「言うの感じ悪いかな…って思ってたんすけど…
ハルト、会った時から顔全然変わってないっす」
少年から、表情が消えた
2話完