檻の中の光
=檻の中の光=
研究所は少し前までと打って変わって、静かだった。
この施設に侵入したグライドと、監禁されていたハルト、二人の靴の音が長い廊下に響く。
二人はこの建物から出る為、出口を探していた。
「グライドはどこから侵入したんだ?」
「ん?ちょっと外壁をぶっ壊してー、な」
にこやかに恐ろしいことをサラリと言い放った長身の男を、ハルトは苦笑気味に見上げた。
そこでふと、ハルトは思いつく。
「なら、ここの壁も壊していけばいいんじゃないか?」
しかしグライドは顔をしかめて歩みを止めない。
「それは無理だな。
そうか、お前記憶がないんだったっけな。それじゃあわからないか…」
「何が?」
「この施設は、空にある」
「…空?」
ハルトは思わぬ言葉に、持っていた銃を落としそうになった。
今まで窓もない部屋のカプセルの中にいた彼だが、自分がいる建物が空にあるなどと考えたこともなかった。むしろこの世界で、空に建物があること自体珍しいことである。
グライドは1人うんうんと頷きながらただ、正面を見て歩く。
「だから、むやみに壁壊してすぐ下が空だったら危ないだろ?入るときは空から来るわけだから大丈夫だったんだが…」
「それじゃあ入ってきたところに戻って…」
「俺、方向音痴なんだわ」
自分より歳もいっているであろう男を見て、少年は額に手を当ててため息をついた。グライドはというと悪びれた表情もなく笑っている。
「…意外と、表情豊かだな、ハルト」
「そうか?自分じゃよく…」
二人が緊張感もなく歩いていると、爆音と共に施設が揺れる。
衝撃にハルトはその場に膝をつき、グライドは壁に手をやり踏ん張っていた。
彼らは先程の空気を変え、武器を持つ手に力を入れる。
「…来たみたいだな。
ハルト、戦いが怖くなったら後ろに下がれよ」
「誰が。俺をなんだと思ってるんだ」
恐怖、というものがないのか、少年は不適に笑い銃を構える。
その姿に男は嬉しそうでもなく、悲しそうでもなく、複雑そうに笑うのだった。
「奥の格納庫に、小型の脱出ポットがあるはずだ。
そこまでなんとか踏ん張れよ!」
そう男は言うと、大剣を担いでダッと走り出した。
ハルトも遅れを取らぬよう、後を追って駆け出す。
二人が駆け出してすぐ、先程まで二人が歩いていた場所の壁が爆発し、大量の武装した人間がなだれこんできた。
顔に付けられたセンサーで二人の姿を捕らえると、侵入者と脱走者を捕まえるべく動き出す。
「もう見つかったかーっ。あっちも必死だな」
「のんきだなアンタは!」
ハッハッハと笑いながら走るグライドに、呆れたように叫ぶハルト。二人の姿は先程知り合った他人というより、長年の付き合いの友のような雰囲気だ。少年は走りつつ、銃を構え体を反転させ後ろを向く。そして追っ手に煙幕弾を放った。
「そんなもんついてたのかソレ!」
「遠距離用MT-103。テスト品みたいだけどそこそこだな」
頭に入っている情報を引き出し冷静にそう返すハルトに、男はつまらなそうに前を見た。
「便利だなお前の頭。俺と交換しようぜ?」
「断る」
逃げ回っているうちに、二人は一本道の廊下で挟み撃ちにあってしまった。
どっちを見ても同じ格好をした人間の群れ。
ずっと担いでいた大剣を、グライドはやっと構えた。
「さすがにこれは逃げられない、な」
「弱音は聞きたくないが」
襲い掛かりくる人間。グライドはその得物からは想像できない速さで敵を倒していく。たくましい腕一本で大剣を持ち、敵を切りつけ、時には空いている拳で殴り倒す。大剣の重さを感じさせない、身軽な戦い方で敵すらも魅入らせているようだ。
ハルトは言うと、遠距離用の銃で近距離戦はさすがにキツく苦戦していた。ここで煙幕を使えば、グライドにも支障をきたしてしまう。思考をグルグルと巡らせつつ戦っている彼だったが、隙が出来てしまった。
「ハルトッ!!」
グライドの叫びに背後を見ると、一人の兵士がブレードと呼ばれる一般的な剣を両手にハルト目掛け突進してくる。
さすがにやられたと思ったのか、グライドは小さく舌打ちをした。
「馬鹿だな」
キィィン-…という金属のぶつかり合う音が響いた。
銃を持っていたはずのハルトの手には、小型のナイフが握られていた。ブレードとナイフでは明らかに大きさが違う、更に相手は両手、ハルトは片手で得物を持っているというのに、ハルトは受け止めたどころか弾き返し相手の腹部を風を切る音を鳴らし斬りつけた。
その光景に、さすがに周りも驚いたのかハルトとグライドから少し距離を取る。
「それ、どっから?」
「倒した人間の腰から。護身用みたいだが、なかなか使える。」
距離をとった敵を見て、ハルトはすかさず銃の煙幕弾を放った。
「グライドっ」
「あぁっ!」
そして二人は、敵をなぎ払いながら更に奥へと駆け出す。
慌てて追いかける兵士達。しかし少し奥へ行ったところで、彼らは目標を見失う。
彼らの目の前には、閉ざされた緊急用シャッター。通路は塞がれていて、シャッターを破壊する他進む方法はない。
ハルトとグライドは、奥の部屋に逃げ込み傍にあった緊急用シャッターの閉口ボタンを押したのだった。
二人が逃げ込んだ部屋は、廊下の何倍も広い広間のような場所だった。
床を何本もの光の管が通り、不気味に部屋を照らしている。しかしその光の中、似合わない明るく、優しい光が奥に見えた。
「なんだ、アレ」
グライドは興味はあるようだが、警戒しているのか遠くから眺めるだけ。
しかしハルトは、まるで吸い寄せられているかのようにゆっくり、その光に近付いていく。
(これは…なんだ…?見たことのある光。まるで…そう、懐かしい…)
淡い緑の光を目の前にしたとき、ハルトは頭の中に響く声に目を見開いた。
「あれはサクラの木!」
少女の茶色の髪は風にそよそよとなびき、彩った。
「花…もうないね」
少年の短い銀髪も、また風に踊る。
「散ってしまったの…」
きっと木は寂しいと思う、そう彼女は泣きそうな顔でいつも丘にいた。
だから少年は、守りたいと心のどこかで思うのである。
「あの花は何?」
「あれは、スズラン。
私の花だよ、ハルト!」
「ハルトに近付いてはダメだ」
「どうして?ハルトはお友達なのに、どうしてダメなのパパ」
少女と離れていった。否、離されていった。
白衣を着た男と、少女。
カプセルの中の、少年。
「彼は---…」
そして、カプセルの周りにはたくさんの人間と、
淡い緑の光を放つ、鉱石があった。
「……ト、ハルトッ!」
「…!」
グライドが自分を呼ぶ声に現実に引き戻されたハルトは、頭によぎった記憶に呆然としていた。
そして目の前にある、記憶にあったそれを…手に取った。
「…ライトオブ…ハデス…」
「なんだ?コレの名前か?」
「グライド…俺は…!」
少年の心臓は、いつもの倍以上の速さで鼓動を刻んでいた。
(彼女が…笑って…離されて…奴ら、に…カプセル…鉱石…俺、そう、俺が…!)
「おいっハルト、大丈夫か!?」
鉱石を手にしたまま、ハルトは両膝を付きうずくまった。
冷静に思考できるはずの頭は、先程の記憶の断片の影響か乱れに乱れ、呼吸が荒れていく。
そんな彼に共鳴するように、鉱石の光もドクン、と光を揺らし始めた。
「ちっ…!ハルト、しっかりしろ!」
ドクン、ドクン、ドクン…
ハルトには、、グライドの声は届いていなかった。
『ハルト、ずーっと、一緒にいようね!』
彼女の声が、そこに響いたかのように…ハルトは天井を見上げて叫んだ。
「あああああああああああああああああッ!!!」
ハルトの声に共鳴したかのように、鉱石が光る。
彼の体を支えていたグライドは、何かの力によって弾き飛ばされた。
ハルトの体が鉱石の光に包まれ、彼の中から淡い光の鉱石…手にあるものと同じ緑がいくつも溢れ出してくる。本人はただ、何かに耐えるように目を閉じているのだった。
しかしそれのつかの間、少年の体を中心に円状に黒い影が広がっていく。それは大きく広がり、部屋を包む。
そして、大爆発したのだった。
(俺…落ちて、る…?)
目を開くと、風と眩しいほどの青を感じた。
目の前には白い雲と、どこまでも広がる青。これが空。
下には、更に深い蒼。あれが、海…。
そして、上には先程までいたであろう施設。
白く真四角な外見。しかし所々、グライドの侵入の後や先程の爆発で壊れ中がむき出しとなっている。
(このまま…海に沈むのだろうか…)
そう思い目を閉じようとした彼の目の前に、例の鉱石も瓦礫と共に落ちてきたのである。
反射的に、手にそれを収める。
「これが…俺の…」
鉱石と呟きを胸に抱いて、少年は海へ…落ちていった。
1話完