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緋星戦記 ノアゼオン  作者: あおき りゅうま
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第一話 私の世界

 ―――私のこの瞳は、この世界を何色に映しているのでしょうか?


 人類が地球以外の故郷に居をかまえて500年。

 私の故郷は過去に火星と呼ばれる星の上空です。

 私が生まれ育った町、ジパングは空に浮かぶ機械都市。

 反重力ジェネレーターにより浮かび、放射能に穢れた大気を遮断する透明のドームを付けたその姿はまるで、亀のようです。

 そんなドーム型の都市には人の生活空間が収納されています。

 私のいる新カマクラ市では千年前の古き良き平和な時代の日本の風景が再現されています。

 クラシックな一戸建て住宅が並ぶ街に、緑あふれる山が隣接し、遠くに〝風車(かざぐるま)〟を走らせれば綺麗な人工の海に出る。

 ここが空の上とは思えない、生活環境を再現してくれています。

 そんな世界で普通に生きているのが私———言凪(いうなぎ)ノア、14歳。

 来月、誕生日を迎えます。

 8月31日。

 これは、普通の私が『もう一人の私』に出会い、少しだけ大人になるそんな物語。


 ▼   ▼   ▼


[624425522/1706796396.jpg]


 朝の木漏れ日は、いつも私を勇気づけてくれます。

 カーテンの間から差し込む光は新しい一日の幕開けを予感させ、幕を掴む私の手を引っ張ってくれます。


「う~ん……よし……!」


 白雀(しらすずめ)がチチチと喉を鳴らしながら、窓に止まります。

 雀、という鳥さんは昔は茶色い毛を持っていたそうですが、火星の寒冷な環境に適応するために白い毛になったそうです。


「おはようございます」


 そんな鳥さんに話しかけてしまいます。


 なぜならば、


「今日は一学期最後の日。明日から夏休みなんです」


 明日からは友達といっぱい遊べる、最高の日々がスタートするからなんです。


 ▼   ▼   ▼


 パジャマを着替えて、カマクラ第二中学校の制服に着替えて階段を降ります。トットットと昔と変わらない杉の木を使った床を鳴らして、リビングにいくとお父さんとお母さんが出迎えてくれます。


「おはよう、ノア」

「あら、ノア。今朝は自分で起きたのね」


 ニュースウィンドウをテーブルの上に広げるお父さんと、キッチンで朝ご飯を用意してくれているお母さん。

 お父さんが開いているニュースウィンドウアは空中にニュース記事を浮かび上がらせるもので、センサーで指の動きを感知して、お父さんが指を振ると次から次へと昨日起きた出来事を見せてくれます。昔は紙の新聞というものがあったらしいですが、資源の節約と場所を取るということで、この火星ではすっかりなくなってしまったものです。


「おはようございます。お父さん、お母さん」

「今日はやけに早いけれど、朝に何か行事でもあるのかい?」

「いいえ。ただ、少し早くに出たいだけで……」


 私には、お父さんに言いたくない事情がありました。

 そんな気持ちをお母さんは知っているのか、クスクスと笑いだします。


「今日でサイさんに会えなくなるもんね~♪」

「お母さん!」

「サイ? 誰だっけ、聞いたことがあるような……」


 首をひねるお父さん。お母さんは変わらずにクスクスと笑いながら、AIウォッシャーに皿を入れてボタンを押します。

 ピコッという手元から鳴る音に合わせたように、お母さんは首を傾け、


「ノアの家庭教師の大学生」

「家庭教師? ああ、澄花(すみか)くんところの……好きな子っていうことは男の子だったのか?」

「覚えてないの? お父さんにも一度挨拶に来たじゃない」

「あぁ、最近忙しくてな……」


 恥ずかしそうにお父さんは頭を掻きます。

 だけど、恥ずかしいのはこっちです。


「もぉ~、お母さんってば……!」

「ごめんごめん、でもサイさんが大学のアイアンリーグ部で朝練を毎日してるって聞いた次の日から早起きしてくるんだもん。それがおかしくって」

「もぉ~……本当に。もぉ~……」


 お母さんのこういうところ、正直好きじゃありません。


「ごめんごめん。拗ねないでノア。ほら、早く食べないと大好きなサイさんと一緒に学校行けなくなっちゃうわよ」


 テーブルに少し焦げたフレンチトーストとデザートのカット林檎を置いてくれます。

 私の家のキッチンには全自動の機械とそうではない器具とが半分半分で置かれています。お皿を洗う洗浄機や、食材を管理する冷蔵庫はAI搭載型のものなのですが、フラパンやICコンロのような調理で使う器具はクラシックな人の手で扱うものです。


「お母さん。コレ、焼き過ぎです。少し焦げてます」


 薄い墨が表面についたフレンチトースト。

 とても完璧ではない朝食ですが、お母さんは笑顔でこう言います。


「これが人間らしさってものよ♪」


 お母さんのこういうところ、正直ちょっと好きです。

 私はデザートの林檎をかじりながら、そう思いました。


「———地上のボルカ帝国とサンドリア共和国は以前激しい戦闘を繰り返しており、民間人に多数の死者が出ております。こちらが現地のドローンから映し出された映像です。わかりますでしょうか、一面の廃墟が広がり途方に暮れて立ち尽くす現地の人がいます。この方の目の前にあるのは、自分の家……でしょうか。機械の巨人がもたれかかるように倒れ、そのせいで大きく崩れています」


 お父さんが机の上に置いてある映像プロジェクターを操作し、その映像を壁に、大きく映し出します。

 今度はニュース記事ではなくニュース動画を再生し、私も一緒に見ています。


「AI、ドローン技術が発達し、戦争は兵士がするものではなく機械がするものになりました。TG(テックジャイアント)———機械仕掛けの巨人。この二十メートルの巨人兵士が戦ってくれるからこそ、血を流す兵士というものが過去の存在になりましたが、こうしてただそこに住んでいる普通の人々は巻き込まれ、血を流してるのです。そのことを私たちはまだ考えないといけないのかもし”ません……それでは次のニュースです。今日から夏休み。新カマクラ市では大型アミューズメントプール『シードーム』がオープンし、家族やカップルでにぎわって……」


 画面が切り替わり、大きなドーム型のプール施設の映像に変わります。


「あ、お父さんが作ったドームです」


 私が弾んだ声で言うと、お父さんは誇らしげに「フフン」と鼻を鳴らしました。


「ニュースで紹介されるなんて設計士冥利に尽きるよ」


 お父さんはこの街で有名な設計士です。

 中に海が広がっている大型ドーム型プール『シードーム』。それは南国の亀をモチーフにデザインされて、色は真っ白なんですが、上のまあるい部分は亀甲模様で、側面には頭と手足をモチーフにした六つの突き出た施設が取り付けられています。ジパング有数の設計士で、私の自慢のお父さんです。


「そうだ。ノアいいものがある」


 そう言うとお父さんは胸ポケットからスティック状のものを取り出すと、そこから空中に平面の映像を浮かび上がらせます。

 スマートスティック。

 空中に立体、平面の映像を映し出す小型の機械。今、机の上にある小さな四角い箱型の映像プロジェクターよりもコンパクトに、持ち運びに特化した携帯電子端末です。


「ノアの携帯端末(スマートスティック)に『シードーム』のチケットを送っておいた」


 お父さんは軽く空中に映し出されている画面にタッチすると、私の制服の胸ポケットがブルルと揺れます。

 携帯(ケイタイ )を取り出し、空中映像(フローヴィジョン)を映し出すと、「New『シードームチケット×2』を受信しました」とメッセージ画面がポップします。


「それで友達と行ってくるがいい」

「え……あ、ありがとう! お父さん」

「ただし! 澄花(すみか)サイ君相手に使うんじゃあないぞ? お父さんは不純異性交遊は認めないからな」


 そうは言うものの、お父さんは嬉しそうな顔でウインクをしました。

 建前、ということです。


「ありがとう! お父さん!」


 私は改めてお父さんにお礼を言うと、フレンチトーストがなくなった皿を持って、自動洗浄機に突っ込みます。


「いってきます!」


 そしてそのままドアに向かって、振り返って言いました。


「いってらっしゃい」

「気を付けていくのよ」

「はい!」


 私は元気よく返事をして、ドアを閉めます。

 これから、私は一学期最後の学校に向かいます。

 夏休み直前の最後の学校に———。


 ▼   ▼   ▼


「何も言わずに行ったわね」

「ああ」


 言凪家のリビングで、二人残された父と母は娘が閉じたドアを見つめ続けていた。


「もう子供じゃないんだ。振り切ったってことさ」

「そうね。ようやくあの子も前を向くようになったのね」


 両親は娘が去っていたドアと逆側に置かれている棚の上に目をやった。

 そこには写真立てが飾られている。木製のフレームでできた、原始的でクラシックな写真立て。

 映っている写真の中では今より少し皺が少ない両親の前に、無邪気に笑う長い髪の青い色の瞳を持つ少女と、同じように(あお)い色の瞳を持つショートヘアの利発そうな少女が微笑んでいた。

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