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第7話 巡察隊


 感覚が戻ったところで、辺りを見回した。

 地面は舗装された石造りの広場のような上に加菜子たちは立っていた。

 奥にひっそりと佇む平屋造りの建物が寺院だろう。

 その周りを石の塀が囲み、さらに大木が周囲を包んでいた。

 

「二人ともおつかれ」

 誰かと話していたヴィンセントがこちらに気付き、手を挙げた。

 おそらく向こう村の人間だろう数人と制服を着た役人らと出迎える。

「少し寒いね」

 加菜子は腕をさすった。深い山奥では木々が里村の音を吸収しているからだろうか、耳の奥が少しキーンと鳴った。

「あっちは向こう村の有志の人たち、こっちが街から派遣された巡察隊の隊員ね」

 ラフな格好をした腕っぷしの強そうな村人たちと線の細い白い制服の巡察隊員が加菜子たちへ目礼した。

「遺体を抱えて何往復もするんで力自慢を揃えたんですよ。悪さはしないんでそこは安心してください」

 と自身は大工職人だという顔役が年若い女性である加菜子を気遣ってかそう付け足した。

 

 一方で巡察隊員は見分けるのが困難なほど個性が少ない印象で覚えにくいというのが加菜子の正直な感想だった。肩までの黒髪を後ろでひとつに縛った目つきの鋭い青年が隊長でメガネを掛けた小柄な人が副隊長、ずっとバインダーを抱えている男性が書記長ということだけなんとか頭に入れた。

 

 ヴィンセントが大雑把に紹介を終え、ところで、と話を変える。

「中の遺体は魔術で保存されているんだって」

 隣で腕を組む大工職人が肩をすくめた。

「発見が遅れたもんで、傷み(・・)が酷いですがね」

「何よりあの数です。一体ずつ見ていたら時間がかかりすぎるでしょうから、先に私共が検分しておいた分はどうぞこちらで」

 そこで巡察隊隊長がサッと横から書類を出した。

「わお、有能だねえ」

 ヴィンセントは渡された書類をパラパラと捲った。読んでないだろうという速さで捲り終えそれをフランに押し付ける。

「うん、じゃあ全部見せてもらおうかな」

 少し得意げな顔をしていた巡察隊隊長が一瞬動きを止めた。ヴィンセントの言葉を理解したあと愕然としたような表情を浮かべた。

「は? いや、あまりに時間がかかります!」

「はは、何が困るの?」

 ヴィンセントが笑った辺りで巡察隊隊長は不快さを露骨に態度に現した。

 

「……どうやら魔術師殿には誤解がおありのようですから、今一度ご挨拶いたしましょう。このたび我々巡察隊は街から派遣されたのではなく王都の中央軍部局から直々に命をもって遣わされております。ですので恐れながらその間の滞在費や人件費等含めた諸経費が些か嵩むところとなりますが、どう上に言い訳なさって下さいますでしょうか」

 鋭い目つきをさらにきつくし、ヴィンセントを睨んだ。一触即発な雰囲気を察して屈強な村人たちは少し離れた。

「何も面倒ごとをお忙しい魔術師殿に押し付ける気はございません。先ほどお渡しした資料に署名さえいただければ、あとはこちらが全て請け負いましょう。高位魔術師殿にご苦労をかけさせないとお約束できますよ」

 先ほどと一変笑みを携えて巡察隊隊長は言った。

 

 ヴィンセントも微笑んだ。

 

「効率を求めるなら僕を指名した天秤に掛け合ってみたら? オリバー・ハットン巡察隊長殿」

 

 話は終わったとばかりの態度のオリバーが躰を強張らせたように動きを止めた。

 

「魔術学院を次席で卒業しながら巡察隊に入隊した経緯は聞かないでおくよ。けれど優秀なはずの君が作成したとは思えないお粗末なこの資料に僕のサインが欲しいって? 君こそ事前資料にしっかり目を通していれば、死亡日、発見日、死体の数すら合っていないこの紙切れを作る時間がいかに無駄だったか分かるだろうに」

 ヴィンセントが再び手にした資料を指先で弾く。

 

 そして「ああ、それとも」と目を歪めた。

「間違えたんじゃなくて故意に数を編纂したんだとしたら大問題だけど」

 

 オリバーは分かりやすく顔を怒りに染めてヴィンセントを睨むと、小馬鹿にしたように鼻で笑い飛ばした。

「ハッ! 誰が、」

「――我が隊長が大変なご無礼を、どうぞお許しください」

 オリバーの言葉を遮って、2人の間に身を滑りこませた人物がいた。

「巡察隊副隊長、ミヒテ・カペルマンと申します」

 メガネの奥の視線が一瞬、加菜子の方へ向いた。その背後でオリバーがわずかに息を呑んだ気がした。

「では、検分が終わり次第その日の遺体を運び出すのはいかがでしょうか?」

 ミヒテから示された提案に対し、ヴィンセントは「よろしくー」と軽く返事した。

 

「僕とフランで手分けして検分するとして、加菜子は……」

「待ってる」

 加菜子は食い気味に言った。

「うん、分かってるよ。ただ、かなり時間がかかりそうだから中には入ってもらうことになる。結界の内側で、あまり離れないでね」

「うん」

 

 ヴィンセントとフランが前を歩き、続いて加菜子も入口の段差に足をかけた。

 

 すると背後から肩を叩かれる。

「あの、これ」

 ミヒテが懐から取り出したハンカチを加菜子に差し出した。

「男物で申し訳ないですが、どうぞ差し上げます」

「ありがとう、ございます……?」

 加菜子はよく分からないままそれを素直に受け取った。

「中は臭いがキツイと思いますから」

「なるほど」

 加菜子より少し背の高いミヒテが内緒話をするように顔を近づけた。ミヒテのすっきりとした美しい顔に加菜子は少し緊張した。

「実は隊長からなんですよ」

「え」

 そう言われて思わず先を歩く不機嫌そうなオリバーの背を追った。

「素直じゃないでしょう?」

 ミヒテは面白そうに囁いたが、加菜子は内心首を傾げつつ曖昧な返答で誤魔化した。

 

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