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第4話 魔女の村 3


「魔術機構のことだよ」

 

 ヴィンセントがふいに、先ほど加菜子の投じた疑問への回答を寄越した。

 手紙を拾った加菜子が顔を上げると、山とつまれた書類の間から綺麗な灰色の瞳と目が合う。


 というのも、つい先ほどのこと。

 ヴィンセント宛に届いた二通の手紙を受け渡すと、差出人を見てうんざりしたように「天秤が」だの「開理人が」だのと呟いた。

 だから加菜子は同じように言葉をなぞるように繰り返した。これはある種の期待を持っていたのだが、ヴィンセントは「うん」と言ったきり山積みの本と書類の向こうで手紙に集中し出したので待っていた。

 

 立派な執務机の上は書類と本の山が乱立し、床や出窓にまで積み上がって可哀想なことに埋もれてしまっている。雑用係として彼が不在の間は加菜子が毎日この執務室を掃除しているのだが、いくら乱雑に積み上げられてるとはいえ勝手に配置を変えることは出来ないので彼が荒らせば荒らすだけそのままになる。

 

 しばらくして中身を全て読み下したらしいヴィンセントが手紙を放り出して革椅子の背もたれに寄りかかった。

 

 その衝撃でいくつかの氷山のてっぺんが崩れて書類が絨毯の上に散乱した。

 だが当の本人は気にする様子もなく、子供のように背もたれのスプリングをぎっぎっと弾ませている。

「気を付けなよ」

 ため息をついた加菜子は机の近くで散乱した書類を拾ってやることにした。

 すると頭上のヴィンセントから先ほどのセリフが降ってきたというわけだった。


「この大陸には2つの魔術機関が存在する。神と分たれた人の世の始まりと共にある“開理人”古き神々と星の導きによって神秘を守る“星導子”。彼らはどの国にも属さない組織として魔術の発展と保存、その有用性を確かめる為にある――というのは表向きの宣伝」

 ぎっと背もたれの歪む音が鳴った。

「本質は『研究費用を負担する代わりに、全ての記録を残せ』というのが彼らの主張だ」

 彼の目が弧を描いて、ニンマリと笑った気配を感じた。

「なにせいくら難しい言葉で取り繕っても、魔術師の本質ってのは本能的なんだ。彼らの興味は“探究する”というただ一点のみに注がれている。それは――いや、まァこれ以上難しい話はややこしくなるからやめておこう。要は、魔術師ってのは研究しか頭にないバカ共ってわけ」

 ヴィンセントはハハと笑う。

「ただ、放置するには魔術師という存在は危険すぎる。彼らにとって探究心を満たす以外、人の世や文明は瑣末な事象であり切り捨てて構わないと思っているし、実際にその力があるからね。だから行き過ぎた破壊行為や種の絶滅が頻繁に行われないよう、中立の組織を立てた。――それが“裁定者”を名乗り天秤を掲げる“天秤の観測者”というわけ。これが魔術機構ってやつね」


 話し終えるとヴィンセントはまた唐突に黙った。

 しかし、当の加菜子というと情報過多の説明をいきなり受けて理解の前の処理すら追いつかない。

 一度ヴィンセントの言葉を順を追うようにさらってみて、加菜子は次の疑問が頭に浮かんだ。


「ん? つまりそこから手紙が来るってことは……何? この話をしたってことは、もしかして、わたしが何か関係ある?」

「おおいにあるとも!」

 ヴィンセントが加菜子の回答を待ち望んでいたかのように頷くと、立ち上がった。


 平均よりやや背が高めの加菜子でさえ見上げるほどの長身、日本人ですら珍しい濡れ羽色の黒髪に神秘的な灰色の瞳、彫刻のように整った顔はいつも自信ありげに不敵な笑みを浮かべている。

 彼はヴィンセント・バーリ。フランに負けず劣らず驚くほどの美貌の持ち主の彼こそ加菜子を助けた恩人であり、フランの師匠であった。

 

 ヴィンセントは長い脚を器用に使って、本と書類の山を避けたり飛び越えたりしながら加菜子の前に出た。

 加菜子が拾った手紙のひとつを指で抜き取って軽く掲げる。

「開理人からは『異世界人についての記録を詳細に記して提出せよ』とせっつかれているんだけど、今は……まァこっちの都合なんだけど、しばらく加菜子の存在を公にしたくないんだよねぇ」

 ヴィンセントが眉を下げて困ったような笑みを作る。それが妙に色っぽいから加菜子は何だか不味い気がした。

 

 これは二人で旅をしている最中、女好きなヴィンセントがあらゆる街のお姉さんを虜にした表情であり、無理難題を押し付ける時の常套手段だったからだ。

 

「そして大変都合の良いことに、天秤の観測者からはよく分からん片田舎のよく分からん集団自殺事件を調べろときた」

「……もしかして」

 加菜子は今度こそ嫌な予感がして、一歩下がる。

 ヴィンセントが愉しそうにその肩に手を置いた。

「ハハハ、加菜子は勘がいいね」

 ヴィンセントはスッと仮面のような美しい笑みを浮かべた。

「――みんなで夜逃げしよっか」

「いきなりすぎる!」

 加菜子は叫んだ。

 だがそれは目の前の男には響かない。

「さぁ、ゆっくりしてる暇はないぞ!」

 加菜子の悲鳴を笑ってスルーしたヴィンセントはフランを呼んで荷造りを急がせた。

 


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