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第32話 真宗会


 話が終わると、椅子に腰掛けていたヴィンセントは面白そうに口元に笑みを浮かべた。

 

「なるほど、触媒か。彼――ハロルドは、邪神と呼んでいたけれど、疫鬼に厄神を下ろすなんて考えたね」

 街で遺体の運搬処理をしていた巡察隊も応援に駆けつけて来ている。

 壁を背にして腕を組んだオリバーは静かに話を聞いていた。しかし、その顔に数日前はなかった隈が生まれている。

「ハロルドと言うと、やはり一神教の代行者“ハロルド大司教”のことだろうな」

 呟いたあとでオリバーは眉を顰めた。

「しかし、そうなると坊主頭の男が率いた集団はなんだ?」

 オリバーは顔を歪めて精一杯皮肉げに言ったが、どことなく精彩に欠けている。

「一神教の信者でしょ」

 当然だと言うような軽い口調でヴィンセントが言えば、オリバーはすかさず鼻で笑い飛ばした。

「ハッ、ありえない! いくらカルト集団とはいえ、何でもありの犯罪者組織じゃないんだ。特に社会の規範から外れた集団に迎合する奴ほど、規律を重んじる」

「それって経験談?」

「うるさいな」

 

 2人のすぐ後ろにいた加菜子は目を瞬かせた。

 オリバーが仕切り直すように咳払いをした。

 

「大体、どんな素晴らしい人生を送れば、厄神を復活させるために30何人もの人間に自殺を教唆するような知り合いが出来るって言うんだ?」

 彼は調子を取り戻したようにつらつらと話して肩をすくめた。


「その男がハロルド大司教だとしても、厄神を召喚した連中は一神教信者とは別と考えるべきだ。特に魔術の粋とも言われるエリクサーを奴らは嫌悪しているし、大願の紋章を使った大魔法など、神代を愚弄していると軽蔑している。それに――個人的にはそう呼びたくはないが――彼らの聖書に書かれている通り、一神教聖道会(せいどうかい)は集団自殺なんぞそれこそ……」

 

 大袈裟なリアクションで得意げに語っていたオリバーは、話の途中で何かに気が付いたように、ふと動きを止めた。

 やがて彼は、確信に変わっていったように顔をあげ、鋭い視線をヴィンセントへ向けた。ヴィンセントはそちらを振り返ることなく口角を上げる。

 

「そう、一神教の源流と言われる聖道会は自殺を大罪とする旨を自らの経典に記した。けれど、一方で、数年前に内部分裂した一神教のある一派は自己犠牲こそ(・・・・・・)を最大の美徳(・・・・・・)であると定めた」

「――真宗会(しんそうかい)か!」

 

 答えに辿り着いたオリバーは、しかし、顔を顰めた。

 

「くそっ、これは宗教的儀式なんてもんじゃない、ただの報復だ!」

 

 心底不愉快そうな顔で、吐き捨てるように言ったオリバーが額に手を当てた。彼は深呼吸を1回、それから静かに呟くような声で続けた。

 

「そうであっても、疫鬼に厄神を下ろすなど荒唐無稽な理論だろうに。全く、信じられん」

 一方でヴィンセントは優雅に脚を組み替えた。

「でも実際に、疫鬼はいたんだろ。でなければ、厄神の召喚を成功したとしても神の遠い今の時代、そう長い間現界を保てない」

「今起こってる事態これこそが証明になっているのか……」

 オリバーが低い声で呻くように言った。

 

 沈黙が流れる。

 

 しばし戦線離脱したように椅子に躰を投げ出したオリバーが黙り込んでいると、ヴィンセントはもちろんオリバーを含めた数人の巡察隊員が思わず、といった風に入り口を見た。そこには、ヴィンセントと同じく黒一色の出立ちをした美しい少年――フランがちょうど歩いて来たところだった。寺院から戻って来たらしい。

「ただいま戻りました」

「おお、ありがたーい師匠の言いつけを無視した不良少年のおかえりだ」

 ヴィンセントがあてこするような言い方でフランを見上げた。

 でも、その顔は怒っているようには見えない。むしろ愉しんでいるようですらある。

 

 対するフランは瞬きひとつで口を開いた。

「順序を守れとは言われましたが、手を出すなとは言われませんでしたので」

 

 彼が素知らぬ顔でしれっと言い返すと、ヴィンセントは少し目を見開いた。

 

 加菜子は内心ヒヤヒヤした。信奉陶酔とはフランの為にあると思うほど、彼は師匠であるヴィンセントを何よりも尊び、優先する男だ。そんな彼がヴィンセントの忠告に――そもそもあまり言い付けをしないのに――従わないなど、天地がひっくり返ってもあり得ない事態であった。つまり、師匠相手にフランがこんな屁理屈をこねるなど、加菜子には驚き以外なかった。

 

 だが、一方でヴィンセントの反応は、行きの汽車で加菜子の返答を聞いた時のような――思いがけない嬉しさに出会ったかのような笑みを溢し、肩をすくめてみせた。

 それに加菜子は胸を撫で下ろしてから、そもそも自分はフランのことを好きでもないのに、どうして安堵などしたのだろうと、少し疑問に思った。

 

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