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第26話 御隠居と予兆

 

 家業のパン屋を倅に譲ってから隠居として近所の手伝いをしている老人は、この町に生まれて60年だと答えた。

 

「子供の頃はあすこに村なんてなかったよ。というより、元からおれらが手出しできるような場所じゃなかった。農作や漁業に向かない土地でね。それでも鉄道が通る前は、山向こうの街から王都に向かうにはうちの町を通るしかなくて。いわば街道のおこぼれみたいな仕事で食い繋いできたんだ。――魔女? うん、住んでいたらしいね、時々。ただ今の婆さんたちじゃあないんじゃないかなあ。力のある魔女はひと所に定住しないと子供の頃聞いたもの。誰って、魔女にさ。だから村ができる前は、あすこには年に数回、数ヶ月だけやって来て借りるような形でいたんだと思うよ。戦争がはじまる数年前までは都会風のそれは綺麗な魔女さんが降りて来て、うちのお袋にしばらく世話ンなると土産を差し入れて挨拶してくれたんだ。いや、まあなんでヨーゼフ様がそういった場所を整えていたのかは分からないけど、とかくあの山はおっかないものが住んでるって言われて育ったさ。何? 魔女のことじゃないよ。異国の鬼とかって婆様が言ってたと思うんだけど。おれが子供の頃すらもうかなり廃れた古い話だったから、あんまり覚えてないの。だから余計にあの村の人なんて知らないと思うよ? あの山のこんな言い伝え……いや、迷信なんてさ」


 加菜子は御隠居の話を聞きつつ、彼おすすめのパンとその倅が試作したというパンを勧められるがまま交互に食べた。ちなみに御隠居おすすめは見た目が塔のような形をした砂糖、シナモン、レモンが入っている甘すぎない優しい味わいのパン。一方で倅が試作したのは油で揚げたパンに砂糖をまぶしたシンプルながら子供ウケしそうな軽い食感の甘いパンだ。

 

「どっちの方が美味しい?」

 御隠居がコーヒーを淹れながらわくわくしたように尋ねるので、加菜子は難しい顔でむむむと悩んだ。

「うーん、甲乙つけがたい。お爺さんの方は朝食に食べても胃もたれしなそうだし、かと言って息子さんの方は午後のおやつにピッタリだし」

「あらま、真剣に答えてもらっちゃった」

 老人が嬉しそうに肩をすくめた。


 その2人の横でフランは全員によく見えるようエンブレムを少し掲げた。

「よく見れば魔術師資格の証だと分かりますが、この色形のエンブレムはありふれている。だから魔術師資格の他にもこれと似たエンブレムは身分を示すものとして使われることも多い。特に魔術師資格と並んで有名なのは、星芒教中央幹部の“しるし”」

 

 星芒教とは、王都メテオを中心地に神子を最高指導者としたモンブソンの国教である。

 

「しかし、星芒教が頂点とする神通力を持つ神子を同じく崇めながら、星芒教からは邪教とされている異端の宗教でも同じく幹部のしるしとして使われています。――それが一神(いっしん)教です」

 

 その場が静まり返った。宿屋の亭主が小さな声で呟く。

「一神教ってぇと、よく分からん危ないカルトのあれか? その一神教が寺院の事件に関係しているって、そういうことかい?」

「よく分かんねえなら、おめえは黙ってろ!」

 大工の棟梁がその背中を叩いた。

「いてえ!」

「でも、それだとおかしいでしょう」

 

 そこに、1人腕を組んで沈黙を保っていたフーゴが否を唱えた。

 

「一神教といえば『人は一度滅び、みな等しく神の世に戻ることを使命』に掲げる、危険思想を持った集団ですよね」

「さすが、詳しいね」

 ヴィンセントが笑みを深めてそう返すと、フーゴは少し恥ずかしがるように頭のうしろをかいた。

「俺は騎馬兵として王都の警護に当たっていたので、いくつかの危険思想を持つ集団については把握していましたが……仮にデニスとすれ違った男を一神教信者だとしても、集団事件と一神教が関係あると断言するのはおかしいですよ。だって一神教にとって、自殺こそ最大の禁忌(・・・・・・・・・)のはずじゃないですか」


 その時、ヴィンセントとフランが同時に顔を上げた。

 誰かが口を開く間もなく2人は素早く外へ飛び出ると、同じ方向――魔女の村がある方角を睨むように鋭い視線を向けた。

「魔獣が押し寄せている。それも数えきれない、大群だ」

「なんだって!」

 ヴィンセントの言葉にフーゴたち町人が驚きの声を上げた。

「違う、村の方。でもこっちに来ないとも限らないから、門を閉めて守りを固めておいて」

 ヴィンセントは言葉少なに町人たちへ指示を飛ばした。

「先に行きます」

「ダメだ、おまえは寺院に行け」

 フランが村へ通じる小門の方へ飛び出そうとしたのをヴィンセントは止めた。

「順序を間違えるなよ、フラン・ユナヴァ」

 いつになく厳しい言い方を選んだヴィンセントに、フランの目が開かれた。それは間近で見ている加菜子がやっと気付くくらいの小さな変化だったが、フランは何かを飲み込むように唇を一文字に結んだ。そして1つ頷くと、今度は宿の方へ走り出したフラン。ヴィンセントは止めなかった。

 

 すると何かに気が付いた様子のフーゴがヴィンセントの肩を掴んだ。

「デニスが危ない!」

 マスターはさきほど村の方へ黒猫を返しに行くと言っていたのだ。ヴィンセントは頷いてからフーゴの手を外した。

「見つけ次第、彼を保護しよう。君は自警団として町を守ってくれ」

 ヴィンセントの言葉を聞いたフーゴは痛ましい表情を浮かべたが、なんとか切り替えたように顔を上げると、仲間の元へ走って行った。

 

「加菜子、僕たちは村の入り口へ行くよ。どうやら魔獣たちはまだ結界を破れていないみたいだから、正面から数を減らしていこう」

「分かった」

 ヴィンセントが加菜子の肩を抱きよせると無詠唱で空中へ浮き上がり、そのまま村の方へ直進した。加菜子は振り落とされないように彼の胴体にきつく抱きついた。ヴィンセントは笑みを引っ込めて独り言のように呟いた。

 

「どうなっている? 魔獣が村の方だけに集まってるなんて、まるで餌があるみたいだ」


 ◇

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